廃墟のはず
目的地に向かって歩く。
途中で休憩したり昼食をとったり。
ちなみに誰にも会わない。砂漠ではないが、土と岩と草地。
初めは浮かれていたが、少しずつ必要な会話しかしない、口数の減った状態になった。つまり疲れている。
一日歩くという経験はアリアには無かった。移動は、普通は馬車、アリアの場合は馬だった。
ダンテはアリアの体力を非常に気にかけている。
結局お嬢様育ちだし、治療薬の類を全て使い切っている。
つまり、怪我や病気にならないよう、慎重にならなければ。
今日は早めに休もう、と言われている。
しかし、野宿するにも、荒野過ぎて、ダンテも判断に迷うらしい。
大きな岩などがあればその影が使えるので、せめて少し拠り所になるものがある場所があれば、との事だ。
そんな中。
アリアたちは遠くに建物を発見した。
そこにたどり着いた時には夕暮れだった。
壊れかけだけど、教会?
ダンテは酷く難しい顔をしている。
ダンテはアリアを連れて、遠巻きにその建物を眺めてから、
「良い感じがしない」
と呟いた。
良い感じって何?
「中に入らなくても、建物の傍で休むとか」
「いや・・・。ここまで来ておいて何だが、あまりにも周辺に何もないのが気にかかる」
「そうなの・・・」
「こんな場所に建物があれば、他の人間も見つけては近寄る。つまり、中に誰かが住み着いている可能性がある」
「そう」
「こんな辺鄙な、廃墟に住むなら、碌な人間じゃない」
「まぁ」
どうせなら屋根と壁のあるところの方が嬉しいのは本当だが、アリアはお嬢様育ちと自覚がある。
こういう時の判断はダンテに従う方が良い。
「あ」
ダンテが気づいたように、建物の上階に目を向けた。
アリアも見る。
「あ」
とアリアも声を出した。
4階部分の窓から、誰かが見ている。
キィイイ、と軋んだ音を出して、窓が開けられる。
身を乗り出すようにして、アリアとダンテの様子を見ている。
何か声が聞こえた。
そして正面の方を指差し、手招きした。
「入って来いと」
「どうしましょう」
「・・・老婆のようだったが、嫌だな」
「逃げる? でも・・・」
アリアは周囲をチラと見やった。
ダンテも困った顔をした。
「近づきすぎたな」
「何も無いところだから、遠くに離れてもここから見つかるのじゃないかしら」
「そうだな。ア、サクラ」
何でしょうか。
「言葉遣いを、マーガレットのようにもっと庶民的にしてくれ」
「はい、わかった、わぁ?」
マーガレットの話し方を真似した途端、グッとダンテの眉間にしわが寄った。激しく嫌そう。
「悪い。真似は止めて欲しい。あいつを思い出して、あなた相手なのにムカつきが勝る」
よっぽど嫌いね。
「命の恩人よ?」
「そうなんだが」
ダンテも複雑そうだが、とにかく嫌だというのは良く分かる。
「えっと、じゃあ、気を付ける、わね」
「あぁ」
慎重に答えていたところに、声がかかった。
「あんたたち」
建物から老婆が姿を見せてこちらを見ている。
まだ少し離れているが、声をかけてきたのだ。
「旅の人かい。突っ立ってないで。宿ぐらい貸すよ。御礼は食料で良い」
どうしよう、とアリアはダンテを見上げる。
ダンテは周囲を見回して、アリアを引き寄せた。迷っているようだ。
「ここは宿屋なのか?」
「いや。教会だよ」
「教会? 失礼だが、村など特になかったが」
「ここだけ残っちまったのさ。皆いなくなった。もうあたしだけだよ。どうするんだい、来るものは拒まないが、嫌なら放っておくよ。気が咎めるがね」
「・・・」
ダンテが物凄く迷っている。
「あんたたちは、夫婦なのかい?」
「・・・結婚の約束をしている」
「そうかい。ここで結婚の届けも受け付けるよ」
「ここでか? あなたが神父? あなたは女だが」
「あたしはここの世話をしているだけだ。でも見届け役もできる。数か月に一度、教会の使者が来て、届けを回収していくんだよ。駆け落ちが多いからね、こんなところに来るのは」
「・・・」
アリアとダンテが互いの反応を見ようとする。
「よそではルールが厳しいからね。あたしは神父じゃないから届けを受け取るだけだ。ここを見つけたご褒美みたいなもんだよ。涙流して喜ぶ2人組も見て来てる」
「届けちゃう?」
とアリアは囁いてみた。
「・・・ここでなくとも、という気がする」
確かに。
「ほら、夜は冷えるんだ。入るならお入り。もう鍵をしめちまうよ」
「・・・」
「・・・」
ダンテも困っている。
「入りたくないのが本音だが、入ろうか」
返答に困る。ダンテの判断に従うだけだ。
「ダンテが選んだ方が正しいと思う」
ダンテは迷った末、入る事にしたようだ。
アリアの体力を気にかけての判断の気がする。
老婆が通った入り口を通る。
案外しっかりした作りの建物だ。入ったところは4階突き抜けていて天井が非常に高い。
「カギは閉めるよ。もう夜だ」
「あぁ。では一泊、世話になる」
「よろしくお願い、いたします・・・」
「おや。お嬢ちゃんは良いところの子だね」
老婆がアリアに目を留めて嬉しそうにした。
あれ。もうバレた。
ダンテを見ると、文句を言うようにジィっとアリアを見る。
ごめんなさい。気を付けたのだけど。
