脱出できたはず
ダンテが、今いる場所を地図を出して教えてくれた。
アリアたちの国の隣の国、結構中に入っている。
「ここから、普通に目的地に向かう」
ちなみに、4つ向こうの国が目的地。
アリアは頷いて、それからじっとダンテを見上げた。
「何だ?」
「いえ。私もダンテも、髪が血糊ですごく酷い事になっているから」
ダンテも真顔で頷く。
「早々に洗おう。顔と手だけは拭いたんだが・・・」
「ありがとう」
ダンテが地図を差す。
「すぐ川だ」
「本当ね」
「このあたり、人はそういないはず」
「素敵」
「とにかく先に血を流し落とそうか」
「賛成!」
ダンテが面白そうにアリアを見た。顔を見合わせ、なぜか互いに笑んでしまった。
「早く洗いに行きましょ」
「あぁ」
***
二人揃ってに川に入る。服は着たまま、背中を向けてそれぞれ洗う。お互い、すぐ傍にいないと心配だ。
ちなみにダンテは、昨日の服も洗っている。処分に困るので少しでも血を落としたいとの事。
水なので時間がかかったが、シャンプーも使って、血の塊を剥がしていく。
髪らしさを取り戻して一安心。
ダンテが先に上がって、木にロープを張って布を垂らしてくれた。
「俺はこちら側。あなたはそちらに。乾いた服に着替えて、濡れた服は乾かしましょう」
「えぇ」
テキパキと指示をくれる。頼もしい。
***
持ってきた物も多いし、ダンテが買い取ってきた便利な道具もある。
あまり不便なく過ごせる気がする。
アリアは、傍に旅用の鞄も取り出した。
これはダミーだ。何も無いところから物を取り出したら怪しまれるので、この鞄から取り出したように見せかける。
不自然に思われない程度に中にも入れる予定。
色々整えつつ、二人とも身ぎれいになった。
ダンテの方が髪を乾かすのも早くて、先に朝食を用意してくれる。
固めのパンに、目玉焼き。あと果物。ダンテは追加で干し肉。
「解放感が物凄くあるわ」
「俺はまだ緊張感がある。まぁ、あの国を出たから少し安堵はある」
「ふふっ」
アリアが楽しい気分に笑うのを、ダンテが見つめ、少し笑んだ。嬉しそうに見える。
「この先の予定だが」
「えぇ」
「次の町までは徒歩で移動。そこで乗合馬車を使うか、移動手段を判断して、それを使う」
「はい」
「目的地は、ドルド国のカトランテという町だ。すでにブルドン様が手紙でやり取りされていて、俺たちはその相手を訪ねて、店舗の物件などを紹介して貰う。ブルドン様たちが来る前に、店を整えておく。そういう仕事を貰っている。つまり、そこに住む」
「えぇ」
きちんと手配してある様子。
「それから、俺たちだが、結婚しませんか」
「えっ、勿論!」
驚いたが、アリアは即答した。
ダンテが目を丸くした。それから弾けたように笑顔になる。
「良かった」
「私も。嬉しいわ、有難う!」
ダンテが照れて笑っている。
「落ち着いてからの方が良いかとも、思ったんだが。あと、実は緊張した」
「連絡みたいに言うから驚いた! ふふ。お仕事的に都合の良いタイミングなどあるの?」
「タイミングは、いつでも。・・・早いのも、良いかなと」
「あ、でも、この国・・・条件が厳しいと、旅の途中では難しいかも・・・」
「・・・さすがに、道中の国の結婚形式までは調べなかった」
ダンテが、少し失敗した、というような表情になる。
「私もよ。きっと教会だとは思うから、見つけたら聞いてみましょう」
「あぁ。あなたが良いと思ったところで、宣誓でも式でもしよう」
「そうね! 楽しみよ。・・・あっ、でも」
そんな声を上げたアリアに、ダンテが目を丸くした。
なんだ、と表情で語るダンテに、アリアは言った。
「私は死んでいるのだから、アリア=テスカットラではいけないわ」
「そう、だな、確かに」
「ダンテは、『ダンテ』のままよね」
「・・・いや、不味いかもしれない。あなたの存在もバレてしまうな」
「でもブルドンお兄様からのお仕事で行くのでしょう?」
「・・・ブルドン様に相談する」
「今?」
「あぁ」
ダンテが荷物から、緑色の板を取り出した。紐で結ばれて、ペンがぶら下がっている。
「これに書くんだ」
「あら。書く方なの」
「ん?」
「えーっと、声が届くものではないのね、と思ったの。あっ、ブルドンお兄様から頼まれた魔法の紙、ここにも置かないと」
「ではそちらを。俺は連絡してる」
「えっ、見たいわ!」
「大丈夫。時間がかかるから」
アリアがブルドンに頼まれた魔法の紙を置く。音がして紙が見えなくなる。
ダンテを見れば、緑色の板にまだ文字を書いていた。
「ちなみに、短い文章の方が良いそうだ。書けた」
ダンテが、緑の板についている青いボタンを押す。
何の変化もない。
「これで、ブルドン様が気づいた時に返事を書いてくれたら、それが出てくる」
「凄いわ」
「トニーたちの作品だ。ブルドン様も喜んでいた。良い職場だった」
「・・・離れて寂しい?」
とアリアは尋ねた。アリアのために良い環境を捨てさせてしまった。
「まさか。あなたの方が大事だ」
真剣に言われて絶句した。
ダンテがじっと見ている。
あまりにドキドキしてきたので、言葉が難しく、そっとダンテの腕を握ってみる。
ダンテが不思議そう。
ピッタリ身体を寄せて、座り込む。
ダンテがそっとアリアを引き寄せた。キスを貰った。
どっと赤面するアリアに、ダンテは苦笑した。
「せがまれたのかと」
「・・・違ったのよ」
「何だった」
「とても、かっこいいから・・・」
益々動揺する。
ダンテが無言で頭を撫でて、今度は額にキスをした。
「大人・・・」
アリアの動揺による呟きに、ダンテが苦笑した。
「あなたも15だ。子どもじゃない」
「そう、ね・・・」
ダンテが、激しく照れているアリアを眺めている。
「ダンテと言うのも、偽名なんだ」
ダンテが急に言った。
え?
