手に負えないはず
神官を名乗るおじさんが、服の袖で鼻を抑え、顔をしかめながら部屋の中に入ってくる。
入った瞬間に、
「うわぁ」
と実に嫌そうに呟いた。
何なの。
ダンテがベッドで寝ているが、神官は近づかない。
一瞥しただけでアリアを見た。
「お嬢さん。これは私の手に負えませんね」
アリアは困惑を表した。
あと、アリアは神官に自国で会ったことが無いのだが。この人、普通のおじさんだ・・・。
アリアの中で神官への信用がぐらついているところに、目の前の神官は深いため息をついた。
「駄目だ、無理だなこれ」
あっという間に部屋の外に退出してしまう。
アリアは声をかけた。
「あの、呪われているということですが、どうすれば治るのか教えてくださいな」
「あー、ちょっと悪いんですが私の手に負えないんで、お嬢さん、頑張って彼を立たせて神殿まで行って下さい。まともな神官なら何事かすぐ分かる」
アリアは困った。宿の人に相談してみよう。
***
神官からの言葉と、宿の人に相談して来る、という事を、返事する余裕のないダンテに告げ、アリアは宿屋の受付まで降りていった。
「あぁ、俺が神官さんに相談してみたんだ」
と宿屋の青年は、アリアの話を聞いてそう言った。
「そっか。じゃあ、神殿に連れて行く? 肩を貸すよ」
「本当ですか?」
なんて有難い! アリアはつい前のめりになる。
「うん。だけど時間もかかるから、手間賃は貰うよ」
「はい。それは当然ですわ」
宿屋以外の仕事を依頼するのだから。
「うわっ!」
階段の上、小さな悲鳴が上がった。ん。これはあの神官の声?
ドン、ズルッ、と何か当たって引きずるような音がする。
「お嬢さん! お嬢さんいないのか!?」
アリアが慌てて階段に向かうのを、宿屋の青年も驚いてついてきてくれる。
「ダンテ!」
「あ、」
階段をフラフラのダンテが降りてくる。
アリアの姿を見て少し力が抜けたようだ。バランスを崩して倒れそうになる。
「!」
「ちょ!」
アリアより先に宿屋の青年が倒れ込むのを防いでダンテを支えてくれた。
「うわぁ。このまま連れて行った方が良い、神殿」
意識を失ったらしいダンテを支えながら宿屋の青年がアリアを振り返る。
「お願いします」
アリアは答えながら、急いでダンテに治療魔法をかける。
「神官さん、治療お願いできませんか」
宿屋の青年が、どうやら階段の上で様子を伺っているらしい神官のおじさんに声をかけた。
「残念だが、私の力では何とも」
「治療魔法、使えませんか?」
アリアが頼むと、神官が渋々降りてきた。
ねぇ、神官ってこんなの? もっと善意の塊だと勝手に思っていたのだけど。
アリアは不満に思ったが向こうは気づいていないらしい。酷く深いため息をついてから、長い袖をバッと後ろにやり、その場で片膝をつき、祈りの姿勢になった。
「哀れなこの・・・うわっ」
何かを言い始めて、急に弾かれたように立ち上がる。
「やはり無理だ。強力過ぎる」
「分かりましたわ」
本当に無理らしい。なんだか納得した。この神官じゃ駄目なのだ。
「お願いします、神殿に一緒に連れて行ってくださいませ」
「うん、行こう。神官さん、ありがとう、アドバイスありがとうございました」
「あぁ」
宿屋の青年がダンテを支えながら歩きだす。
3人並ぶと歩きづらいから大丈夫、と言われたアリアは、後ろからついて歩く。ダンテに触れて、できるだけ治療魔法をかける。
「母さーん。お客さんを神殿に連れて行くからー」
「まぁ! えぇ、気をつけて」
おかみさんも出て来てくれた。
良い人たちが営んでいる宿屋で良かった、とアリアは思った。
***
運んでいる途中でダンテに意識が戻った。
ちょっとはアリアの回復魔法が効いているのかもしれない。
体を動かしづらそうだが、意識が戻ったので格段に移動スピードが上がった。とはいえ長い階段を昇らないといけない。
一方、階段の途中で、慌てたように、長い裾の服を着た人が4人、降りてきた。
「手を貸します。こちらへ」
「この哀れな者に救済の手を」
2人が祈り出し、2人がダンテを運ぶのに手を貸してくれる。
「ありがとう。ザトラ。きみは宿の仕事に戻ると良い」
「お願いします。旅の神官さんがうちの宿にいて、強力な呪いだっていう事です」
「あぁ、間違いない」
アリアも宿屋の青年に礼を言った。青年はアリアに頷き、ちゃんと部屋も残しておくから戻ってきてね、と去っていった。
ダンテが両脇から支えられて階段を昇っていく。
加えて、お祈り効果か、明らかに回復している。
「アリア」
と心配するので、
「大丈夫、後ろにいるわ」
「頼む、離れるな」
「じゃあ、傍にいる証明に歌いましょうか?」
「・・・頼む」
まさか、頼まれてしまった。
でも姿が見えなくて心配なのだろう。
アリアは、少し考えて選んだものを歌いはじめた。
「歌がお上手だ」
ダンテを支える神官が途中で褒めてくれた。
「恋人? 夫婦?」
ともう片方がダンテに聞いた。
「夫婦の届けをしたが、まだ、きちんと、出せていない」
「ん?」
「この町に来る途中、で、」
ダンテの息が切れる。階段を昇りながら話すのはまだ辛いようだ。
