勘違いでは無かったはず【他者視点】1
後から思えば、アリアが王立学園に入学するという前夜、行ってみればもうアリアは就寝していた、というのは、おかしかった。
いつもダンテを待っていたのに。
とはいえ、明日が入学、疲れたのか備えたのかで今日は眠ってしまったのか、と解釈して帰ったのだ。
翌日、ダンテがブルドンの家に行き、昨晩はアリアがすでに眠っており、伝えるはずだった『アリアとブルドンが偶然を装って集合する場所』も伝えられなかった事を報告した。
ブルドンもケーテルも意外そうにした。
「アリア様が眠っておられるなんて」とケーテルは少し不思議そうに呟いた。
しかし、学園に行けば本人に会える。タイミングが合わなかったら、また今夜にも連絡できる。
そう思いながら、今日から入学のケーテルも加わって、3人で馬車で学園に着いた時だ。
3人の目を引いた人物がいる。
平凡そうな少女。
第二王子エドヴァルドに手を差し伸べてもらっている。
少女は、恥ずかしそうにしながらもくすぐったそうに笑って、第二王子エドヴァルドの手を取った。転んでいたらしい。
「おぉ」
と馬車を降りたブルドンが感嘆の短い声を上げた。
「彼女か。マーガレット=フロル」
ダンテとケーテルは黙って彼女を見つめていた。
ダンテは、アリアがいるか気になった。
周囲を見回してみると、少し後方に見つけた。
驚いたように、マーガレットとエドヴァルドの様子を見つめている。
ダンテは違和感を持った。
アリアが心底驚いているように見えた。
くしゃ、と顔を泣きそうに歪ませたのを目にして、心が痛んだ。
だけど、なぜそんな表情を?
あなたは、エドヴァルドを好きでは無いと言ったはずだ。
ダンテの心がざわついた。
ブルドンに「顔が怖いよ」と指摘を受けて、真顔に戻した。
***
今年の入学日なので、アリアたちには挨拶や説明の時間があるそうだ。
ダンテはアリアの様子を見に行こうかと考えたが、どうも自分が焦りすぎている気がする。昨日訪れたのに会えなかったのが意外とショックだったのか。
昨日は、自分もいるから安心しろと伝えたかった。できなかったのが残念だったらしい。
アリアを大事に思っている自覚がある。
ただ、自分で、どこまでの好意か掴めない。可愛いとは分かっている。気を許してしまっている。
自分たちの国が滅んだ時、大勢がダンテを残していなくなった。王族も親兄弟も消えた。
一緒に逃げた兄と弟は、弟は途中ではぐれ、兄はダンテを逃がすために自ら囮になった。きっともう生きていない。
敵国をダンテは恨んだ。当然だ。復讐を望む。
人と気軽に打ち解けられなくなった。死なれるのが嫌だ。先に距離を置こうとしてしまう。
ひねくれた自覚があるが、他の者たちも同じように歪んでいた。
大事に想うのが怖い。また失くす。恐怖さえある。
なのに、困ったことに我儘な貴族令嬢が懐に潜り込んできた。
いつの間にか気を許してしまっている。大事にしている。
手放したくない。取られたくない。守って傍に置きたい。
向こうが自分に好意を見せる。勘違いでは無い、はず。
余計に大切になってしまう。
恋ではないと思う。が、この先が分からない。
だけど傍に置きたい。むしろ自分が行くばかりだが。
朝に見たアリアの様子を思い出し、ダンテは少し苛立った。
どうしてあんな顔を、第二王子に対してしたのだろう。
混乱した? それなら心配に思う。
自分はまたからかってしまう。こうなると悪い癖が身についてしまったものだが、今更治らない。
「ケーテルに会いに行く」
1つの講義が終わり、ブルドンがダンテに声をかけた。
「はい」
どうやらブルドンも、今日から学園に通う事になったケーテルが心配らしい。普段になく落ち着きがないようだ。
彼女ならばどこでだって馴染むだろうが、一方でこの学園は貴族のものだ。庶民の出で貴族の妻、という立場では苛められないか気になるのだろう。
「きっとアリア様も一緒だと思いますが」
「うん。その意味では安心だけど」
ケーテルは、アリアとまた過ごせることを楽しみにしていた。アリア様を必ずお守りする、と決意表明をしている。
