ヒロインだから言えることがあるはず
アリアは町に連れ出された。
侍女も慌ててついてくるが、マーガレットが全速力で走り出し、腕を掴まれているアリアも全速力に。
気付けば侍女の姿は見えなくなっていた。完全に巻いたらしい。
「あの、下着なんですけど!」
足を緩めたマーガレットが大声で言った。通り過ぎる人がギョッとマーガレットとアリアを振り返る。アリアは恥ずかしくなった。
下着とか大きな声で言わないで欲しい・・・。
「あ、あの、少し声を落としてもらえますと・・・」
「あっ、ごめんなさい!」
マーガレットが、私ったらうっかり、と足を止める。顔を赤くして恥じらう姿はとても可愛い。
「あの、その、例の、アリア様に見ていただきたくて!」
「・・・え? もしかして、本当の話ですの?」
連れ出す口実だとばかり。アリアは目を丸くした。
「はい。注意は受けてませんけど、アリア様のが、とっても素敵で。私も、欲しいなって思って!」
「・・・」
「駄目でしょうか?」
マーガレットがシュン、とうなだれる。
アリアは慌てた。
「いえ、そうではなくて。私、選んで買ったことがありませんの。それで分からなくて」
「えーっ」
驚きが非難に聞こえる。
アリアは焦りつつ考えた。アリアはドレスや宝飾品は選ぶが、他は気にするまでもなく手配されている。
つまり、どこで買うのかも知らない。
侍女がいた方が話が早かった。
「あの、では侍女に聞いておきます。・・・あっ、ケーテルなら知っているかもしれませんわ。ケーテルに会いましょう!」
「そっかぁ。でも、まだ、私たちの方が早いかも」
「そう、ですわね」
授業が終わるや否や全力ダッシュして今がある。
ケーテルたちはまだ学園の可能性すらある。
マーガレットは残念そうにしながらも頷いた。
「まぁ、次で良いかぁ。アリア様、絶対教えてくださいね! 約束ですよ!」
マーガレットがニッコリ笑う。アリアの手をギュッと両手でつかんできた。
かわいい・・・。
内心で感嘆しつつ、アリアもニッコリ笑み返した。
「えぇ。是非、町でお買い物しましょう!」
言ってから嬉しくなった。
まさかヒロインと仲良くなれるなんて。
***
ブルドンとケーテルの家にマーガレットを案内した。
ピンポン♪
『はい。どちら様ですか』
聞いたことのある少年の声だが、ブルドンでもケーテルでもダンテでもない。
「アリア=テスカットラですわ。ブルドンお兄さまとケーテルに会いに来ましたの」
『えー! 久しぶりです! あれ? ブルドン様たちと一緒じゃないんだ。まだお戻りで無いんですが』
「そう。私たちの方が早かったのですわ。中で待たせてもらっても良いかしら?」
『店の方で待ってもらえますか? 勝手にお家には通せません』
「えぇ」
誰だったか軽く悩んでいるところに、いつもと違う方向から人が現れた。
「トニー!」
顔を見て思い出した! アリアは嬉しくて声を上げた。
町でアリアからスリを働こうとした少年たちのリーダー、そしてブルドンが雇った自分と同世代の男の子だ。
トニーは嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。
「アリア様、久しぶりです! 遊びすぎて怒られて家に閉じ込められたって! もう大丈夫なんですね!」
明るい大声にアリアは胸を突かれる気分になった。
「まさか、その話、町中に知られてしまっていますの?」
「まぁ大体。皆で心配してるし、僕もお客さんに聞かれますし」
そ、そっかぁ・・・。
仕方ない。事実だ。
「学園に通うので、これからは家にずっといるわけでもありませんわ・・・」
「じゃあまた遊びに来るんですね!」
トニーが明るく聞いてくる。
「そうしたいのですが何とも・・・。あ、それより、トニー。紹介いたしますわ。こちら、マーガレットさん。学園で知り合いましたの。マーガレットさん、こちらはトニー。ブルドンお兄様の事業を手伝っていますの」
アリアはトニーとマーガレットを紹介することにした。
「あ、もう会ったことあります」
と、トニー。
「え、まぁ。そうなの・・・」
「前にも来たことがあるんです。ブルドン様の商品って、すごく興味深くって!」
とマーガレットもニコニコ答える。
やっぱりアリアは取り残されている。
不安になる。
***
店内。
トニー以外にも店員がいる。皆、アリアと同年代。つまり子どもだ。
一方で客もいる。こちらは身なりの良い大人たち。皆がアリアに驚き、挨拶しようとして来る。アリアは軽く会釈した。
そんな中を、トニーが商談用の部屋の1つに案内してくれる。慣れている。
「ここでブルドン様たちのお帰りを待ってください」
「えぇ。ありがとう、トニー」
「店の中を見てもらっても良いのですが、アリア様って人気で、声かけられて大変だと思うから、ここにしたんですけど」
「えぇ。ありがとう」
正しかったか確認してくるトニーにアリアは頷く。トニーは良い笑顔になって去っていった。
さて、家が完成した時に全て案内してもらったが、それ以降で店エリアに来ることはなかった。
応接室も興味深い。眺めてみてから、向かいに座るマーガレットと会話を始めた時だ。
ガッチャン!
