勘違いでは無かったはず【他者視点】2
「アリア様のご様子がおかしいのです」
と、授業が終わり、閑散とした部屋でケーテルが小さな声でブルドンとダンテに教えた。エドヴァルドとアリア、それに混じろうとするマーガレットを見送った後だ。
「私が誰だか分からない様子です。表情にも違和感があります」
「声をかけた?」
とブルドンも眉根を寄せた。
「いいえ。エドヴァルド様がおられて、とても無理でしたわ。顔を見れば、アリア様からお声をかけてくださると思っていたのですが」
心配そうにケーテルが顔を曇らせる。
「ブルドン様とはお話されましたか?」
「いや。一度もこちらを見てもいない。確かにアリア様にしては違和感があるな」
「探って来ましょうか」
ダンテがすかさず申し出たが、ケーテルは困った顔をして、ブルドンは険しい顔と口調でダンテを止めた。
「もう少し待とう。ダンテはすぐに苛立つから」
「もう少し落ち着いては?」
ケーテルにまで注意をされてしまった。
ダンテは眉間にしわを寄せつつも黙り込んだ。
「そういうところだよ」
とブルドンに言われて、今度はムッと睨み返した。
「だからそういうところだ。さて、もう昼食だ。アリア様を確認できる場所を探して移動しよう」
「はい」
***
貴族の食事の席で、使用人が一緒に食べる事は普通無い。
少し自由にしておいで、とブルドンが言ったので、食事の準備や給仕からは離れて、ダンテはアリアの様子、そしてマーガレットがどうしているのか探してみることにした。
アリアは、貴族の食事中。やはりいつもより幸せそうに笑っている。
忌々しい。忌々しく思う自分が忌々しい。
気になるが、アリアはブルドンとケーテルも様子を見ている。
それに自分を落ち着けるべきなのも事実だ。
マーガレットの方を探ろう。
慎重に周囲を確認しながら探していると、小さく声をかけられた。
手招きされる。木陰からマーガレットが姿を見せた。ダンテは近づいた。
「久しぶり」
「あぁ」
「ところで。あれ、殺してきてよ」
「・・・唐突だな」
「あのお邪魔虫! アリア=テスカットラよ!」
「・・・早すぎないか。お前の魅力と手腕で虜にすればいいだけでは?」
ダンテは心底呆れた。嫌悪感は隠しておく。
「ふーん」
とマーガレットがニヤニヤ笑う。
いちいち気に障るやつだ。
「あんたさ、私が王子様と仲良くしてる時、じっとアリア=テスカットラを見てたわ」
「・・・」
なぜお前がそれを見てる。
「仲良くしてるご令嬢でしょ? あれが好みなの」
「・・・煩い」
「キャァ! 認めた。認めたわ。ざまぁ。失恋決定ね。あの子エドヴァルド様にぞっこんじゃない」
「・・・違うはずだ」
「そう? 違うはずはないから、私が殺してって言ってるのよ!」
マーガレットが小さい声ながらヒステリックに命令する。
「お前の命令を受ける義理はない」
「じゃあ、お爺さまから指令出してもらうわ。回りくどいけど」
「お前、見切りが早すぎる」
「ふざけないで。早すぎる事なんて一つもないわ」
「ある!」
「声を荒げないでくれる。すぐ苛立って使えない」
「お前が苛立たせ・・・」
と続けかけて、ふとダンテは口を閉じた。
「どうしたのよ。負けを認めた?」
「お前、アリア様の様子を観察してくれ」
「アリア、『様』ぁ?」
「分かった。悪かった。手を組もう。お前はエドヴァルド狙い。悪い話じゃないぞ」
「あんたはアリア=テスカットラ狙いって事。良いわ。聞いてあげる」
「様子が変だ。お前なら間近で確認できる。入学した者同士、口実を作って近づけ」
「・・・どうやって。・・・まぁ良いけど。エドヴァルド様も傍にいるものね」
マーガレットが呟き、自分を納得させている。
「友達のふりして略奪作戦。良いわ」
「ケーテルはアリア様の一番の侍女だった。だが、顔を見てもケーテルだと気づかなかったらしい」
ダンテの話に、マーガレットが訝し気に眉を潜めた。
「それ変ね」
こいつですらそう思うのか、とダンテは思った。なら、やはり変なのだ。
「分かった。待って、で、アリア『様』は私と良いオトモダチになれると思う? それとも私の障害?」
「まともに戻れば、オトモダチになれるかもしれない」
口調に力が入った。我ながら必死だ。
マーガレットが少し思案した。口元に人差し指を当てている。
見た目は可愛く可憐なのに、中身が酷い。
まぁ、あの集団の最高位の老人の、孫。特別扱いされてきた。我儘で横柄、自分を一番だと思っている。
ダンテも家格で言えば同等だが、ダンテだけが生き残ったため、指示を受ける側に放り込まれている。
「分かった。じゃ」
「あぁ」
短い会話で切り上げた。
素早く離れてから、ダンテは息を吐いた。
安堵なのか疲れからか自分でも分からない。
だけどアリアの事がこれで少し分かると思うと、頼りに思う。
***
判明したのは、4か月後だ。
「あの子、『矯正具』つけられてるわ」
マーガレットが、怖い顔をして小さな声でダンテに打ち明けてきた。
なお、この場にはケーテルもいる。
ダンテが意味が掴めなかったのに対し、ケーテルは息を飲んで驚いた。
「まさか!」
「本当。この前、エドヴァルド様と三度も続けて躍ったでしょう!」
悔しそうにギリッと怒りを噛みしめるような表情で、マーガレットが話す。