「あ、私が説明するわ」
気づいたアリアは歌を止めて説明する事にした。
旅の途中で、廃墟にたどり着いて、教会だというので届けを出した。
ただ、強盗の住処になっていて襲われかけたのを逃げてきた。
この町に着いた途端、ダンテの体調が酷く悪くなった。
「廃墟? 場所はどこです」
「ごめんなさい、私には分からないの。ダンテなら分かる?」
「あぁ。地図があれば・・・」
「廃墟の教会か。変な場所に入ったりしませんでしたか。恨みを買うような。例えば墓地の石を蹴飛ばしたとか」
「逃げる途中でその可能性は・・・アリア、悪いが、馬車の事も」
「えぇ」
ところで、ダンテがアリアをアリアと呼んでいる。
今、ダンテは弱っているから、ついそうなってしまうのだろう。
アリアはそんな事を思いつつ、説明を加えた。
廃墟で夜明け頃に襲われかけたが、強盗たちがお化けが出たと悲鳴を上げて逃げた隙に、ダンテがアリアを抱えて窓から逃げ出した。
その途中で、地面が揺れて、黒い馬の背中に乗っていた。
ダンテには声が聞こえて、飢饉で死んだ大勢と、強盗に殺された人たちが集まった黒い粒らしいと分かった。
もともと、アリアたちには、人間だったはずの白い湯気たちが旅について来てくれている。その5つがいたことが良かった雰囲気がある。
黒いものもアリアたちの逃亡を全力で助けてくれた。むしろ親切に思えた。
この町の門に近づいた時に、砂が舞うように形を崩して消えた。
「それだ。呪い」
「それですね。廃墟か・・・溜まってたのを全部引き受けてしまったのでしょうね」
「黒いというのはそれだけ恨みが強い」
神官たちがアリアの話を聞いて口々に話し始めている。
「その廃墟を浄化しに行かなくては」
「でも、全て連れて来てしまっているのでは?」
「強盗の方にも、騎士団を向かわせなければ」
そんな会話を聞いているうちに神殿が現れた。立派な建物だ。
そして、大勢の神官が、固い顔をして並んで迎え出てくれている。大事だ。
「つきました。すぐに治療を始めましょう。お嬢さん、は、どうされますか」
神官の一人がアリアに呼びかけるので、アリアは急いで返事をした。
「彼の傍にいます!」
「問題ありません」
「お嬢さんは強く善良のようだから」
神官たちはどうもアリアを褒めてくれるようだ。
「俺に、呪われる、原因が、あるんですか」
ダンテが呟くように尋ねた。何か気になったようだ。
「いや、あなたは普通の人ですよ。普通に取りつかれやすい」
一人が宥めてくれる。
「理解してもらえる仲間に憑くものです」
「・・・」
ダンテが微妙な顔だ。
「さ、こちらに」
***
天井が高く、円形に近い12角形の、多分特別な部屋。ダンテはベッドに寝かせてもらう。15人の神官がそれを取り囲み、片膝をついて祈り始める。
これが呪いの治療だそうだ。15人もいるというのは余程なのだろうとアリアは思った。
3重の人の輪の外で様子を見つめる。
一旦楽になったように見えたのに、ダンテが苦しそうに呻くのでハラハラする。
そのうち、部屋の中空、黒いものが、染みのように現れだした。
それが列に並びだす。順番を待つ人たちのように。
「こちらに」
アリアに対してではなく、黒いものたちへの呼びかけだった。
この部屋、内側にバルコニーがついていて、そこのドアが開き、向こうへと黒いものを連れて行くようだ。
と思ったら、12の壁全てにドアがついていたようで、次々と開く。全てに神官たちが待機している。
まるで診察を待つ患者のように、黒いものが順番に入っていく。
一方。
アリアの目の前を、白いものがヒュンヒュンと飛び回り始めた。
ん? これは、あの湯気の子たち?
数が増えていく。また違う子たち?
アリアの前で、人の姿に変わった。白くてぼんやりしている。人影。
「・・・私たちを助けてくださった方々でしょうか」
とアリアは呟いた。
返事はないがそんな気が。
「本当に助かりました。あなたたちのお陰です。でもダンテが苦しそうなのを、助けてくださいませ」
ポン、と白い人影が弾けたようになって、たくさんの白い粒に代わり、また飛び回る。
見れば、部屋の中央のダンテもしっかり起きているようだ。
ダンテも何か言っている。
ありがとう、助かった。楽になってくれ、とか。
***
治療が終わったそうだ。
ダンテが神官に促されて上体を起こし、ベッドの傍の椅子に座る。
アリアも傍に行って良いというので傍による。
神官がダンテの首元を確認し、
「やはり随分大きな穴が空いていますね」
と言った。
「穴」
ダンテが顔をしかめて、喉元に手を遣る。
あ、そこ、エドヴァルド様の魔法の・・・。
「いえ、後ろですよ。悪いものはここから入ります。大量に取りつかれて大きな穴になってしまった。しばらく体質が残るでしょうから、法具を買って常につけてください」
「法具?」
「これです。お値段でデザインなど選べます」
商売?
アリアも見守る中、神官が布を取り出して、中を見せてくる。値札もついている。
「効果があるのはどれなのでしょうか?」
アリアは尋ねた。デザインとかより効果が大事。




