ダンテも疲れているはず
エドヴァルド様が学園を休まれ出してから10日過ぎた。
アリアはそれなりに多忙に過ごしている。マーガレットに付きっきりだからだ。午前、昼食、午後。加えて、放課後にもすでに4度マーガレットを家に招き、一緒に過ごす時間を持った。
一方で、夜はダンテが警護に来てくれている。
マーガレットが危険だとダンテは言っていたが、こんなにマーガレットに色々教えている状態なのに、まだ警戒しなくてはならないとは。アリアは混乱を感じる。
だけど本当に危ないから来てくれているのだ。
ただ、ダンテが明らかに疲れている。心配。
難しい顔だったり、妙によそよそしかったり。
理由を聞こうとしても、すぐに会話を打ち切ってしまう。
毎日、暗殺者を警戒して、神経をすり減らしているのだろう。
何かダンテにできる事は無いだろうか。
とアリアは考える。
ただ、ダンテはこの家にとっては侵入者。
つまり、周囲に怪しまれるものは用意はできない。例えばおもてなしのお茶とか。
うーん。
良い案が出て来ない。
そんな事を考えている間に、最近作っていたぬいぐるみが一つ完成した。
うん、なかなか可愛いクマだ。青い生地も素敵。表情も良い感じ。
・・・ダンテにあげちゃう?
困惑されるだけだろうなぁ。
何かダンテが喜ぶものが作れたらいいな。
「・・・」
ふと、ダンテのぬいぐるみとか可愛いかも、などとアリアは思った。
単にアリア自身の希望である。ぬいぐるみというより人形だ。
「・・・」
ダンテに、アリアの人形あげたら喜んでくれる?
ものすごく、眉間にシワを寄せて人形を見た上、アリアをジィッと無言で見てきそう。
返却はしないけど、何か問うような表情をされそう。
とはいえ、要らないなら返してくれていい、とアリアから言ってみれば、貰っておきます、とか言ってくれそうだけど。
うーん。押し付けかな。
思考が脱線していたところに、室内の空気が動いたのが分かった。
見てみると、やはりダンテがそっと侵入してきた。
今日は随分早い時間だ。
ダンテは室内を一応見回すように確認した後、ソファに座っていたアリアの傍に歩いてきた。
アリアは、早い訪れを不思議に思いつつ笑んだ。
「今日もありがとう」
「えぇ」
同じく小さな声で答えたダンテが、アリアの持つぬいぐるみにも目を留めた。
「今、完成したの。欲しかったら差し上げるわ?」
「いえ。ぬいぐるみが必要な年齢では無いので」
ごもっともだ。
しかしダンテはやっぱり真顔。そしてなぜか丁寧口調。
和ませたいとアリアは思った。
「次は人形を作ろうかしら。ダンテ。ダンテの人形か、私の人形、作ったら欲しい?」
アリアの問いかけに、ダンテは目を瞬かせた。
話が良く分からなかったようだ。
アリアは説明を足した。笑みを心がけつつ。
「ダンテに、ダンテ人形をプレゼントしようかしら。毎日の御礼に」
あれ、ダンテは困惑しているようだ。それもそうか。
アリアは素直に謝った。
「ごめんなさい。何かダンテに作れないかと思ったの。でも、ダンテはもう大人ですものね」
「そうですね。19歳の男に、人形と言われましても正直・・・。アリア様が好きなものを作られては」
アリアは確認してみることにした。
「じゃあ、ダンテの人形を作っても怒らない?」
自分にとって魅力的なので。
一方のダンテはどこか怪訝そう。
「作りたければどうぞ。でも、俺の人形なんて不味くないですか。『それ誰だ』ってなる」
おぉ。今日はいつもより会話出来る様子だ。
いつもより早い時間だから?
「じゃあ、ダンテ人形は、『悪いものから守ってくれる強いお人形』ってことで作るの。良いかも」
アリアは思いついて、提案してみる。
我ながら良い案だと思う。嬉しくなる。
あれ、ダンテが困っている。
アリアは尋ねた。
「そういうのって、売れると思わない?」
ダンテが確認してきた。
「商売の話ですか」
話の流れの結果、そうなっただけだったりする。
目的は、ダンテと会話して、ちょっとでも気持ちが和めば良いなぁなんて思ったのだ。少しでも疲れが取れるかもしれない、と。
そして今、ダンテがほんの少し、笑みを浮かべた気がした。
もう少し続けようとアリアは思った。
「えぇ。商売としてもいいと思うの。でもまずは私が欲しいと思って・・・」
ダンテが少し驚いた。目が少し大きく開いたのだから。それから困ったように少し笑った。
あれ、その顔、可愛い。とアリアは思った。
「私がダンテ人形を作ったら、力を貰うためにダンテの髪を人形に使っても良いかしら・・・?」
この世界では、髪が全て人毛で作られた人形は普通にある。むしろ高級なタイプ。
それから、おまじないで、憧れの人の髪を入手してお守りに持ったり、というのも普通に行われている。
恋人同士なら、お守りとして、互いの髪を持つこともある。
ダンテが少し考えてから、ふわりと表情が和らいだ。
「えぇ」
良かった、嬉しそうだ。
絶対作ろうっと。
「お礼に、私の髪の毛も欲しかったら差し上げるわね? その、恋人同士だし」
「あぁ。ありがたく頂戴します。女の子らしいですね」
苦笑のようだが、それでも笑顔だ。
「女の子ですもの」
「俺の髪でよければいつでも。ただ、俺の人形なんて作ったら、この家の人たちに怪しまれるのでは?」
アリアは指摘を真面目に考えた。
「カモフラージュに、ダンテとは違う髪の色で作るわ。一本だけ本物が混じっているの。あ! カツラを作って、普段はそれを乗せておくのも良いかも」
「なるほど?」
「あっ、閃いた! 中に、大事なものを入れておけるお人形とか売れるかも!」
アリアの突然の発案に、ダンテは首を傾げた。
急に話題が飛んでごめんなさい。
人形というかぬいぐるみを売って食べて行こうと思っているから、つい商売的な発想が混じってしまうようだ。
と思ったら、
「そうでしょうか? 売れれば売れるほど、その人形には大事なものが入っていると知られるので、かえって危険です。まぁ、中に何か入れられるのはアイデアか。良いかもしれません」
とダンテは答えた。
「そうね!」
嬉しくなったアリアの様子に、ダンテが目を細めて嬉しそうだ。
「ところで、今日はお伝えする事がいくつかありまして」
柔らかくなった雰囲気で小さくそっと告げられて、アリアも真面目な気分を取り戻した。
だから今日は早く来たの? あと、だから丁寧口調なの?
