勘違いでは無かったはず【他者視点】3
ダンテは授業にて、立ったままながらメモを一生懸命に取った。
授業は先生と生徒たちの会話がメインだ。書くスピードの方が遅いので、発言者、論点を把握するように努めて、必死になった。アリアのために製作に集中してくれるブルドンのために、自分が今出来ることだ。
休憩時間は、ケーテルと共に、アリアたちの行動パターンを把握する。
マーガレットはエドヴァルドたちに強引に混じることができるため、彼女も重要な情報源だ。
ケーテルとマーガレットが庶民出身同士で友人になった、と装って、集まって計画を考える。
腕輪を外すとなった時、エドヴァルドたちが傍にいるのは不味い。
アリアがエドヴァルドたちから離れたタイミングで身柄を確保し、迅速に腕輪を外したい。
なお、アリアが正気に戻って、急にエドヴァルドを避けるのも騒ぎになりそうだ。アリアへの説明も考えておくべきだ。
狙い目は、アリアがトイレに行く時。さすがにエドヴァルドたちとは別行動になる。
ただ、当然アリアの侍女が付き添う。
侍女から家に、腕輪が外されたと伝わるのも不味いから、侍女を足止めし、アリアのみ確保したい。
マーガレットがアリアを連れ出せるなら、それが良い。それに合わせて皆で動ける。
侍女は、ダンテかケーテルが足止めしよう。
他から引き離し、アリアの腕輪をブルドンが外す。
なお、今のアリアは、ケーテルもダンテも認識しない。しかしブルドンについては、前にエドヴァルドと一緒にいるアリアに挨拶に行った時、エドヴァルドに話を振られて、ぼんやりしつつも、
「まぁ、ブルドンおにいさま・・・」
という具合には認識している。
とはいえ、強制的に身柄を確保しないと、絶対に一人ではこちらに来ない。
下手をしたら悲鳴を上げられたり、助けを求められる可能性が、とケーテルが心配している。
何にしても失敗は許されない。間違いなくアリアの護衛が増すからだ。
アリアたちの行動パターンを掴みつつ、ブルドンの作るものの完成を焦りを抱えながら待つ。
が、3日経った時に、ブルドンは言った。
「まだだ。・・・アリア様は、4か月も呪いのような魔法をつけられてる。強制的に変えられた性格と行動は、多分かなり・・・深いところまで浸透している」
自宅で作業に集中していたブルドンは、ボサボサの頭で、呻くように告げた。
「違う方法で作るしかない。あと2日は必要だ。マーガレット嬢から見たアリア様の様子も、聞いてきて」
***
ダンテがマーガレットと会えたのは、翌日の昼食時。
マーガレットがダンテと会おうとしたから会えたのだ。
木陰のマーガレットは苛立っていた。
「あのさ。もう今すぐ殺して欲しいんだけど。もう無理でしょあの子」
「はぁ!?」
小声ながら双方殺気立つ。
「私が何やっても結局あの子が一番。本当に邪魔!」
「もう数日で変わるだろうが!」
ダンテも怒りを露わにするが、マーガレットも顔を歪めた。
「私が! 探ってやったのは、『矯正具』なんて分かって無かったから! 冷静になったら、あんなのつけて4ヵ月も経ってんのよ! もう腕輪も普通に取れちゃえるわよ、もう元に戻らない!」
言い返そうとしたダンテは言葉が出せなかった。
胸が詰まった。
「馬鹿じゃないの! あの子が腕輪つけてるの、単に取ってないだけよ! どうせ『これ大事だから無くすなよ』的な事も言うわよ、つける時。つまり、一生あれ! 何作ってももう無駄、待っても無駄!」
「嘘だ!」
ダンテの声は震えそうになった。
マーガレットは面倒くさそうにダンテを睨みつけた。
「ねぇ、私、ずーっと、あの子がチヤホヤされてるの間近で見ないといけないの。どれだけ苦痛か分かる? 分からないでしょう。ずーっと、ずーっと、ずーっと!! もう無理、もう限界。で、あんた私に協力するよう言われてるんでしょ。好きなんでしょ? じゃあ、あんたに殺させてあげる。他のやつよりずっと良いでしょ」
「無理、待て、あと数日、お前、ブルドン様と意気投合して握手までして、たったあと数日ぐらい待てよ!」
