アリアの我儘のはず
「お話した通りです。ずっと、悩んでおりました。どうか、婚約を解消してくださいませ。こんな娘は、エドヴァルド様に相応しくありません」
「きちんと全て話すんだ! いつからそう思っていた!」
「・・・。4歳、倒れた時に、エドヴァルド様と初めてお会いしてからです!」
叫び返したアリアに、父は息を飲んだ。
「まさか」
それほど昔からだとは思っていなかったのだろう。
「だか。夢だと? 馬鹿な。そんなものは夢で、現実は違うんだ。アリア」
「ですが。間違いないぐらいの夢です。暗殺されてしまう可能性が高いと思うのです。それは嫌です」
落ち着くんだ、と父が困惑し動揺を見せ始める。
「お父様、申し訳ありません、ですけど、4歳でエドヴァルド様とは結婚できない運命だと知りました、それで、私はエドヴァルド様を結婚相手とは見れません、素晴らしい方です、存じております、あんなに大切にしてくださいます、でも私は違うのです! 私はその意味でお慕いしておりません! ずっと!」
「何という事だ・・・」
父が茫然と呟いた。よろめくように向かいのソファに座った。
顔を覆うようになり、それからまたアリアを見る。
「とにかく、アリアは反省しなさい。エドヴァルド様のところに戻る。アリアはここにいろ」
「・・・はい。でもどうか・・・」
「ここにいろ!」
「はい・・・」
父に怒鳴られて、アリアは頷いた。けれども父を頼りたい。
そんなアリアを振り返らず、父が部屋を出て行った。
そっとケーテルが入ってきた。許可が出たのだろう。
「アリアお嬢様」
と気遣ってくれる。アリアは頷いた。
父が戻ってくるまで、アリアとケーテルは無言でじっと待っていた。
***
アリアが再び呼ばれた。来たのは使用人だ。皆、表情が硬い。
再びあの部屋に入る。皆がアリアをじっと見る。
父に兄にエドヴァルド様。
エドヴァルド様がアリアに姿勢を向け直した。きっと、エドヴァルド様が求めたからアリアが再び呼ばれたのだとアリアは察した。
「僕は、アリア様以外は考えられない。婚約は解消できない」
お願いです、とアリアが言う前に、エドヴァルド様が挑むようにアリアを見た
「結婚しよう。アリア様。生涯大事にすると誓う。暗殺なんてない。僕が生涯守る。大丈夫、安心して」
「・・・いいえ。お断りさせてください」
「アリア!」
父が怒鳴った。
結婚前倒しは避けなければ。
我儘だ。
そして。
「結婚していても、私が邪魔になれば、殺されるのです。私は、ずっと怯えて暮らさなければなりません。幸せに、なれません」
これはブルドンにアリアの決意を伝えた時、ブルドンが少し考えて、アリアに言ったことだった。
結婚したら防げるかもしれない。だけど、この国は離婚も再婚もできる。邪魔なアリアが死ねばいいと思われるから、暗殺だって起こるのだ。婚約でも、結婚していても。
アリアがエドヴァルド様と結婚したいなら話は別だった。
アリアは、危険に怯えながら、エドヴァルド様と暮らすのは嫌なのだ。
そして、アリアは危険を冒してでも王族になりたい人間ではない。王族にはそれなりの責務もある。危険に怯えながら、王族としての仕事を担わなくてはならない。好きな相手でもなく、アリアには負担しかなかった。全く魅力がなかった。
「暗殺なんてないのかもしれません。そうだったら良いのに。だけど分かりません。暗殺されないかどうか、分からないのです。常に怯えるのです。エドヴァルド様、どうか私に安堵と幸せをくださいませんか。酷い事を申し上げていると分かっています。ですが、どうか温情を」
アリアが精一杯伝えるのを、エドヴァルド様はこんな話なのにきちんと聞いてくれる。
そして話そうとしてくれる。
「きみ以外、いない。父上も母上も兄上も姉上も、きみに文句のつけようがない。王都での評判もますます上がって、僕は婚約者としてきみが心から自慢だった。僕より年下なのに、立派に慈善事業をやってのけて」
「町の子どものことなら、従兄弟のブルドン様の功績なのです。私は助けられて、ブルドン様が先に対応されたことに、途中から力になりたいと加わっただけなのです」
「それでもだ。きみは立派だ。他にきみみたいな人はいない。・・・アリア様は、僕が嫌いなのか?」
「人としてご立派な方だと尊敬しておりますわ。けれど」
「なら、これからで良い。僕を結婚相手として見てくれれば良い」
話の流れが悪いとアリアは思った。
そもそも、エドヴァルド様、父、兄。3対1。多勢に無勢だ。
同時に話した方が良いと思ったから、アリアが集めたが。
アリアは、ブルドンのアドバイスに基づいて、話すことにした。
ブルドンは、難しい顔をしながら、アリアのために教えてくれたのだ。
きっと、このように話せば、エドヴァルド様なら、至急結婚しようとなった場合でも、思い留まってくださると。
エドヴァルド様は、本当にアリアが大切で、とてもお優しい方だから。
とても、気の毒な事に。
「私、この婚約の時に、4歳で」
アリアの声は震えた。
