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かつての人間のはず

馬車に乗り込ませてもらった結果。


意外と、快適だった。

黒い粒が全部良い人に見えてきた。


夜も馬車の中で眠る。

どうしても休憩は必要なのでお願いしたら止まってくれた。


普通に馬車の旅だ。


得体が分からないだけ・・・いや、ダンテに声が聞こえる事で正体は分かる。


白い湯気5体が刺激になったようだが、この黒い影たちは全て、アリアたちを逃がすことに全力を傾けている。そのことで、かつて果たせなかった、あの場所からの脱出、自分たちの切なる願いを今こそ叶えようとしているようだ。


3日3晩走り続けている今、真っ黒だった馬と馬車は、黒と灰と白色のまだらに変わっている。

大勢が集まっているが、色の変わり具合がそれぞれ違うようだ。


「人助けをすると色が白くなるんだろうか」

「そうなのかしら」


そして。

比較的大きな町の門が見えたところで、動きがゆっくりになり、止まった。

砂が風に舞い飛ぶように、黒いものでできた全て、馬も馬車も、商人とその妻の姿が、解けて消えた。


ダンテとアリアはゆっくり消えていく中、支えられるように無事に地面に降り立った。

久しぶりに石畳の街道。

そして、ダンテもアリアも心から感謝した。


「本当にお世話になりましたわ。無事に逃げられたのは皆さまのお陰です」

とアリアは空を見るように呟いた。

「あの廃墟の事は、この町に届けておく。本当に助かった。ありがとう。礼を言っても言い切れない」


しばらくそうしてから、歩き出すことにした。

自然と手を伸ばして手を繋いだ。笑い合う。


大きな町についた。だから黒い者たちも解散した。

一安心だ。


歩きだす。


一歩。ニ歩。三歩。


「荷物が重い気がする」

と、ポツリとダンテが呟いた。


「疲れが出ているのかしら」

「そうか、な・・・」


ダンテが繋いだ手を放し、荷物を担ぎ直す。


四歩、五歩、六歩・・・。


「重すぎる、気がする」


ダンテが眉をしかめ、辛そうに前のめりになった。

酷い重荷を背負わされたように。


***


歩くたびに辛そうになっていくダンテを支えるようにしながら、なんとか城門を通り抜けた。

門番に病気かと尋ねられた。

念のためと医者が呼ばれた。


「風邪かね?」

と医者は曖昧にそう診断した。


「ダンテ、大きな町に来たのだから、今日はゆっくり休みましょう?」

「あぁ」

ダンテも頷いた。


「ずっと気を張っていてくれたもの」

アリアはダンテを気遣いながら手を引いた。ダンテが辛そうにうつむきがちだ。顔色も悪くなっている。


支えた方が良い様子になってきた。アリアは腕をとって並んで歩く。


「宿を探しましょう。あ、換金も必要だわ・・・」

アリアは状況を共有するように小さく呟きながらダンテを連れて歩く。ダンテはもう答えない。


ダンテを座らせて、宿の場所とかを聞いた方が早いのだろうけど。見知らぬ町でバラバラになるのは怖い。ダンテも心配するだろう。


ダンテを支えながら町の人に聞いて、人が良いと教えて貰った宿屋に入る。


宿屋の受付はダンテと同じ年頃の青年だった。

病人お断りと言われないか心配したが、問題なく手続きできた。

門のところで医者に診てもらったと話したのも良かったかも。


受付の青年がダンテに肩を貸してくれ、2階の部屋に案内された。

ベッドにダンテを寝かしてくれる。

ミシッとベッドが酷く軋んだ音を立てたので、青年があれっと驚いた。ベッドが痛んでいるのかと青年が調べたが問題ないようだ。少し不思議そうにしながら、何かあれば声をかけてと戻っていった。

別料金で食事を届けてやるというので、それも頼む。


宿屋の青年が出て行ってから、アリアはダンテの様子を覗き込む。

汗をかきだしている。


これは、もう一度医者に見せるべき?