「は。3日って言っといて、できなかったじゃない。確かに彼は聡明よ、認めてあげる。だけど、私もだけど、あの人も矯正完了後のはずって気づいてなかったのよ。あの時、軽いレベル、取れば済むぐらいにしか考えてなかった。だけど実際は4ヵ月、もう矯正され終わってるか、あとほんの少しで終わりってとこか。無駄だわ。諦めな。ずっとあの子はあのまま」
「っ、嫌だ、頼むから、あと数日待て!」
「私にしては、とてもよく我慢してるわ?」
マーガレットがニコリと笑んだ。
「お前と第二王子の仲を取り持つことを最大限に努力するから! 頼むから待ってくれ」
「嫌」
「ブルドン様が、絶対作る。頼む。どうか協力してくれ」
必死で頼み込むダンテに、マーガレットは呆れた。
「馬鹿ねぇ。あんただって、ずーっと、エドヴァルド様しか眼中にないあの子を見てないといけない。あんたの顔見ても、なーんの反応もしない。・・・はぁ。あんたがしないなら、他に仕事できる子はたくさんいるんだし? ・・・ちょっと、馬鹿なの? 泣くとか鬱陶しい」
「頼む」
勝手に滲んで来てしまった涙を急いで手で払う。
「面倒くさ。言ったからね」
マーガレットがひと睨みしてから去っていった。
まずい、とダンテは思った。
落ち着け。
相当混乱している。
けれど、アリアが元に戻らないと言われたのは、あまりにもショックだった。
***
ブルドンがそれを作り上げたのは、さらに3日後だった。
自宅で、相当疲れた様子ながら、
「問題はあるけど、これしかない。これで行こう」
などと言った。
「問題とはどういうことですの!?」
ケーテルが問い詰める。
「私にはもう、あの腕輪をつけている時の記憶を消すしか、元に戻す方法を思いつかなかった。あの魔法の影響を受けた部分と、まだ無事な部分の分離なんて、とても無理だ。だから・・・申し訳ないけど、アリア様には、腕輪をつけていた時のことは忘れてもらう」
ケーテルが驚いている。
「それで本当に、元に戻るんですか!?」
とダンテが聞いた。強めの声が出てしまった。
「これなら私にも可能だと考えた。逆に、無事にアリア様を元に戻すとなると、記憶を消す方法しかなかった。他は全て難しすぎた。・・・アリア様は4ヵ月の記憶喪失状態になってしまう。きっと驚くし困るだろう。サポートを精一杯してあげないと・・・。だけど彼女だって、あんな風に生きるのは嫌なはずだ。しかもその先も真っ暗で、訳もわからず死ぬなんて」
ブルドンがアリアの死を明言したが、ダンテは違和感を持たなかった。ダンテ自身が、アリアが殺されると信じて疑わない状態だったから。
「戻してください。お願いします」
ダンテは深く礼をした。自分のためだと自覚した。
「うん。・・・アリア様のためと言いながら、実は私たちが、自分たちの知るアリア様を取り戻したがっているだけかもしれない。だけど強制的に奪われたんだから、取り戻す権利があると私は思う」
ブルドンの言葉に、ダンテはハッと顔を上げた。
これまでの人生で失ったものについて言われたような気分がした。気のせいだが。
「どうか、一刻も早く」
ダンテが訴えた。
「うん。明日、早速アリア様を狙おう。対策は考えたんだよね。私にも教えて」
「はい・・・!」
ケーテルが頷いた。
ケーテルとダンテで、アリアの身柄を確保する案をブルドンに伝える。
***
マーガレットに状況を伝えたのは、ケーテルだ。
生徒で女同志。話しかけるのに違和感がない。
ダンテは使用人として壁際で様子を見ている。
なお、ケーテルには、マーガレットがアリアの命を狙っていると教えておいた。
その際、『絶対、アリア様を狙ったりしないわよね!?』とケーテルに物凄い形相で問い詰められた。
ただ、なぜかまた勝手に目が潤んでしまったダンテに、ケーテルは驚いた。
自分でも失態だ。
ケーテルの問いには答えられなかった。
絶対殺したくない。が、そう答えることに抵抗がある。単に、自分の心情を打ち明けるようで恥ずかしさが優り、口にできない。
けれどケーテルはさらには問い詰めずに口を噤んだ。助かったとダンテは思う。
さて、今。
教室には他の人たちもいる。
他に聞こえないようにしたケーテルの小さな声に、同じように答えるマーガレットは、様子だけ見ればニコニコ楽しげで可愛い少女。
そして、意外にもすんなり協力してくれるようだ。
成功でも失敗でもどちらでも良いのだろうか?
