責任のはず【他者視点】3
ブルドンの話に、そういえばお爺ちゃんたちが本当にそんな感じの話をしてた、とマーガレットは計画の際のやりとりを思い出したが、顔に出すことはしなかった。
「というのが、私が、きみたちに殺されるのだと判断した理由。それは嫌だから自分から国外に逃げてあげるよ。恐らく今のままだと、国内にいた場合、ケーテルと結婚しているとはいえ、私は殺されてしまう気がする。次の世代が当主になるのを待っている余裕は今のきみたちには無いようだから。だから、国外に行くよ。つまり、私を殺す理由はもう無い、ときみに分かって欲しいんだ」
ブルドン=アドミリートがじっとマーガレットの目を見つめて訴える。
「アドミリード家には、きみたちの仲間から養子を迎えられるよう、できる限り協力する。とはいえ、他の人間になったら申し訳ないけど、それはどうしようもない。どちらにしても、私は跡継ぎを降り、ケーテルと国外で暮らす。それをきみたちも認めて、助けて欲しい。お願いするよ」
「・・・」
「考える時間が必要? 全く悪くない話だと思うけど。じゃあ付け加えるけど、私をもしも殺したら、間違いなくケーテルはきみたちを恨む。せっかく、正当にこの国の貴族になれた貴重なケーテルの恨みを買うの? 愚かな事だと思うけど」
「・・・」
またマーガレットはため息をつきたくなった。
「あなたが協力してくれる方が、楽で良いわ。うん。皆には言っておく。でも、私の意見で全て決まるとは思わないでね?」
「うん。それでも十分だ、ありがとう。あとこれは細かいお願いだけど、私とケーテルは貴族でいたいから、剥奪なんて考えない、私たちに友好的な人を候補にしてほしい。ケーテルが、ウィズベルドっていう私たちと同年代の子がいるって言ってたけど、彼がケーテルの希望なんだ」
「えー。まぁ、そちらの希望という事で伝えるけど、期待しすぎないで欲しいわ」
ブルドンが、
「それで十分だ。交渉成立だね」
と頷いている。
「じゃあ、秘密の話っていうのは、これでもう済んだって事ですわね?」
とマーガレットは女性らしい仕草をとって確認してみた。
ブルドンが気づいて少し目を丸くし、おかしそうに笑んだ。
「それ、アリア様の真似だね」
「良い感じでしょう?」
にっこり、まるで極上の貴族令嬢のように笑ってみる。
「エドヴァルド様と、両想いになれそう? 私もアリア様も、その方が良いと思っているんだ」
そんなことを、ブルドン=アドミリートが言った。
「両想いになって、必ず結婚するわ」
マーガレットは、宣言した。
「頼もしいね。協力できることがあったら積極的にするから言ってね」
「ありがとう、ございますわ」
「こちらこそ。今日はありがとう。有意義だった。もう私はこれで帰るよ」
「えぇ」
ブルドンが席を立ち、部屋を出て行く。
マーガレットはその場に留まり見送った。
そして一人残って、マーガレットはため息を零した。
味方が増えたことを、喜ぶべきだろう。
そもそも、元庶民のにわか令嬢、そんな人間が、国の第二王子と大恋愛して結婚なんて筋書きには無理がある。
だから、貴族の協力を得ている事は、必ず役に立つ。
エドヴァルド。自分が狙うに相応しい、しかも初恋相手。
成功することで、仲間の未来に明るく光をもたらす。
マーガレットは救世主。亡国に残された命綱。
必ず成功するのだ。その未来しか必要無い。
***
さて、その日の放課後。
マーガレットは、アリア=テスカットラの侍女用の馬車に同乗し、テスカットラ家に向かう事になった。
アリア=テスカットラは馬で学園に通っているので、この形になったのだ。
が、正直、エドヴァルドにアプローチを続けるマーガレットには悪感情しか抱いていない様子の侍女と馬車の中で2人きりというのは気まずかった。しかし気にしたら負けなので気にしない。
ちなみに、ケーテルは旦那であるブルドンと一緒に学園から自宅へと帰った後。
さて、テスカットラ家にて、マーガレットは、アリア=テスカットラに加えてジェイク=テスカットラと仲良く過ごす事になった。
庭園を案内してもらいながら、一緒に散歩する。とりとめない話をする。
なお、ただ遊んでいるわけではない。このような状態のアリア=テスカットラの動きを観察している。
だけど、とても平和な時間だった。
アリア=テスカットラがせっかくだからとプレゼントしてくれた美しく豪華なドレスに着替えさせてもらい、日傘をさして、庭園を歩く。
花を愛で、風を感じ、鳥の声を聴く。
兄妹がたまに冗談を言い合って笑う。マーガレットも楽しくて笑った。
庭から戻ると、お茶の準備が整っていた。
貴婦人が座って待っていた。アリア=テスカットラとジェイク=テスカットラの母親の様子。
貴婦人は優し気に兄妹に声をかける。
ジェイク=テスカットラは少し堅苦しく、アリア=テスカットラは上品に受け答えしている。
