アドバイスのはず
今日は町での振る舞い方を教えてください、とマーガレットが町遊びに誘ってくれた。
アリアの様子からそう判断してくれたようだ。
アリアの脳裏に、ダンテの「気を許すな!」という怒り顔が浮かんでしまう。
でも、アリアも、エドヴァルド様のいる学園にいるのが嫌だった。
「ケーテルと最近会っていないから、ケーテルにも会いたいわ」
と、マーガレットと町に行くことに決めた。
***
アリアは馬で、マーガレットはアリアの侍女と馬車で。
のんびり移動で窓からマーガレットたちと会話ができるので、気づいて途中でお土産を買いつつ、ケーテルの家に到着。
迎えに出てきたのは、ブルドンでもケーテルでもダンテでもトニーでもなく、働いている少年のうちの一人だった。
ケーテルは家で休んでいるそうだ。
あのケーテルが休んでいるなら、そっとしておいた方が良い。お土産だけ渡すことにした。
とはいえ、馬と馬車を預かってもらうことに。
「お茶でもしましょうか」
「そうですわね」
侍女も一緒に、人気店に入る。
アリアがいるので二階の良い席に案内される。
普段の感謝のご褒美も兼ねて侍女も一緒に、と思ったら、先にマーガレットがアリアをつつき、耳打ちした。
「アリア様、真面目な話をしたいです。侍女のマリージュさん、息抜きにいっていただいて大丈夫ですよ?」
・・・。
アリアの脳裏でまたダンテが叱ってくる。
だけど、アリアも今、マーガレットと話がしたいと思った。
侍女に気を遣わずに思う存分。
ダンテの言うように、本当に警戒は解くべきでは無いかもしれない。けれど今、マーガレットもまた味方に思えた。
アリアは判断した。
「マリージュ、マーガレットさんが私を見ていてくださるという事だし、あなたは自由時間にするわ。このお店で、のんびりお茶を楽しんでいてくれる? もちろん費用は私持ちよ」
「まぁ!」
侍女が目を輝かせる。
「何を頼んでも良いわ。いつも良くしてくれているから、私からの感謝の気持ち」
「ありがとうございます」
感謝の気持ちも本当だ。侍女が喜んでくれて良かった。
店側が侍女を案内し去っていった。
多分、1階に移動するはず。一般的だから。
「アリア様って心配な人ですね?」
誰もいなくなった個室、マーガレットがいたずらっ子のような笑みをアリアに向けた。
***
店にも給仕の固定配置は不要だと伝える。
そうでなければ会話が気兼ねなくできない。
そして、やはりマーガレットはアリアに友好的な様子。危険を感じない。
初めにお茶と菓子が運ばれてきて、それぞれ口にしてそれを話題に楽しむ。
それからマーガレットの方から、昨日のお礼を伝えてきた。アリアの私室のお披露目と夕食についてだ。
アリアは、昨日で気づいた事を話した。
夕食に誘われたからと言って、受けるのが正解とも限らないという事も。
「えー、面倒ですね」
今のマーガレットの口調は庶民寄り。楽なのだろう。
アリアも少し砕けた口調になっている。
「えぇ。暗黙のルールが多くて。私は、私の立場でのルールしか身につけておりません。家柄によって配慮すべきことは変わってきます。テスカットラ家は家格が高いので、他家より遠慮せず行動できます。いわば我儘が許されています」
「うーん」
「マーガレットさんのお家から、気を付ける事など教えられておられませんか」
「学園に来るためだけの、書類上の養女なので、特には」
「・・・よく、養女になれましたわね?」
「んー。ほら、私、貴族から見ても普通じゃなく才能があったみたいなんです。このまま庶民では勿体ないって、周りが色々整えてくれました。養母は、跡継ぎのいない、おばあちゃんなの」
「まぁ」
「秘密ですけど、結構、性格の難しい人。色んな条件がおいしくて、私を書類上は養女にしてくださったの。庶民では無理な事が多いから。お金目当てだとしても、私を受け入れてくださった事には感謝しているわ」
「そうでしたの・・・」
苦労している様子に思えて、アリアは不思議な気分になった。
ヒロインだから天真爛漫だと思っていたのに、マーガレットにはもっと、芯の強さと信念があるような気がする。
アリアがふと考えた様子に、マーガレットは話題を切り替えた。
「エドヴァルド様は、アリア様のどこを、そんなに、好きになられたのでしょうね」
凄い事言ってきた、本人を目の前にして。
アリアは真顔でマーガレットの表情を確認してしまったが、マーガレットは真面目にアリアの返事を待っていた。
アリアは答えようとして、少し考えた。
乙女ゲーム。エドヴァルド様は、どのような時に、ヒロインに心を動かされただろうか。
「・・・現状に合わない事も、申し上げるかもしれません」
「ん? はい」
アリアは思い出すようにしながら、話す。
「まず。エドヴァルド様は、本来、アリア=テスカットラを、これほど好ましく思って下さらなかったのではと、思っています」
「本来は」
マーガレットが不思議そうだ。
「その中で、庶民出身のマーガレットさんの、明るく気さくで自由。時に大胆な発想と振る舞いに、エドヴァルド様は惹かれますの」
「え? 私に?」
さすがのマーガレットも首を傾げている。
「エドヴァルド様は、普通の貴族令嬢よりも、気さくな発想がお好みなのかもしれません。私は高位の貴族令嬢なのに、お忍びが好きだったりと、その、普通では無いと思いますの。本来では無いと申しましょうか」
「・・・はぁ」
