世界が狙ってくるはず
「俺が、良いんだよな?」
ダンテが何度も確認して来る。
「えぇ。ダンテが好きになったのよ?」
しっかりと答えなければとアリアは思った。
「俺は、もう一度、家族が欲しいんだ」
とダンテが言った。
様子が危うくてヒヤッとする。アリアは急いで返事をした。
「私を家族にして?」
嗚咽が溢れる。完全に泣いている。
自分を持て余している?
それでも、取り繕うかのようにダンテが笑おうとする。
「ざまあ、みろ。取ってやった。俺が」
駄目だ。絶対、普通の状態じゃない。
本当に何を言われた?
アリアの取り合い?
でもエドヴァルド様がダンテを憎むならまだアリアには分かるけど。これは逆では?
ダンテが落ち着くまで待とう。急かすまい。
だけどこんなに泣かれてはアリアも悲しくなってしまう。ダンテの頭に手を伸ばして撫でてみる。
「泣かないで」
アリアも泣きそうだ。
「俺が」
「うん」
「全部、欲しい。あなただ。一緒に生きたい」
「嬉しい。是非お願いします」
それは事実だ。アリアも自然と笑んでしまう。
「あいつ、エドヴァルドが」
ダンテがアリアを少し引き離した。両肩を掴んで、視線を合わせてきた。
「全て、調べて知っている」
全て、って?
ダンテが息を吸って、吐いた。涙目なのに、キッと鋭い瞳になる。
「俺たちの関係も、逃げる計画も。あなたが、本当に殺されることも。本当に、刺客が来ている。この前も、来た」
「えっ!?」
色んな情報があったが、この前も来た、って!?
「俺が守る。絶対に。今から、重要なことを言う」
ダンテが酷く怖い顔をした。
「マーガレットが、あいつが危険なんだ。エドヴァルドも知っている」
え? マーガレット?
ヒロイン。
「エドヴァルドが、マーガレットを傍に置いたのは、それで動きを止めようと考えたからだ。だけど無理だった」
え? マーガレットが、直接、アリアを殺しに来ているの?
嘘。
嘘でしょう。
「俺も、あの偉そうなクズも、あなたに生きていて欲しいんだ。そのために、協力関係を結ぶ」
涙を流しながらも、説明してくれるけど、理解が追いつかない。
え、クズって、エドヴァルド様の事? ねぇ。
「絶対、連れて逃げる。失うなんてもう、嫌だ。どうか俺と」
「おち、ついて」
自分だって落ち着くべきだ。だけどダンテも混乱している。
「私が、殺される。犯人が、マーガレットさんなの」
「直接じゃない。命令したのがマーガレットだ」
え。何者。ヒロイン? そんなヒロイン?
何それ。全然、善良じゃない。
全く可愛くない。
「え。待って。でも、ダンテが助けてくれる。一緒に逃げる」
「そうだ。絶対に」
「エドヴァルド様も気づいていたの? 私を守ろうとしてくれていたの?」
「・・・あいつは、俺を殺すらしいが」
「え?」
あいつってエドヴァルド様で良いのよね? ダンテに殺害予告したの!?
