助けられているはず
「全て効果に問題はありません。軽かったり身体に合うかどうか、あとは好みの問題になります」
と神官が言う。
「まぁ」
「どれでも良い・・・いや、動きに支障がない軽いものの方が良い」
ダンテも困っている。
「おすすめはこれです」
神官が一つを勧める。慣れているなぁ。
「呪いって多いのですか?」
とアリアは尋ねた。
神官は苦笑した。
「そういう方たちが助けを求めて集まるのが神殿ですから」
なるほど。
「ではこれを。・・・いや、値段が。アリア、出せるか?」
ダンテが迷っている。
でも大丈夫。アリアには大金があるから。
「えぇ。ただ、換金が必要よ」
「コインによっては換金無しで大丈夫ですよ」
「ではこちらのコインでの値段を教えてくださいな」
「10枚です」
「高すぎないか・・・」
ダンテが呟く。
でも不調になるより良い。必要なら買うべきだ。
アリアは即購入を告げた。そのまま頼んで、神官に取り付けてもらう。
模様に加工されている金属プレートがついている、首輪みたいなもの。
金属プレートの方を後ろにする。
悪いものは首の後ろから入るそうだ。見えないし分からないけど。とにかくこれで塞ぐそうだ。
「あ。楽になった」
「まぁ」
ダンテが驚いたように呟いたのでアリアも驚いた。
「そうでしょう。塞ぎましたからね」
「これはずっと付けているべき? いつ外せるんだ」
「2・3年は常時つけておいた方が良いですよ。ここまで酷くなっているのは見たことがありません」
「・・・」
「楽になったのなら良かったわ。それにそれ、オシャレだと思えば。首元からチラっと見えるのは格好いいわ?」
アリアのフォローに、ダンテが本当に? と表情で聞いてくる。
「本当よ」
と付け足すと、納得してくれたようだ。
どちらにしても、数年は外さない方が良いらしいし、どうしようもない。
「それから、騎士団が来ています。あなた方が遭遇した強盗の場所などを教えて欲しいと。あと、これはご希望があればですが、廃墟の教会で出されたという届けは受理されていません。この神殿で改めて出すなら、受け付けますよ」
「届けたい」
「えぇ」
「分かりました。ではこちらの準備もありますので、先に事情聴取を受けてきてください。あと、念のため今日はこちらに泊ってください。宿屋のザトラくんには、手紙を書いてください。届けさせますから」
「はい」
ザトラと言うのは宿屋の青年の名前。
「色んな人間に世話になるな・・・」
ダンテがポソリと呟いた。
「そうね」
とアリアも頷いた。
「世の中とはそういうものではありませんか」
神官が笑いながら、ダンテとアリアを別室にと案内しだす。
***
騎士2人が来ていて、ダンテとアリアで事情を話した。
途中でダンテが、アリアをアリアと呼んでいたことに気づいたが、すでに神官も騎士もアリアの名前を知っている。ここはアリアで通す事にしたのがアリアには分かった。
1時間ほどで事情聴取は終わり。
再び意思確認されて、結婚の届けを書く事に。
インクと紙が差し出される。
ダンテがダンテと書く。
アリアは迷った。ここで、サクラと書けない気が。でもそっとサクラと書く事にした。
受け取った神官は、きっちりと名前を確認した。そして、ダンテを、アリアを不思議そうに見る。
「名前が違うようですが」
「あ、あの。名前はサクラなんです。彼は私を違う名前で呼ぶだけです」
「アリアさんですよね? あなたはアリア=テスカットラだと。おや、貴族でしょうか?」
えっ。
ダンテが警戒してアリアを庇うように前に出た。
「ダンテさん。あなたの名前も違うようだ。何かな、聞き取れない。かなりダンテというお名前を使っているのですね」
神官が眉を潜めるように、しかし静かにそう告げた。
「なぜ。聞こえるのか?」
ダンテが低い声で尋ねた。
「命を狙われる可能性があって危険だと、名前を変えた。見逃してくれ」
「そうですか。見せかけで構わないなら、良いのですが」
「・・・どういうことでしょうか?」
とアリアは尋ねた。
国が違うので、多分、何かルールがある。
「神様も名前で私たちを判別しますが、仮の名前だと神様も困惑されます。よほど定着していればいいのですが、サクラさんの方は全く定着していませんね。誰と誰が夫婦となったのか神様が分からなくなる可能性があります。それから、ダンテさん。大勢が祝福をしたいので本名の方が良いと言っていますよ」
「誰が」
淡々と質問に答える神官に、ダンテが眉をしかめて尋ねた。
「あなたのご両親や、ご兄弟です。お亡くなりになっているのですね」
「・・・」
ダンテが驚いて身を引くようになった。後ろに庇われていたアリアはそっと背に手をあてた。
ダンテがそれに気づいて振り返る。
そしてまた神官に向き直った。
驚きのあまり、言葉を失っているようだ。
「あの。実は駆け落ちなの。だから追われないようにしたいと思って、偽名なんです。色々死にかけたので」
嘘ではない表現でアリアは理解を求めた。
「大丈夫ですよ。この届けは神様が受理するもの。例え国の王でも見ることはできません。それに、1年後には燃やしますからね」
「まぁ。燃やすんですか」
「えぇ。神様の元に送るのですよ。言っては何ですが、1年以内に夫婦を止めたというのも多いもので。1年以上の方だけを燃やします」
まさかのお焚き上げ方式?
