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遠出は偽りのはず

朝が来た。少しは眠れた。

侍女に起こされてアリアは身支度を整える。


朝食の時間になったので、食堂に。

いつもと変わりなく、家族と食事。


不意に泣けてしまいそうになり、アリアは自分の感情を抑えなければならなかった。


食事後、再び準備。


兄を通し伝えられていた時間に、エドヴァルド様が現れた。

いつものように、美しく大きな花束を持っている。

エドヴァルド様はアリアを見て嬉しそうに目を細めた。気のせいでは無く、瞳が少し潤んでいる。


つまり、泣きそう。


どうして?


アリアは大きな花束を受け取った。

「いつも素晴らしいお花を有難うございます。・・・これも全てエドヴァルド様が育てられたお花ですのね」

「あぁ」

エドヴァルド様が少し目を伏せて照れた。視線を上げると、さらに瞳が潤んでいた。


どうして。


アリアは動揺してしまう。

何か、言うべき?

何を。


エドヴァルド様も、これが最後の花束だと思っている?

つまり、やはり、アリアを逃がしてくれる、はず。


今までの花束を思い返してしまって、礼を言いたくなった。だけどそう思った途端、胸が詰まって泣きそうになる。アリアは慌てて誤魔化した。

「とても美しくて、私、感動してしまいましたわ」

「そう。・・・そんなに喜んでもらえるなんて、僕もつられてしまうよ」

エドヴァルド様が笑い、アリアのせいにして自分の瞳の潤みを誤魔化した。


「可愛くて美しさを増すきみに、相応しくありたいと、いつも願った。花をきみに渡すことで、相応しくなろうと、思っていた」

そんな事を打ち明けられて、またアリアは感動してしまいそうになる。


気を引き締めなければ。

これから、馬で遠出なのに。


「置いていくのが少し勿体ないですけれど」

アリアは、傍の侍女に目をやった。


「お部屋に飾っておいてね」

「かしこまりました」

侍女に花束を手渡す。


いちいち涙ぐみそうになるのをグッと堪える。

エドヴァルド様に視線を戻すと、優雅な所作で腕を示された。


「では、行こう。アリア=テスカットラ嬢」

「はい」


腕に手を添える。

まるで新しい日への旅立ちのようだな、とアリアは思った。


まるで今、教会での結婚式のようだ。


エドヴァルド様と?