理解が追いつかない。
「俺は、あなたが大事だ。アリア様」
「ありがとう・・・」
でも、ちょっと待って。それどころでは。
「あなたをエドヴァルドから奪った」
言い方が。
「ざまあみろだ。だから、エドヴァルドが俺を殺すと言ってきた」
「待って。ダンテ、エドヴァルド様が憎くて、私を? 奪ったの?」
アリアの混乱に、ダンテがハッと驚いた。
ダンテが慌てた。
「ごめん。違う、そうじゃない。言い方が、俺はいつも不味い。あなたが大事だ。本当だ。もう、二度と失いたくない。取られたくない。ごめん、悪かった。言い方が」
「本当に?」
「悪かった。本当に。違う、俺が悪かった」
ダンテがうろたえている。必死に見える。
「信じてくれ。完全に好きだ。・・・頼む、そもそも俺をこう惚れさせたのはアリア様だ」
確かに、アリアが誕生日に詰め寄ったのが決め手みたいだった・・・。
「そう、かも」
と頷くと、ダンテがほっとした。その様子に、アリアはダンテの言葉を信じられた。
「エドヴァルドだが」
今更だけど、この国の第二王子様を呼び捨てとかダンテは何様だ。
ダンテが、どこか鼻で笑う。
「俺を、許さないだと。俺から全てを奪っておいて」
あ、またダンテが歪んでいる。
「お願い。泣くわよ?」
アリアはそう訴えた。
ダンテが目を丸くした。驚いて動きを止めてアリアを見つめる。
「信じるから、お願い、少し落ち着いて欲しいの。私が分かるように教えて。混乱しているのが分かるけど、私も泣いてしまうわ?」
「分かった。ちょっと、俺が悪かった・・・」
ダンテが少し毒気を抜かれたようになった。こわばりが緩んだ様に見える。
「本当に、エドヴァルド様がダンテを殺すと? 本当に、本気でそうおっしゃったの?」
「あぁ。あと、悪かった。泣かないでくれ」
ダンテが真顔で頼んでくる。
「ダンテが落ち着いてくれたら、泣かずにすみそう。ダンテの涙を拭かせて?」
「え、あ、あぁ・・・いや」
ダンテが動揺した隙に、指でダンテの顔を拭ってみる。もうどうにもならない。ハンカチかタオルが必要だ。
「少し、お茶でも飲む?」
「まさか、忍び込んできておいてそれは無理だ」
「お水は? 欲しいのじゃなくて?」
「貰えるなら・・・」
「少しだけ待っていてね」
「あぁ・・・」
水とハンカチをとりに少し離れる。室内なのでさほど距離はないが、急いでしまう。が、慎重に静かに。
そして戻って、水をいれたコップを差し出すと、ダンテが受け取って全部飲んだ。
アリアはハンカチで頬などを抑えてみる。とはいえ涙は止まったようだ。
空のコップを受け取ってハンカチを渡してみると、恥ずかしそうに自分で拭っている。
「もっと飲む?」
「いや、もう大丈夫」
「良かった」
「悪かった。ごめん、ありがとう・・・」
ダンテが少し恥ずかしそうだ。
ハンカチを返してきたので受け取った。少し、乾かしておいた方が良いかも。
とりあえず今はコップと一緒にテーブルに置いておこう。
「話を、整理する」
ダンテが呟く。
「えぇ」
アリアは頷いてみせた。力づけたいので、手を握って笑んでみせる。
ほっと安堵された。
少し待つ。
手を握って静か。温かいし嬉しい。ドキドキしてきてくる。
「・・・まとまった」
「えぇ」
ダンテが少し動いてアリアを見る。
「まず、エドヴァルドが、全てを知っていると俺に言った。ただ、俺にも言いたくないことがある。そこは、悪いが、伏せて説明する」
「まぁ」
「あなただって、俺に隠している事がいくつもあるはずだろう。隠す、と言ったのが俺の誠意なんだ」
「まぁ」
言い方に少し呆れたが、ダンテは少し困ったような表情だ。
まぁ、確かに、アリアも前世の事とかダンテにはやっぱり言えない・・・。
「分かったわ」
コクリと頷いて見せると、ダンテが変な顔になった。
「そうすんなり了承されると、微妙な気分だ」
「やっぱり、男と女で秘密にしたい事ってあるわよね」
なんてアリアは言ってみる。
「まぁな・・・」
ダンテがモヤモヤしているようだが、話を進めてもらおう。
「それで、教えて?」
「あぁ。話せる部分になるが。まず、基本的に俺には脅し口調だった。終始偉そうだった」
「・・・王子様ですもの」
「本当にムカついた。話の内容は、色々知っている上での命令だった。俺とあなたの関係も知られていた。エドヴァルドはあなたの暗殺が本当にあり得るのかを調べて、本当だと結論を出した」
えっ。エドヴァルド様、すごい。
どうやって調べたのだろう。
アリアとブルドンには、この世界が乙女ゲームだという知識があるが、エドヴァルド様はそうではない。
「エドヴァルドは、マーガレットが危険だと調べ上げた。それで、あなたの暗殺を防ぐために、手を打とうとしたが、計画は失敗。マーガレットが、あなたに暗殺者を仕掛けた。仕方なく、あなたの逃亡計画も把握した上で、エドヴァルドは、俺に命令してきた。あなたを『殺せ』と命じた」
「『殺せ』!? エドヴァルド様が私を!?」
「他の人間に殺されるより、自分が、などと言ったが、嘘だ。つじつまが合わない。つまり『殺した』ようにして、あなたを連れて逃げろという意味だ」
本当に?