「私、4歳の時に、エドヴァルド様と顔合わせでしたの。聞いた話によると、私が倒れたせいで、エドヴァルド様は私を守らなくてはと決意されたそうです。泣き虫な御方だったのが、それをきっかけに。とてもお優しい。自分が強くなって守らなくてはと」
「のろけに聞こえますよ?」
「そうかもしれません。でも、私は、何かお力になるのではとお話ししています」
「・・・」
マーガレットが真顔で頷いた。
「お花を育てておられて、弱い存在に悲しまれます。弱い立場の者の力になりたいとお考えになります。・・・ひょっとして、もし、4歳の顔合わせで、私が倒れなければ。もしも本来、マーガレットさんが、貴族社会に迷い込んだ弱者、つまり庶民のご出身でなければ。エドヴァルド様は心を惹かれなかったのかもしれません。庇護欲、なのかもしれません」
「庇護欲?」
「はい。エドヴァルド様はとてもお優しい方です。元々が気の弱い性格だったそうですから、弱い立場の人たちを見ると、味方になりたいと思われるのかもしれません」
「・・・」
マーガレットが真剣に考える表情になった。
「私を褒めてくださった点もお伝えいたします。私は、結果的にですが、町を活気づける慈善事業に関わりました。本来はブルドンお兄様の功績なのですが。エドヴァルド様は心根が良いと褒めてくださりました。王家の皆さまからも、高く評価を下さっていると。つまり、慈善事業を喜んでおいでです」
「・・・ふぅん」
「これは思い付きですが、マーガレットさんは治療ができるのでしょう? お医者様のお手伝いなどをされては」
「ごめんなさい、割に合わないの。そんなことは、していられないの」
「そう、でしたか」
何か事情があるのだろうか。
「私の魔力は、私の家族の命なの」
マーガレットが真剣だった。
アリアは、学園で貰ったばかりの小瓶を思い出した。
「私にとって、この魔力は本当に大事で、私の切り札で、私を守るものなの。私は、だから、本当に、重要に思える事で無いと分け与えたりできない。アリア様にお渡ししたのは、例外で、特別なの」
「そうでしたか。そんな、貴重なものを」
「えぇ」
マーガレットがアリアをじっと見ている。輝きさえ感じる。
「私は、責任を果たすために生きているの」
「責任?」
「えぇ」
マーガレットに、言葉遊びの様子は感じられない。
「アリア様。意味は分からない方が良いの。だけど、私は言いたいことがあったの」
「なんでしょうか」
「ごめんなさい」
「・・・」
「ごめんなさいって、真剣に言いたかった。今、言ったの」
「ごめんなさい・・・?」
何について謝っている?
ダンテが、マーガレットは危険だと言った。アリアに対して危険な事をしている事?
「私に謝るような何かをマーガレットさんが行ったのですね。つまり、私がマーガレットさんを怒らせていましたか」
「・・・意味は知らないでいて欲しい。でも、言いたかったの。あなたは良い人だと思う」
マーガレットが笑んだ。大人っぽい表情に見えた。
「意味が分からない謝罪でごめんなさい。単純に私の気が済むだけなの。それでも私は生きていくし、そして、アリア様も生きて欲しい。私にとって、友情だと思う」
マーガレットは苦笑している。
アリアはじっとマーガレットを見つめていた。
「偽って、気楽にちょっとお馬鹿みたいに生きていけたら良いなぁって、思う事って、アリア様には無い?」
「・・・元々私、お馬鹿よりだと思いますの。お気楽に生きている気がします。ずっと、殺されると考えていたことは不幸ですが」
「・・・本当なら、ずっと幸せだったでしょうね」
マーガレットが目を伏せて言った。
「でもあなたは幸せだったと思う。アリア様。幸せで、大勢が羨む暮らしよ」
「そうですわね」
アリアはふと、生きたことを振り返る。
4歳で思い出して、家を買って、ブルドンという味方ができて、死ぬ可能性を知って。
ケーテルとダンテも味方になって。
家は売られてしまったな。今でも残念。あっても、住めなかっただろうけど。
もし運命を知らなかったら、生き方は全然違っていたはず。
エドヴァルド様を好きになっていた?
ダンテと話すこともあまり無かったかもしれない。
死ぬと知っていてそのままは嫌だけれど、何も知らなかったら、多分。急に殺されたとしても、その瞬間までは幸せだっただろうと思う。
「今までの暮らしが変わりますわ」
ポツリ、とアリアは零した。
「この先。私はあまりきちんと考えていませんの。やれる事をやっていくしかない事と、今は、戻れないこの時間を大事に過ごした方が良いと、甘やかして貰っていますもの。だけど、一方で、何も分からない未来は楽しみでもあるのです。何も分からないから、色んな夢を見られる気がして」
「夢を見られる暮らしって、やっぱり幸せだと思う」
マーガレットが静かに言った。少し笑みを浮かべ、目を伏せている。
「必死な時は、目標になるのよ。こうしてやろう、こうしなくちゃ、って。それが生きるって事」
「そのように生きて来られたのですか?」
アリアは意外に思った。この人は、普通の女の子では無い。アリアにとっても。
「難しいお話は止めにしましょ。人に聞かれたら困りますもの」
マーガレットが表情を柔らかく、いかにも女の子、といった雰囲気になる。
「このお茶美味しいですね、アリア様」
「えぇ」
突然の話題の切り替えに対応していたら、個室の扉がノックされた。
なるほど。店の人間が来るのが分かったのか。
マーガレットってすごい、とアリアは思った。
多分、アリアなんて叶わない。本来は、エドヴァルド様だってアリアよりマーガレットを選ぶのだ。