アリアは真っ赤な顔のまま、ダンテを見た。
「もう色々バレたと思うが、ずっとあなたには秘密にして来たことがある。秘密にと、周りにも頼んでいた」
「・・・」
何について?
「俺は、北の、あの国に滅ぼされた国の生まれで。貴族だった」
「えっ、貴族!?」
アリアの驚きの声に、ダンテが驚いた。
「・・・分かって無かったのか?」
「色々辛い事があったのだと思っていたわ。良いところにいたのかしら、とか。北の国は関わっているとは思っていた。でもあまり分かってない」
「もう色々分かっているのかと・・・」
ダンテが苦笑した。
「偽名だと言いたかっただけだ。ごめん」
「・・・そう?」
「あぁ。そのままの名前だと身元がバレると、変えることになって」
「本当の名前があるのね?」
「ノア=ダニエル=テツィルリア」
「まぁ。3語。どれが名前なの」
「ノア」
「じゃあ、ノアと呼ぶべき? どうしてダンテになったの?」
ダンテが肩をすくめた。
「あまり呼ばれなかったダニエルの方が使われた」
「ダニエル。ダンテ」
アリアは呟いてみる。『ダ』しか使ってない。
「ダニエルは祖先の名前だ。厳めしい老人の肖像画しか知らなくて、実は嫌だった」
「まぁ。直接会ったことはない方なのね」
「あぁ。・・・あ、ブルドン様の返事だ」
二人で緑の板を覗き込む。ダンテの文字が消えて、別の文字が書き込まれている。
『もう手配で「ダンテ」と知らせている』
「了解」
ダンテが呟く。赤いボタンを押すと、文字が消えた。
ペンで、了解、と書き込んだ。青いボタンを押す。すでに慣れている。
「決まりだ。俺はダンテのままだ」
「でも。ノア」
アリアが昔の名前を呼んでみると、ダンテが少し目を丸くした。それから少し笑った。
「不覚にも、今、嬉しくなった」
「ノアって呼んで良い?」
「周りが混乱する。たまに、こっそりと」
「分かったわ」
ダンテがはにかんでいる。まるで少年だ。
アリアも微笑んだ。こっそり必ず呼ぼう。
「あ」
とダンテが声を上げる。緑色の板にまたブルドンの文字が書き込まれていた。
『ケーテルが心配している』
「つまり、アリア様の事だ」
ダンテがアリアを見た。アリアもそんな気がする。頷いた。
とはいえ、アリアは無事、と書くのは避けた方が良い気がする。アリアは自国で死んだことになるはず。
「私が書いて良い?」
「・・・まぁ大丈夫か。どうぞ」
アリアに道具を貸して貰う。
「大丈夫。無事です、っと」
短い文だが、恐らくブルドンとケーテルなら筆跡で分かってくれる。
青いボタンを押す。これで良し。
「あなたを何と呼ぼう」
とダンテが言ってきた。
「考えてなかった。好きな名前、ダンテにはある?」
「特に、全く無い。あなたには憧れた名前は?」
「うーん。少し考えなきゃ・・・あ! サクラにするわ!」
「サクラ? 木と花の名前ですか?」
「えぇ。好きな名前だし、この名前ならブルドンお兄様が私の事だと分かって下さるわ」
「なぜブルドン様が」
ダンテが急にムッとした。
あら。どう説明しよう。
ダンテが少し拗ねたような表情に見える。
うーん。ちゃんと説明してみようかな。
「・・・昔、私とブルドンお兄様は、未来を知る能力があるという話をしたわ?」
「え? あぁ」
「本当はね、未来を知る能力じゃなかったの。私とブルドンお兄様は、別の国、別の時代に、世界も別のところで、暮らしていたの。会ったことはないはずだけど」
「・・・」
ダンテが不思議そうに見ている。
「その国には、桜がたくさんあるのよ。国民性かしら。皆、桜がとても好きなの。春にはお花見するの」
「・・・」
「そんな記憶があるの。そして、この世界のこの時代について書いた本みたいなものがあって。私とブルドンお兄様はその一部を知っていたの」
ダンテが真剣な顔だ。
「説明が難しくて、変な話だから・・・。未来を知る能力、なんて誤魔化したの。・・・これが、私の秘密で、サクラの理由よ」
少し、詰め込んで話し過ぎただろうか。
ダンテの反応を見つめる。
ダンテは少し目を閉じて眉根をよせた後、目を開けた。
「あなたとブルドン様には、共通の思い出がある。桜の木が好きだという思い出も共通している」
「そう、そうなの」
ダンテすごい。すぐ理解してくれた。
「分かった」
ダンテが急にアリアを抱き寄せた。ギュッと。
「・・・ダンテ?」
じっとそのままなので、不思議になってアリアは尋ねた。
「少し。こうしたくなった」
「・・・」
そっかぁ。
ダンテが顔を上げ、アリアを離す。
「では、サクラと呼ぶぞ」
優しい表情だ。なんだか安心できた。
「えぇ。お願いします」
「サクラ」
「はい」
我ながら良い名前を選んだと思う。
『安心した』
という文字が現れているのに、やっと2人とも気が付いた。




