楽しいパーティのはず
パーティは、立食形式で、ダンスがメイン。
皆が着飾って踊る。
意外にも幼少時から婚約者が決まっているのは少数で、このような交流で、本人たちの相性なども考慮して婚約関係になる家も多い。
ちなみにこのパーティ、アリアが14歳の時にはまだ洗脳中だった。つまり去年の事はさっぱり記憶にない。エドヴァルド様とイチャイチャ幸せそうにしていたらしい。
ついでに、アリアの14歳の誕生日も同じ理由で記憶にない。こちらも、ずっとエドヴァルド様とイチャイチャしていたそうである。
覚えていません。
そして今年。
会場の中心人物は、アリアではなくマーガレットだ。
彼女はエドヴァルド様に贈られたらしいドレスと宝飾品を身に着けて、真っ先にエドヴァルド様と躍っている。
双方楽しそう。
だけど。
アリアには違和感がある。
エドヴァルド様、他の女性たちへの笑顔と変わりない気がしてしまうのだ。
アリアは幼少時から特別な感情を持ってもらっていて、それに基づく表情しか向けられてこなかった。多分違和感はそのせいだ。
エドヴァルド様は、今はマーガレットにはその特別な表情を向けているべき。なのに一般的な友好的な表情に見えてしまうのだ。
なぜ? 不安でモヤモヤしてしまう。
一方でアリアについては、兄のジェイクが気を遣って初めに一曲躍ってくれた。優しい。
その後は、申し込まれた順に踊り続けている。こう見えてアリアは憧れの対象らしい。
ちなみにブルドンとケーテルは欠席。ケーテルの妊娠が理由だが、そう知る者はあまりいない。
あと、ブルドンはそうして制作に一生懸命打ち込んでいそう。
ただ、兄ジェイクがブルドンへ依頼したとの事で、ダンテがアリアのサポートに来てくれている。
兄の考えが分からない。
ただ、兄は、立場的にエドヴァルド様の指示を受けているはずだ。つまりよく分からないのはエドヴァルド様の思惑。
モヤモヤする・・・。
さて、アリアのダンス申し込みリストはすでに一杯だ。
あまりに人に囲まれたので、希望者はアリアではなく侍女に申し出てもらい、先着順に名前を書いてもらうことにした。
が、様子を見て打ち切る隙もなくあっという間に15人埋まってしまった。
アリアだから多分踊れるが、普通の貴族令嬢はそんなに続けて踊れない気がする・・・。
そんなわけで、マーガレットとエドヴァルド様が気になったが、それは初めだけ。
あとは仕事のようにダンスをこなし続けている。
とはいえ、緊張して震えている人もいるのでアリアも優しい気持ちで微笑んでしまう。
そして一人と踊り終わったら、次の人のために一度侍女の元に戻るのだが、傍にいるダンテが妙に冷たい感じに見えるのは気のせい?