でも、門のところで医者に診てもらったのはついさっきだ。


どうしよう。

額に手を当ててみる。あ、熱が出て来てる。


ダンテに声をかけても返事がない。


アリアはダンテの荷物を探し、ブルドンに連絡がとれる緑色の板を取り出した。

ブルドンに相談しよう。それから、食事を運んできてくれるはずの青年にも。

多分、アリアはできる限りそばを離れない方が良い。


ダンテが高熱。医者は風邪かと。色々大変。


青いボタンを押そうとして悩む。伝えきれていない。

うーん。

一度消そう。赤いボタンで消去。


長文で説明したい。ダンテが大変。


と書いて青いボタンを押した。

これで返事が来た時に、文章を次々送りつけよう。


コンコン、部屋の扉がノックされた。

「はい」

「宿側だよ。具合が悪いって聞いて様子を見にね」

あ、女性の声だ。


***


宿屋のおかみさんにもダンテを見てもらう。

アリアは自分たちについて、旅の途中と伝え、廃墟で強盗に襲われて逃げてきた事も伝えた。

そして、ダンテの具合が急に悪くなったという相談も。


ついさっき医者に見せたのなら、様子を見るしかないね、とおかみさんは言った。

何かあったら声をかけておくれ、とおかみさんは告げて去っていく。


とりあえず、アリアはダンテの眠る横の椅子に座り、ダンテに治療魔法を使う事にした。

ほんのちょっとの威力しかないけれど、無いより全然良い。


***


もう夜。

ダンテが唸っている。熱は下がって来たけど汗が酷い。疲れが出て、風邪が悪化?


食事は無理だが、水分は水差しで補給している。

宿屋から買った、回復薬と治療薬も摂取させている。なお、コインは宿屋でも換金できるそうで、自国のままで使えた。


明日の朝、宿の人が、周辺でお世話になっているお医者さんを呼んでくれるそうだ。


ダンテが夜に目を開けても良いように、アリアは傍の椅子で眠る事にした。


廃墟の教会の時とは逆ね、とアリアは思った。

思えばダンテは、夜も警戒してくれていて、きちんと眠れていなかったのでは?

アリアでさえ、よく眠れていないぐらいだったのに。


そんな事をしみじみと思いながら、アリアも眠ってしまう。

が、ふとまぶしさを感じて起きてしまった。

パチパチと瞬きする。

見間違いかと思ったが、目の前に橙色の淡い光が浮かんでいた。


ん? 何これ?


ダンテの目が開いている事に気が付いた。

アリアの方を見ている様子。

口を動かしかけるのだが声は出ないようだ。


「お水飲む?」

と尋ねると小さくゆっくり頷かれた。


傍の水差しを取り出してダンテの口に当てる。


コクリ、と喉が動く。ちゃんと飲めているようだ。


アリアはまたダンテの額に手を置いた。昼の高熱に比べればマシだが、まだ熱い気がする。


治療魔法を使うと、ダンテが嬉しそうに目を細めた。


ダンテの口が動いた。

「ははうえ、も、やすまなければ」


ん?

聞き間違い? ではない。


ははうえ。母上。


寝ぼけてる?


ダンテが嬉しそうにアリアを見て、少し笑う。


あ。寝ぼけてる。夢でも見てるつもりなのかな?


