ヒロインは個性的なはず
「アリア様! どうかしっかりなさってくださいませ!」
明瞭な声が聞こえた。
アリアは意識を取り戻した。
あれ。ケーテルだ。
寝ていたみたい。起こしてもらった? 朝が来た?
あれ?
違和感に首を傾げ、ようとして自分の口が塞がれているのが分かった。
えっ!?
慌てて確認しようとすると、後ろにダンテがいる。
あれ、お腹もだ。後ろからダンテの手が回っている。
これは、身柄確保?
ん? 誘拐?
でも、ケーテル??
話そうとしてもできないので、アリアは困惑しつつダンテの手を剥がそうとしてまた気づいた。腕も誰かに掴まれている。
視線で辿ってみると、乙女ゲームのヒロインっぽい少女がいた。
ん?
「アリア様に教えていただきたいことがあります」
ケーテルに向かって右側にブルドンがいて、丁寧な口調で尋ねてきた。
「町での買い食いなど、もってのほかでしょうか。もってのほか、というご意見なら、左目を瞑っていただけませんか。いいえ、大賛成です、という場合は、右目を瞑る事で教えてください」
なぜそんな質問を? ブルドンなら、アリアの答えなどわかり切っているはずだろうに。
当然、大賛成。アリアは右目を瞑ってみた。
途端に、ブルドンの表情が嬉し気に変わった。
「もう1問。屋台の食べ物は口に合わない? 合わないなら左目を瞑って。合うなら右目を瞑って」
合うに決まっている。アリアは右目を瞑る。
「成功だ。二人とも、手を離してあげて」
口元と腹、そして腕を抑えていた手が離された。
「アリア様。私が分かりますか?」
「ケーテル。・・・久しぶりね! 会えて嬉しいわ」
いつから会えていなかっただろう。やっぱり嬉しい。ニッコリ笑うと、ケーテルがどっと涙を浮かべた。
「・・・! 戻られて良かった」
「アリア様、俺は!」
後ろから横に回ってきて、ダンテがなぜか主張して来る。
「ダンテよね」
ダンテはそれほど久しぶりでは無い。ん? あれ、どうだっただろう。
アリアが自分の記憶を探ろうとしたところで、ダンテが顔を歪めた。
え、何!
「嘘。どうしたの。ダンテ。ケーテルも、どうしたの」
泣き出した。
「ブルドンお兄様?」
「良かった・・・戻った。アリア様、こちら、世界の中心、マーガレット=フロル嬢だ。協力者だよ」
「アリア=テスカットラ様。正気を取り戻されて何よりですわ。今度は私のお願いを叶えてくださいませね」
エヘッと可愛く、乙女ゲームのヒロインであるはずのマーガレットがアリアにはにかんだように笑う。
「とりあえず、事情を簡単に話すよ。きみ、腕輪で洗脳されてた。覚えていないはずだけど、今、入学から4ヵ月以上たって、もう夏も終わりそうなんだ」
「・・・えっ!? 嘘ですわ」
「本当。それで、洗脳にエドヴァルド様たちは気づかず、むしろエドヴァルド様一筋の状態になったアリア様にエドヴァルド様はますますアリア様一筋だ。今、ここにいる皆で協力して、エドヴァルド様たちから離してアリア様の身柄をここに確保、で、やっと腕輪を外すことができた」
「腕輪?」
「うん。これ、ダミーだよ。マーガレット嬢の協力のお陰で、見せかけの性能もばっちりついているけど、害はないから安心して」
ブルドンがポケットから金色の細い腕輪を取り出して、アリアの右腕につけた。
あれ、既視感。
確か、お母様に貰った腕輪のはず・・・。
「本物は私が保管しておく。かなり厄介だ。落ち着いたらこれも相談しよう。さて、それでだけど、アリア様は、エドヴァルド様たちとベッタリなのを、一時引き離すことに成功して今がある。つまり長くこのまま私たちと一緒にはいれない。エドヴァルド様たちが間違いなくアリア様を探し始めている。今すぐ戻っても『どこに行っていた、心配した』といわれるだろう」
