これで食べていけるはず
あっという間に日は過ぎる。
ブルドンとケーテルの家が完成した。
勿論アリアも祝ったし喜んだ。
一方で、これでケーテルが屋敷には通いになった。つまり夕方には町に帰ってしまう。
つい寂しく思ったら、ダンテが隣に来て、
「寂しくなるなどと思っているのでしょう」
と当ててきた。
「・・・えぇ」
「いい加減ケーテル離れをしてはどうですか」
ニヤッと意地悪に笑われる。
「女は男と違って、年齢が変わっても仲が良いの」
「そうですか」
ダンテが上から目線だ。ムッとしてみせると、肩をすくめられた。
話を変えよう。
「ダンテは、屋敷からこちらに通いになるわね」
「はい」
日中は、ダンテがブルドンの手伝いをする。
アリアとケーテルのような様子では無くても、ブルドンとダンテは信頼関係を築いている。
なお、屋敷から通いになるダンテに、アリアの家に住んではと提案したことがある。しかし、ダンテやブルドンたちに真面目に止められた。
アリアが男を囲っていると悪評が立つ、駄目だ、と。
しかし悪評が立つ方が、アリアの庶民化計画に良いのでは?
そう思ったが、ダンテが遠くにやられる事態になったら困ると言われた。確かに。
アリアの悪評相手は、貴族に限るようだ。
さて、ブルドンたちの新居完成を、町の大勢も祝っている。家を作った職人、ブルドンに世話になっている子どもたち、近所の人たち。
すっかりブルドンもこの町で歓迎される人間だ。
***
子どもの食事問題の解決は、アリアが出店の人たちに、
「子どもが来たらご飯をあげて欲しい」
と依頼するところから始まった。
今では、関わった人たちから意見も出されつつ、『ご飯が食べられない子どもは、ブルドン、アリア、ケーテル、ダンテ、またはトニーに申し出る』ことで無料ご飯が食べられる仕組みになっている。
トニーというのは、アリアにスリをしかけた5人組のリーダーで、改めてアリアに声をかけた結果、ブルドンが雇った、アリアと同世代の少年だ。6人兄弟の一番上。
今では彼らの母親も回復し、無料提供を受けなくても大丈夫。
一方で、トニーはブルドンを心から信頼し、恩返しをしたい、役に立ちたいと願い、ブルドンはしっかり者のトニーを自分の事業に雇う事に決めた。
トニーは町に住んでいるから、町の子どもたちのフォローがしやすい。
トニーは今も無料提供食を食べている。ブルドンが雇用したからだ。
子どもが助けを求めてきたら、事情を聴いた上、食事が必要な人数分の皿を渡す。
食事の時には子どもたちがこれをもって、協力を仰いでいる出店を周り、適量ずつ品をもらう。するとお子様プレートの完成だ。
とはいえ子どもによって食欲は違うから、倍を貰っても良い。ちなみにトニーはお子様プレート5皿分食べる。アリアと同年代で食べ盛りだ。
そして5日に1回ほどの頻度で、基本的にダンテが協力店を周り、支援中の子どもの人数分、食事代を払う。たくさん食べる子がいたらその分も払う。
協力感謝金として大目に払うようにしているが、出店側も気の良い人ばかりで、あまり過分に払う事もないようだ。
なお、他の店が不満を持ち始めたらしいので、協力店になれるよう申請できるようにした。
ブルドンたちの誰かが、店に行って価格や内容を確認の上、協力店に加える。
ただ、店への支払いは、子ども1人当たりいくらと金額を決めているので、高級店は赤字になる。それでも参加したい店は、子ども用の内容を作っているようだ。
今では協力店がかなり増えた。全店巡れないし、品も大量になってしまうので、子どもが、パン、主菜、副菜、果物、と4店選んで、お子様プレートを完成させる方式に変わった。
こうなると、どの店が何人提供したか分からない。毎回子どもに聞き取りするのも大変だ。
だから今のところ一律で払う事にしているが、しっかりしている店は数えてくれるからその金額を払えば良い。慈善事業だから、店も大体が誠意をもってきちんとしてくれる。
本当は、町の子ども全員が利用できるものにした方が良いかもしれない。
家のご飯が少なく、無料でもらえる食事を羨ましいと思う子どももいるはずだ。
ただ、王都の子ども全員への食事無料提供となると、かなり大規模になる。費用だって桁違いだし、王都だから、王様の許可もいるだろう。そもそも、国がやるべきだ。
と考えて、今は緊急時の子どもの食事支援に留めている。
さて、子どもがもう大丈夫と判断したら、お皿をブルドンたちに返却。
他の子どもがご飯に困っていたらここを教えるように、とも伝えている。
今現在、利用する子どもは、時折増えて20人、少ない時に5人ほど。
顔ぶれが入れ替わるので、常に食べられない子は、王都にはいない様子である。
さてこの活動で、アリアとブルドンたちはすっかり町の人たちと懇意になり、評判も上がった。
ブルドンに関しては、大きく始める前から皆が本来の事業を楽しみにし、支援の姿勢を見せている。もう成功したも同然では無いだろうか。
家も建ったから、ブルドンはケーテルと町に住む。ますます町で仲良く暮らしていきそうだ。
