確認は多すぎることはないはず
あの時の言葉は、その場、アリアを宥めるためだけだった?
アリアが不安を抱き、俯いた時だ。
ダンテが抱きしめてきた。
驚いて、またアリアは表情を確認しようと顔を上げた。
「良いですよ」
とダンテがアリアを見つめていた。それから楽しそうに少し笑んだ。
「約束、よ?」
とアリアはもう一度確認した。
「大丈夫。とはいえ、3年後の状態次第ですが」
とダンテは少し笑みながら答えた。
「状態って?」
と不安になる。ちなみに抱きしめられたままだ。温かくて安心するのが不思議だ。
「3年先なんて誰にも分からない」
当たり前だろう、と少しアリアを宥めるような表情に見える。
「約束してくれないの?」
嫌だ。また泣けてしまうではないか。
「約束しますよ」
とダンテが困ったように弱い声で言ってくる。
「泣いて頼まれて断れるはず無いだろうが」
「前にダンテが言ってくれた、のに」
「言った」
「言ったでしょう?」
「大丈夫。でも3年後なんて誰にも分からないと思っているのも本当だ」
「暗殺が無いと思うという事?」
「いや・・・」
ダンテが困ったように視線を宙に向ける。
涙を浮かべてアリアが様子を見守る。
「・・・王家が平穏無事を信じているのが疑わしく思うほど、危険は高いと判断している。とはいえ、あなたを狙う以外の方法があるのにと不思議には思う」
「どういう、こと?」
ダンテがやはり困っている。
「あなたは、所詮、というのも何だが、第二王子の婚約者でしょう。狙うなら第一王子ではないのか、とか、思いませんか」
「・・・そうね。・・・守りが硬すぎるから難しくて、簡単なのが私、とか」
とダンテの正論に答えながらも、アリアはいや違う、と気付く。
この世界は乙女ゲーム。つまりヒロインの邪魔になるかどうか。
だからアリアが。
とはいえ、さすがに乙女ゲームだなどとダンテにも言えない。ケーテルにすら言えない。
一方で、正論でこの世界について考えると、確かになぜアリアを狙うのか、と考えるところだ。
しかし暗殺される側は、なぜ殺されたのか、殺されるのか知らないものなのかもしれない。
「大丈夫。逃げて差し上げますよ、一緒に」
「・・・本当、ね?」
「本当です。大丈夫。・・・何度『大丈夫』と今言っていると思います」
「数えていなかったけれど、3回ぐらい?」
「さぁ。俺も数えてはいないけど」
「・・・」
「・・・俺なんかより、もっと良い相棒が出てくる可能性だってあるでしょう? そういう意味ですよ」
「・・・」
アリアは悲しくなって顔を伏せた。
「そもそも、俺を選ぶなら、見る目が無いという事だ」
ダンテがそんなことを、どこかおかしそうに言うので驚いた。
またアリアは顔を上げる。
「そんなこと無いわ!」
小声ながら非難の声を上げる。
ダンテが苦笑している。
「とても頼りになるわ!」
「光栄です。・・・でも、やっぱり見る目が無いと思う」
「酷い」
「事実ですよ」
「毎日会いに来てくれるのに」
「毎日ではありません」
「休みは必要だもの」
「休み・・・ではないんだが」
「来ない時はどうしているの?」
ふと気になって聞いてみる。
ダンテは少し首を傾げるようになる。
「たまに体調が悪いもので」
「!」
「いや、疲れすぎてとか、その意味で。万全で無い、というのが正しかった。忙しいんです」
「・・・ごめんなさい」
「・・・」
ダンテが困ったように、またアリアの頭に手を置いた。撫でてくる。
「会えると、嬉しいので、できる限り来たいのですが」
「・・・!」
ダンテがアリアの驚き喜んだ表情を見て表情を緩めた。
「では。無事に逃げられるよう、準備にいそしんで下さい」
「えぇ。お父様に、運動の授業を増やしてもらうように頼むことにするわ」
「はい」
「ダンテ、無理しないでね。・・・いつも来てくれてありがとう」
「どういたしまして。ちなみに俺は、ブルドン様たちにアリア様の様子の、報告義務を負っています」
「!」
「泣いていたようだと伝えますが、事実だからご容赦ください」
「恥ずかしいわ・・・!」
「でも正しく伝えておこう。皆心配しているし、協力者だ。俺も」
「・・・」
「大丈夫。一人では無い。大丈夫だ」
「・・・ありがとう」
水分きちんと補給してくださいね、と言い残しながら、柔らかい笑顔でダンテは帰っていった。
***
翌日。アリアは食事を家族と一緒に取る事になった。
皆がアリアを注意深く観察している。
時折、父と母、兄が会話をするが、アリアを気にするためか、無言の時間も多い。
アリアは、口を開いた。
「昨日は、ご心配をおかけして、申し訳ありません」
思いの外、声が小さくて、話し辛い。泣き過ぎと言うより精神的な影響か。
「・・・うむ」
と父が控えめながら厳格そうに頷いた。まだアリアに困惑している様子だ。
アリアはどう話せばいいのかと躊躇った。
今の自分の状況で、ダンスの授業を増やして欲しい、と気軽に頼めない。
以前なら自由気ままに言えたし、父も母も誰も反対せず受け入れてくれたけれど、今はそうではない。
「エドヴァルド様に謝罪のお手紙を出しなさい」
と言ったのは母だ。
優しい口調ながら、アリアを厳しく見つめている。
「はい」
とアリアは頷いた。