「・・・」
「そこで、私が手助けして差し上げますッ!」
ヒロインであるマーガレットが可愛らしく両手を握ってガッツポーズを見せてくれた。
「トイレに私と行ったアリア様は、私に厳しい注意を垂れるんです! 私は泣いちゃいます! アリア様は怒って一人で去ろうとしたけど、泣いて謝ってついてくる私に困って時間がかかっちゃうの。大丈夫! アリア様が戻ってから、私も泣きながら戻りますからねっ」
「・・・」
アリアは困惑して、ブルドンに助けを求める視線を向けた。
なお、ケーテルは未だにアリアに縋るように泣いている。ダンテまで涙を拭っている。
困惑しない者がいるだろうか。
「ごめん、本当に説明の時間が取れないんだ。とりあえずマーガレット嬢の案に乗るしかない」
「わ、わ、かりました、わ・・・?」
分からないけど。
アリアは泣き続けるケーテルを宥めるために頭を撫でてあげつつ、ダンテも泣いているので手を伸ばしてその手をとってみつつ、マーガレットに視線を移した。
「あの、マーガレットさん、どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。頼らせていただきます、わね・・・?」
「えへっ」
と、マーガレットが笑ってくる。
ブルドンが、ケーテルを引っ張ってアリアから引きはがし、自分の方に引っ付けた。
「ブルドン様ぁ…!」
ケーテルがそのままブルドンに縋って泣いている。
「ほら、ダンテも手を離して。戻らないとエドヴァルド様が不味いから。ダンテ!」
ブルドンが命令している。
しかし、逆にアリアの手がギュッと強く握りこまれた。
「また握らせてもらえば良いから。良いよね、アリア様」
ブルドンがアリアに言い聞かせるように言ってくる。分からないけれど、頷いた。
「はい」
「ほら放して! マーガレット嬢、ごめん、頼んでいいかな」
「構いません! えーい!」
マーガレットがダンテの腕をとり、グッと手のひらを開かせて、その中からアリアの手を捨てるように外してくれた。
ダンテが悲しそうに悔しそうに、離れたアリアの手を見つめる。涙に顔を濡らしたまま。
アリアは酷く困惑した。
「とりあえず、今日はエドヴァルド様にニコニコして、何を言われても全部肯定すればいいから。そういう状態だったんだ。急に変わると怪しまれる。マーガレット嬢、授業が終わった時、どうにかしてアリア様をつれて抜け出すことはできる?」
「えー、エドヴァルド様に恨まれちゃいますぅ」
「マーガレット嬢ならなんだってできるよ、きみはこの世界の中心なんだから!」
「きゃあ、頑張りますわ! 応援してくださいね!」
「うん、応援している。上手く連れ出せた時の合流先は、私たちの家で良いよね、ケーテル」
「えぇ・・・」
ケーテルがまだ泣きながらも頷いて返事をしている。
「決まり! さ、本当に行きましょー、アリア様!」
マーガレットに責められるようにしてアリアは動き出した。
右手の腕輪が光を反射したのでつい目を留めたが、急かされて部屋を出る。
マーガレットがテキパキと誘導してくれる。
すぐにエドヴァルド様の姿を見つけた。
「聞かれたら、さっきのトイレの話を、困ったように説明してください。すぐ私も行きますからね!」
「え、えぇ」
よく分からないけど、マーガレットが非常に頼もしい。
「目に輝きが戻って良かったですぅ!」
マーガレットが嬉しそうに笑った。可愛いな。とアリアは思いながら、背中を押されてエドヴァルド様たちに向けて歩きだした。
あれ? でも、ここはどこ?