「アリア様の危険が一旦去ったと判断できました」
「まぁ」
アリアが喜びの声を上げたが、ダンテは真面目な顔だ。
「情報はもっと前にありましたが、本当に問題が無くなったと判断できるまではと警護を続けていました。大丈夫だと判断できました。だから、もう今日から俺は夜の警護には来ません。でも何か異変があったら必ずお知らせください。ブルドン様やケーテル様でも構いませんから」
「えぇ。ありがとう」
「俺は、これから色々な準備の方に動きます」
「えぇ」
「それから、ブルドン様から伝言です。明日も学園に行かれますよね?」
「えぇ、勿論」
「では、朝、一番初めの時間、ブルドン様と会っていただけますか。あなたが注文した品物が完成しました。説明と受け渡しになります」
「色んな物を入れられる腕輪の事ね!?」
「はい。ブルドン様と一緒なら、テスカットラ家の侍女はアリア様を放っておいてくれるそうですね。あなたの侍女には、ブルドン様と会うので自由に、と指示をしておいてください」
「分かったわ。あ、マーガレットさんにもお知らせしないと。毎日、色々お伝えしているのだもの」
「それこそあなたの侍女に伝言を頼めばいい」
「そうね」
ごもっとも。
「それから、アリア様から俺に何か依頼がある場合は、ブルドン様かケーテル様に伝言いただければ動きますから」
「ダンテはもう学園には行かないの?」
寂しく思ってアリアは確認してみた。夜も来なくて学園にも行かないなら全く会えない。
「いえ、行くこともあると思います。ただ、俺も色々動かないと。それから、これも連絡なのですが、例の第二王子から、ブルドン様経由で連絡がきました。あと20日ほど経った頃、アリア様を馬で遠出に誘う予定のようです。そこで、俺があなたを『殺す』ことになる」
えっ、何その話!?
それに、もう20日後?
驚いたアリアに対し、ダンテはアリアの正面、身をかがめるようにして視線を合わせた。
「どうか今の時間を大事に過ごしてください。もう二度と戻れない。後悔の無いように」
「えぇ・・・。ダンテも、一緒にいてくれるのよね?」
「はい。・・・あ!」
突然、ダンテが短い驚きの声を上げた。
えっ、何?
ダンテが視線をアリアから外し、少し考え込んでいる。
「・・・そうだ。そうだった。髪もいる」
「え?」
ダンテが視線をまた合わせて説明してくれた。
「あなたを連れていくだけでは、死んだとは思われないから、死んだと見せかけるために、代わりの死体が必要になります」
「えっ、死体!?」
「いえ、肉の塊で代用します。・・・昔、まだ小さかった頃、アリア様が攫われたと勘違いして、俺が医者を殴ったことを覚えていますか?」
「えっと」
小さかった頃っていつぐらい?
「あなたが町の影みたいな人たちに連れて行かれた事件です。俺があなたを見つけて、本当は恩人だった医者を犯人だと俺が早合点して、ぶん殴った」
「あぁ。あったわ」
アリアは頷いた。
あれ、本当に怖かった。
あれ以来引き込まれたこともたどり着いた事もないけど。馬に乗って移動しているせいかな、やっぱり。
だけど、それがどうして今出てくるの?
「あの医者とはあれ以来、顔見知りです。秘密を打ち明けるに足る人物と判断し、実は、事情を打ち明けて、協力を求めたんです」
まぁ。ダンテにそんな繋がりが。
驚いたが、思えばダンテの方がアリアより町に馴染んでいる。当然だろう。
「医者のアドバイスを受けて、死体に見えるものを作ります。確認してみても、医者から見ても、とても綺麗な死体か、よく判別できない見たくもないぐちゃぐちゃ状態かの2種類しかない。だから肉でグチャグチャの方を作ります。肉屋とも顔なじみですから入手先に問題ありません」
「お肉で、私の死体を作るという事ね?」
 




