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責任のはず【他者視点】1

マーガレットは、昼食を一緒にとっているジェイク=テスカットラから提案された。

「明日からエドヴァルド様が公務でお休みされるそうだ。マーガレット嬢、アリアが、授業を休んで、あなたに付きっきりで色々教えたいと考えているのだけど、どうかな」

「え、良いのですか?」

マーガレットは驚いて見せる。

一緒にいるアリア=テスカットラが強く頷いてくる。

「はい。構いませんわ! 是非!」


こうしてマーガレットは、『アリア=テスカットラ講座』をみっちりと受ける事になった。


***


空いている教室にて、アリア=テスカットラが丁寧に動きの見本をマーガレットに見せる。


「姿勢の良さがまず重要視されますので、背筋を伸ばして、椅子の背面にもたれずに、それでゆっくりと音を立てないようにして、この、カーブのこの付近をこのように、つまむようにして持ち、力を込めていると見られないようにして持ち上げ、自分も少し近づくようにしてカップを口に運びます。では、やってみてくださいませ」

「えぇ」


マーガレットが真似をすると、アリア=テスカットラは笑む。自然なのに、品が漂う。


「上手ですわ。カップを持つ部分、そこであっています。もう少し背筋を伸ばしてくださいな。この部分が曲がって見えるので、勿体ないのです」

「こう?」


「はい。あ、答え方も気を抜かずに、『こうでしょうか?』と。お相手はエドヴァルド様なのですもの」


実に丁寧だ。


アリア=テスカットラを守るためにいるケーテルが、この様子にニコニコしている。少し呆れるほどだ。


「わかりました。こうでしょうか?」

マーガレットが口調を改めると、アリア=テスカットラが頷いた。


「そうです! 素晴らしいですわ! 今の口調、とても良かったですわ!」

「ふふっ、嬉しーい」

楽しい気分になる。


「答え方、気を抜かずにお願いいたしますわ」

「そうでした・・・」


改めて動きと仕草を真似をしてみる。


「こんな感じでどうでしょう?」

「えぇ、先ほどより良くなりましたわ、あとは、こちら、少し指先を揃えて。こう。持ちづらくとも、見た目が美しい方が優先されますの」


「細かぁぃ・・・」

「えぇ。ですが、できていないと、見下されますの。できる事が当たり前の世界です。窮屈ですが、慣れるしかありません」


「はぁい」

「マーガレットさん、お返事、その、語尾を伸ばすのはやめてくださいませ。私、そんな話し方はしませんもの・・・」


傍のケーテルの目が据わった。

「マーガレットさん。本気を出してください。アリア様がお優しいからと、そんな態度では時間が無駄になりますわ。やればできる人ではありませんか! 完全にアリア様を模倣してくださいませ!」

「はぁい」


傍でやりとりを聞くアリア=テスカットラが困った顔をしている。


マーガレットは、わざとニッコリ、庶民らしい笑みを浮かべてみせた。

「大丈夫ですよぅ。私、やる時はやる子なんですから!」

立ち上がる。


そして、演じてみせる。アリア=テスカットラという貴族令嬢を。


落ち着いて優雅に歩き、微笑みを浮かべる。

エドヴァルドを想定し、どこか遠慮したような、引いた態度。それでいて気を遣って話してみる。

お辞儀。

ニコニコとしながら、椅子が引かれるのを待つ。


誰も引いてくれないので、ずっと待つ。


「いかがでしょうか? アリア様」

「マナーはしっかりしていたわ。どう、ケーテル」

アリア=テスカットラ自身には、自分そっくりか分からないようだ。


ケーテルが頷いた。

「えぇ。とても良かったですわ」

「ありがとうございます。これからも、励みますわ」


「マーガレットさん、凄いわ! もうきちんとできているのね!」

アリア=テスカットラの口調が崩れる。本人は気づいていないが、友人にはこのように、本心が出てくる。つまり本気で感心している。


とはいえ、求められているのは、あくまで、エドヴァルドや貴族に対するアリア=テスカットラの動きだ。


「たくさん、アリア様の見本を傍で見た方が良いと思いますわ」

話しながらケーテルが困ったように言い淀んだ。発言したものの、難しいと思ったのだろう。

マーガレットはそれでも言ってみた。

「じゃあ、アリア様のお家に招いてもらえると嬉しいなっ」


「そうですわね。その方が時間も取れますし。ジェイクお兄様も練習相手に誘いましょう」

意外にも、アリア=テスカットラが少し考える様子ながら、すんなりと受け入れた。


「アリアお嬢様。大丈夫なのでしょうか? 僭越せんえつながら申し上げますが、マーガレットさんは、テスカットラ家にとっては邪魔な存在ですわ。アリア様を差し置き、エドヴァルド様にまとわりついているのです。そんな人を屋敷にお招きするなど、ご当主様たちがお怒りになりませんか?」