ただ、それでブルドンがケーテルが危険な目に合わないか心配しているのもダンテは知っているし、様子を見ていれば分かる。
***
2つ目の授業から、アリアもケーテルも普通に好きな講義を選び、その部屋に移動する事になるらしい。
ケーテルが上手くアリアを誘導出来たら、同じ部屋で集えるのだが。
とはいえ、きっと同じ部屋だろう。アリアがケーテルを避けるはずはない。
そして目的の部屋で待っていれば、第二王子エドヴァルドが、今日から通いだしたアリアをエスコートして入ってくるのを目撃した。
アリアが嬉しそうにボゥッとした表情で、ダンテの見たことのない表情でエドヴァルドに笑っている。
ダンテは自分がショックを受けたのを知った。落ち着け。
「ケーテル・・・」
隣ではブルドンがまだ姿の見えないケーテルを心配そうに探している。
エドヴァルドがアリアを誘導して、中央の良い位置のソファに座る。
アリアははにかんだように礼を告げた。第二王子エドヴァルドが浮かれている。
いつものように、第二王子エドヴァルドの取り巻きが集まる。アリアの兄もいる。
皆にアリアを紹介する流れだ。
皆がアリアを褒めている。
ダンテはじっと見ていたが、アリアがこちらに視線を向ける事は一度も無かった。
ダンテは感情を抑えようとした。落胆するな。今は公の場だ、アリア様だっていつものように振る舞うはずが、ない。
バタバタバタ、と走ってくる音が聞こえた。
慌ただしく騒がしい音を出しながら、一人の少女が部屋に駈け込んできた。
「良かった、間に合ったー!」
と可愛らしい声を上げてニッコリ笑う。
ダンテはスッと目を細めてしまった。
マーガレット=フロルだ。
マーガレットはキョロリと周囲を確認し、第二王子エドヴァルドのところで目を留めた。
「あのっ! ご一緒しても、良いでしょうか!?」
周囲がざわついた。
「すごい子だな」
とブルドンが小さく感嘆の声を上げている。あまりの無礼で感心したようだ。
あいつは、分かってやっているんですよ。
とダンテは少し忌々しく思いつつ、内心で呟いた。
見れば、ケーテルも部屋に現れた。恐らくマーガレットの後を追ってきた。足音を立てず走れるので、誰もケーテルの入室には気づいていない。
いや、ブルドンが気づいて手を挙げた。ケーテルが嬉しそうにブルドンに笑む。夫婦とはすごいものだなとダンテは思った。
さて、中央、マーガレットに戸惑いながら、第二王子エドヴァルドは受け入れることにしたようだ。
あそこまで大っぴらに入れてと言われると、あの性格の王子は断れない。
「ありがとうございます! 慣れなくて、心配で! ご一緒出来て嬉しいです!」
「どういたしまして。今日入学して慣れていないのは当然だ」
「ふふ、この授業にエドヴァルド様もおられてラッキーです、今朝も本当に有難うございました!」
マーガレットの勢いを、第二王子エドヴァルドは上品な笑顔で受け止めている。
傍、アリアが不安そうにエドヴァルドとマーガレットを交互に見て、落ち着かなさそうだ。
そして、エドヴァルドとマーガレットのやり取りに顔を曇らせて俯いた。
ギュッと拳を握った。辛そうに。
「アリア」
と兄のジェイクが気づいて声をかけたので、エドヴァルドも気づいたらしい。
「アリア様、いや、アリア嬢。・・・どうしたの」
エドヴァルドがアリアの顔を覗き込もうとする。
アリアは悲しそうに俯いていたが、不安そうにエドヴァルドを見た。
「・・・」
エドヴァルドが理解したように、思わず笑みを浮かべて、慌てて手で口元を隠した。
嫉妬している。恐らく。
エドヴァルドが浮かれて、アリアの腰を引き寄せると、アリアが驚いた。
「大丈夫」
とエドヴァルドが嬉しそうに告げる。アリアはじっとその表情を見て、安堵したように顔をほころばせた。
何だあれは。
「ダンテ。顔」
ブルドンの声が耳に入った。ダンテは思わずブルドンを睨んだ。
ブルドンが険しい顔でダンテを見ている。
「取り合えず下がって。使用人は壁で待機だ」
「はい」
ダンテは苦々しい思いを抑えようとしながら頷いた。
ケーテルとふと目が合う。ケーテルが少し難しい顔をしてダンテを見ていた。
そういえば、なぜケーテルはアリアと一緒に動かなかった?
