幸せなはず
「まぁ、良いか。・・・俺にとって、アリア様は特別扱いですよ」
とダンテが少しからかう様に言った。
「ありがとう」
「礼は上手く行ってから言ってください。まだ始まってもいない」
ダンテらしい言い方だ。
アリアは楽しい気分になって笑った。
「お誕生日もおめでとうございます」
「ありがとう。ダンテは誕生日はいつ?」
「忘れました」
「嘘つき」
「忘れたい日が、誕生日なんですよ」
「・・・」
アリアはふと、エドヴァルド様の言葉を思い出した。変わった経歴の、影がある人間が好きなのか、と。
「じゃあ、良い日を変わりに誕生日にして、教えて? お祝いをしたいもの」
「良い日か。・・・どの日にしようかな」
「たくさん候補があるの? 素敵ね」
「そうですね。決めたらまた教えましょう」
「楽しみにしているわね?」
「はい」
アリアはじっとダンテを見上げた。
「お願いがあるのだけど、良い? 誕生日に強請りたいの」
「なんでしょう」
「・・・キスしてくれる?」
ダンテにしてほしかったのだ。
「・・・」
「断る権利がダンテにはあるわ」
「断るとか」
ダンテが真顔になってアリアの頬に片手を添えた。
真顔が近づいてくる。アリアは目を閉じた。
軽く口づけをされる。すぐに離れる。
アリアは目を開けた。やっぱりダンテが真顔だった。
だけどドキドキして嬉しい。そして自分から頼んで恥ずかしい。
アリアはダンテの胸元に額をつけた。つまり顔を隠したかった。
ダンテが抱きしめて来てくれた。
嬉しくなった。幸せ。
ちなみに無言のままだ。
「ありがとう」
と言ったアリアの声は小さかった。
「こちらこそ、というべきか」
とダンテの呟くような声が聞こえた。
「今も、大事に、思ってくれている?」
とアリアは聞いた。ものすごく小さな声になった。
「俺の態度に疑う要素がありましたか」
「無いと思う」
「当たりです」
「・・・」
ストレートに答えてくれないところがダンテだな、とアリアは思った。
「ねだったら、またキスしてくれる・・・?」
「場合によっては断りますよ」
「・・・えぇ。もう一度、って頼んだら、今ならしてくれる?」
「今日はもう・・・部屋の外で、入るタイミングを伺われているので」
「まぁ!」
ブルドンお兄様とケーテル!
アリアはとっさにダンテから離れた。
赤い顔をなんとか鎮めようとする。両頬に手を当てるが、収まりそうにない。
そうしながらダンテの様子を伺うと、ダンテが見たこともない、子どもっぽいくしゃっとした笑顔になった。
どこか楽しげに、離れたアリアに近づいてもう一度抱きしめた。
「大事です」
アリアはやっぱり確認したくなった。
「恋愛対象として、見てくれているのか、教えて欲しいの」
「秘密です。でも、誰にも取られたくない。傍にいて守りたい。許してくれますか」
アリアはじっと見つめて、告げた。
「私は、ダンテが好きなの。恋愛対象として」
「・・・」
驚きのためかダンテの瞳が潤んだように見えた。
「良い?」
とアリアは聞いた。
ゴクリ、とダンテの喉が動いたのが見えた。
「良い、です。勿論」
「私に恋、してくれる?」
ダンテが物凄く、無言だ。じっと見ている。
見ているうちに、なぜかダンテの眉間に縦ジワが寄ってきた。
「責任とってもらいますよ」
え。怒った?
「あいまいだったのに、今この瞬間で、好きのジャンルが決まりましたよ」
唸るようだ。でも、照れている?
え。じゃあ。
嬉しくなったアリアは期待に目を輝かせた。
抱きしめたままのアリアの頬を、ダンテが指で撫でてきた。
くすぐったい。楽しくなってアリアは笑う。
「もう一度」
ダンテが囁いた。顔が近づいてくる。笑んでいる。
アリアは目を閉じた。
先ほどと同じく、唇に触れて離れていった。
目を開けてみれば、ダンテは優し気に笑っていた。
とてもとても嬉しくて、大好きで、アリアは笑顔でもう一度、額をダンテの胸につけた。
しばらくじっとしていた。
***
さて。
「ケーテルとブルドンお兄様はそういえばオヤツと言っていたわね」
などという会話を、ダンテと離れて試み始めたところで、澄ました顔でブルドンとケーテルが菓子を盛った皿とともに戻ってきた。
しかし、二人ともどこか気まずそうだ。
こちらも少し恥ずかしい。ダンテに至ってはあからさまに視線を逸らせて壁を見ている。
アリアはチラチラとケーテルとブルドンの様子を伺ってみる。
ここはやはり、原因を作ったアリアがなんとか元に戻すべきでは。
「あの、今日は、誕生日にお祝いをして下さって、改めて、ありがとうございます」
「改めて、おめでとうございます、アリア様」
少しはにかんだように答えてくれたのはケーテルだ。
ちなみに、この会話は、本日もう何度目か。
しかし誕生日だけ使える言葉なのだし、許してもらおう。
「食べよう。ケーキも菓子も」
とブルドンが普段には無い、感情を消した顔で言う。
「えぇ、是非」
「そうだ、プレゼントがある」
とはブルドンだ。
「私とケーテルから。はい。のろし玉」
物凄く凝った作りの小さな箱を渡された。開けられるようになっている。
のろし玉? 火にくべると白い煙が空に上がって、合図になるという、あの、のろし?
