兄も知っているはず
お茶の後は、買い物へ。
マーガレットの高級文房具など。それからケーテルにメッセージカードも購入した。
馬と馬車を引き取るために、再びブルドンとケーテルの家に立ち寄る。
気を遣わせたくないので『体調お大事に、自分の事を一番大事にしてね』とメッセージカードに書き込み、渡してもらえるよう頼んで、すぐ帰った。
とはいえ、誰かが急いで会いに来るかもと思っていたが、ブルドンもダンテも現れなかった。忙しいのだろう。
***
帰宅。
使用人に、15日後の15日に、エドヴァルド様と馬で遠出になったと伝えておく。
色々準備をしてくれるので、アリアは最終確認をすればいいだけだ。
夕食を終わって部屋に戻る時、少し話をしよう、と兄に声をかけられた。
アリアは少し緊張を覚えたが、はい、と返事をしてついていく。
兄の私室に招かれた。
兄は自分のために酒を用意させた。アリアはハーブティー。用意が終わると、使用人を全て退室させた。
「アリアは、僕の事を慕っているか?」
と兄が尋ねた。
アリアは驚いた。
「えぇ、勿論ですわ。ジェイクお兄様はとてもお優しいお兄様ですわ。私は恵まれていますわ」
「父上と母上は? 愛しているか?」
「えぇ。当然ですわ。仲のいい家族です」
アリアはストレートに尋ねた。
「どうしてそのような事をお尋ねになるのですか?」
兄ジェイクは、酒を飲みながら少し視線を逸らして考えた。
「いや。我が家は他家に比べても仲の良い家だ。父上と母上のお人柄あってこそだ。加えて僕たちが兄と妹というのも大きいかもしれないな。後継者の座を争い、拗れた家も多いが、僕たちには無い」
「そうですわね。それにジェイクお兄様は優秀ですもの。お兄様が跡取りで安泰ですわ」
兄がまんざらでもなさそうに笑う。アリアも笑んだ。
「アリアは今、幸せか?」
兄がそんな事を聞いた。目も笑っているのに、アリアはドキッとした。
兄は、何かを知っていて、何かを確認しようとしている。
エドヴァルド様に何かを聞いている? どこまで?
返事を待たれている。
「幸せ、今この瞬間は幸せですわ」
とアリアは答えた。
「優しいジェイクお兄様、お父様もお母様も私を愛してくださっています。テスカットラ家は名家、高位貴族。恵まれた暮らしです。私の我儘も、町遊びも、大目に見てくださって、自由に振る舞う事を許してくださっています」
アリアの返事を兄はじっと聞き、数秒黙っていた。
「アリアには、エドヴァルド様の事が、真剣に負担だったか」
念押しのような聞かれ方だった。
アリアの身体は強張ってしまった。身内だからこそ見抜かれてしまう気がした。
返事がとっさにできない。
「エドヴァルド様との婚約が無ければ、アリアはもっと、幸せだったか」
かつて、エドヴァルド様との婚約解消を希望した席に、兄もいた。
アリアは口を開いた。
「常に、私は、殺されてしまうのだと、いいえ、エドヴァルド様とは決してご結婚できないのだと、思っておりましたの。私にとって、疑う事の出来ない未来に、思えてしまいましたの」
どう話して良いのか。動揺してしまって声が揺れる。
「婚約解消できれば、良かったな」
言葉を味わうように、ゆっくりと兄が言った。床を見つめながら。それから視線を上げてアリアを見た。
「だが、今の状況では解消できない。分かるだろう?」
「・・・はい」
「あれほど、アリアを大事に、愛してくださっている。アリアは魅力的で、全てがエドヴァルド様の理想だ。アリアが好きで、エドヴァルド様の理想がそうなったとも思うが」
兄が苦笑した。
「家にとっても素晴らしい縁談だ。アリアにも良い縁談だった。エドヴァルド様は王家の第二王子。身分、年齢、申し分なくこの上ない。人に敬われるお人柄、才能も突出して素晴らしい。両家にとって良いものだった」
「・・・えぇ」
その通りだろう。それはアリアも理解できる。
アリアの頷きに兄は少し笑む。残念そうに。
「だけどまさか、アリアの事で思い悩まれるとは考えもしなかった」
返事ができない。
兄は、エドヴァルド様から相談を受けているのか。
「恋は盲目とはよく言ったものだ」
兄が少し独り言めいて、酒を飲む。
「アリアは、家の事を考えたことがあるか?」
叱責ではなく、確認のようだ。
「エドヴァルド様との婚約は政略だと、理解しています」
「素晴らしい、幸せな話だったんだ。お前にとっても」
酔っている?