それは駄目だ。


だけど、新しい場所に羽ばたく。そんな気持ちがしてしまう。

アリアは自分に戸惑いを覚えた。


エスコートされて進む。

アリアの愛馬も手配されて待っている。


そして、それぞれ自分の馬に騎乗する。

なお、アリアの侍女たちは、馬車で後をついてくる。


***


エドヴァルド様の護衛に囲まれつつ町を馬で行き、町の外へ。

そのうち木々がまばらになり、丘になる。


「疲れていない? 大丈夫?」

アリアの横に並んで、エドヴァルド様が確認してきた。


「はい。大丈夫ですわ」

にっこり微笑む余裕さえある。


「さすがはアリア様。僕の迎えを断って、3日に1度は馬で学園に通うだけあるね」

「まぁ」

嫌味ですか? エドヴァルド様。


「もし問題ないなら、移動しながら水や軽食を食べようかと思うけれど、どう?」

「構いませんわ」


「本当に?」

エドヴァルド様がおかしそうに尋ねる。まるであどけない少年のように。

「アリア=テスカットラ嬢。高位の貴族令嬢とは思えない振る舞いだよ」


「まぁ。失礼ですわ」

思わずアリアは言い返した。

「これぐらいの速度、問題ありませんもの。移動中の補給はしたことがありませんが、できそうに思いますわ」

「ははは」

エドヴァルド様が楽しそうに声を上げて笑った。


「じゃあ止めて一旦休憩しようか」

「まぁ」


「一度もやったことがないのに、僕と一緒の時に挑戦するなんて、きみは本当に」

エドヴァルド様は楽しそうに笑っている。

「絶対、零すよ。僕は預言者だ」

「まぁ。やってみなければ分かりませんわ?」

アリアには成功の予感しかないのに。


「絶対零すよ」

エドヴァルド様が楽しそうに断言し、周りに少しだけ休憩だと指示を出した。


***


馬から降りて、軽く休憩。

馬車から手早く椅子などが降ろされてエドヴァルド様とアリアにと用意される。

それに腰かけて、水分補給。少しだけ栄養も。


エドヴァルド様がクスクスとアリアの先ほどの様子を話すので、アリアは侍女にお行儀が悪いですと怒られてしまった。

ムゥ。


少し拗ねたアリアに対して、エドヴァルド様はおかしそうに笑う。

そして、自分がアリアが叱られる話題を振った癖に、失敗を恐れず試そうとするところがまたいいね、なんてフォローもしてくれた。

なんなの、エドヴァルド様。


休憩は本当に少し。すぐに馬上に戻る。

「少し足を速めるよ」

「はい。大丈夫ですわ」


「軽く走らせてみても良いかな」

「はい。構いませんわ」


エドヴァルド様は純粋にアリアとの遠出を楽しんでいる感じがする。


なお、兄が聞き出し、ダンテの情報とも合っていた、今日の目的地はまだ先のようだ。

兄やダンテによれば、山の雪が見えるはずだという。

つまり、王都よりだいぶ離れている場所だ。


***


エドヴァルド様や護衛のアドバイスで時折休憩を挟みながら移動を続けた。


「このあたりだ」

とエドヴァルド様が速度を落としたのは、草地だが、岩も転がっている山の裾だった。


まずは、皆で昼食に。


本当にエドヴァルド様が全てを準備していて、エドヴァルド様の使用人が昼食のための椅子とテーブルをセッティングする。

あっという間に豪華な昼食の席が登場する。


そうか、この国のどこもが、エドヴァルド様の庭なのか。

王子様ってすごい。

なんてアリアは感心してしまった。


さぁどうぞ、とエドヴァルド様にエスコートされて着席だ。


「こんなに見事なお料理を、外で食べることができるなんて、思いもしませんでしたわ」

「きみとの遠出だから、僕も、皆も張り切ったんだよ」


それにしてもすごい。


食事をしながらも、エドヴァルド様が話しかける。

「見て、鳥が飛んでる。2羽だからつがいかな」

エドヴァルド様が指す方向、本当に鳥が舞うように飛んでいる。


「天気が良くて良かったね、アリア様」

「本当にそうですわね」


「雨でも、良かったかもしれないけどね」

「・・・え?」

キョトンとしてしまったアリアの表情に、エドヴァルド様が目を細める。


「料理は口に合っている?」

「えぇ、勿論ですわ。どれもとても美味しいです。本当に素敵です」


「良かった。少し濃い味にしている。遠出で疲れるからその方が美味しいって。父上が教えてくださった」

「まぁ」

つまり王様が。


あれ?

これって、本当に普通の遠出? 普通にエドヴァルド様とのデートなの?


アリアはよく分からなくなってくる。

でも、普通のデートと考えると妙な事はたくさんある。主に、エドヴァルド様の態度が変だ。


今日は何かのための日。それは間違いない。


どうか、アリアに告げた通りに、アリアを助けてくれる日でありますように。


思わず真顔で願ってしまったのを、エドヴァルド様にどうしたのか尋ねられて、アリアは慌てた。

王様やエドヴァルド様に感謝していたのですわ、と答えた。


***


のんびりとした昼食の時間も終わった。皆は片付けに入っている。


「アリア嬢。きみに特別に見せたいものがある。2人になるけれど、僕と一緒に、ついて来て欲しい」

とエドヴァルド様は言った。


「はい」

アリアはにわかに緊張を覚えたが、周囲に悟られないように穏やかに答えた。


「皆は待機していろ。ついてくるな」

エドヴァルド様が周囲に告げたが、護衛たちは困った様子だ。


護衛たちが心配の声を上げて、妥協案を示してくる。

それをエドヴァルド様ははねつけている。

「アリア嬢だけに見せたいものがある。頼む」

と。


やり取りの後、周囲は皆、エドヴァルド様の我儘を聞く事にしたようだ。


護衛として駄目だろう、とダンテが文句を言いそう、とアリアはふと思ってしまった。


アリアは、さりげなく周囲を見回した。

ダンテがどこかに、いる、はず。


いるの、よね?


全くいる感じがしないので心配になる。

とはいえ、ここで姿が見える方が問題だからアリアが分からなくて当然だ。


「アリア様。行こう」

少し他の事を考えていたからか、エドヴァルド様がサッとアリアの手を取って、馬にと歩きだした。

「はい」

アリアは慌ててついていく。

気になって侍女の方を見てみる。

アリアの侍女たちは、心配する様子もなく、アリアたちを見送っていた。


***


それぞれの馬に乗る。

「僕の後をついてきて」

「はい」


エドヴァルド様の馬についていく。少し早足だ。

「あちらの方向に行くよ」

「はい」


「並ぼうか」

「はい」


全て指示に従う。


エドヴァルド様は少し後ろを振り返り、

「皆大人しく待っているようだ」

とアリアに言った。


「護衛の方はきっと苦渋の決断ですわね」

「そうかな」

エドヴァルド様が苦笑する。


「アリア=テスカットラ嬢」

エドヴァルド様が視線を進行方向に向けたまま、アリアの名を改まって呼んだ。


「今から、きみを国外に逃がしてあげる。その方が、きみは生きていけるから」

「・・・ありがとう、ございます」

アリアは素直に礼を告げた。

エドヴァルド様はチラと横に並ぶアリアを見た。


「きみを愛しているからだ。きみの気持ちを尊重する。自分で矛盾を感じるけれど、きみの幸せを願うから、僕はきみを逃がすことに協力する」

「ありがとうございます。いつも、今までも」


「本当は」

エドヴァルド様は言いかけて、口を閉じた。言葉が揺れていたから、泣きそうになったのかもしれない。


しばらく無言になる。


エドヴァルド様が口を開いた。

「愛している。きみが、死ぬことに怯えなくて良い日々を過ごすことを、心から祈っている。無事に、どこかで生き延びていて欲しい。お願いだから、僕の事を忘れないで」

「・・・はい」

エドヴァルド様はアリアの方を見ないけれど、声はやはり揺れている。

アリアも涙してしまいそうになる。


だけど、アリアも話さなければ。

「本当に、申し訳ありませんでした。私が全て悪いのです。助けてくださって、心から感謝いたします」


なんて優しい人なんだろう。とアリアは思った。

自分には真似できない優しさだ。


***


「このあたりだ」

エドヴァルド様が歩を緩める。


「じゃあ、お別れだ。・・・最後、学園で、不快な思いをさせて、申し訳なかった。あれは、ごめん」

「・・・いいえ」

としか、答えられなかった。


「このまま、向こうへきみだけ進んで。きみは馬が暴走して、振り落とされて死ぬ予定らしい。大丈夫、向こうに、あいつが、待っている」

エドヴァルド様が、泣きそうな顔で笑っている。



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