変化があるはず
アリアは今日で15歳になった。
正気に戻ってから、色々努力はしているが、結局エドヴァルド様との関係は変わらない。
つまり、間違いなく暗殺コース。相談してみるとブルドンもそうだね、と真顔で頷く状態だ。
一方で、マーガレットと友人になった影響で、町遊びにも出れるようになった。ケーテルの家に遊びに行くという理由でブルドンの家で集まったりもできる。
その意味でも、やっぱりマーガレットは特別だとアリアは思う。
存在が許されている自由人。
教育されてしまっているアリアでは、色々気になって行動や発言に制限をつけて控えてしまう。
それをマーガレットは、乗り越えて進んでいく。
許されないなら問題になるが、マーガレットには、皆が「彼女だからまぁ仕方ないな」と許してしまう何らかの魅力がある。
とはいえ、ブルドンの家に行った時に勉強を見てくれるダンテは、
「あれは計算です。絶対に心を許さない方が良い」
と辛口だ。
しかしダンテはアリアからみても性格が曲がっているところがあるので、そんなことを言うのだろう。
アリアにとって、マーガレットは得難い友人の1人。
彼女といると、自分が常識という枠にとらわれていると痛感する。発想が、アリアの考えの外にある。
アリアでさえこうだから、マーガレットを特別視し、マーガレットに恋する人が増えるのも納得する。
さて。その一方で今日はアリアの誕生日。
どこにいってもアリアに祝いの言葉がかけられる。
朝は家族に祝われて贈り物をされた。
そしてエドヴァルド様が大きな花束を持って迎えに来てくれた。頬にキスをされたので動揺して俯いた。
本来ならキスを頬に送り返す方が良いと分かったが、アリアには無理なので、花束に顔をうずめてやり過ごす。
馬車でも狙われている気がして、ずっと花束に顔を埋めるようにした。その意味で花束に心から感謝した。
エドヴァルド様がちょっと困っているのが分かったが、応えられない以上これしかない。
学校に着いたら、さすがに侍女が花束をアリアの手から持って行った。大事に保管してね、と告げておく。
一人がアリアを祝うと、皆が口々にアリアの誕生日を祝ってくれる。女王様になった気分。勘違いしそう。
そんな状態なので、授業でも教師に祝われる。
名家の娘、第二王子エドヴァルド様の婚約者。
そんな立場だとアリアに実感させて来る。
素直に喜べたら良かったのに、と思ったけれど、そんなアリアはきっと今のアリアとは別人だろう。
授業が終わって休憩時間。
いつにもましてエドヴァルド様がアリアにべったりだが、マーガレットが、
「授業後に町でお祝いさせてくださいっ!」
と他を押しのけて言ってくれたので、授業後が心待ちになった。
きっとエドヴァルド様とアリアを引き離してくれる。
昼食はエドヴァルド様と2人きりだった。マーガレットもと誘ったけど、今日はダメだった。難しい。
授業後も僕と過ごして欲しい、とエドヴァルド様に懇願された。
けれど、アリアは、マーガレットの方が先約だと断り続けた。
エドヴァルド様が明らかに落ち込んでいる。
じっとアリアの様子を見つめている。
「アリア嬢は」
とエドヴァルド様が小さな声で言った。少し目を伏せた後、意を決したように。
「どこか悪い影のあるような人間の方が、好きなんだろうか」
アリアはドキッとした。
まさか、何かを知られている?
アリアはダンテを意識しているが、だからといって、勉強を教えてもらう時に2人になるぐらいで、他に何か変わりがあるわけではない。
ダンテがアリアを大事だと思ってくれている、そう聞いた以降に確認したこともないし、アリアも確認されたことはない。そもそも、互いの気持ちを、きちんと話すことも無い。
知られることが危険だということもある。エドヴァルド様に。
「どこか悪い影というのは、どういう意味でしょうか?」
とアリアは何も知らない振りを装って尋ねた。
エドヴァルド様が少し目を細めてアリアを観察している気がする。
「僕を怒らせると怖いよ」
「エドヴァルド様らしくない事を、おっしゃいますのね」
「きみが好きだ。アリア=テスカットラ嬢。会うたびに好きになる。これ以上があるのかと思うのに、深くなる。・・・きみもこの思いを知れば良いのに。すこし呪わしく思うぐらい、惚れている」
「魅力的なお言葉ですのに、恐ろしく聞こえてしまいますわ」
不味い。アリアは内心の怯えを外に出さないようにした。
アリアがエドヴァルド様に惚れていない事を、エドヴァルド様はきちんと知っている。
朝、キスを避け続けたのが不味かった? だけどあれは仕方ない。防ぐほかない。
「もう15歳だね。僕は17歳。結婚を早めたくなるけれど、きっと二度ときみの心は手に入らないんだろうと、考えてしまう。きみはいつ、諦めてくれるのかな」
「諦める、というのはどう言う事でしょうか」
「分かっているくせに、はぐらかさないでくれないか」
辛そうな視線に、アリアは決心した。
「私は、マーガレットさんを、推薦いたします」
エドヴァルド様の相手として。アリアではなく。
「どうして」
エドヴァルド様が暗い目でアリアを眺める。
「私よりも、考え方が柔軟です。庶民を知る人間が必要だと、以前、王様がおっしゃったとエドヴァルド様は教えてくださいましたが、マーガレットさんの方が私よりも、庶民の暮らしをご存知です。王家にとっての力になってくれると思います」
「僕の気持ちは? 僕に耐えろというんだな」
「私は」
アリアは言葉を切り、目を閉じてから再び開けて、言い直した。
「マーガレットさんは、エドヴァルド様の気持ちも求めてくださいます。お気づきなのではありませんか」
「・・・彼女と随分仲がいいね。アリア嬢は、変わった経歴の人間の方が、気に入るんだね」
「どういう意味でしょう?」
エドヴァルド様が、らしくなく暗く、それでいて少し鼻で笑うようにした。
「良い。じゃあ、今日は、きみの誕生日だから。今日は僕は辞退する。アリア嬢は、好きな人たちと過ごせば良い・・・」
ありがとうございます、というのは間違っている。
アリアはエドヴァルド様の普段にない様子を見つめてから、
「はい」
と控えめに答えた。
***
昼食のは、あれは、アリアとエドヴァルド様のケンカだったのだろうか。
午後の授業、エドヴァルド様は、自らマーガレットのエスコートを申し出て、マーガレットを喜ばせた。
アリアは驚いてしまった。
一体どうしたのだろう。エドヴァルド様の思考が良く分からない。
アリアが頼んだから、アリアの誕生日祝いに、言う通りにマーガレットに近づいてくれた?
