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頑張っているはず

ダンスのレッスンは、毎日は難しいそうだ。

しかし2日、または3日に1度入れてもらうことができた。


アリアは「もっと身体を動かしたい」と遠慮がちながら言ってみることができて、将来、エドヴァルド様に何かあった時に役に立つかもしれないから、などとも言いつつ、武術や馬術も必要かも、やってみたい、と言ってみた。


すると兄からエドヴァルド様に伝わった。

少し緊張しながら見事な花束を持って来てくれたエドヴァルド様に、どうして武術や馬術に興味を持ったのか聞かれてしまう。


「・・・ダンスを上手くなりたいと思ったのですが、先生のスケジュールとしても毎日は無理とのお答えでした。せめて、身体を動かしたいと思いましたの。・・・劇で、エスカトーレを、馬に乗ったイサークが助けるシーンがありました、それを格好いいと思って・・・。馬も素敵だと思ったのです。それに、何かあった時に役に立てる気もしましたの。こちらは後付けですけれど・・・」

ゴニョゴニョと言い訳のように話すアリアに、エドヴァルド様が苦笑している。


「劇はとても良かったんだね」

「はい。・・・本当に、取り乱してしまいましたことを、深く反省しております。・・・お許しください」


「約束してくれるかな」

とエドヴァルド様が言ったので、顔を上げて見つめる。


「何をでしょう」

「僕の傍から離れない」


はい、とアリアは答えようとして、少し思いとどまった。

実際問題、ちょっと無理があるのでは・・・?


返事をしようとして少し首を傾げたアリアを見て、エドヴァルド様がおかしそうに笑った。


「四六時中離れるなと言っているわけじゃない。まさか意図が伝わらないはずはないけど」

「・・・はい」

アリアは赤面した。

申し訳ありません、と小声で付け足すと、クスクスとさらに楽しそうに笑われた。


「・・・馬か。そして武術? 馬は僕が乗せてあげるのは不満? エスカトーレではなくてイサークのようになりたいのかな」

楽しそうだ。

アリアは自分の答えに注意しつつ答えた。

「できる事が多いのは良いと思いましたの。エスカトーレだって、イサークと一緒に馬で走れたら喜んでいるはずですわ。イサークも楽しいと思いますし、見事な絵になると思いますわ」

少し一生懸命訴える。


エドヴァルド様が目を丸くして、表情を柔らかくする。


「連れて行って良かった。そんなに気に入るなんて。・・・もう一度行く? やり直しに」

「・・・他の演目が良いです。内容を覚えてしまいましたもの・・・」

「そうか。そうだな」

きっと観劇後の態度のやり直しを求められている。だけどそれは勘弁してほしい。アリアは他の理由で避けた。

エドヴァルド様が苦笑しているが、失望はされていない。


「・・・エドヴァルド様、私が馬術や武術を始める事を、後押ししていただけませんか? 王族の方々は、きっと色々されておられるのでしょう? 女性でも」

「そうだね。うん」

エドヴァルド様は頷いて、アリアは真っ直ぐ見た。


「確かにね。誰かに聞いたのかな。確かに王族は、女性も男性の学ぶことも身に着ける。身を守るためにと、知る必要があるから」

「・・・」


「結婚してから知るべきだけれど、興味を持っているのだし、早い方が身につくね。僕も口添えしてあげよう」

「感謝します、エドヴァルド様・・・!」

アリアが喜びで表情を明るくすると、エドヴァルド様が満足そうに目を細めた。


***


アリアは意欲的にレッスンに取り組む。

勉強も一生懸命になったので、教師側も分かるらしく、アリアを褒める。


体力がついてきた。姿勢がさらに美しくなった。

馬の世話も覚え始めた。アリアには愛馬も出来た。

まだ外に出るところまでいかないが、上達したら、エドヴァルド様と郊外に出かける約束もした。


社会学。どこにどんな国があるのか、特徴など知っておいた方が良い。

算数は前世の知識があるので問題ない。ひょっとしてこの方面で食べていけるかもしれない。


なお、ダンテ経由のブルドンの勧めは魔法学。しかし、学問として存在することをアリアは知らなかった。多分、男性向けの学問だ。誰から聞いた、となるだろうから、アリアが『魔法学』と言い出すのに無理がある。