「そうかい。駆け落ちかい」
老婆がどこか楽しそうだ。明らかに先ほどより機嫌がいい。
***
老婆が、先に結婚の届けについて説明してくれた。
届けるかどうかはもちろんアリアたちの自由だ。
そして、部屋を片付けて来てやろう、と老婆はアリアたちを残して姿を消した。
ダンテが難しい顔をして老婆の消えた方向を眺めている。警戒しているようだ。
それから、ダンテの様子を見つめているアリアを振り向いた。
「どうする。届け出」
「出しておく?」
「イマイチ信用できないが」
ダンテが小さな声でアリアに囁く。
そうなのね。
「ここで出しておいてから、他のところに出すのでも良いと思うの。念のため」
「ならここは不要じゃないか?」
「事情を話して、念のためって言えば、何か大変なルールがあっても免除されると思うの。一度出していれば。二度目は不要だと言われたら、もう結婚も認められてるって事だわ」
「・・・なるほど。あなたがそれで良いなら」
アリアは、用意されていた紙を箱から取り出し、署名をしようとした。
インク壺のフタが硬くて開けられない。ダンテが開けてくれた。
「乾いてる」
「本当ね」
とはいえ用意されていたものだし、このインクを使え、というルールがあるかもしれない。使えそうな場所を選んでインクをペンにつけ、なんとか、サクラ、と署名する。
では俺も、とダンテがペンを受け取り、ダンテ、と署名した。
署名後、ダンテがじっと紙面を眺めている。
それからアリアをじっと見て、また紙面を見つめる。
「感動してる?」
と確認してみた。
「あなたはしていないのか?」
と返された。
「・・・この紙を届けの箱に入れた時に、感動する予定よ」
と言ってみると、苦笑された。
誰もいない、廃墟化している教会。
お祈りの言葉もなく、ただ署名して、箱に入れる。
「感動した?」
とダンテに聞かれた。
「・・・大事にしてくれる?」
とアリアは尋ねた。
「当然」
優しく頬を撫でられて、アリアは目を細めた。
「感動したわ」
「俺も大事にしてくれるのか?」
「勿論。毎日、いつも」
「ありがとう」
「感動した?」
「幸せになったかな」
「まぁ。嬉しい。感動しちゃったわ」
じーん、となんだか胸いっぱいになったアリアが告げると、ダンテが幸せそうに笑む。
わぁ、こんな表情。
わぁ、幸せにするぞっていう決意が高まる。
「では。届けはこれで。次に、あの老婆に食料を」
「お芋があるわ」
「芋や豆は持っている可能性が高いが、とりあえずそうするか。違和感もない」
ダンテが考えるように呟く。
それからアリアの腕をとる。
「何を言われても、絶対に俺の傍を離れないで」
「えぇ」
「正直、全く安心できない。あなたの身分を知って明らかに機嫌がいい」
「口調が変だった?」
「・・・バレたものは仕方ない。良いか、料理を手伝えとか言われても、一人でついていくな」
「えぇ」
「用意される部屋でなく、ここで寝る方が安心かもしれない」
そうなの?
「この部屋は、最悪、窓があるから」
ダンテが窓を見やる。
つまり、逃げなくてはならない状況を考えている。
「分かったわ」
アリアの答えに、ダンテが真剣に頷いた。
***
ダンテの指示に従い、老婆には芋を進呈し、料理の手伝いもダンテを巻き込んだ。
ちなみに老婆は、こんなに若く可愛いお嬢さんと話すなんて滅多とないよ、と上機嫌だ。
アリアには怪しさが分からないが、ダンテの方が危険察知能力が高い。気を許さない方が良いのだろう。
老婆は、一番キレイだという3階の部屋を用意してくれた。
掃除してくれた様子がある。普通に善意に思える。
「申し訳ないのですが、俺が1階で無いと眠れません」
とダンテが言った。なんだその理由、とアリアは思ってしまったが、真面目な顔でダンテの話を聞く。
「1階? 碌な部屋が無い。ここにしときな。夫婦の届け出もした記念の日に。掃除もしてやったのに」
「ありがとうございます。ただ、高い部屋にいると考えるだけで、吐き気がする体質なので」
6階に平気で侵入できるダンテが高所恐怖症を装っている。
でも確かに、それでないと1階の部屋には移動できないかも。
「お嬢さん、あんた、きれいな広い部屋の方が良いだろう。これはあたしの親切心で言ってるんだがね」
「・・・彼が困る方が困るので」
なんだい、と老婆は微妙に嫌そうな顔をした。機嫌を損ねてしまったようだ。
「お掃除してくださったのに、ごめんなさい・・・」
この人は本当に善意の塊なのかもしれないのに。ごめんなさい。
***
ダンテが我儘、という設定となって、結局ダンテの希望通り、教会の聖堂にあたるところに泊まる事になった。
風呂も勧められたが、ダンテが遠慮するように見せかけて結局水だけ貰う。
老婆が去って、聖堂に2人切りになったときに、ダンテがアリアを抱きしめつつ囁いた。
「他にも住んでる気配がしている。物取りや強盗を警戒している」
えっ。
「あなたは寝ていてください。俺は見張りをする」
「それじゃダンテが」
「この周辺、荒野にいるよりはここの方がマシだ」
「・・・私も起きていた方が」
「いや。休める時に休んでいてほしい」




