アプローチのはず
翌日。
エドヴァルド様が馬車でアリアを迎えに来た。
そういえば、エドヴァルド様が学園をお休みされる前はそうだった。
まさか、そのルールも復活するなんて。
しかも相当早い時間だ。アリアが馬で出る前に、と考えたのだろうか。
アリアは使用人の知らせに青くなり、兄の元に走った。
「ジェイクお兄様っ!」
「どうしたんだ」
当然ながら、兄は驚いて目を丸くした。
「一緒に、エドヴァルド様の馬車に乗ってくださいませっ!!」
必死の形相で駆けこんできたアリアを兄は数秒真顔で眺め、
「あぁ」
と状況を飲み込んだように頷いた。
「なるほど。つまり僕は邪魔な役割になるわけだ」
そんな言葉に、アリアは動揺した。
困ったことがあったら声をあげろ、助けてやると言ったではありませんかー!! と心の中で訴える。
なおこのやりとりを、使用人の皆が緊張したように見守っている。アリアが必死で走ったからだ。
兄は冷静に、
「まぁ良い。しかしこんなに早い時間とは」
と呟いた。少しおかしそうに笑いながら、
「分かった。僕も同乗させてもらう。先日アプローチを受けて恥ずかしいんだろう」
と周囲に向けて説明のように言ってくれた。
アリアは安堵に顔をほころばせた。
「ありがとうございます、ジェイクお兄様」
「良いよ。たまには妹と一緒に向かうのも良いからな」
兄は笑んで快諾してくれた。
***
というわけで。
エドヴァルド様の馬車に、アリアと兄も乗せてもらう。
エドヴァルド様は兄に嫌味を言ったが、
「婚姻前なので節度を持っていただくべきという理由での同乗です」
と兄がにっこり注意のように告げると、表面的には決着がついた。
馬車、座る位置も、エドヴァルド様がお一人。対面にアリア、その横に兄。
エドヴァルド様が、笑みつつも兄に対して苛立っている様子だ。
一方の兄は、エドヴァルド様に対して、
「節度の問題です」
と、時々辛口に告げている。
そんな兄は、時折アリアの方を向いて少し嬉しそうだ。
「成長してからはあまりこのように馬車に乗った事も無かったな。たまには嬉しいものだ」
本当にそう思っている様子で、アリアは安堵する。
エドヴァルド様に対しては気まずいけれど。
兄とエドヴァルド様の仲が悪くならないかが不安だが、兄はあまり気にしていない様子だ。
学園に着いてからも、アリアは兄の傍にいた。
そのうちマーガレットが来たので、マーガレットもエドヴァルド様たちの集団に合流。
こんな状態では授業を抜けるのが難しい。
珍しく普通に授業に出た。久しぶりだから、話題についていくのに精いっぱいだった。
***
昼、ランチの時間になった。
エドヴァルド様が真剣に、アリアと2人でと強く願ったため、さすがにエドヴァルド様と2人でランチをすることにした。
周囲に使用人がいるし、食事だから隣り合ってベタベタすることもないはずだ。
なお、マーガレットは、今日はアリアが抜けるので兄ジェイクと2人で食べるらしい。同時に、エドヴァルドと2人で食事をとるアリアの様子を観察するそうだ。
それにしても。
ジェイクお兄様とマーガレットさんって、仲が良い、のよね、やっぱり?
とアリアは少し気にしてしまう。
兄はマーガレットに惹かれている。明らかにマーガレットには寛容だ。
マーガレットも兄と気さくに話している。ただ、マーガレットはエドヴァルド様に恋をしている。
兄もそれは分かっている。
まぁ、自分の事だけで手いっぱいのアリアに、兄の恋愛をうまく考えられるはずはないが。
さて。
エドヴァルド様と食事。間にテーブルを挟むので距離もある。
無難な会話から始まった。
今日は天気が良いね、とか、エドヴァルド様が休みの間、マーガレットさんと過ごしていた、とか。
次第にエドヴァルド様が、熱っぽくアリアを見てくるのは気のせいでは無いはず。だけど、気づいたら駄目な気がする。
しかし緊張する。そんな事まで見抜かれている気がする。
そんな中、アリアは、14日後となった馬の遠出について尋ねた。話題としても自然だ。
「遠出のお約束ですが、どこに行くご予定なのでしょうか? お昼の準備も持って行くべきでしょうか?」
「場所は、秘密にしておこうかな。美しい場所で、きみを喜ばせたいから」
エドヴァルド様がにこりと笑う。
ん? どこか表面的?