間違いなく、エドヴァルド様をさらに傷つける。だけどアリアはこのままでは結婚の前倒しで、それを受け入れるのは嫌だった。きっと、我儘なのだとアリアも思う。貴族令嬢に生まれたくせに。エドヴァルド様はこんなにお優しくアリアを思って下さっているのに。
だけど。
「倒れている間に、婚約が決まっておりました。私の気持ちの確認もなく」
皆がギョッとした。
「エドヴァルド様は私に好意を示してくださいました。貴族として、王家の申し出を覆す事は叶わないとも思いました。ただ、その間、一度も、結ばれた婚約を、大丈夫か、このままでいいか、と、私の気持ちを確認するようなことは、聞いてくださったことは、ありませんでした」
「でも・・・」
「解消できるならしたいと、思っていました。ずっとです。やっと、今、お話、いたしました」
「・・・」
「どうか、お願いいたします。結婚の前倒しなど、とても、無理です。どうかお願いいたします」
アリアは深々と礼をした。
皆が黙り込んでいた。
やっと顔を上げてみたエドヴァルド様と父と兄は、それぞれ何か怯えたような顔をしていた。
きっとアリアも同じだろう。
「他に、誰か、好きな相手がいるのか」
と、兄ジェイクが発言した。うっかりと零れ落ちたように。
エドヴァルド様が気色ばんだ。
「誰だ」
好きな相手。気になる相手。
「私は、エドヴァルド様に相応しくありません。どうか」
「誰かいるのか。アリア様・・・!」
「エドヴァルド様の婚約者でした。私が誰の名を挙げられるというのでしょう」
「・・・」
「ずっと、だって、エドヴァルド様の婚約者だったではありませんか・・・」
エドヴァルド様がアリアを見つめ、少し考えるように黙り込む。
父と兄は、エドヴァルド様の様子を見ている。きっと、エドヴァルド様のためにアリアを呼んでいるからだ。
「冷静に。なろう」
とエドヴァルド様が言った。アリアはじっとエドヴァルド様を見つめる。
「待って。頼む。急に、僕だって受け入れられない。だけど、きみは今まで、一言も。・・・あぁでも、そうか、だからって」
エドヴァルド様が混乱しながら、アリアを見ている。
エドヴァルド様は首を横に振った。
「駄目だ。婚約を解消なんて、できない。とても駄目だ。駄目なんだ。お願いだ。前倒しなんて言わない。お願いだ、解消するなどと言わないで」
「私が、暗殺されるのは16歳、遅くても16歳になってからのはず。私は、13歳になりました。もうあと、3年です。3年で、死ぬのは、嫌です」
「暗殺なんて、誰も・・・!」
「この国は、周辺の小さな国を滅ぼして、今に至っていると知りました。恨む人間もいるのだと」
「・・・だからって」
「お願いです。どうか」
「嫌だ。こんな急に。僕にも、時間が必要だ。婚約は解消できない。16歳? なら16歳に、アリア様がなるまで、僕に時間を。どうかやり直しをさせてくれ。婚約者のままで。不安になれば話して欲しい。だから、どうか」
「・・・」
「アリア。エドヴァルド様のお話を受けなさい」
と、父が言った。アリアへの命令だった。
アリアは目を閉じる。その瞬間に、心配そうにしている兄も見えた。
結婚の前倒しの話ではなく、婚約続行。
だけど、アリアの不安は話すことができた。
16歳まで3年。
3年は、婚約続行・・・?
「わかり、ました」
アリアの返答に、エドヴァルド様があからさまにホッとした。
「ですが、どうか」
「分かっている。それに守りもつける」
「結婚の前倒しは嫌なのです」
「あぁ。それで、今は、婚約さえ続けるなら、良い」
「・・・ありがとう、ございます・・・」
アリアは目を伏せた。
話をきちんとしてもらえて、現状は変わらなかったが、悪化はしなかった。
これで良しとするべきなのだ。
とはいえ、アリアの監視や守りが強くなるのは明白だ。当然の流れではあるが。
***
食欲が落ちた。
多分、自分が巻き起こした事態に自分でショックを受けている。
食事の時には両親も兄も揃っているが、さすがに皆気まずそうに無言だった。
母は泣いた後のようだった。父か兄から話を聞いたのだろう。
あまり食べられないので、アリアは早めに食事を切り上げて自室に戻った。
逃げたのだと自分で思う。
夕食後なので、ケーテルはもう町に帰ってしまった。
代わりに他の者がついてくれているが、ケーテルほどの打ち明け話を他の者にしたことがない。
一人になりたいと早々に退室して貰った。
これからどうしよう。
何が正解か分からなかった。
***
母がアリアを訪れた。
返すわけにいかないと、アリアは受け入れた。
母は、アリアをきつく叱った。
「我儘です。アリア。責任を果たしなさい。それが勤めです」
「暗殺される未来があっても?」
「えぇ。それが貴族の娘に生まれたアリアの務めなのです」
いつもアリアに優しい母が最も厳しい。
きっと母も貴族の娘に生まれたからだとアリアは思った。
思わず涙を流してしまったアリアを、同じように涙を流しながら母は抱きしめて、そして退出していった。
アリアは一人で部屋で泣いた。ごめんなさいと、誰に対してか、繰り返した。