なんだか羨ましいなぁ、と思うのは、単に「隣の芝は青い」というやつだろう。
アリアも今、充分恵まれた暮らしを送っている。
あと、2ヶ月でアリアは13歳。
学園に通い出すまでにあと1年。16歳になるまで、あと3年。
外国についても調べ始めて、いよいよ別荘を作りたいところである。
***
アリアの誕生日の前に、エドヴァルド様の誕生日がある。
アリアはエドヴァルド様の贈り物を選び、手紙もつける。
今回、ペンがなかなか進まなかった。
『これからも末永くよろしくお願いします』と書けない。
『王立学園に通うのが楽しみです』『ご一緒できるのが待ち遠しいです』とも書けない。
以前、エドヴァルド様に強請られて、ペンを町のお土産に購入した時も手紙をつけた。その時も、かなり苦心した。
あの時は一緒に、ダンテの品も選び手紙もつけたから、余計に差を実感した。
このままではいけない、とアリアは思った。
あまりにも自分の心がエドヴァルド様から離れている。
エドヴァルド様が信頼でき尊敬できる人だという思いは変わらないが。
一方で、エドヴァルド様のアリアに対する熱も変わらない。
「・・・」
エドヴァルド様に、正直に、話してみようか。
とアリアは思った。
婚約しているのが怖いのだと。学園に通う前に解消して欲しい、と。
夢を見るのだという風に、言おう。
自分は暗殺されてしまうという夢に怯えている。
まるで未来を見ているように感じると。
だから、解消させてほしい。
私には『妻』は無理で、どうか他の方を選んで欲しい、と。
アリアの気持ちが固まっていく。
・・・いつ話そう?
今?
誕生日を祝う時にするような話ではない・・・。
***
翌月、アリアの13歳の誕生日が来た。
部屋が贈り物で溢れかえった。皆がアリアを祝ってくれた。
エドヴァルド様からは見事な花束。そして美しいネックレスだった。
本人が来て祝ってくださったが、贈り物には手紙もある。
贈り物を貰った場合、すぐに礼状を返すべき。
アリアは決めた。
この品々を受け取るべきではない、そうエドヴァルド様に申し上げよう。
解消したいと、父と兄とエドヴァルド様に伝えよう。
アリアは手配をした。深刻な悩みがあると、エドヴァルド様に手紙を出した。
***
その日が来た。
緊張のあまり、アリアの顔は蒼白だった。
傍にケーテルもいてくれる。ケーテルにもブルドンにもこの計画は知らせてある。
父と兄も時間を合わせて集まってくれた。エドヴァルド様も到着した。
皆、アリアの様子を怪訝に、心配に、不安そうに見ている。
いよいよ、話す時だ。
アリアは深呼吸して、身体が震えるのを抑えようとした。2度行って、やっと話し始めた。
「今日は、ご多忙の中、集まって下さり申し訳ございません。感謝いたします」
他人行儀で固い様子のアリアを、皆がじっと見つめている。
アリアは話した。
暗殺される夢を繰り返し見ること。訪れる未来だと考えている事。
馬鹿な、と父も兄も話を止めようとしたが、止めなかった。
「お願いいたします。どうか。耐えられません。エドヴァルド様との婚約を、どうか解消してくださいませ。とても、お心に沿うことができません。罰として、身分を剥奪し、庶民としてくださっても構いません」
身分剥奪しても良いと言ったアリアに、皆それぞれ驚き、絶句した。
エドヴァルド様は信じられないように蒼白で、何かを言いかけようとしたまま、アリアを見ている。
父がエドヴァルド様に謝りだした。
兄がアリアを叱り、宥めだした。
エドヴァルド様が、アリアに尋ねた。
「・・・アリア様は、僕と、結婚したくないと、そう言う話なのか」
緊張でまた震えながら、アリアは言った。
「死んでしまいます」
「まさか。僕が守る。なら、いっそ城に住むと良い、兵がいる、そうだ、もう結婚してしまおう。それなら城で一緒に暮らせる、安全だ」
「いいえ」
アリアは泣くまいとした。
「私は、エドヴァルド様を、人として、王族として尊敬し慕っておりますが、男性としては、慕っておりませんでした」
「・・・!」
エドヴァルド様が震えた。
アリア! と父も兄もアリアを咎めた。
「お願いいたします。どうか、私の我儘です。エドヴァルド様には非はありません。身分剥奪で構いません、どうか婚約を解消してください。私は相応しくありません。とても、妻には、なれません」
「嘘だ・・・」
父と兄が、エドヴァルド様に非礼を詫びながら、アリアを部屋から出そうとする。アリアは抵抗しながら、なおも言った。
「ずっと、エドヴァルド様とは結婚できないのだと、思っておりました。私は結婚相手ではないのだと。暗殺までされたくありません。どうか、どうか私の願いを聞いてくださいませ」
乱暴に父がアリアを抱き上げるようにして、エドヴァルド様のいる部屋から連れ出した。
そのまま父の書斎に連れて行かれ、乱暴にソファに降ろされる。
どういうことだ! と父に怒鳴られる。
兄はきっとエドヴァルド様を宥めているだろう。
 