ケーテルが心配そうだ。

余計な事を言わないで、とマーガレットは思ったが、一方でその心配は事実に基づいている。


「急に連れて帰ればこちらのものだと思うの! ジェイクお兄様にも協力して貰いましょう!」

アリア=テスカットラが自分の考えが楽しいのか、目を輝かせる。


「わぁ、嬉しい!」

とマーガレットも喜んで見せながら、内心で呆れた。


どこまで警戒心が無いのか。


こんな間抜けな子が、マーガレットにとって一番の障害だとは。


***


マーガレットの元いた国は全滅した。詐欺にあったも同然だった。


交渉に出向いた高位貴族が全て殺された。

武力も全く歯が立たなかった。戦力差は圧倒的だった。


数年保ったのは、逃げ隠れて抵抗した結果。その間に、重要な人物から死んでいった。


逃げ延びる事に成功したのは、か弱いからと守ってもらえた、老人と子どもたちだ。

勿論、それ以外の大人も生き残ったが、老人の方が高位揃いだった。


老人たちの考えのもとに、動かされる。


最高位の老人の直系の孫、唯一の肉親となったマーガレットは格別に贔屓ひいきされ優遇ゆうぐうされた。

上層部、つまり老人たちの相談の席にも連れて行かれた。マーガレットの祖父が、傍から離すことを恐れ、常に傍に置きたがったからだ。


とはいえ、マーガレット自身、それは当然だと思う。

王家が全滅した今、祖父とマーガレットが最高位。

なお他に3人同列がいるが、実際は非常に無力だった。3人とも、子どもだけだったからだ。1人は家族全てを失い、残り2人は姉弟。つまり、力を持つ保護者が生き残っているのはマーガレットだけ。


一方で、集団の中で、対立と暴力が横行した。弱い立場ゆえの、さらなる弱い者いじめだ。

けれどマーガレットには全く関係なかった。全て免れた。当然だ。この組織の頂点なのだから。


とはいえ、そんなマーガレットへ悪感情を持ち陰口を言う者も勿論いた。

マーガレットは実力に物をいわせた。


マーガレットの家が王家に次いで高位である理由は、祖先が圧倒的に魔法に秀でていたから。


北の国は元々、戦いや狩りが得意な集団が大きくなったものだ。

他の家は体術や武術に特に優れていた一方、大きな魔法を使えるものは少ない。だからこそ、マーガレットの祖先は、貴重な戦力で重宝された。


そして、恐らくどこかの時点で、特に秀でた祖先が、その力を血を継ぐ子孫に継げるように魔法をかけた。自分の家が変わらず栄えていけるように考えたのだろう。


家督を譲った際に、父から子に圧倒的な魔力が受け渡される。

また、魔力を持つ者が亡くなった場合、残った子孫に自動的に力が受け渡される。


祖父はすでに父に家督を譲った後だった。

そして、父と母、二人の兄、一人の弟が戦争のせいで死んだ。

両親はだまし討ちにあった。兄たちは戦死、弟は捕まった上で、殺された。


こうして、本来は自分が持つべきでは無かった魔力まで全て、マーガレットに集まった。


ただ、母方の血筋の影響が大きかったのか、マーガレットの最も得意な魔法は治療だった。実に平和的。攻撃的な魔法が派手に使えればどれほど役に立てただろう。


とはいえ、勿論、治療魔法でも良い事はある。

他者なら死ぬような大怪我でも、マーガレットは己の治療で復活できる。つまり、負ける事はない。

集団の中での争いも、結局勝つのはマーガレットだ。


血筋ゆえの力で他者の上に立つ。

そんなマーガレットを祖父はますます可愛がった。老人たちも、若いマーガレットの意見に一目置く。


それにしても。

内部の対立の激しく醜いことと言ったら。

ただでさえ数が減ったというのに、さらに分裂など自滅行為でしかない。


全てから認められる存在が必要だと、マーガレットは感じていた。


恐らく、自分こそが相応しいだろう。

マーガレットには可能で、他の者には間違いなく不可能だったから。


マーガレットは、己を責任感が強いと思っている。

自分は特別扱いされてきた。祖父のお陰だ。内部の理不尽も受けずにきた。


だからこそ。

マーガレットには、この集団を導いていく責任がある。より良い未来を還元する義務がある。


発案こそ老人の一人だったとはいえ、今、マーガレットの玉の輿こし計画が上手く行くかどうかで、集団の未来は大きく変わる。

未来全てがかかっているのだ。


この憎い国に、復讐を。

乗っ取るのだ。


自分たちは、この国でまた地位を得て暮らす。取り戻す。

そのために、こんな苦境で、苦汁をなめて生きているのだ。


だからまず、マーガレットは何としても手に入れなければならない。

エドヴァルドの心を。配偶者という地位を。


一方、幸いにも、エドヴァルドはマーガレットにとって初恋の人でもあった。

幼少時に、婚約話が持ち上がり、マーガレットは憧れて、結婚するのだと夢を見た。


だからこそマーガレットにとっても、本気で恋をしかけて、悔いがない。


マーガレット個人としても、エドヴァルドが欲しい。

この国の王族。最も高位で力を持つ一人なのだから。

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