大変だったはず
肉がダンテの指示を待っているようだ。
なんだか素直で奇妙に可愛い?
「俺たちも一緒に出る。死体役たちは、もう少しだけ待ってくれ」
うん。と肉が動く。素直な子どものようだ。
こういうお人形とかぬいぐるみとかいたら可愛いのになぁ。
と、アリアは思ってしまった。
肉なのに可愛いって変だが、性格の愛らしさが動きに出ているというか。
「腹ごしらえをしたいんだ。アリア様、スープとジャーキーを食べましょう」
「あ、えぇ」
ダンテが渡してくれたコップでスープを飲み、一緒に柔らかくなったジャーキも食べる。
あ。温かい。栄養が来たって感じがする。
「お腹、空いていたみたい」
「もう夜ですからね」
ダンテも同じようにしてスープを食べている。
アリアはまた思い出し、尋ねてみた。
「よく、私の荷物にあなたからもらったジャーキーが入っていたと分かったわね、ダンテ」
「・・・あ、詫びなければならない事があります」
何だろう。
ダンテが真剣な顔でアリアを見てくる。
「緊急事態なので、あなたの持ち物から使えるものは勝手に使いました」
「まぁ。構わないわ、全然。だけど、そんな事できたのね」
「はい。後付けの機能で、ブルドン様が俺にその装置を作って下さった。あなたに万が一があり、意識が無い時などに、俺が使えるように」
「まぁ」
さすが、とアリアは感心した。
「体力を回復する薬や治療薬と言った類は全て使い切りました。それでマーガレットが来るまで持ちこたえられたので許してください」
「えぇ。むしろ有難う」
「武器になるもの、道具の類も勝手に使いました。回収できたものは戻しましたが、一度手入れが必要です」
戻すこともできるのか。
「俺の場合、アリア様の持ち物の一覧が脳裏に浮かんで、そこから使うものを指定して取り出します。なので、何をお持ちか全て一覧状態で見ました」
「分かったわ」
「ブルドン様たちがくださった、のろし玉も使いました」
「あら。もう使ったのね」
「はい。この場所を知らせるために。トニーたちが、離れていても連絡が取り合える道具を作ったんです。それを貰って、俺はブルドン様と連絡が取れます」
「すごいわ!」
アリアが驚くと、ダンテも真顔で頷いた。
「トニーたちは、ブルドン様も外国に行くと聞いて心配していた。自分たちのために作ったんです」
「すごい」
「ブルドン様から指示で、のろし玉も使った。だからマーガレットが来れた。間に合って良かった・・・」
ダンテが少し目を伏せる。
「助けてくれて本当にありがとう」
「いいえ。危険にさらした。悪かった」
「いいえ。ダンテがいなかったらもう死んでいるわ。助けてくれた。本当よ」
「その前に俺が死んでいた。あなたが治した」
「マーガレットさんのお陰だわ」
「確かに。あいつに、俺もあなたも2人とも命を助けられた」
震える声だったダンテが苦笑した。
「エドヴァルド様もよね。エドヴァルド様が襲われているのを見たの」
「予想していない勢力が襲撃した。多分、この国を恨む別組織だろう」
「えっ」
「この国の裏の歴史は酷い。大勢が恨んでいる。自業自得だ」
「・・・」
「俺たちは、エドヴァルドを助けるやり方を選んだ。組織として。大きな鳥がいたでしょう。あれも、仲間が使う鳥だ」
「え、鳥? 味方だったの?」
「えぇ。ここにも運んでもらった」
鳥について答えながら、アリアは少し話が掴めなかった。組織? エドヴァルド様を助ける。自分の事のように言ったけど、組織って?
しかしそれより鳥の方が気になった。敵だと思っていたから。
「そうなのね。掴まれて苦しかったから敵かと思った」
「あなたが危なかったので、鳥に助けさせようと仲間が動いたんです」
「・・・そういえば苦しくなったのは途中からかも。でも途中で消えてしまった」
「襲撃が激しくて。でも味方側です」
まぁ、とアリアは思った。
ゆっくり聞かないと分からないが、とにかく大勢が関わった中、ダンテもアリアも生き残ったのだ。
「お代わりをどうぞ」
「ありがとう」
ダンテが鍋からコップにスープを注いでくれる。ダンテが自分の分にも足す。
鍋が空になって、ダンテが慣れた手つきで片付ける。
「じゃあ行きましょう。それから、あなたの馬だ。あなたが心配な様子でうろうろしていたので、傍に留めました。でも連れて行けません。良いですね?」
「分かったわ。でもどうなるの?」
「あなたから、町に戻るよう言い聞かせてやってください。屋敷に戻れるかもしれない。見るからに名馬だから、誰の馬か知る人間も多いはずだ」
「えぇ」
***
アリアは愛馬にお別れを告げた。気のせいか寂しそう。
だけど目立つから連れて行けない。名馬過ぎるから。
それから、ぐらぐら動く肉と夜の道を歩いた。
肉が不意に足を止める。
予定と違う場所なのか、ダンテが、
「え、ここがいいのか?」
などと呟いている。
肉がゆらゆら揺れる。手を振るように。
それから、ぴょん、と可愛い動きで跳び上がり、そのまま落ちた。
「あっ!」
思わずアリアは声を上げてしまい、慌てて口を塞いだ。
数秒後、ベショベショ、という音が下かから聞こえた。底に肉が落ちたのだ。
ダンテもアリアも、まだ傍にいる愛馬もじっと見ている。
スゥっと白いものが、暗がりの中、登ってくるのが見えた。湯気みたいだ。
あの影たちは黒かったはず。だけど、とにかく白い。
それがアリアたちの前で止まる。湯気が集まってゆれている。全部で5つある。
中に入っていたものだ。
ダンテが、
「助かった、本当にありがとう」
と呟いた。
一方で、アリアは慌てて金の腕輪の中を探した。
「もし、良かったら・・・!」
アリアは豆と芋を取り出した。
「その、一緒に行きませんか!? これ、新しい身体になりませんか!?」
湯気が近づいてくる。
笑われた気がした。小さな声が聞こえた気が。
豆や芋に湯気が入る事はない。
だけどアリアの傍に浮いている。
「どうするんだ?」
「どうしましょう。お肉でないと入れないのかしら」
「生肉はもう無い。保存食ばかりだ」
荷物から何か探しては取り出すが良い反応が無い。
ダンテも困ったようにして、荷物を探す。
ダンテが荷物から出していくものの一つに気づき、アリアは思わず声を上げた。
「あ!」
ダンテが気づいて、アリアに持たせてくれた。
「月水晶です。あなたに差し上げた」
蓋を開けてみる。湯気もよってきている。
夜、宝石が美しく輝いている。
「綺麗ね。ダンテの宝物なのよ」
アリアは湯気に説明する。
「あなたに差し上げたものですよ」
とダンテが訂正する。
「えぇ」
湯気が寄るので、見やすくと色んな角度で示してみるが、ん? なんだか石の下に潜り込もうとする?