アリアは不安にダンテを見上げたが、ダンテは仕方なさそうな顔をしてみせた。
「俺があなたを殺すとでも? エドヴァルドの命令など、他の内容でも断固拒否する」
「・・・」
「『殺さなければ、もう無理だ』と言っていた。あなたも自分で言っていただろう。死んだように見せかけないと捜されて捕まえられて戻される、と」
「そうね」
そうか。エドヴァルド様も、そう考えてくださったの?
「非常に、嫌だが、あなたを殺したくないという点で、俺とエドヴァルドとの利害が一致した。だから・・・逃亡計画に変わりはない。ただ、エドヴァルドが協力して来る、という話だ」
「まぁ」
じゃあ、有難いお話。
だけど、なんだか信じがたい。
エドヴァルド様が、アリアの逃亡に手を貸すなんて。そんなこと、ある?
「言いたくないけど・・・あいつは、あなたが本当に。惚れてる。今日も、どうしても踊りたかったんだろう」
とダンテが難しい顔をして、弱った声を出した。
「ただ、あいつ」
ハハッ、とダンテが乾いた笑い方をした。
「俺を恨んでる。あなたが選んだのが俺だからだ。それで、全て落ち着いたら、俺を殺すと言ってきやがった」
「えっ、嘘、嫌よ!」
「本気で」
「絶対嫌!」
「俺も嫌だ。俺だって、幸せに生きたい」
アリアは、もちろんだと頷いた。
「あなたを殺したと見せかけて逃がす。エドヴァルドにとっても、俺が適任らしい。つまり俺が必要だ。だけど、その後、俺があなたと別れなければ、絶対に殺してやるなどと」
「逃げなきゃ・・・!」
「ちなみに、他の男とならまだ許せるんだと。俺が消えれば良いらしい。あなたと別れれば」
「絶対嫌!」
アリアが泣きそうになったのを見て、ダンテが安堵を見せた。
「良かった」
「全然良くないわ!」
「分かってる。俺だってあなたを、別の誰かに渡すなんて無理だ。とはいえ、エドヴァルドは本気で俺に復讐したいらしい。ははっ」
「笑っている場合じゃないわ! どうしよう。ねぇ、エドヴァルド様に見つからないところに逃げなきゃ」
アリアのうろたえる様子を、ダンテが興味深そうに観察する。
「ダンテ!」
「・・・エドヴァルドは王族だ。代々飼っている暗殺者もいるだろう」
「えっ?」
「あいつも仄めかしてきた。俺個人を狙われたら太刀打ちできない。だけど今、あなたのお陰で、冷静になれた」
「冷静?」
アリアが縋り付くのを、ダンテが頷く。
「あぁ。明日すぐ、ブルドン様たちに相談する。今日、とても言えなかった。すぐ仮眠に入って、俺も動揺していたから」
ダンテが反省している。
「今、思いついたんだが、エドヴァルドがマーガレットに本気になったら良いんじゃないか。マーガレットも飛びつく案だ」
ここでマーガレット??
「本気って・・・。私、エドヴァルド様に、マーガレットさんに仕草や話し方を全て伝えるようにと頼まれたのよ」
「俺にも聞こえてた。耳が良いんだ。多分、そうでなければ、エドヴァルドが耐えられないからだろう。ただ、それが完璧に近づく程、エドヴァルドはマーガレットに本気になれるんじゃないか? そうすればあなたの事は諦める可能性が」
「そうしたら、ダンテの暗殺は止めてくださるかしら」
「無駄な気もするが、やらないよりは可能性がある」
ダンテが少し困った顔をしている。
試せるものなら、やるしかない気がする。