兄のジェイクが驚いて、アリアに確認しに来た。
ケンカをしてしまった、と話したアリアのために、兄は渋い顔をしながら、代わりにアリアをエスコートしてくれた。優しい兄だ。
兄のジェイクも、今ではマーガレットの心を手に入れたいと思っている。
アリアを口実にマーガレットにもっと近づきたいと考えていることも察している。
どうして人の心は、恋愛は、うまくいかないのだろう。
***
「それで今日はマーガレット嬢がエドヴァルド様と一緒にいるのか」
授業も終わり、ケーテルと一緒に、ケーテルとブルドンの家に向かい、今はアリアのためにプチパーティである。
とはいえ面子は普段より少ない。
ブルドンにケーテル、ダンテ、アリアのみ。
マーガレットはエドヴァルド様に引き留められてこなかった。
「なんだか急に、不安になってしまいます」
とアリアが告げる。
皆がそれぞれ難しい顔をしている。
「ダンテに変な接触はない? 監視されていたりしない?」
「思い当たることは、ありません」
「いいえ。気を付けるようにと、知り合いが私に教えてくれました」
ブルドンの質問に答えたのはケーテルだ。
どういうことだろう。
アリアは疑問に思ったが、ブルドンは深刻に頷いた。
「そうか。ちょっと読めないな」
「マーガレット嬢がいないのです。アリア様の今後の話をしませんか。逃亡計画です」
と言ったのはダンテだ。
「そうですわね。ブルドン様」
「そうだね」
ダンテとケーテルとブルドンが頷き合っている。
「アリア様。知っていると思うけど、私たちの事業は順調だ。家からも、継いでくれと頼まれている」
「えぇ」
「だけど、私は家を継ぐのは迷っている。十分やっていけるし、あの家がない方が好きにできるからだ。まぁそれは私たちの問題だ。事業については順調で、トニーのように子どもを育てながら雇っていて、事業としての人員も育てることができている。そこで、支店を出そうかなと思うんだ」
「まぁ。素晴らしいですわ」
「うん。私は他の国に興味がある。他の国はまた文化が違う。この国にない考えと技術を持っているんだ。そこで、この国の店はトニーに任せて、私はケーテルとダンテを連れて他の国にと考えている」
話の先が読めた気がする。
アリアは期待して見つめてしまう。
「アリア様と、一緒にいられる。アリア様は、こっそりとね。アリア様は得難い友人だし、ケーテルはアリア様が大好きだ。それにあたって事業としてどう動いておくかと考えたんだけど、ギリギリまでアリア様の傍に皆がいた方が安心だ。何があるか分からないからね。だから、私とケーテルが先に行って待っているよりも、事業としてダンテを先に行かせる形が良いだろうと考えている」
「まぁ」
ダンテがアリアの傍に近づいた。
身をかがめて耳の傍で囁く。
「私が行く時に、一緒に外国に行きましょう。建前は私は一人ですが」
ドキリとした。期待してアリアはダンテの顔を見上げた。ダンテが笑む。
嬉しくなってアリアも笑んだ。
「行く先の国の目星はつけていて準備を進めている。私が興味を持った国だよ」
アリアは嬉しくなって笑みながらブルドン、その隣のケーテルを見た。
しかし、ふと心配になった。
「今の状態で姿を消しても、家かエドヴァルド様に捜されてしまうと思いますの。それで、私は事故で死んだとか、死を装ったうえで逃げなくてはならないと考えています」
「そうだね」
「6階にある自室からの逃亡は難しいので、理由をつけて何度か馬で遠出をして、それで最後に事故と見せかけて、と」
「そうだね。そこはダンテに任せよう。きっと一緒に動く事になるから」
「はい」
「アリア様は、今の時間で学べることを身に付けてください」
ダンテがアリアに優しく告げた。
こういうところが、きっと好きなのだとアリアは思った。
多分、アリアが一番恐れていることについて、最も具体的に傍で動いてくれる。実行してくれる。
その上で、アリアは我儘で良いと言ってくれる。我儘に思える事を、それで良いと言ってくれる。甘やかしてくれる。
アリアはダンテの手を握った。ダンテが少し驚いたがそのままだ。
「ありがとう、ダンテ。いつも、私が困った時に力になってくれて、一人になってしまう時に、他に誰も来られないようなところにでも、来てくれるのはダンテだわ」
「・・・」
ダンテが無言だ。アリアはじっと見つめて答えを待つ。でも無言だ。
ダンテが何か言おうとして、言い淀んだ。
アリアの前で、顔が少し赤くなるのを見た。
「なにかオヤツあったかな」
「はい」
変な理由で、ブルドンとケーテルが揃って部屋を出て行ってしまった。
ダンテが口をひき結んで、しかめっ面になる。
「気を遣われた」
と呟いた。
さらにしかめっ面になってから、諦めたように笑った。