と大きな音を立ててドアが開いた。
驚いて見れば、ダンテだ。髪が乱れている。
怖い顔でアリアを見て、それからマーガレットを見て、なぜかマーガレットを警戒したようにアリアの傍にやってきた。
ダンテが真剣にアリアに聞いてくる。
「何か口にしましたか、お身体は。怪我など」
「何も、食べていないわ。・・・お茶もよ。着いたばかりだし・・・」
「何もされていませんね?」
「誰に?」
アリアは不思議に思ったが、ダンテは眉間に縦ジワを刻んだ。
「何も、お体に異変はありませんね」
「・・・強いて言えば、走ったからお茶が欲しいかしら」
ダンテが深く息を吐いた。どうやらホッとしたらしい。
どうしたのだろう。アリアはじっとダンテの様子を見つめた。
「そういえばぁ」
と、向こう、マーガレットが可愛い声を上げた。
「ダンテさんって、アリア様がとっても大切なんですね? ずっと泣いていたし。・・・えっ、お二人って、恋人同士ですか?」
話しながら驚き息を飲み、マーガレットが目を丸くしてアリアたちを見る。
ダンテがマーガレットを振り返った。
「恋人同士ではなく、主人の大事なご友人です」
「え、そう・・・? とても仲が良さそうだし・・・ほら、アリア様の意識が無い4ヵ月、ずーっとアリア様を見てたって、私、気づいてましたもん」
マーガレットが眉を八の字に下げつつ、尋ねている。
「普段にない状態に心配するのは当たり前ですが?」
ダンテが口調こそ丁寧ながら、マーガレットを威圧している。
「そう、ですかぁ? でも今も駆けつけて来たし、すっごく大事なんだって。・・・でもぉ、何を心配したの?」
マーガレットが恐る恐るながら確認してくる。
明らかにダンテの苛立ちが増している。
とはいえ、マーガレットには怯えた様子はない。
「アリア様って、ダンテさんをどう思っているのですか?」
「えっ」
話がアリアの方に来た!
アリアはドキッとして、思わずダンテの表情を確認した。
不機嫌そうに、アリアを軽く睨んでくる。
どうしてそんな顔?
アリアは困りつつもマーガレットに答えた。
「とても信頼しておりますわ。ダンテはブルドンお兄様の付き人で、私にもとても良くしてくれますわ」
「あの、そうじゃなくって、身分違いの恋でお悩みなのかなって?」
「え、あ・・・」
アリアにとって初対面なのに、マーガレットは凄い事を聞いてくる。
アリアは答え方に困惑した結果、
「あの、私、エドヴァルド様の婚約者ですの・・・」
とマーガレットに告げた。
立場的に、答えることがアリアには難しいと思ったのだ。
でも。恋?
アリアはダンテを見上げた。
自分は、ダンテが好きなのだろうか。
・・・。
アリアは恥ずかしくなってきて視線を外した。顔が赤くなりそうだと思う。
好きなのだと、アリアは今、自覚した。
エドヴァルド様との婚約があるから、明確にそう思う事を避けていた。あまりにも不実だ。
加えて、他からこんなことを確認されたことも無かった。
「アリア様、可哀想!」
マーガレットの声がいやに近くで、と思ったら、マーガレットが立ち上がって近くにいた。ダンテにそれ以上の接近を阻まれている。
「座れ!」
「邪魔しないでっ! お友達になるの、そうよね!?」
ダンテとマーガレットが妙にケンカ気味だ。
ダンテがたじろいだ。マーガレットがすり抜けてアリアの手を取ってきた。
「可哀想、アリア様! 好きな人がいるのに、違う人と婚約してるんだ!」
「え、あ・・・」
アリアは動揺した。気になってダンテを見ると、視線が合ったダンテが動揺した。
「お友達になりましょう! ね!? 同盟!」
「同盟?」
アリアを見つめるマーガレットの瞳が気の毒そうに潤んでいく。
アリアは困惑しながら、話の先を聞きたくなった。
「身分違いの恋同盟ですっ! 私も応援します! だからアリア様も私の事も応援して欲しいんです! エドヴァルド様との恋に、悩んでます!」
「えっ、あっ」
マーガレットがエドヴァルド様が好きだという事に、アリアは深く納得した。
「良いですよね!?」
「え、はい」
アリアはコクリと頷いてしまった。
なんだかそれほどの勢いがマーガレットにある。
途端、マーガレットがニッコリ笑う。
「あ、でもぉ」
マーガレットが急にシュン、とした。表情がクルクルと変わる。目が離せない。
「アリア様は、覚えて無いと思いますけどぉ。ずーっと4か月間、アリア様ってばエドヴァルド様とイチャイチャしっぱなしで、私、傍にいるの辛かった・・・両思いって感じで」
「え、あの、ごめんなさい、覚えていなくて・・・」
アリアはオロオロと、マーガレットを慰めなければ、と身を乗り出した。
「止めろ!」
急にダンテがマーガレットを掴み、アリアから引き離した。
マーガレットが後ろに転んで尻もちをついた。
「・・・! ダンテ!」
驚いて咎めたアリアに対し、ダンテが厳しい顔で注意した。
「あなたは、もっと警戒するべきだ!」
え。警戒。マーガレットを?
「酷い。アリア様、私、ダンテさんに嫌われちゃったみたいですぅ」
マーガレットがほろりと泣きだした。
「えっ! あ! ダンテが悪いわ!」
アリアは慌てて立ち上がり、床に座って泣き始めたマーガレットに手を添えた。
「大丈夫?」
「くすん・・・アリア様は優しいですね・・・」
ダンテの舌打ちが聞こえた、と思ったら、アリアの方が引きはがされた。
「アリア様。騙されてはいけません。マーガレット嬢。お前、アリア様まで魅了するな!」
「濡れ衣だわ! そんなことできないもの!」
「してるだろうが!」
「あっ、そっか! ダンテさん嫉妬なんだ!? 男の嫉妬・・・女友達を邪魔したら可愛いアリア様に嫌われるのに・・・。駄目ですよー?」
「こいつ・・・!」
ダンテの苛立ちが加速している。
「ダンテ! 落ち着いて!」
アリアはダンテの片腕を掴んだ。ケンカの流れを止めなければ。