アリアがエドヴァルド様の表情を見つめていると、エドヴァルド様が雰囲気を柔らかく変える。
「準備は順調かな」
「今日の帰宅後に、服などを確認する予定ですの」
「そう。昼食は僕の方で手配するから心配しなくていいよ」
「まぁ。有難うございます。そんなことまで畏れ多いですわ・・・」
むしろアリアが準備した方が、逃亡用の食料をこっそり確保できて良いのだが。金の腕輪に。
「馬はきみの馬で良いけれど、あとは全て僕の方で整えるから、何も心配しなくて良い。大げさな準備は何も要らないよ」
「そういうわけにはいきませんわ・・・」
「大丈夫。そんなに警戒しなくても。結婚前なのだからきちんと節度は守るよ」
降参、という風にエドヴァルド様が少し苦笑して見せる。
なんだか演技っぽい、とアリアは思ったが、アリアも美しく笑んでみせた。
困った。
エドヴァルド様が何を考えているのか、やはり全く分からない。
アリアごときが、エドヴァルド様の考えの底を読もうなんていうのがそもそも難しいのだ。
ただでさえ2つ年上、その上エドヴァルド様は優秀だ。その他大勢より圧倒的に。
昨日の夜、会いに来てくれたダンテも呻いていた。
「ブルドン様とケーテル以外、誰が味方か本当に分からない」
と。
エドヴァルド様、マーガレット、そしてアリアの兄ジェイク。誰が何を隠しているのか分からない。
ダンテは、味方の方が少ないと考えている。逃げられるか相当不安になったようだ。
ダンテの負担が大きすぎるのかもしれない、と昨晩アリアは思った。
結局、ダンテがアリアを思って、今は好きなように、と甘やかしてくれた事で、具体的な事は全てダンテにかかってしまっている。
アリアも、もう逃亡に意識を絞って動くべきだ。その方がダンテの負担は減る。
とはいえ、ダンテは、やはりアリアには詳しくを話さなかった。
アリアが詳しく知る事で、エドヴァルド様に読まれることも心配らしい。つまりアリアは具体的な事を知らない方が、成功する。
でも、アリアならではの情報収集や準備はしておくべき。
例えばエドヴァルド様の様子から何か掴もうとしたり、町で買い物をしてこっそり金の腕輪の方に収納したり。
そんな事を思い返しつつ、エドヴァルド様と昼食中の今。
エドヴァルド様もアリアを観察している様子だ。
静かな笑みを浮かべていたエドヴァルド様はふと目を伏せた。
「先に、結婚を早めてしまえばよかったと思うよ」
ポツリと、使用人たち、そして離れているとはいえ他の人たちもいるところで、エドヴァルド様が小声で零した。
「僕がきみの気持ちを尊重した。テスカットラ家からは早めても良いと話が来たんだ。そうするべきだった。式やお披露目なんて後で良い。僕は王でも皇太子でもない。最終的に幸せだと見せられればそれで周囲も納得したはずだ。きみも、僕を見てくれた。結婚してしまえば」
「・・・」
どうしてそんな事を。
アリアは緊張して、エドヴァルド様の様子をじっと見た。
エドヴァルド様が優しく笑んだ。
「今から結婚しよう、アリア様。この後すぐだ。式は予定通りの時期で。手続きだけだ。きみの従兄弟のブルドン=アドミリートも、式は挙げず、先に届けだけだ。それでも彼らは幸せそうだ。僕たちもそうしよう。異論は無いね?」
いや、異論しかない。
が。
内心で嫌な汗をドッとかきつつ、アリアはゆっくり口を開いた。
「そんな、急におっしゃられても、困ってしまいますわ・・・」
何も知らないように。
「後悔させない。必ず守る。僕の我儘で届けを早めるだけだ。好きで大事でどうしようもない」
「・・・ま、ぁ」
とっさに言葉が出て来ない。ゆっくりとした動作で時間を持たせる。
あぁでも。駄目だ。
本心から引き出さないと、アリアには答えられない。
「私の、我儘を、聞いてくださいませ」
アリアは話を止めようとした。内心は表情以上に困っている。
「今回は、僕の意見を聞いてくれて良いと思うよ。良い事ばかりなんだ。しばらくは王城に住めるよう、父上たちに頼もう。警備は厳重だ。落ち着いたら、一緒に選んで屋敷を建てよう。気に入った屋敷に移っても良い。きみはどこでも人気者になる。皆喜ぶ。領民に愛される領主になろう」
「まぁ。でも・・・」
「しばらくは王城住まいだけれど、母上も姉上もきみと会うのを楽しみにしているから、心配はいらないよ」
どんどん仮定の話が進んでいく。
アリアが口を挟もうにも、うまい言葉が出て来ない上に、エドヴァルド様の話は滑らかだ。
「ずっときみに恋をしている。この先も、誰よりも深く愛している。断言する。信じて欲しい」
「・・・」
まずい、という焦りしか湧いてこない。
エドヴァルド様は小声なので周囲は内容に気づいていないようだが、近くに控える使用人は聞いていて知らない顔を装っている。
本当に、どうしよう。
「生涯かけて誓う。幸せにすると約束する。怯える必要なんてない。ずっと傍にいる。僕の傍で生きて欲しい、お願いだ。今から教会に届けにいこう」
駄目だ。
アリアは取り繕う事を諦めた。
一度目を閉じ、目を開け、アリアは手に持っていたカトラリーを一旦置いた。
熱を帯びて見つめてくるエドヴァルド様を見つめ返す。真面目な態度で。
「エドヴァルド様」
切り出したのを、エドヴァルド様がふと身を引くようにして笑った。
「食事は? このソースとても良いね」
「・・・え、ぇ」
まるで何事も無かったかのようにエドヴァルド様が振る舞う。
アリアは様子を見つめてから、またカトラリーを手に持った。
エドヴァルド様に倣って、一口を運ぶ。美味しいけど味わっている場合では無い。
今。エドヴァルド様は、アリアの真剣な断りと詫びを止めてきた。
つまり、アリアの気持ちなど分かっている?
なのに、今、こんなアプローチ?
無難な、料理の話で時間が過ぎていく。
ランチも終わり、席から立ち上がって、午後の授業をどうするのか尋ねられた。
これ以上エドヴァルド様と一緒は無理だ。
マーガレットさんに礼儀などお教えする予定です、と答える。つまりエドヴァルド様とは別行動だ。
「閉じ込めてしまおうかな」
と呟かれて、顔が引きつりそうになった。
「ご冗談を」
とっさに笑みながら返す。
数秒の沈黙の後、
「そうだね?」
笑みが怖い。
手がスルリと取り上げられ、エドヴァルド様にキスされた。
そのまま引き寄せられそうになったのを、咄嗟に踏ん張って防ぐ。
表面的に美しく笑い合いながら、アリアは急いで逃げ出した。




