本人の魅力があるはず
「どうしてダンテをマーガレットさんに託さなければならないの」
「あぁ、そうイメージしたんだね。分かるよ」
うんうん、とブルドンが頷く。
「で。誰かにダンテの真似をさせた」
「はい。えーと」
そちらをよく想像してみようとした。
ダンテの真似をした名前も知らないあの人。
初めはダンテを思い出して慰められそうな気がする。
うーん。
「申し訳ありません。それ以上の想像がつきません。なんだか不毛な気分です」
「そう? 私は相手に嫌気が差すんだけど。ケーテルの真似をする、絶対にケーテルではない者に」
「嫌気は刺さないかもしれません。・・・私の場合、考えた相手に、全く興味が無いのですから。ダンテがいなくて、ダンテの真似に心を慰められる気がします。つまりずっとダンテを考えてしまいそう。・・・幸せにはなれなさそうですわ」
「少なくともそれ、真似をさせている相手とは、新しい恋人になれないよね? 違う?」
「うーん。そうかも、しれませんわね。結局、他の誰かに惹かれるかも・・・。だって真似をしている人はダンテではないのですから。真似をする人に魅力があれば、その人を好きになる可能性はあります」
「それなんだ」
とブルドンが言った。
「完璧にアリア様の真似をさせればさせるほど、マーガレット嬢本人は見てもらえないと思うんだよ。完璧に真似するほど、本人自身は消しているんだから」
ブルドンが深刻な表情になった。
「マーガレット嬢は賢いよ。そう気づいていないはずはない。大丈夫だろうか」
ブルドンが心配している。エドヴァルド様というより、むしろ、マーガレットのことを。
うーん。アリアは、真面目に考えた。
そして、確かに変だと気が付いた。
マーガレットは、この世界の主役。
本来、貴族令嬢には無い、気さくで明るく時には大胆な行動と発想で、周囲を魅了していく存在のはずなのに。
マーガレットは、自分自身の魅力でエドヴァルド様と両想いになれるはず。むしろそれが正しい姿だ。
なのにアリアの真似をさせている。マーガレットの個性を殺しているのだ。
そんな状態なら、エドヴァルド様の傍にいても、マーガレットは幸せになれない。
少なくとも、アリアとブルドンなら、真似をさせた相手に恋はしない。本人に魅力を感じられない限り。
「マーガレット嬢は個性的だけど、それをエドヴァルド様が認めてこそ、マーガレット嬢の恋は成就するんじゃないのかな」
「・・・えぇ」
真顔でアリアとブルドンと見つめ合う。
「私は、データを見ただけだから、ヒロインがどんなキャラクターかなんて知らない。でもアリア様は、エドヴァルド様で攻略したんだろう? 何にエドヴァルド様が心を惹かれてヒロインに興味を持ったのか、分かるんじゃないの」
「ですが、エドヴァルド様は恐らく、ここまでアリア=テスカットラを好きでは無かったと思いますの」
「・・・そうか。そうだね」
前世を思い出した事で、アリアはきっと本来の性格より個性的になってしまった気がする。
または。洗脳の腕輪を、つけっぱなしが、本来だったのかもしれない気もする。
エドヴァルド様がアリアを好きになったのは、本来のアリア=テスカットラよりも、自由気ままに、庶民のような振る舞いさえできるからかもしれない。
そんなところを、好んだのなら。
「マーガレットさんは、マーガレットさん自身の魅力を伝えて行った方が、良い、気が、します・・・?」
「うん。正解なんて分からないけど。でも、アリア様の真似を完璧にし続けるのは、私は問題だし、変だと思う」
「・・・」
「少なくとも、マーガレット嬢に対して、あまりにも酷いよ」
***
話が終わり、ブルドンはまた制作に家に帰って行った。次はブルドンたちの品に取り掛からなくてはならない。
アリアは、部屋の外で待機していたダンテを、代わりに部屋に招き入れた。
マーガレットの事をダンテにも相談したかった。
そして、アリアが説明したブルドンとの話に、ダンテは少し考えた。
「確かに変な気がしたんだ。普通、自分の配下に守らせようと考える。なのにわざわざ俺を使う。俺ならそんな方法は避ける。だけど、所詮俺とエドヴァルドは他人だ。分かるはずがない」
と、ダンテがポソリと言った。アリアは驚いた。
「ただ、エドヴァルドにとって、あなた以外の他人は誰も特別ではなく、対等じゃない。その意味ではアリア様、あなたも恐らく、対等では無い。あいつは王族だ」
「・・・」
「自分の思い通りにするために、使える駒を選んで利用しようとしているだけだと思う。俺もマーガレットの事も。それで、エドヴァルドはあなたを諦めていないはずだ」
「うそ」
と呟くアリアに、ダンテは苦笑した。
「俺を殺すと言ってきたんだ」
ちなみに今日の口調は砕けている。
「どうすればいいの。マーガレットさんを好きになってくだされば一番良いと思っているのよ。そうしたら、マーガレットさんは、私の真似なんかしない方が良いと思う?」
ダンテがじっとアリアを見つめた。
そして、視線を上に向けて考え始めた。
それから眉をしかめて振り払うように頭を振り、こんどはじっとどこか宙を睨んで考え直しているようだ。
何か想像して考えている様子。
「あー」
とダンテは言った。
何?