「その時、手首についているの見たのよ! 驚いて二度見、ガン見しちゃった! この国って怖い、本当に非情の王国ね」
「おい、『矯正具』って何だ」
女性二人の様子からして、不味いものだとは分かる。
ケーテルが眉をしかめて険しい顔で、ダンテに教えた。
「女性の教育の脅しに使われます。実際目にする事はありませんし、実際つけられた話は聞きません」
「そうね。つけた場合の、怖い話は聞かされるけどね。脅しなのよ」
「どんな」
「呪いの腕輪とも言われていて、呪いに近い魔法がついているそうです。つけられてしまうと、言い聞かせられた内容に沿った動きをします。それを長く続けると、腕輪を外してもその行動だけが残ります。それまでの性格に関わらず、矯正されてしまうのです。性格や動きを魔法で強制的に上書きすると聞きました」
「よく脅されたわぁ・・・」
マーガレットが頬杖をついて昔を思い出している。
「おい、どうしてアリア様の腕輪がそうだと分かった」
ダンテが詰めると、マーガレットが少し同情するような瞳を向けてきた。
「あの子、確かに変なのよ。目の焦点が合ってない。目が死んでるっていうのか。近くで見ないと分からないか、男は気づかないみたいだけど、女から見たらちょっと気持ち悪いのよ。で、ピーン、と来て、解析かけてみた」
「は?」
「取り寄せた道具使って、あの子の腕輪の情報を読み取ったわ。言っとくけど、私だから扱えたのよ」
「お前! 見直したぞ!」
ダンテが褒めたのに、呆れられた。
「うわ、気持ち悪いこの人」
「必死なのです。私もですわ。それで、矯正具だと確定したのですか」
ケーテルが話を進めようとする。
「間違いない。本物があるなんて驚いたわ。思わず情報保存しちゃった」
それ復元されたらお前に使われるぞ、とダンテは思ったが黙っておく。
それよりも。
「なら、腕輪を外せば元に戻るのか」
「ううん。外せないはず。性格と行動が完全に矯正されるまで」
「は!?」
「だから怖い話なんだって。つけられたら終わり」
「嘘だ!」
ダンテは立ち上がったが、マーガレットの嘘では無いと分かっている。だけど嘘だ。
「ブルドン様に相談します。ダンテ、まだ可能性はあるわ」
ケーテルがダンテを見ている。
「アリア様があのままなんて駄目よ。元に戻っていただくの。絶対よ」
ケーテルの声が震えた。
そう分かった事で、ダンテの束縛がとけた。
そうだ。ブルドンだ。
「旦那様でしょ。そんなすごい人間なの? たいしたことない貴族のはずだけど」
「ブルドン様は素晴らしい素敵な人ですわ!」
「そうなの?」
「ブルドン様は俺もすごいと思っている。信じられない魔法も組み立てる。早く相談に行こう」
「えぇ」
ケーテルとダンテが揃って動き出すのを、マーガレットがポカンとした。
「待って。私も紹介してくれるべきじゃないの」
「お前を、ブルドン様に?」
「・・・」
ケーテルも少し困っている。
「当たり前よ。ケーテルの旦那様でしょ。学園で庶民同志友達、で、旦那紹介、これで自然でしょ。そして実は私も旦那も貴重な魔法の使い手!」
「・・・分かった。戦力だ」
「そうね」
ダンテとケーテルで頷き合った。
***
ブルドンにすぐに報告して相談だ。
マーガレットが、可愛らしい女の子のツラを被って、ブルドンに情報を提供した。
魔法が得意なの、エヘッ、などと言っている。
本性を知っているためか鳥肌が立った。ダンテはそっと自分の腕を撫でてそれを隠した。
「・・・これ本当に魔法?」
じっと情報の文字を読み終えたブルドンが険しい顔になる。
「難しいな。これは・・・こんなのがアリア様につけられているのか」
そんな事を言うので、ダンテもケーテルも驚いた。
「ブルドン様が頼りなのです!」
ケーテルがブルドンの腕を掴んで訴えている。次第に涙目になっていく。
ダンテも深く礼を取って頼んだ。
「お願いします、どうか!」
「待って。もう少し整理させて。これは壊さなくて良い、白紙にしなくて良い、ただ、アリア様の腕から取ることができれば良い。取れない? どこでだ。・・・マーガレット嬢、魔法が得意なのでしょう。あなたには分かる?」
「どの部分でしょう?」
マーガレットがズイ、とブルドンに顔を近づけて、共に宙に浮かぶ情報を見ようとする。
「すごいな、距離感が人と違うな」
ブルドンがまるで褒めるように言葉を漏らすと、マーガレットは「エヘッ」と笑った。
その様子にもブルドンがしみじみ感心している。
「そんな場合ではありませんわ!」
「早く!」
ケーテルとダンテで二人を急かす。
***
「マーガレット嬢の才能はすごいね。さすが庶民ながら学園への通学を許されただけあると感心したよ」
「こちらこそ。とても独創的な才能をお持ちなのですね。尊敬いたしましたわ」
「これからも協力していきたい」
「えぇ。栄ある友情を」
ブルドンとマーガレットが頷き分かり合ったように握手した。
ケーテルがブルドンに確認した。
「アリア様、大丈夫ですわよね?」
「うん。分析出来たらこちらのものだよ。マーガレット嬢のおかげで対策方法も浮かんでいる。作るのに数日はかかる。・・・ダンテ、私の代わりに、明後日までの授業を聞いてメモしておいて。代わりに私はアリア様の腕輪を外す道具の作成に集中する。ケーテル、私は今日はもう帰る」
では、出来上がってからの作戦を立てなければ。とダンテは思った。