皆が少し安心した気がする。
「封をする前に、母に内容を確認して貰うように」
と父が言った。
「はい」
「・・・反省しているなら良かったわ。アリア。安心しました」
と母が優しい言葉をかけてくれる。
「はい・・・」
気持ちがまた揺れそうだ。昨日あれほど泣いたではないか。ギュッと我慢する。
「劇が楽しくなかったのか?」
兄が心配そうに聞いてきた。
答えやすい質問に、アリアは助けられた気分でほっとした。顔を上げて兄を見る。少し縋るような顔になってしまっている気がする。
「とても、素晴らしいものでした。演者も、音楽も、舞台も」
「そう・・・」
兄がアリアの返答に戸惑った。
そのことでアリアはまた気まずくなった。
つまり、劇は素晴らしかったのに、アリアはあれほど大泣きした。つまり原因はエドヴァルド様。そして、どうせアリアに問題がある。
「今日、学園でエドヴァルド様にお会いするのだけど、もし間に合うならアリアの手紙を届けたい」
と兄が少し困ったようにしながら言った。
「・・・頼めるか、アリア。エドヴァルド様に会いづらい」
「はい。この後すぐに・・・。ご迷惑をおかけしました」
アリアは深々と謝罪の礼をした。
「うん・・・」
「取り急ぎで短い文章にしましょう、アリア。その後で、丁寧なものを書きましょうね」
「はい、お母様」
「良い子よ。アリア」
気まずそうな兄と違い、母が優しくアリアを褒めてくれる。
アリアはチラ、と父を見た。
「・・・どうした」
と少し父がアリアの様子を掴み兼ねて、柔らかく尋ねた。
「・・・レッスンを、増やして欲しい、レッスンが、あります」
とアリアは勇気を出して口にした。
「ほぅ。言ってみなさい」
父が少し警戒しながら促した。
「ダンスを、増やしたいです。きちんと、うまく、踊れるように・・・劇の演者たちみたいに・・・素敵になりたいです」
「そうか」
父の顔がほころんだ。
「分かった。調整しよう」
話がすんなり通って、アリアはほっと安堵し、父を期待したように見つめた。
「ありがとうございます、お父様」
「それぐらい構わん。それにダンスの上達も良い事だ。お前は生まれつき別格だから、さほど力をいれずとも良いと思っていたのだ。だがやる気になるなら学ぶと良い。昨日、エドヴァルド様と共に見た劇で、心を打たれたのだろう」
「はい・・・」
アリアは目を逸らすことなく、頷いて見せた。
調子に乗ってみても、大丈夫・・・?
「あの、できれば毎日、うまく、踊れるようになりたいのです。とても、素敵でしたもの。歌声も、とても素晴らしくて、衣装も、音楽も、それで、あの・・・早く美しく踊れるようになりたいのです」
「分かった」
父が愉快そうに笑い、母は優しく頷き、兄は少し心配そうにしながらも安堵していた。
***
アリアは母の指導を受け、兄が学園に行くのに間に合うように、急いで短い手紙を書いた。手紙と言うよりもカードになった。
『心より反省しています。
あなたに添えるよう、立派な淑女になるように励みます。
取り急ぎ・・・。
改めてきちんと謝罪の手紙を送らせてくださいませ。
- あなたの婚約者 アリア=テスカットラ』
母の内容確認でOKを貰い、美しい装飾の封筒にカードをいれて封をする。
待ち構えていた使用人に渡すと、出立をギリギリまで待ってくれている兄の元に走っていった。
「では、きちんとした謝罪のお手紙を書きましょうね」
「はい。お母様」
アリアは手紙に取り掛かった。
未来を不安に思って泣いてしまった非礼を詫び、昨日の劇を褒め、夕食を断ったことも詫び、またの誘いを楽しみにしていると綴る。
母の指導で、劇を見て憧れてダンスのレッスンを励むことも盛り込む。お披露目できる機会を楽しみにしている、とも書かなければならなかった。
あなたの訪れと便りを楽しみにしています、と締めくくる。
あまりにも長文になりすぎるのも失礼と、母が何度も確認し、修正し、恋しいと匂わす文面も足し直すので、一旦途中で昼食を挟まねばならなかった。最終的にOKを貰えたのは夜だった。文字の美しさから全て厳しくチェックされた。
ここまでずっと書き物をしたことがアリアには無かったので、腕がつかれた。握力以前の問題だ。
母が優しく褒めてくれるので、アリアは後ろめたさで俯きそうになるのを堪えて、嬉しそうに微笑んだ。
自分の態度に、もやもやした思いを抱くが、こうやって偽っていくべきだ。
***
夜。現れたダンテは、土産だといって綺麗で可愛い飴玉の詰まった瓶を持ってきた。
だけど、この部屋に置いておいて見つかった場合、入手先を問い詰められる。
中身を一つだけもらって、あとはダンテに返した。
どこか困ったように頭をポンポンと撫でられたので、どうしたのかと尋ねてみると、
「あれほど自由気ままに食べまわっていたのに、と気の毒に思ってしまったんですよ」
という答えだった。
そんな事を言われると落ち込みそうになって、ダンテに拗ねた顔をしてみせる。
「せめてその1つを大事に味わってください」
と同情したように言われてしまった。
そうするわ、と諦めて頷いておく。
ダンスのレッスンが毎日できそうだと報告すると、良かった、良かったですね、と少し笑んで褒めてくれた。