後で、『どうしてアリアが他の男と楽し気に躍っているところを見続けないといけないんだ』とか怒ってくれるかなぁ。と思ってしまうアリアは悪女だろうか。
でも許して。まさか一瞬で15人埋まるなんて思ってなかったのだし。
8人こなしたところで、ダンテが止めてきた。一度休憩を入れられては、と。
差し出されたドリンクで軽く水分補給。
次の人は、まるで祈るようにアリアと躍れる順番を待っていたが、アリアが「少し待っていただいても構いませんか?」と尋ねると、「ハイッ」と返事をくれた。
ありがとうございます、と言うと感激したように顔を上気させている。
休憩を少しだけさせてもらうことにした。化粧も崩れているだろうから直したい。
侍女に頼んで別室へ。ダンテが小さく分けられた料理を載せた皿を持って来てくれる。
侍女がアリアの汗をおさえ、化粧を直してくれる間、ダンテが差し出す皿から選んで食べる。
「恐ろしいほどの人気ですわね、アリア様お嬢様」
侍女が嬉しそうに声をかけてくる。
「そうね。私も驚いてしまったわ」
侍女が自分の事のように嬉しそうだ。
「お美しくダンスもとてもお上手ですもの」
「ありがとう」
「だけど、エドヴァルド様も酷いですわ。こんなお美しいアリアお嬢様を放っておいて・・・!」
「どうか抑えて、マリージュ」
アリアは苦笑した。
普通なら侍女の憤りも最もだが。アリアにその気がないのだ。
侍女にはそう悟られないようにしないといけない。家に知られれば大問題だ。
「アリア様、お花摘みは?」
侍女の確認に、ダンテが遠慮して離れた。お花摘み、つまりトイレの事である。
「踊り続けだから大丈夫。お化粧ができたらすぐ戻るわね。15人躍らないと。時間切れになったら、最後の方は約束を破ってしまう事になってしまうもの・・・」
「なんて素晴らしいお心なのでしょう・・・! ・・・できましたわ!」
侍女がアリアを褒め称え鏡を見せてくれる。うん、問題ない。
アリアは立ちあがり、侍女とダンテを連れて会場へ戻る。
***
15人全員躍り切った! 自分を褒めよう。
アリアの体力よりも、何かの催しなどでダンスの時間が打ち切られる事を心配していたが、大丈夫だった。
あと、大感激してくれる人ばっかりだったので、なんだか凄く達成感。
前世は一般人だったが、アイドルが握手会とかをやり遂げた心境ってこうなのかも、などと妙な事を考えるぐらい、やり切った感で高揚している。
なお、まだダンスための曲は流れている。
アリアへのダンス申し込みはまだ来るが、全て侍女とダンテに断ってもらっている。今日はもう十分躍った。
冷えたドリンクを口にしながら、会場の様子を見る。
あれ、エドヴァルド様はどこ?
マーガレットは、取り巻き立ちの貴族令息の一人とダンス中。パーティを満喫している様子。
ダンテが色々な料理を少量ずつとってアリアにと運んできてくれるので、適度につまむ。
侍女とダンテにもこっそり食べてと言っておく。アリアが意図的に残したものを食べる形だ。
侍女も嬉しそうだが、ごちそうを食べられてダンテも喜んでいるようだ。つくづくダンテは食べ物に弱い。
無事逃亡出来たら、ダンテの胃袋を掴めるように頑張りたいなぁ。
逃亡先は川魚の料理が有名だという。ダンテは魚も捌けるらしい。たまに手も切るらしいけど。
なんてことも考えながら会場を見る。
やっぱりエドヴァルド様の姿が見つからない? それこそトイレ?
または、男性陣は何かにつけて色んなことを論じたがるから、談笑用の部屋に移動されたのかしら。
「アリア嬢」
「ひっ!」
貴族令嬢にあるまじき声を上げてしまった。だって、本当に気配にさえ気づいていなかった。
アリアの怯えた声に明らかに眉を潜めたのはエドヴァルド様。アリアのすぐ傍に現れたのだ。
「静かに、気づかれないように僕につきあって欲しい。・・・どうか、お願いだ」
「・・・はい」
侍女は目を輝かせ、ダンテは表情を消した顔で控えている。
そんな2人も連れながら、気配を消したように動くエドヴァルド様についていった。
***
連れて行かれたのは、会場から離れた場所、庭園だった。
周辺に誰もいないのを見やってから、エドヴァルド様が足を止めた。
そしてアリアを振り返る。
「久しぶりだね。こうやって話すのは」
「はい・・・」