アリアは見知らぬ廊下に驚きつつも、エドヴァルド様がアリアを見つけてほっとしたので、とりあえず笑んでみせた。
***
マーガレットって、実際傍にいると、こんな風なんだ。
とアリアは感心した。
マーガレットは今、エドヴァルド様に抱き付いている。躓いてしまったのだ。
エドヴァルド様も驚きながら、受け止める。そうしなければならない勢いがあった。
助けられて、「大丈夫?」と声をかけてもらったマーガレットは恥ずかしそうに頬を染めている。
さすがヒロイン。
そして、エドヴァルド様が好きなんだな、とアリアは思った。
じっと二人の様子を見てしまったからか、マーガレットを助け終わったエドヴァルド様がアリアに向き、腰を引き寄せた。
えっ。
アリアは動揺し、赤面した。思わず距離を取りそうになったのを耐える。とりあえず全部肯定、つまり受け入れろとブルドンに言われている。
エドヴァルド様がアリアの様子を見て、少し驚いたようだ。
様子を見上げてみれば、視線が合う。嬉しそうに微笑まれる。
アリアはまた動揺し、つい視線を外して俯いた。
何、自分はどういう状況になっているのか。
ん? ヒヤッと冷気を感じる?
確認しようとしてすぐにマーガレットと視線が合った。
酷く冷たい表情で睨んでいた。
え、そんな顔するの?
あ、あぁ、私が邪魔なの、ね。
「次の講義はリュシュテック先生だね」
とエドヴァルド様がアリアに囁くように甘い声で告げる。
「そうですわね?」
とアリアはニッコリ笑ってみたが、リュシュテック先生って誰?
「楽しみです」
と嘯いてみると、
「僕もだよ」
エドヴァルド様が上機嫌だ。
アリアは少しずつ、実感してきた。
本当に、自分が知らないうちに、アリアは入学済みで、そればかりかもう大分日が経っている。
授業も受けてきているらしい。なのに全然覚えていない。
どうしよう。ついていけない気がする。
泣きそうな気分を騙し、ニコニコと笑む。
***
「アリア様っ! お、教えていただきたくてっ!」
アリアには現状が掴めないが、傍にいるマーガレットが、唐突な発言ながらアリアを誘導してくれる。
「お、お手数をおかけしますが、お願いしますっ」
マーガレットへの態度を基本どうすれば良いのか聞いていない。
けれど大丈夫。先にエドヴァルド様が答えるのだ。
「何を知りたいのかな。マーガレット嬢。アリア嬢はこのまま、僕とお茶の時間の予定なんだけどな」
「う、あの・・それは・・・男性には、お話しづらい事、で・・・」
マーガレットが顔を赤くして、チラッと上目遣いでエドヴァルド様を見る。
エドヴァルド様が困惑している。
アリアもならって困惑しておこうか。
「そ、その、着替えの時に、その、下着の注意を受けて、それで・・・」
マーガレットが言いづらそうにしつつ、打ち明け始める。どんどん顔が赤くなる。
「ごめん・・・」
エドヴァルド様が全てを聞く前に詫びた。
「あの、それで、今日できれば・・・」
「待って。アリア嬢。マーガレット嬢に注意をいれたのかな」
「はい・・・」
アリアは控えめに、肯定してみる。
「あ、あの、贅沢なお願いだと思っています! だけど、私、直したくて・・・!」
「待って。それ以上言わなくて良い。ただ、今日で無いと駄目なのかな」
エドヴァルド様が顔を赤くする。
「早い方が良いと思って、それで・・・。お願い、します!」
一生懸命な様子で、マーガレットが深々と礼をした。
アリアはエドヴァルド様の様子を気にしつつ、マーガレットの様子も見やる。
「行ってきてあげて。可哀そうだ」
「はい・・・」
「お茶の時間が楽しみだったけれど」
「ありがとうございます!」
パアッとマーガレットが明るくなった。まだ赤い顔なのに、嬉しそうに笑う。
マーガレットがアリアの手を勢いよく掴むので、アリアは本気で驚いた。
「では今からお願いします! 買い物って時間かかりますものっ!」
「え、あ、エドヴァルド様・・・」
アリアは引きずられるようになりながら、エドヴァルド様を見やった。
別れの挨拶もしていない、このまま去って良いはずがない。
だけど、エドヴァルド様は苦笑して、軽く手を上げた。
「また明日ね」
「はい・・・」
なんだかこのパターンにエドヴァルド様が慣れているような。