ちょっと意味が分からない状態でアリアはありたがく受けとり、美しく可愛らしいその箱を開けてみた。
丸くて、縄でグルグルに巻いたものが入っていた。
「のろし玉・・・」
「うん。私たちとはぐれた時に使ってもらおうと思って。逃亡時の緊急アイテムだよ。もう実用的な物にした。私の作品だけど、これ以上作る予定はない。アリア様専用。この箱とセットだからね。取り出して投げれば発動する。おたんじょうび、おめでとうございます」
「ありがとうございます・・・。のろしって、使った場合、他の人たちにも『あれは何だ』って分かりませんの?」
「分かるけど、私たちには、正確に分かるように作った。逃げた先で、合流できなかったら嫌だからね」
なるほど。確かに。
なぜわざわざ誕生日にこれかという疑問はあるが、有難い特別製のアイテムのようだ。
「大事にしますわ」
「うん。でもいざという時に使ってよ」
「はい」
「いよいよ、アリア様とブルドン様のおっしゃる時が近づいてきたという実感があります」
しみじみとケーテルが言う。
「そうね」
しみじみとアリアは頷き、まずブルドンに片手を差し出した。
「いつもありがとうございます、ブルドンお兄様。これからも変わらず良い友人でいてくださいませ」
「勿論」
ブルドンが握ってくる。友情の握手だ。
「ケーテル。いつも本当にありがとう。大好き。これからも親友でいてね」
「勿体無いお言葉です。アリアお嬢様。どうかこれからもお傍にいさせてください」
「ケーテル、ブルドンお兄様の奥様なのだから、もっと砕けた口調に変えて良いのよ」
アリアはいつまでも変わらないケーテルにそう教えた。
「とんでもありませんわ。今の私があるのは、アリア様のお陰なのですもの」
「まぁ・・・」
二人でじーん、と感動し合ってしまう。
ケーテルはいつもアリアに感謝をしてくれて言葉でも態度でもそう伝えてくれる。本当に大好き。可愛い。ブルドンお兄様もお目が高い。
そして、自然と皆の視線がダンテに集まる。ダンテが何か渡す順番だ、と、なんとなく。
ダンテが視線を彷徨わせて、気まずそうにした。
「あの。ご期待頂いて申し訳ないのですが。大したものを用意していません」
前置きの上で、ダンテが壁際のテーブルにあった包みを取りあげた。
「どうぞ。ジャーキーです」
「・・・ジャーキー?」
思わずアリアは復唱した。ブルドンもキョトンとしているようで、ケーテルは首を傾げた。
「味付きの肉を加工して薄くしたものです。保存食です」
「なぜそれを」
ダンテの説明に、思わず疑問を声にしたのはブルドンだった。
「ブルドン様とケーテル様が、のろし玉だとおっしゃったので、私も実用品を」
「・・・ありがとう。非常時に食べる事にするわ」
「えぇ、そうしてください。オヤツに食べるのもおすすめです」
どうしてこれを選んだの? とアリアはまた思ったが、ダンテは肉が好きなのできっとこれは美味しいに違いない。
「肉屋の渾身作だというので、ついこれに決めてしまったんです」
まるで言い訳のように言う。ダンテも、これじゃなかったな、と感じている様子である。
「ありがとう、ダンテ。できれば一緒に食べましょうね」
「光栄です」
とダンテが笑う。
素直で楽しそうな笑顔だった。アリアは少し見惚れてしまった。
しばらくしてハッと気づいてブルドンとケーテルを見てみれば、2人はお酒を飲んでいた。気にせず仲良く楽しそうだ。ホッとした。
そんな2人を真似て、アリアとダンテも乾杯してお酒を1杯飲んだ。なお、この国にはお酒に対する年齢制限はない。
***
馬車で送ってもらってニコニコしながら帰宅する。
すぐに夕食だ。豪華な食事だが、事前に要望を伝えていたので、アリアは色んなものを少量ずつ。
家族に、今日は学園はどうだったと聞かれるので、皆に祝ってもらったことをニコニコして伝える。
母が、部屋に早く戻った方が良いわ、と上機嫌だ。
きっと何か贈り物だ。
食事後、アリアがワクワクしながら自室に戻ると、テーブルの上に明らかに別格に豪華なアクセサリーBOXが置いてあった。
花束とカードもある。
あ。エドヴァルド様・・・。
恐怖でアリアの心臓がギュッと掴まれたようになった。
侍女たちに悟られないよう笑顔を浮かべているよう意識しながら、そっとアクセサリーBOXを開けてみる。
こういうのは大体、中身も詰めて贈られる。
一段目は蓋を上に。蓋の裏面には鏡付き。
そして入っていたのは、繊細な作りの、花をモチーフにした、垂らして揺らすタイプのイヤリング。
二段目の引き出し。
同じく繊細で花をモチーフにした、同じ意匠で作らせただろうネックレス。
三段目の深い引き出し。
指輪だ。これは少し意匠が違う。大粒のダイアモンド。金の装飾。
不味い。
アリアの血の気が引きそうになった。




