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貴族だったはず【他者視点】

広間に入ってすぐの位置で、侍女ケーテルは立っている。

ケーテルが仕えている少女、アリアが呼ぶまでずっと待機。


とはいえ、ケーテルは目の前の光景に憧れを感じた。

目の前、少し先、テーブルを挟んで何やら深刻な話をしている、アリアと客人ブルドン。


ケーテルは思った。


深刻な話なのに、両人とも静かに落ち着つき、優雅さえ漂っている。

素晴らしい。


テーブルの上には菓子のためにナイフやフォークもあるというのに。それらが武器と化す気配はなく、茶器が飛び散る事も無い。

椅子が蹴り上げられることも、汚い言葉による罵り合いも、殴る蹴るの流血騒ぎもない。


心が洗われる・・・。

ケーテルはしみじみした。


なお、会話は初めから全て聞こえている。

進言するつもりはケーテルにはないが、無音につとめた室内で、内密の会話はお勧めしない。会話を打ち消すため適当に音楽を流した方が良い。

いっそ庭園で噴水などの傍なら、会話が聞こえ辛くなって良い。


とはいえ、聞こえたとしても他の者には黙っているだけだ。それが侍女。


一方で、話されている内容には関心がある。

暗殺、という単語が何度も会話に登場している。


ブルドンがアリアに渡したあの紙には何が書かれているのか。

会話と様子から、アリアとブルドンが暗殺対象になっていると考えている?

あと、4年?


