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本当なら素敵なお言葉のはず

「相談があるの」

ある夜、アリアは会いに来てくれたダンテに小声で告げた。

ダンテが少し首を傾げてみせ、そして頷く。話してみろという事だ。


「16歳の時、逃げられるよう、今のうちから準備しなくちゃ」

アリアの言葉にダンテは頷いた。

「そうですね」

「身体づくりをしなくちゃいけないと思うの。それから、稼ぐ手段も必要よ。持ち出しできない以上、私に技術をつけるしかないと思うわ。他にもアドバイスが欲しくて」

ダンテも真剣に聞いている。


「気づいたことは教えて欲しいの。部屋でできる運動も教えて」

「部屋で」

「えぇ」

考えるようにしたダンテに、アリアは頷いた。

ダンテは、この6階の部屋にほぼ毎日侵入してくる。脱出の先生として学ぶことがたくさんあるはず。


ダンテがアリアの全身を眺めるようにした。少し険しい顔になった。

「16歳となると、アリア様は縦にも横にも成長している」


言い方が失礼。

少しムッとしたが事実であろう。アリアは成長期だ。


アリアは、前世の記憶、乙女ゲームのお邪魔キャラである悪役令嬢、アリアの姿を思い出してみる。


ヒロインは清楚系。いわゆる可愛いくせに『平凡』と見せるキャラクター。

対するアリアは『貴族令嬢』。髪型もロングでフワフワのカール。髪留めや宝飾品も身に着けて、ドレスで勿論豪華。体型も、バストが豊か、腰はくびれて、という非の打ちどころのない女性らしい体型で、細い手足。ブルーとゴールドが良く似合う。


間違っても、6階の窓からの脱出など得意そうではない。髪もバストも邪魔そう。そもそも、窓枠を掴む握力が無さそう。


うん、鍛える箇所が多すぎる。


もし、6階からの脱出で無くても、走るとか無理そう・・・。すぐに力尽きそう。


・・・走り込みもした方が良い気がする。


そもそも馬車? 馬車で逃亡って可能なの? 目立たない?

じゃあ馬? 馬の方がマシ? 小回りが利くの?


しかし馬なんて乗ったことが無い。

馬術は男性のたしなみではあるが、女性が一人で乗るのは普通無い。


ところで、ちょっと気になるのは、思い出した悪役令嬢アリアのイメージ、感情の乏しい人形のように、目が死んでいる事だ。


将来ああなってしまうの? 今は前世を思い出しているから違う?

前世を思い出していないとしても、アリアはそれまで普通の少女だったはずだ。14歳までに、目の輝きが消えるような何かがあった? 単に演出?


何か怖い。


うーん。


前世を思い出し悩むアリアの手を、ダンテが取り上げた。アリアは驚いたが、ダンテは真面目な顔で、手のひらを両手で揉むようにした。筋肉を確認されている気がする。

そのまま、勝手に腕も掴んだ。


一声かけて欲しい。動揺する。

確認のためとは分かるけど。

なんだか照れる。


アリアがちょっとドキドキしつつダンテを見つめると、ダンテが変な顔をした。

「普通はもう少し筋肉があって良いと思うんですが」

と、おとしめてきた。

「・・・」

「普通の貴族令嬢は、こうなるのかもしれませんね」


それは何。フォローなの?

拗ねる気分で見つめていると、ダンテは少し考えるように言った。


「・・・そうだな。家事を行う令嬢も変ですから・・・体を動かす時間を頼んで作ってもらうべきではないでしょうか。少なくともダンスならおかしくない。可能なら毎日、短い時間でも良い」

「ダンス」

「躍った事は?」

「8日に1度ほど」

「少ない。頻度を上げるべきだ。だからこんなに筋肉がないのか。他が可能なら、武術や馬術もいれた方が良い」

「女性がするものではないと思うの・・・」

「そうですが、あなたの我儘で始められるのなら、是非。試してみる価値はあるのでは」

「そうか・・・そうね」

アリアは頷いた。


アリアの我儘。

現状、父が聞いてくれるか分からないが、エドヴァルド様との婚約を前提とした取り組みなら聞いてくれそうな気がする。話し方次第だろう。


「部屋で出来る事があれば教えて?」

「・・・握力、かな。それならできるか。壁、突起が出ているところを探してください。あなたの全体重をかけても壊れないところ」

「・・・」

さりげなく体重について失礼なことを言われた気がしたが、アリアの被害妄想だ。


「例えば・・・そのテーブルでも良いかもしれない。端を、力を入れて掴む。最終的に、腕の力で身体をテーブルの裏側に張り付けられたら、目標一つクリアですね」


???

アリアが意味がよく掴めず目を丸くしていると、ダンテが話題のテーブルまで歩み、その端を片手で掴み、器用に身体を縮めながらテーブルの陰に身を隠した。腕で身体をテーブルに引き寄せて、足を宙に浮かせている。


さすが、6階の部屋まで来れるだけある。

ダンテをすごい、とアリアは感心するように思ったが、もしかして、男性の使用人はこれぐらいできるのかもしれない。


「私も、頑張るわ」

「えぇ。自分が動けた方が良い事はたくさんあります」


ダンテを少しカッコいいとアリアは思った。


***


ある日、アリアの部屋に急に使用人が3人きた。母まで来た。

アリアが驚いているうちに、母の指示で、アリアの身だしなみが整えられる。


誘導されてわけのわからないままついていくと、応接間にてエドヴァルド様が父と兄と談笑中だった。

エドヴァルド様が、アリアの姿をみて嬉しそうに立ち上がる。


一体、何?