燃やすことで天に届けるという考え方だ。前世の知識だが。
さすが、別の国だ。なんだか色々考え方が違う。
「・・・ダンテ。では本名ではいかが」
「・・・本当に誰にも見られないんだな。その、滅んだ国の貴族の名前で、表に出ると問題が」
ダンテが困惑しながらも打ち明けた。やっぱり呪いから助けてもらったので、神官には正直な様子、とアリアは思った。
「見ません。私も誰にも言いませんよ。夫婦の届けを見届けた者として、1組と数え誇りますが」
「あの、何の声が聞こえているのでしょうか?」
とアリアは聞いてみた。
神官はどこか嬉しそうに、そして得意そうに笑んだ。
「神の使いの声ですよ。あなたの周りにもいるではありませんか。たくさん」
「たくさん」
「えぇ。呪いから解けると、白く輝く。残った子たちです」
「まぁ!」
それ、あの湯気たちみたいな子のこと!? アリアは目を輝かせた。
「次にお役目があるまでのんびりしているようですよ。また生まれてくるようです」
「そうだったのですね」
少なくとも、この国の考え方では。
とはいえ、可愛いなと思っていた湯気たちの事を良いように言うので嬉しくなる。
「・・・新しい紙を貰えますか。書き直したい。本名で」
「えぇ。どうせなら、本名で暮らせば良いのにと、言っていますよ。幸せになれるだろうと」
「・・・」
ダンテが黙って俯いた。背の低いアリアには、表情がちらと見れた。泣きそうになっている。
用意して貰った新しい紙に、ダンテが本当の名前を書き込んだ。
アリアも、サクラではなく本当の名前を書き込んだ。
まさか、堂々とここで本名を書くとは思わなかった。
神官が名前を読み上げる。
「おめでとう。今、受理いたしました」
たったそれだけ。でも、これで正式な届け出。
「そちらの扉から出てください。庭園です。のんびり散歩してください。町で買い物してきても良いですが、今日は戻ってきて下さいね。呪いを解いたばかりなので、今日は神殿に泊ってもらう必要があります。悪化しないか、念のためです」
神官が、聖堂の机の上の箱に紙を入れながらそう言った。
ということは、手順としては、あの廃墟の教会でも同じだったのだ。
廃墟の方は、ダンテとサクラの名前だけれど。
「名前」
とアリアはダンテの手を取りながら囁いた。
「あぁ」
ダンテがやっぱり泣きそうになりながら、冷静さを装おうとしている。
「ねぇ、これから、ノアで良いのではないかしら」
「まさか」
「ブルドンお兄様に報告しましょ。ねぇ、そうすると、エドヴァルド様もダンテを追えなくなるわ。本名の方が安全よ」
「だけどあなたのほうが本名だ」
「アリアという名前自体は珍しいものじゃないと思うの。まぁ、普段はサクラで良いけれど、ダンテ、結構ポロポロと私をアリアと呼ぶわ?」
「まだ慣れていないから。あと、体調が悪くて考えが及ばなかった」
「えぇ」
「それにサクラという名前をあなたは気に入っているんだろう」
「アリアも好きなのよ。変えるべきだっただけで」
「・・・ブルドン様に相談しよう」
「えぇ」
「今、してしまおう」
「まぁ」
神殿の庭園、いくつもあるベンチの一つに腰かけて、ダンテが緑色の板を取り出す。
結婚の届け出をした、相談がある、と書き込んで返事を待つ。
やっぱり通話の方が早いなぁ、電話機能が早く欲しい、とアリアは思い、そういえばこの町ではまだだった、と、ブルドンから頼まれていた魔法の紙をこの庭園にも置いておいた。
ダンテが一生懸命書き込んでいる。アリアは覗き込みつつ、庭園を眺めてみたりもする。
緑、木々の多い庭園だ。南国の庭園みたい。違う国に来たんだなぁという実感がわいてくる。
横で見ていたが、ダンテとブルドンの連絡速度が上がっていく。
話をまとめて、ダンテが顔を上げた。
「ダンテは、高熱で動けなくなった。代わりの人間を派遣するという事に」
「えぇ。ノアね。先方にもそのことを手紙で知らせる。ねぇ、手紙はそんなに早くつくのに、私たちは数か月かかりそう」
「手紙は魔法で送れるから早い。人間は生き物だし大きいし無理だ」
「そういうことなのね。魔法って、生き物が苦手なのね」
「そうだな」
「ねぇ、今度は私の方が、呼ぶのを注意しなくっちゃ。ダンテって呼んでしまいそう」
「ノアで頼む」
「えぇ。ノア。頻繁に呼んで早く慣れるようにするわね?」
「あぁ」
ダンテが嬉しそうに笑んだ。どこか子どものように素直な表情に見える。
アリアも嬉しくなった。
「こんなところで、親兄弟からの言葉を、聞かされるなんて思ってなかった」
「そうね。ダンテには声が聞こえていたもの。呪われていたけど。神官さんにも声が聞こえるのね」
「そうなんだろうな」
「幸せになりましょうね、ノア」
「あぁ。アリア」
ふと顔を寄せてきたので、気づいたアリアは目を閉じて受けた。
そっとキスされる。
「夫婦だな」
「本当にね」
クスクスと二人でベンチで笑った。幸せだなと思った。
 