アリアが宝石を入れ物から取り出すと、入れ物の方に湯気がキュキュッと入って収まる。
「まぁ。そこが良いの?」
「え?」
ダンテも覗き込むが、5つ全て収まっている。
「ではこれで運びましょう。アリア様、石はあなたのものです。持っていてください」
「えぇ。有難う。じゃあ、腕輪に入れておくわね」
「はい。大事にして下さいね」
「勿論。大事にするわ」
ダンテが笑って、アリアの頬にキスを寄せた。
不覚にも酷くときめいた。
***
ダンテの馬に二人で乗り込み、山を越える。言い聞かせたのにアリアの馬もついてくる。
深夜。暗がりが怖いが、馬は普通に進んでいる。夜でも進める魔法というものがあるそうだ。
山道、ダンテが進んだ先に小屋があった。
アリアが降ろされ、ダンテも降りる。
ダンテが馬を労わっている。
「ありがとう。無事にブルドン様のところに戻ってくれ。そこにいるアリア様の馬も連れて行ってもらえると助かる」
馬が短く鳴き声を上げる。
アリアもそっと愛馬に近づき、再びお別れを告げた。
悲しそうに鳴いている。ごめんなさい。
「今まで本当にありがとう。大好きだったわ。屋敷に戻って、大事にされて過ごしてね」
ダンテが馬の腹をペシリと叩く事で、ダンテの馬が道を戻り始めた。賢い。
アリアも同じようにする。アリアの馬は悲しそうに鳴いた後、ダンテの馬の後を追って歩み始めた。賢い子だ。
寂しい。
一方、ダンテが小屋の前で短く、
「俺だ。頼む」
と告げた。
小屋の扉が開いて、見たことのない男が現れた。
「無事か」
「お前たちも」
「お陰で助かった。心から、感謝する」
「あぁ。予定通りか?」
「あぁ。頼めるか」
「よし」
二人が揃ってアリアを見る。
ダンテがアリアの方に戻ってきた。
「先ほど説明した、大きな鳥を使う者です。俺が信用する数少ない人間の一人だ」
と笑う。
「まぁ」
「お姫様。生きのびてくれて何より」
と見知らぬ男が声をかけてきた。
「味方してくださるとか。感謝いたします」
アリアの言葉に、頷きが返される。
「あ。ブルドン様から預かっている、途中立ち寄った場所に置くという魔法の紙をここにも1枚置いてください」
とダンテが言った。さすが、アリアの荷物の中身を把握している。アリアさえ忘れていたのに。
取り出して、小屋の前の地面に紙を置く。ポン、と非常に小さな音がして紙は消えた。魔法だ。
「もう準備は良いか?」
「あぁ」
「姫君をしっかり抱えていろ。朝にはつくはずだ。眠っている方が良い」
「分かった」
アリアには分からないが、ダンテと男は分かり合っている。確かに仲間のようだ。
男がふと空を見上げた、と思ったら、小屋の屋根の上に大きな鳥が降りてきた。
「この2人を、予定通りアクシュテの国まで運んでやってくれ」
ギグルゥ、と鳥が鳴く。
確かに、日中聞いた鳴き声に似ている。
「こちらに」
ダンテが腕を広げるので近寄る。
ダンテがアリアを抱き寄せた。
「申し訳ないですが、今日はこのまま休む事になります」
「分かったわ、としか言えない。分かったわ」
アリアの言い方にダンテが笑った。
「仲の良い事だ。うまくやれよ」
男の声がして、すぐ頭上に鳥の影が落ちる。
鳥が脚を伸ばしてくる。そのまま、大きな姿には似合わない丁寧さで、アリアを抱えるダンテごと、まとめて掴んだ。
浮き上がる。
「中に。外は見ない方が良い。俺も入ります」
傍のダンテが告げて、身をかがめる。
この鳥の両脚は、人間の手のひらに似ている。大事に包み込むようだ。すっぽりと中に入れる。
とはいえ、広いわけではない。
「着いたら起こしてくれる。休みましょう」
「・・・えぇ」
外には出ていないが、狭い空間でダンテに抱きかかえられている。
ドキドキする、と思ったが、二人とも死にかけて大変だった。あっという間に睡魔にやられた。
***
目が覚めた時には、明るい丘の上だった。
「おはよう」
と傍のダンテに言われて驚いてしまう。
アリアの目が覚めるのを待っていたのか、鳥が安心したように、
ギョッ
と鳴き、大きな翼で空に戻っていった。