アリアが驚いているのを見て取ったエドヴァルド様が傍に来て、

「今日は観劇につきあって欲しい」

と言ってきた。少し遠慮したようにしながらも期待したように明るい表情だ。


「観劇・・・今からですの?」

「そうだよ。予定は前から伝えて、許可も貰っていたのだけど。アリア様には伝わっていなかったと先ほど聞いたところだ。驚いたと思うけれど、久しぶりの外出に、どうかな」

「行って来なさい、アリア。失礼の無いように」

父が強めにアリアに言った。


ここまで揃えられた状況に、断るなどできない。

アリアは固い表情ながらも頷いた。

「はい」

「良かった」

とエドヴァルド様が安堵した。


***


着飾ったアリアをエドヴァルド様がエスコートしてくれる。

馬車で会場に到着する。


久しぶりの外出。

しかも観劇は滅多にない。


単純にアリアは楽しみで浮かれてきた。

アリアの気分の上昇が分かるのだろう、エドヴァルド様もニコニコしている。


「演目は、『エスカトーレ』だよ。見たことはある?」

「ありませんわ。恋物語なのですわよね」

「うん」

エドヴァルド様が照れたように笑う。

「女性の歌声がとても高くて澄んでいて、まるで天使のようだ、と。父上と母上が行かれて褒めておられた」

「まぁ」

「他国が舞台だから、衣装や装飾が外国の要素ばかりで、見ているだけで楽しいともおっしゃっていた」

「まぁ。楽しみですわ!」


アリアは多分、単純だ。劇自体が楽しみで喜んでしまう。

良いのか、悪いのか。


***


劇はとても素敵だった。

歌声も素晴らしいし、舞台装飾も音楽も素敵だ。迫力がある。


心からの拍手を贈る。演者が並んで礼をする。

エドヴァルド様も喜んでいる。


アリアは、隣がエドヴァルド様だったと思い出した。

観ている最中は舞台に集中してしまうので忘れがちだ。


エドヴァルド様だった、と思い出した時、アリアは違和感を持った。

他の誰かを期待していた。


ダンテやケーテルと見たかった。


ダンテがどんな反応をするか知りたい。

ケーテルだったらアリアと一緒に喜んでくれる、きっと。


エドヴァルド様と、あまり仲良くなりたくない。

この劇の恋人たちのような間柄になることを期待されている。仲良くなるように周囲も用意してくる。


アリアの心が冷えていく。


隣のエドヴァルド様が気づいたように、アリアに少し遠慮がちながらも手を伸ばす。

引き寄せられるようになったのを、アリアはゆっくりほどくように動いた。

俯いてしまう。


気まずい空気が流れてしまう。


アリアは少し距離をとりつつ、エドヴァルド様には笑みを向けた。

「素晴らしい劇でした。見に来れて良かったです。ありがとうございます、エドヴァルド様」

「・・・喜んでもらえたら良かった」

エドヴァルド様が、真剣な顔でアリアの瞳を見つめている。アリアの心を見定めようとしているように感じた。


「嫌なところは、直すから、教えて欲しい」

とエドヴァルド様が言った。


アリアは言い淀みながらも、返答を待っているエドヴァルド様に告げた。

「・・・一緒にいる未来が、どうしても、思い浮かべないのです。4歳の時から、私は。選ばれないのだと」

「すでに選んでいる」

エドヴァルド様が間髪なく、珍しく強い口調で答えた。


「私が、ご一緒する未来を、信じられないのが問題なのです」

俯くアリアに、エドヴァルド様は少し無言になる。


そして、エドヴァルド様がアリアに近づき、手を取った。

アリアは顔を上げた。


「言い方を、変えよう」

エドヴァルド様が強い瞳でアリアを見ている。


「僕と結婚すれば、名誉と地位が手に入る。兄上がおられるので僕は王にはならない、きみは王妃にはなれない。それについては申し訳ないけれど、それでも王族だ。国の中枢で王を支える立場になれる。城に住み、余程の事でない限り、きみの願いは叶えらえる。宝石も、服も。今日のように観劇も。料理も菓子も、望むものを用意する。慈善事業に興味があるなら、王族になれば、もっと大きく取り組める。僕たちを、大勢が憧れ尊敬する。そんな暮らしを送る」


真剣な口調に、アリアの目も離せない。


「テスカットラ家にとっても名誉にもなる。ますます発展する。貴族では愛のない結婚もあると聞くけれど、僕はアリア様を一番大事に想う。きみだけが大事だ。貴族には妾を持つ者も多い。けれど、僕はきみだけで良い。約束する。約束をたがえる気はないけれど、もしたがえたなら、僕は罰を受けても良い。必要なら罰の内容にサインもする。もし、僕ときみの間に子どもができなくても、僕は王では無いから、残念ではあるけれど、構わない。きみ以外の相手はいらない」


真剣な言葉に、アリアは酷く動揺した。

普通ならこれ以上の言葉はない。

受け入れるべきだ。それだけのことを言ってもらっている。


罪悪感に苛まれる。


「私は、でも・・・」

自分でも驚くほど感情が急に込み上げてきて、苦しくて言葉に詰まる。

目頭が熱くなる。涙が溢れて零れた。


自分が理解できない。

理解もして貰えない。

全て打ち明ける事も到底できない。


アリアは、無事に済む未来を信じていない。何事も起こらないなどと。

その意味で、運命が存在すると信じている。

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