「あなたを真似をさせた相手と、付き合えるのは付き合えるかもしれない。代わりとして」
「まぁ」
ダンテがそんな事をいうので、アリアは微妙な気持ちになってしまった。
「そのままその相手を好きになる可能性もある。ただ、そもそも真似をさせている人間が、元々の好みに合っていたかどうかが大きい気がする」
「・・・」
アリアはなんだか不快な気分になり、じっと目を細めてダンテを見た。
ダンテが気づいた。
「あなたが考えろと言ったんだが」
「その想像では、ダンテが主役で、好きな相手は私だった?」
「あぁ」
少し気まずそうに視線が泳ぐ。
えっ、何?
「じゃあ、真似させた相手は?」
アリアは迫るように上目遣いで聞いてみた。
ダンテがさらに視線を逸らした。
「マーガレットは、腹が立って無理だった」
そっぽを向いてダンテが言う。
あれ、そんなに嫌いだったの。
でもアリアを暗殺する指示を出したのがマーガレットだと、ダンテは言っていた。アリアの知らない何か裏の顔をダンテは知っている?
「あまりにも想定が無理なので、別の、知り合いに変更した」
「・・・」
ダンテが視線を戻してきた。難しい顔をしている。
「ちなみにあなたは知らない」
「・・・ダンテ、その子が好きだったの?」
悲しい気持ちになってきた。
まさかこんな気分になってしまうとは。
「いや、別に」
「・・・どうしてその子にしたの?」
ダンテが少し面倒くさそうにした。
確かに面倒くさい女になっている気がアリアにもする。
だけど。
拗ねる気持ちで俯いた。
「想像の話に嫉妬しないでください」
ダンテがため息をついた。
「実際は想像と違うのだし。じゃあ聞きますが、アリア様は? 俺で想像した」
コクリ、とアリアは頷いた。
「で、真似させたのは誰。まさかブルドン様とか?」
ダンテが嫌そうになった。
アリアは顔を上げて首を横に振った。
「いいえ。ブルドンお兄様には想像でもその役はちょっと。ブルドンお兄様はブルドンお兄様という特別ポジションなのだもの」
「なるほど。では誰です。まさかエドヴァルドではないでしょうね。別にそこまで興味は無いですが」
「興味ないのね」
「いや、ここまで言ったのだから話す流れです。どうぞ」
「さっきの仕返し? あのね、今日学園に来て、馬から降りて一番初めに挨拶した、名前も知らない男子生徒よ。私を見て嬉しそうだった」
「・・・へぇ」
あ。変な顔。
ダンテの様子に拗ねた気分のまま見つめていると、ダンテが困った。
「あまりに、本当にそこら辺のやつで想像したのだなと。眼中にない相手だと分かったもので、すみません、嫉妬とか湧きませんでした」
「なら、私が嫉妬深い?」
「いや、あの・・・。この話はもう終わりにしたい」
「えぇ」
ダンテがため息をついた。
「言うと、俺を好きだっていうやつが、いたんだ」
話し出しながら、アリアの腕を引いて抱き寄せた。
あ。これは言い聞かせてきてる。
「そういう相手の方が、エドヴァルドの状況に合っているから、それで。あくまでエドヴァルドの思考を考えてみようとしただけで、本気にしないで欲しい」
「想像では、付き合うのね?」
「・・・あなたのマネをきっかけに。あなたは逃げる。そういう設定だから。あなたが考えろといったのに理不尽だ」
「・・・」
ダンテが困っている。
アリアはギュウと抱き付いてから、身を離した。
「私が悪かったわ。ごめんなさい」
「そうです。俺は悪くなかった」
「そうね。でも・・・ううん、もう良い」
アリアの様子にダンテがまた困っている。
「とにかく、ダンテの想像では、私の真似をきっかけに、真似させた女の子と付き合えるのね」
「あくまであなたの要請に基づく状況による想像で。あなたに片思いで報われなくて、俺から逃げていく、非常に想像も本気で嫌な想定で」
ダンテが真剣に念押しして来る。
「じゃあ、エドヴァルド様はマーガレットさんを好きになる?」
とアリアは聞いてみた。これがそもそもの本題だ。
ダンテが途端、眉をしかめた。
「いや、無理だと思う。本人と性格があまりにも違いすぎる」
アリアは眉を下げた。
「じゃあどうしたら良いの」
「愛だの恋だのは、努力したヤツが必ず報われるものじゃない」
ダンテが少し苦しそうに指摘する。
言う通りではある。
エドヴァルド様は、アリアをずっと好きだ。努力してくれている。
だけどアリアは受け入れられなかった。
「人は多少なりとも偽っていると、俺は思う。だからフリとか真似が悪いとは思わない。だけど本質っていうものはあると思う。その本質が好ましいかどうかは大きいと思う。マーガレットについてだ」
「私の真似の練習は、もう十分なのかもしれない。マーガレットさん自身の魅力を出さないと」
「本人に相談したらどうだ。マーガレットにも考えだってあるはずだ。話していないだけで」
「・・・」
アリアはダンテを見つめた。ダンテは真剣な顔だ。
「そうね。相談してみる。今からマーガレットさんと合流するわ」
「まず先にあなたの侍女と合流して欲しい。マーガレットと2人切りにはならないでくれ。頼む」
「分かったわ。ダンテはどうするの、帰るの?」
「あぁ。あなたと侍女の合流までは一緒にいる。それからブルドン様達の家に戻る」
「・・・いつもありがとう」
「何でも話してくれ」
真剣な声に視線を上げると、ダンテがじっと見つめている。
アリアは頷き、手を伸ばしてダンテの手をギュッと握った。
そっとキスを貰う。ダンテはやっぱり心配そうな顔をしていた。