そういえばダンテのお母様ってどうしているのかな。

北の国。貴族。あれ。髪の毛を切る時に、トラウマ、母って・・・。


アリアはふと事実に気づいた。


家族が欲しいとダンテが泣いたことがあった。


つまり、ダンテには、家族が一人もいない。


お母様は、故人だ。


「私は、大丈夫」

とアリアはそっと言った。母を装う気持ちで。

「ゆっくり休んでね。・・・ノア」


ダンテの本名を囁く。きっと夢を見たまま、眠れるはず。


ダンテは不思議そうにアリアをじっと眺めた。


「・・・ありあ・・?」

と少し驚いたように呟いた。発音がまだはっきりしない。


あれ。


バレたのね。


気まずい。


ダンテが苦笑した。

「・・・サクラ。寝ろ」

今度ははっきりと話した。どうもしっかり起きてしまったようだ。


「お水もうちょっと飲む?」

とアリアは聞いた。

ダンテが頷いたので、水差しであげる。


「ここの宿、親切よ。明日お医者さんを呼んできて下さるって」

「医者・・・門で見てもらったのにな」

「心配だもの。見てもらいましょう。熱も高かったわ」


アリアの言葉にダンテが深くため息をついた。


「ブルドンお兄様にも道具で状況を伝えたの」

「・・・」

「心配しているわ。ブルドンお兄様のためにもお医者様に診てもらいましょうね」

「・・・あぁ」


どうもダンテはブルドンに頭が上がらない様子。やっぱり主従関係だ。

納得したようなのでアリアも頷いた。


「ごめん。サクラ、寝てくれ」

「うん。大丈夫」

「まさか俺がベッド占領してる?」

「大丈夫」

椅子で寝るから。言わないけど。


「おやすみなさい、ノア」

アリアがそっと本名で囁いてみると、ダンテが少し目を閉じた。

それから笑った。


「昔の、子どもの頃かと混乱した」

「ふふ。たまには良いわ」

「ごめん」

「何を謝るの?」

「間違えたの、嫌だろうと、思って」

「大丈夫。ダンテも可愛いところがあるなって思ったのよ」

「可愛い・・・酷いな」

「酷くないわよ。休んで。大丈夫、傍にいるから」

「休んでくれ」

「うん。あなたが眠った後でそうする」

「参った・・・」

困ったように目を閉じたダンテは、しかし幸せそうに笑んだ。


「灯り、消すぞ」

「え、えぇ」

良く分かっていないアリアがとっさに返事をすると、傍に浮かんでいた橙色の灯りが消えた。


ダンテの魔法だったのね。

良いなぁ、羨ましい。


「寝る」

「おやすみなさい」


少し様子を伺っていると、すぐ寝息が聞こえてきた。

やっぱり随分弱っている。


頭を撫でついでにもう一度治療魔法をかけてから、アリアも椅子にて、ベッドに頭を乗せる体制で休む事にした。


***


朝。


ダンテの熱が上がっている。ずっと傍で治療魔法を使っているべきだった。

アリアは悔やんだ。


呼んでもらった医者は、善良そうだったが、首をひねるばかりだった。

やはり風邪だろう、という事だ。


一方、診察のために無理に身体を起こしたダンテがさらに力尽きた様子だ。

アリアは泣きたい気分になってしまった。


とりあえず、医者からも治療薬と回復薬を購入する。

大量使用しているが大丈夫だろうか。そのあたり詳しくないが、医者に聞いても分からない。


出来ることをするしかない。

ブルドンに状況を連絡しておく。

しばらくこの宿から動けないかもしれない。


ダンテが苦しそうな息遣いになっているのに何もできなくて泣きそうだ。

手を握ったり額に手を当てながら、治療魔法を何度も使う。


「あのー、すみません。お話があるのですが」

突然、ドアの外から声がかけられた。ノックも。自分たちの部屋に来客だ。

ちなみに、宿のおかみさんでも青年でもない。おやじさんでもない。


「はい? どなたでしょうか?」

とアリアは座ったままで声を上げた。


「この宿に泊まっている旅の者なのですが。お役に立てるのではと思いまして。えーと、旅の神官です」


え? 神官?


アリアは立ち上がり、ドアを開けた。


途端、向こうが後ずさった。神官の服なのだろう、裾の長い衣服を着ている。おじさんだ。

そのおじさんは、酷く顔をしかめた。


何なの、失礼では?


「これは酷い。あなたはよく無事ですね」

「はい?」


「中に病人がいるでしょう? 男だ。若い。倒れて寝込んでいる」

「え、えぇ」


「彼、呪われてますよ」

「・・・え?」


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