兄はどこか楽し気に、そして投げやりにアリアを見つめた。
「困ったら僕を頼れ。エドヴァルド様の事でも、僕が守ってやる。アリアは僕の大事な妹だ」
驚いた。
兄は楽し気だ。そして、嘘をついている様子には見えない。
「今日も助けたが、あれで良かったか?」
「え、はい。本当に有難うございました。その、実は、キスをと、でもご様子が怖くて、それで・・・」
「あぁ・・・。必ず助けてやるから、きちんと声を上げるんだ」
「有難うございます、ジェイクお兄様」
少し震えるように感動を覚えた。
「アリアも家族を愛しているなら良かったよ。僕たちも愛しているよ」
「はい。愛しておりますわ、ジェイクお兄様。お父様も、お母様も、この屋敷の皆も、全て」
「あぁ」
兄が満足気に頷いた。
やはり少し酔っておられるのかしら、とアリアは思った。
***
退室して、自分の部屋に戻った。
家族がアリアを愛していると伝えたかったようだ。嬉しい。
だけど、なぜ今?
多分、兄は何か知っている。
でもどう確認すれば良いのか。確認すべきかも分からない。
兄はエドヴァルド様の親友だ。
遠出の日に、アリアが死んだことになり逃げる事まで知っている?
考え込んでいたら時間が随分立っていた。
「どうしました」
ものすごく小声で、すぐ耳元でダンテの声がした。
ヒッ、と思わず悲鳴を上げかけて慌てて口を塞ぐ。
見上げればやっぱりダンテ。
「悩み事なら何でも聞きます。むしろ情報共有だ。話してください」
「・・・驚いた」
「すみません。あまりにも気づかれなくてどうしようかと思いました」
「今日も使用人口調ね」
「まぁそうですね」
会話をしているうちに落ち着いた。
そして、互いが待つように顔を見合わせる。二人ともが不思議そうになり、口を開きかけ、互いに閉じる。
それからもう一度開く。今度はアリアが話した。
「どうしたの?」
「それはこちらのセリフです。今日、ブルドン様たちの家に来られたとか。結局会わずにお帰りだったので、ブルドン様からの指令もあって、今ここに」
「まぁ。ありがとう」
「何か話したかった事など?」
じっとダンテの表情を見つめ、数秒黙ってからアリアは思いだした。
「あっ。15日後の15日に、エドヴァルド様に馬で遠出に誘われたの。行くとお答えしたわ」
「・・・あぁ」
ダンテが知っていたように頷いた。
あら?
「知っていたの?」
「はい。あのムカつく王子から手紙で指示が来て。場所など詳細な内容でした」
「私、どこに行くかも知らないのに」
「・・・。まぁ、あなたはついて行くだけか」
ダンテは少し眉をしかめた。何か疑っている感じ?