4人で協力し合う。
そして、決めたタイミングで、エドヴァルドとアリアと一緒に行動していたマーガレットが、強引にアリアの手を取り、トイレに急ぐと見せかけて走り出した。
エドヴァルドたちが驚きつつも、ついていかない。行先をトイレだと信じている。
侍女が驚き追いつこうと走り出したのを、ダンテとケーテルとがそれぞれ邪魔をした。
その間に、マーガレットが、ブルドンが待機中の部屋にアリアを連れ込む。
ダンテとケーテルも、急いで部屋に駆け付けた。
アリアは危機感を持ったらしい。部屋から出て行こうとしたのを、マーガレットが腕を掴んで引き留める。
「・・・離して! だれか、だれ・・・」
アリアが助けの声を上げるのを察して、ダンテは慌てて駆け寄って口を塞いだ。
アリアが驚きビクリと身体を震わせてから、抵抗しようと暴れ始める。
「拘束して!」
ブルドンが慌てつつ指示をする。
後ろから口を塞いでいるダンテは、急いでアリアの腹にも手を回した。
振り回そうとするアリアの両腕は、マーガレットの両腕が止めている。
「力が、結構強い・・・!」
マーガレットが驚いているが、それはアリアが脱出と逃亡のために1年ほど体を鍛えてきた成果である。
「アリアお嬢様、大丈夫です、落ち着いてくださいませ」
ケーテルが、アリアの正面で一生懸命訴える。
「私です。アリアお嬢様のお傍で侍女をしておりました。ケーテルです。どうか思い出していただけませんか。アリアお嬢様」
ケーテルの声が揺れて泣きだしそうだ。
アリアの動きが、ふと収まった。ケーテルの呼びかけが効いた様子だ。侍女、という言葉が良かったのか。
とはいえ、また叫ばれても暴れられても困る。ダンテとマーガレットは力を抜けない。
「ブルドン様、早く」
ダンテが呼びかけると、ブルドンが、
「うん。少しだけ待って」
と言いつつ、アリアの右腕を探し、服の袖から、アリアの金色の細い腕輪を、手首近くにまで出してきた。
ブルドンが、革でできた何かで、金の細い腕輪を包み込む。その上で、白く光る糸で革ごと、くるくると巻いた。
「効力停止、影響を受けた時期の記憶を消去」
ブルドンがそう言うと、白い糸が輝き、次にプチプチと千切れて落ちていく。
「取るよ」
ブルドンが、革ごと、腕輪を指先に移動させていく。
アリアの表情も確認しながら、慎重だ。
ダンテは後ろにいるので、アリアの表情が分からない。
もし、このまま、戻らなかったら。
そう思うとダンテは震えそうになった。
成功しろ、成功しろ、成功してくれ、と心の中で何度も願った。
失うなんて嫌だ。二度と嫌だ。
一緒に逃げてくれる、とアリアに聞かれた時のことが脳裏を過ぎた。
3年後、もっと良い相棒がいるかもしれないでしょう、などと自分は答えた。
何を余裕ぶって。
どうか3年後も選んでくれと、必死で努めるべき立場なのに。