代わるお勧めは、自然科学と音楽らしい。植物も熱心に学び、声楽のレッスンも始めだした。


勉強三昧だ。

しかし学園が始まってしまうと、使える時間が限られるから、今、詰め込んだ方が良いそうだ。


***


エドヴァルド様との外出が増えた。劇が、アリアに大きな刺激を与えたからだ。

ただ、エドヴァルド様は多忙なので、そこまで頻繁でもない。


一度、エドヴァルド様に誘われて町をお忍びのように歩いた。


町の人たちが、久しぶりに町歩きをするアリアを見て驚き、嬉しそうに笑顔になる。

アリアも笑み返す。


エドヴァルド様に合いそうな、高級店で食事をした。相応しい店ばかりを選ぶので、以前アリアが懇意にしていたお店には行かない。窓の外から、会釈してみるぐらい。

気づいた者は目を丸くして、喜んだように声を上げようとして、エドヴァルド様に気づいて口をつぐみ、笑んでみせる。


別の日には、王家が援助している作家の展覧会にも足を運んだ。


作家はアリアを褒め称え、次のモデルにと言ってきたので戸惑ってしまった。

エドヴァルド様が、描いてもらうと良いよ、と言うので、頷いてみる。少し気恥ずかしい。

戸惑いながら恥ずかしがるアリアを、作家がさらに褒め、エドヴァルド様が得意そうだ。


***


夜、訪れてくれるダンテが、たまに、

「疲れた」

と零すようになった。

嫌味ではなく、つい漏れてしまうだけらしい。

いろいろ忙しいのですよ、と。

でも会える方が嬉しいから来ているのでお気になさらず、と淡々と告げられる。


ごめんなさい、ありがとう、と言うと、嬉しそうに笑むので、少しほっとする。


「ブルドンお兄様の事業のお手伝いが大変なのね」

「無料食の資金のやり取りもありますからね。店が増えて大変だ。・・・そういえばブルドン様が、俺に馬をくださるそうです。移動が楽になるだろうと」

「まぁ」

「ただ、距離ではなくて数の問題なので、乗り降りしている方が手間かもしれない」


「お店の方から来てもらってはいけないの? 店が多いなら、その店に子どもが行く回数は減っているはずだもの。一人も来ていない店もあるはずでしょう」

「そうですね。でも、アリア様が言うならともかく、こちらから言うのが難しいんですよ」

「ブルドンお兄様でも?」


「そうだ、アリア様。正式にブルドン様に手紙を出してくれませんか。町はどうだ、という内容の」

「えぇ、良いわ」

「それで状況を正式に知って、正式にアリア様からの提案と言う形をとって欲しい」

「分かったわ。・・・それで楽になる?」


「まぁ、それだけではないのですけどね。魔術を使って俺も道具を作る事になっていて、結構それが大変なんです。需要が多くて。ブルドン様はすごいですよ。どうしてあんな構造のものをあの速度で生み出せるのか」

「まぁ・・・」

「気力と体力とは違う力を持って行かれます。魔力をこんなに使った事が無かった。酷い時はめまいが来る。それで休まざるを得なくて来れない日がありました」

「まぁ・・・」

「女性に魔法学が無いのもこれが欠点かもしれません。基本的に体力がある方が魔力も多いようですよ」


「そうなの・・・。無理、しないでね。その、来てくれる事が私の支えだけれど、ダンテたちに何かあったら嫌よ」

「はい。・・・まぁ、あと1年経てば、アリア様も学園でしょう。そうしたら学園で顔を合わせることができます」

「まぁ・・・本当ね」

嬉しくなって顔をほころばせたアリアを見て、ダンテも柔らかく笑う。

「お茶がご一緒できると良いですね」

とダンテが言った。


***


月日が流れるように過ぎていく。


運動量を増やした結果、アリアは自分の変化を実感できるようになった。

片手でテーブルにピッタリ張り付く事は難しいけれど、両手でなら足を浮かすこともできる。


アリアは身体的な成長もしたが、きちんと筋肉も育っている。

鏡を見て、自分で感心するほど美しい令嬢になった。

目は死んでいない。それ以外は、乙女ゲームの悪役令嬢アリアの姿だ。相変わらず青と金が似合う。


一方で、学問に励み、さらにエドヴァルド様との外出やダンテの情報から、恐らくこの年代の貴族令嬢にしては様々な話題に対応できる知識も身に着けた。


我ながらやればできる子、とアリアは自分をほめてみる。

成長には自分をほめる事も必要だとアリアは思う。


***


いよいよ、学園に通う日がやってくる。


事前準備をほぼ終えて、アリアの胸中、不安と期待が入り乱れる。


やはり、ヒロインに当たる人物も入学するそうだと情報を得ている。

マーガレット=フロル。

庶民だが、前途有望だと、辺境の貴族が養女にして学園に通わせるそうだが、やはり庶民だ、と貴族たちから見られている。


大丈夫、大丈夫。

アリアは自分に暗示をかける。


ダンテが教えてくれたが、ブルドンが、妻のケーテルを貴族としてアリアの学年に入学させることに成功したそうである。ブルドンもケーテルも、アリアについて心配し、周囲を警戒しているからだ。

ケーテルが肩身の狭い思いをしないか心配だ。だけど一緒なのは心強い。

なお、ダンテはブルドンの付き人として学園にいるそうだ。それも心強い。


それでも緊張してしまう。

鏡を見ながら、自己暗示をかけようとしているアリアを、母が訪れた。


出迎えて、ソファに横に並んで座る。


「明日から王立学園ね、アリア」

と母は言った。

「はい」


「おめでとう。きちんと卒業できるよう心から祈り応援しているわ」

「ありがとうございます、お母様」


「ご褒美とお守りをあげる。腕を出して、アリア。右が良いわ」

優しい母の指示に、アリアは言われるがまま、右腕を出した。


母が手に持っていた金色の細い輪をアリアの右腕に取りつけた。

アリアはその様子をじっと見ていた。


「無事に立派な淑女になりなさい。あなたはエドヴァルド様の婚約者。相応しい振る舞いをして、エドヴァルド様を心から慕うの。あなたたちは両思い。誰の邪魔も入らない。大丈夫。あなたはエドヴァルド様と結婚するの」


アリアは母の声を聴き、どこかボゥっとなるのを感じた。


「エドヴァルド様と、結婚・・・」

「そうよ。アリア。あなたは、エドヴァルド様と両思いよ」


はい、嬉しい、おかあさま。


アリアはボゥっと呟いて母を見つめ、それから金の細い腕輪に目を留める。


「大事なものだから、隠しておきなさい。服の袖にいれておくのよ」


はい、おかあさま。

とても大事なものですもの。


エドヴァルド様と私を繋ぐ、魔法ですもの。

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