エドヴァルドを立てたのか。
あの、ケーテル大好きなアリア様が?
何か違和感がある。
ダンテは壁に下がって、落ち着こうとしながら貴族たちを見た。
マーガレットが愛想を振りまいている。皆、驚きつつも、許しているようだ。あいつも分かってやっている。嫌われる一線を超えることはしないはず。
一番の狙いは、王族である、第二王子エドヴァルド。
ダンテとケーテルは、マーガレットの正体を知っている。
彼女は、自分たちと同じ、北の国の生き残りだ。
***
自分と同格、王家に次ぐ高位貴族の生き残りの、一人。
勿論マーガレットは偽名だ。
我儘で気位高く育ってしまい、偽名すら揉めたと聞いている。
本名は、高貴で豪華な花の名だ。本名では素性が割れる恐れがある。小さな野の草が良い。と出された名前に、「この私がそんな小さな花だというの」と怒ったらしい。
『マーガレット』で、彼女がやっと妥協した。
彼女は、国が亡ぶ前、この国の第二王子エドヴァルドとの婚約話が上がった。和平のためだ。王家には年齢の合う娘がおらず、彼女が候補にあがったのだ。
しかし間に合わなかった。そもそも敵国に、和平を結ぶ気は無かった。北の小国など、奪い取ってしまえるからだ。
彼女自身は、第二王子エドヴァルドとの縁を一つの自慢にしたらしい。
一方、亡国の貴族の生き残り、大人たちは、復讐手段として、自分たちの血、子孫を、敵国の王侯貴族に嫁がせ送り込むことで、乗っ取ろうと考えた。つまり、敵国の王家を密やかに北の国の血筋に変えてしまうのだ。そして、北の国の者を重用させる。
ケーテルとブルドンの結婚が許されたのは、この考えが出て、それも良しとされたからだ。むしろダンテがその案を良さそうに話し、採用された。
だからケーテルもブルドンも、生かされている。
そして、同じ手法を本気で講じてきた。
我儘だが可愛く狡猾で、生き残りでは最高位の娘、偽名マーガレット。
マーガレットが第二王子を気にかけている事も丁度いい。成功すれば、すぐにこの国の王家に亡国の血筋を入れる事ができる。
第二王子が無理でも、学園には有力な貴族が集まる。他の貴族に嫁げるはず。
ただ、マーガレットは気位が高い。狙うのは高位貴族ばかりになるだろう。本命ももう定めている。
ただ、その本命、第二王子エドヴァルドには愛してやまない婚約者がいる。
この決定をダンテが聞いたのは、3日前。陰ながらマーガレットを助けるよう指令が出ている。
しかし彼女は気難しい。きっと勝手にやるだろう。助けを求めてきたら手を貸してやる。そんな風に思っている。
ケーテルにも指令が降りている可能性が高い。
滑稽な事に、生き残りの中でも派閥がある。大人、特に老人たちの仲が非常に悪い。
ダンテとケーテルは派閥の違うグループで育った。
一度、ケーテルと情報共有した方が良い気がする。
 