一体なんだろう。不安になりつつもじっとエドヴァルド様の次の言葉を待つ。
なのに、エドヴァルド様は黙っている。アリアの様子を見つめている。
「触れても良いかな」
「え・・・」
アリアの困惑に、エドヴァルド様が、顔を歪めたようにして、少し笑う。
また無言だ。
「一曲。躍ってくれないか。ここで」
「ここで、でしょうか?」
音楽も聞こえないのに。
「うん。そうだ、アリア様、歌って。僕も歌うよ」
嬉しそうに提案された。
「・・・」
「お願いだ。どうか、僕と一曲。口ずさむ歌、一曲で良い。曲は、そうだな。以前、一緒に見にいった劇があったね。劇に感激していたよね。『エスカトーレ』、覚えているかな」
「はい」
それを見に行って、アリアはエドヴァルド様に一生懸命アプローチされた。なのにアリアは良い返事ができなかった。それが辛くなりすぎてアリアは号泣した。
だけど演目は素晴らしかった。
特に女性の歌声が。
エドヴァルド様がアリアにダンスを申し込むための礼を取った。
「アリア=テスカットラ嬢。どうか一時を、僕に与えてください」
「・・・えぇ。エドヴァルド=イツィエンカ様」
酷く危うい橋を渡るように、ダンスを申し込まれた気分がした。だからとても断れなかった。
それに他の貴族令息とは大勢躍った。なのに、エドヴァルド様とは躍らないなんて。
差し出された手に手を重ねる。
エドヴァルド様が嬉しそうに笑みを浮かべた。
ドキリとした。
特別な表情で、アリアを見ている。
アリアの錯覚? いいや。
エドヴァルド様が小さく、昔に一緒に見た劇の歌を口ずさむ。
ままならない男女の、けれど互いを求める情熱の歌。最後は乗り越えてハッピーエンド。
数秒無言で聞いてから、アリアも口ずさんだ。
傍で見ているダンテの事を思うと気が気ではない。だけど、躍るべきだと思ったのは、エドヴァルド様に危うさを感じるからだ。
そして、何かの運命を変えてしまうような、重要な誘い。そんな気がした。
歌いながら踊る。
エドヴァルド様が見つめている。
アリアも見つめ返す。
マーガレットを、特別に好きではないのだ。アリアはそう感じた。
まだエドヴァルド様は、アリアを大事に想っている。
では、最近の行動は、どうして?
そう長い歌でもない。終わりが来る。
足を止めた。
離れて礼を取り合うべき。なのにエドヴァルド様が拘束を緩めない。
「・・・言いたいことが。どうしても伝えたいことがある」
「はい」
強く見つめられている。
エドヴァルド様が告げた。
「きみの気持ちとは無関係に、なるけれど。僕ほど、アリア=テスカットラ嬢。きみを深く愛している男はいない。一番きみを想っているのはこの僕だ」
どういうつもりで、そんな事を言うのだろう。アリアは無言でじっと見つめた。
「ずっと、ずっと好きだ。恋している。愛している。きみの愛が欲しい。焦がれて苦しみを覚えるほどだよ。僕はきみしか駄目なんだ。こんなに好きなのに。・・・だから、絶対に忘れないで。僕こそが、アリア様を、この世で一番深く愛している」
どう答えれば良いのだろう。
「分かった?」
エドヴァルド様が泣きそうだ。なのに笑っている。
どうされたのですかと、聞きたくなった。
だけどアリアは、エドヴァルド様を選ばず、捨てるのだから。聞いてはいけない。
返事を待たれている。だけど、分かった、とは答えられなかった。
迷った末、アリアは言葉を選んで答えた。
「今、確かにお聞きました」
「そう」
とエドヴァルドが、アリアを見つめる。愛おしんでいる。そう分かる笑顔だ。
「マーガレット嬢に、きみを全て伝えて欲しい」
「私を、全て?」
「そう。僕が錯覚できるほどに」
どういうことだろう。
「約束だよ?」
「マーガレット様に、私の知識をお伝えするので宜しいのですね?」
「仕草も。微笑み方も、答え方も全て」
「・・・承知いたしました」
「頼んだよ。だけど、急いだ方が良い。しばらく僕は公務を理由に学園には来ない。その間に全てを伝えて。授業など休んでしまえば良い」
「・・・まぁ」
「また一度、馬で遠出にでも誘いたいな。2人きりでね」
「2人きり?」
「うん。きみに贈りたいものがある。どうか分かったと頷いて欲しい」
「・・・はい」
他に答えようが無く、よく掴めないまま、返事をした。
 