マーガレットには、この親子が、親子としての交流をきちんと持ってきたのがよく分かった。ぎこちなさがない。自然な様子だ。
良いな、とマーガレットは内心で思った。
昔。
自分にも、父と母と兄と弟、大勢の使用人たちもいたのに。王家に次ぐ高位貴族だったのに。
失ったのは人々、その先の時間。何気ないやり取り、全て。
自分もこうあったはずなのに。
羨ましく、妬ましい。
貴婦人がマーガレットに声をかけてきた。
マーガレットは丁寧に礼をし、名を告げた。
途端、柔和な雰囲気が消えた。少しの仕草で伝えられる、ハッキリとした嫌悪。
この人は、マーガレットの学園での振る舞いを知っているのだ。
アリア=テスカットラが慌てる。
「お母様! こちらのマーガレットさんは、学園で仲良くしているお友達ですの! その、色々慣れずに、辛い思いをなさっていて、気の毒で。マナーなど教えて欲しいと頼まれましたの。とても熱心な方なのです。今日は私の我儘で、仲良くなりたいと急にお招きしたのですわ」
「まぁ、アリア・・・」
貴婦人が、困ったように咎めるように、しかし最後は微笑む。
「我儘も大概にしないといけませんよ。広い心を持ち、心優しく育っているのは、母として心から喜ばしい事ですけれど」
「はい・・・」
アリア=テスカットラは少し困ったように、しかし、はにかんだ。
それで母親は許したらしい。
「せっかくお招きしたのですから、家名に恥じないようにおもてなしして差し上げて頂戴ね。では、私はこれで。失礼いたしますわ」
最後にはマーガレットにも声をかけて、貴婦人が去っていった。
閉じられた扉を、マーガレットはしばらく見つめていた。
どうしたのかとアリア=テスカットラに尋ねられたので、
「優しいお母様ですね。憧れてしまいます」
とはにかんで答えてみせた。
偽りなく、自分の本心の一つだと自覚しながら。
どうして。
アリア=テスカットラは、自分が欲しいものを持っているの。
マーガレットが欲しくても、手に入れられないものばかりを。どうして。
***
翌日。
アリア=テスカットラの集中講座2日目だ。
やはり今日もエドヴァルドは公務のため学園は休み。
本来の授業なら2つめの時間、アリア=テスカットラは、深刻な顔で、マーガレットに話があると言ってきた。
なんだろう。
「この時間は、女子会にしましょう。お話がありますの」
「女子会」
復唱してみたマーガレットに、アリア=テスカットラは頷く。ケーテルもいて、そんなアリア=テスカットラの様子を見つめている。
「良いですけどぉ?」
「ありがとうございます。では、それでお願いします」
そして、真剣に話し出されたことは。
アリア=テスカットラには、恋人がいて、全てを捨ててその相手と一緒に逃げようと考えている、という、すでに把握済みの事柄だった。
「でも、エドヴァルド様が怖いの」
とアリア=テスカットラが打ち明けながら、マーガレットの手をそっと握ってきた。
「どうか、両想いになってくださいね。私、全力で応援しますから。欲しいものも、お父様に怒られない範囲のものなら可能な限り全て買って差し上げますから」
わぁ、嬉しい。とマーガレットは勢いに飲み込まれたようになりながら、思った。
アリア=テスカットラが、マーガレットに礼まで取った。
「エドヴァルド様を、お願いいたします。どうぞ、両想いになり幸せになられますよう、心の底から願っておりますわ」
「あり、がとう、ございますぅ?」
アリア=テスカットラに言われるとか、ちょっと微妙だけど。なんだか嫌味になりかねない。
だけどこの子は本気なのだ。それは分かる。
そして、マーガレットは、この間抜けなアリア=テスカットラを利用し、マーガレットの目的を絶対に叶えなければならない。
「エドヴァルド様は、私の話し方や仕草、笑い方がお好きだそうですの」
惚気でも嫌味でもなく、これはアリア=テスカットラによる情報提供。
「・・・まぁ」
とマーガレットは相槌のような声を出した。
「ですからまずは、申し訳ありませんが、私の全てを完璧に真似てくださいませ!」
「はい」
「気づいたことがあれば何でも聞いてくださいませ!」
「はい」
「私、」
まだ言う事が。
アリア=テスカットラの様子に、マーガレットは思わず笑ってしまった。
アリア=テスカットラが少し驚いたようだ。
マーガレットは、もう知っている。
恋人が、ダンテだという事も。殺されないように、国外に逃げるつもりだという事も。
何より、エドヴァルド自身が、アリア=テスカットラに、仕草や全てをマーガレットに伝えるように依頼した事さえも。
間抜けで必死なご令嬢。
大嫌い。酷く憎らしい。
だけど、抜けているから。
『マーガレット』の振る舞いで、アリア=テスカットラと一緒に遊んでいる。それを楽しいと思う気持ちもまたマーガレットの本心の一つ。
「えぇ、任せてください、アリア様」
とマーガレットは笑いながら答えた。楽しくて。
これも、友情の一つなのだろう。