「今日、エドヴァルド様が学園に来られたわ」
「そうでしたか」
「・・・私の事を、まだとても好きでおられるのだと思ったの。そんな態度だった」
ダンテがぐっと難しい表情になる。
「ジェイクお兄様が助けてくださったの。・・・ねぇ、ジェイクお兄様も、計画を知っておられる気がするの。エドヴァルド様のご親友だから」
「そう思った理由は? 変わった事など全て教えて欲しい」
変わった事・・・。
「昨日まではエドヴァルド様は来られなかったの。マーガレットさんに頼まれたから、この部屋も見せて、夕食も一緒にとったの。お父様たちは内心怒っておられたご様子だけど、表面的には和やかだったわ。マーガレットさんは私に友情を感じてくださったみたいで、特別だって、あ」
アリアは、金色の腕輪から小瓶を取り出して、ダンテに見せた。
「これを頂いたの。マーガレットさんの魔力を詰めたもので、貴重なのですって」
「あいつが?」
ダンテが見せる手のひらに小瓶を乗せる。
ダンテが眺める。
「魔力だと?」
「えぇ。詰めるのはとても大変なのですって」
「ふぅん? 使い方とかは?」
「持っていればいいって」
「毒では」
「あ! 蓋は絶対開けてはいけないの! 詰めたのに蒸発してしまうって!!」
ダンテが小瓶を透かしてみた後、蓋を開けようとしたのでアリアは慌てた。
ダンテが、アリアにまで疑わしそうな目を向けてくる。
「まさか、あいつを信じているのか?」
「お友達だと思うの。私が物を贈ったり教えたりで、お返しをしなくては、って。本当に、御礼の気持ちでこれを下さったの」
「ふーん」
信じていない目でダンテがアリアを見つめ、持っている小瓶を振りだす。
「駄目駄目! 止めて、願い!」
アリアは慌てて止めた。
マーガレットは魔力を大事だと言っていた。それを特別に分けてくれたと。アリアには本心にしか聞こえなかった。
しかしダンテにとっては違うようだ。
「お願い!! そのまま持っているだけだから! 返して!」
「絶対、飲んだり蓋を開けないで」
「えぇ。持っているだけだもの!」
やっとダンテから返してもらう。
アリアは内心でマーガレットに詫びつつ、変わりがないか小瓶を見てから、また金の腕輪に収納した。
「そういえば、今日はマーガレットと一緒だったとか。侍女をきちんと傍に置きましたね?」
ダンテが確認してきた。
アリアはヒヤッとした。
ここで、侍女は自由時間にしてマーガレットと2人きりで話した、なんて言ったら怒られる。
「おい」
小さい声でダンテがさらに傍に詰めてきた。すでに怒っている。
「2人切りになりましたね!?」
うっ、答えるまでもなくバレている。
「あいつが危ないと教えたのに!」
「ごめんなさい、でも聞いて!」
ダンテがわずかに泣きそうになった気がして、アリアは急いで弁明した。
「マーガレットさん、私を協力者って言ったの。私にも生きていて欲しいって」
アリアの言葉に、ダンテの目が丸くなった。
「は?」
数秒遅れて、ダンテがなおも確認して来る。
「あいつが? あなたに? どういう状況でそんな話に」
アリアは、エドヴァルド様が学園に来られて、態度が怖かったところから話すことにした。
そうしなければ、マーガレットが大丈夫だとアリアが思う理由が分かってもらえないと思った。
***
ダンテは、酷く複雑な顔をしていた。
なお、アリアはダンテの袖を握っていた。不安になったので、つい。
話を聞き終えて、ダンテが深いため息をついた。それからアリアを引き寄せる。
小さく呻くので、何を思ったのかと心配になる。
「最終的には、やれる事をやるしか無い、としか」
とダンテが言った。
「必死で生きようとあがくしか」
悲しく辛そうだ。
「大丈夫よ、絶対」
アリアは少し明るく言った。
根拠なんて全く無いし、本当はむしろダンテ頼みだけど。
「無事に一緒に過ごすの。大丈夫」
アリアは綺麗に笑ってみせる。先の事が分からないから、アリアの不安は隠しておこう。