嫌だ。と、ケーテルは思った。


今の暮らしを思いがけず気に入っている。甘くて平和で緩やかだ。

今、自分は侍女だ。貴族令嬢ではない。

一方で、ケーテルの傍には、ケーテルたちのために菓子まである。


昔の事も先の事も考えないで良いなら、ケーテルは今で幸せだろうと思った。


この場所に来るまでの、文字通り血と汗など、報われる必要は無い。

このままアリアの一番の侍女として暮らせるなら、それで満足できるだろうと予感があった。


穏やかさが当たり前。この世界の住人でいたい。


ケーテルは、隣、ブルドンの付き人ダンテをチラと見上げた。

気づいたようで向こうもこちらに視線を向ける。


いやに不機嫌そうだ。

ケーテルはすぐに視線を戻した。


最も表情を抑えるのが得意だったくせに。いざ現場となると、感情がケーテルよりも出るのか。


隣の者は、目の前の穏やかさに耐えらえないのかもしれない。

特に、仕えている相手ブルドンが、のんびり穏やかで、優秀さを表に出さない性格だから。


ケーテルはブルドンを見つめた。


私は好きですけれどね。

深刻な話でさえ、あのような穏やかさと緩さを保っている。

それでいて冷静に話を進めている。


もし、今も貴族令嬢だったなら。

ブルドンみたいな人が旦那様なら幸せだろう、とケーテルはふと考えた。


***


内密の会話が終了した。アリアとブルドンが立ち上がる。


ケーテルたちの傍の菓子を見て、アリアが言った。

「せっかくだから、みんなで分けて食べて。もしよろしければ、お土産にいかがでしょう」

「ダンテに? ダンテは甘い菓子はあまり食べない気がするけど」

ブルドンがダンテを見上げる。ダンテの方が年齢も背も上だ。


「美味しいですわよ。ね、ケーテル」

「えぇ、そうですわね」

アリアの言葉に、ケーテルはにこやかに返事をした。この会話だけで癒される。


「せっかくだから貰っておくかい。休憩時間に食べれば良い」

「・・・ありがとうございます」

ブルドンの言葉に、ダンテが礼をとった。


良かったですわね、とケーテルは思った。

昔食べていたのに食べられなくなったから、ダンテは菓子を食べること自体を好んでいる、と知っているからだ。


***


ブルドンたちをお見送り。

廊下を移動中、アリアとブルドンの後を歩くダンテが、ふと冷たい視線でケーテルを見た。

ケーテルも気づく。視線が合い、外す。


何やら言いたいことがあるらしい。今日のこの内密の話についてだろうか。


使用人が動けるのは夜だ。心づもりをしておこう。


***


アリアにはその後、お勉強の予定があった。今日は数学だ。

ケーテルは基本的にアリアと同じ室内で立って待っている。


アリアにやる気が見えない。

それなのに、すらすらと解いてしまう。


天才ですわ。素敵。


そういえば先ほどの会話に『好感度』という言葉が出ていたが、ケーテルのアリアへの好感度は日々上がるばかりだ。


未来がこのまま来なければ良いのに。


今は、待機期間。

『その時』のために、ケーテルも、ダンテも、こんな風に紛れ込んでいる。

まだ追加指示はない。穏やかに動くだけだ。


***


今日は疲れたらしく、アリアは早めに就寝するとの事だった。

いつもより早い時間にケーテルも仕事を終え、与えられている自室に戻った。

手早く、ここの仕事着ではない、かつ動きやすい服装に着替える。

待つ。


ピ、と音がした気がして窓に近づく。ここは3階だ。

あらかじめ開けていた窓から外を見る。ニャァ、と短い猫の鳴き声がした。


やはり来た。

ロープを使い、窓から地面に降りる。ひっぱるとロープは回収できる。便利アイテムだ。


ニャ、とまた猫の声がした。少し離れたところ。

ケーテルは目を凝らし、想定していた相手だと確認できたので、静かに後をついていった。


***


深夜。公園の噴水の音、が聞こえる隠れ家で。


ケーテルは、自分を呼び出した相手、ダンテを見た。


ダンテは尋ねた。

「紙の内容は見たか」

「いいえ。鍵のかかった引き出しだから」

仕舞われた先が。


省けるなら、可能な限り口に出さずに会話する。

会話量を抑えるためだけれど、言わずとも伝わる、と分かるからだ。互いにこういう省略に慣れている。


「そちらこそ、書くのを見れたはずよ」

「馬鹿言うな。雑用を押し付けている間に書きやがった」


ケーテルは少し嬉しくなった。ブルドンが意外に有能だと思ったからだ。

一方のダンテは忌々しそうだ。


「忠告して差し上げますが、苛立ちが出過ぎ。まさかの解雇狙い?」

馬鹿じゃないの、は省略し、あごをあげて態度で示してやる。

相手が握りこぶしを作ったのが音で分かった。


「なぜ俺があんな愚鈍な男に仕えなければならない! あれが跡取り? ハッ」

鼻で笑うので、ケーテルは真面目に注意した。

「どうして出来ないの? 一番、化けられるのに」

「知らん」


「主人に態度の悪さをフォローさせるとか、酷すぎだわ」

「・・・苛立たしさがこみ上げるんだ」

ダンテが静かにため息をついた。


ケーテルはわずかに心配になった。

やっと人を潜り込ませたのに、即刻解雇となれば、あの人たちはきっと怒り狂う。ダンテは容赦なくボコボコだ。まさか殺されはしないだろうが、皆、過激思想で攻撃的だ。


ダンテが静かに、告げた。自分でも手を焼いているのかもしれない。

「屋敷では問題ない。そちらで楽しそうなのを見るのが、なぜか許せない気分になる」


どうして。

つまりケーテルがいるから苛立つと?

ケーテルは困惑の上、いささか気分を害した。


「あの、愚鈍で冴えない、年齢も身長も俺より低いし、力だって弱い、頼りないのが」

白状されたのは、ブルドンへの悪口だった。

ブルドンの穏やかさに好感を持っているケーテルは憮然ぶぜんとした。不機嫌さを出したが、ダンテは気にしない。悪口を垂らし続ける。

「嬉しそうに貴族然として、可愛い女の子に鼻の下を伸ばして話しているの見ると、怒りさえ覚える」


「・・・あんたそれ嫉妬?」

「は?」

怪訝な気分ながらのケーテルの指摘に、ダンテは意味が分からないという顔をした。


「つまり、彼女の傍にいて楽しそうなのが気に入らない。なら例えば、彼女の婚約者が傍にいると想像してみたら」

その時の感覚で何が原因か掴めるのでは。と思ったが、ダンテは反論した。

「言っておくが、婚約者がいる相手に鼻の下を伸ばして嬉し気にしている事に苛立つんだ」


ケーテルはわずかに首を傾げた。

「羨ましいからでは?」

「は?」

ダンテは、お前は馬鹿なのか、と告げる顔をした。


もしそうなら面白い、と思ったケーテルは、もう一度言った。

「他の誰でも良いけど、彼女の傍に他の男が楽しそうに話すのを想像して」

「・・・お前、年下で格下の癖に何を偉そうに!」

低い声で文句があったが、武器による威嚇もないから、自分の発言の分の悪さが分かっているようだ。


『格下』などという言葉にもう意味はない。ダンテとケーテルのそれぞれの貴族という地位は、国と共に消えている。

ただし生き残りたちは消えた地位を握りしめたまま復讐に燃えて、普通のように、平民のように、付き人や侍女のようにしながら、潜んでいる。


亡き国を動かした者がこの国を動かす、そのための合図を待っている。


ちなみにケーテルが貴族だったのは、まだ5歳か6歳か、幼い時。

逃げて匿われて、将来のために育てられた。皆、貴族だった。

武器の使い方や立ち振る舞いを叩き込まれた。


少し秘密にされた会話も聞き取れる。そう訓練され、それができるからケーテルは貴族の家に送り込まれた。


とはいえ、ケーテルは思っている。

今の屋敷は幸せだと。

きっと、他は今も恨みを抱いているのに。

ケーテルは幸運にも、穏やかな環境で待機になっただけなのに。


この幸せが壊れてほしくない。

まだ指令が降りていないから、穏やかに過ごしても許される。

もし誰かが、あの少女を害しに来たなら、迎え撃って守ると決めている。自分自身への指令と矛盾が出ないうちは。


さて目の前。

一緒に育てられてきた一人、ダンテがじっと黙っている。

視線は床で無く宙に留まっている。


自分もブルドンに好感を持っているぐらいだから、案外、当たりかも。

そう思ったケーテルは、情報をそっと追加してみた。小さな火に油を注ぐように。


「意識不明の時、最後の方、メニューが親切だったでしょう」

付き人に対する食事についてだ。

「え? あぁ」

胡乱うろん気にダンテがケーテルを見た。


「勘違いしていると思うから教えてあげるわ。あれは無礼な態度をとったあんたのご機嫌取りに、メニューが良くなったわけじゃないわ」

ケーテルの言葉に、ダンテは意外そうに瞬いた。


「他家で働いて疲れているだろうからって、純粋に暖かい指示を出されたの。実行されたタイミングが、あんたが無礼な態度で空気を悪くした後になっただけ」


ダンテが無言で驚いた。目が丸くなっている。

ということは、やはりご機嫌取りと誤解していた様子。単純に労わりだったと今知った。


ダンテが気まずそうに視線を彷徨わせる。

これ以上言うのも無粋、とケーテルはこの件はここで止めておくことにした。


私たちは、無縁だった穏やかさに惹かれてしまうのかも、とケーテルは思った。

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