世界は変えられるはず【他者視点】1
ブルドンが町から自分の屋敷に戻った時には日が落ちていた。
使用人たちが礼を取る。そっけないと感じるのは、彼らの表情のせいだろう。
ブルドンの前世では、『おもてなし』を謳う礼儀が根付いていた。それを思い出した今、面倒くさいという思いを隠そうともしない態度の使用人には、心を開けそうになく、親しくなりたいとも思えない。
なお、ケーテルとの結婚に関することや新事業を起こすことについて、この家の者は、ブルドンに反抗期が来たと解釈し、ブルドンが怒りを見せても『反抗期を迎えやがって、面倒くさい』という態度がにじみ出る。ブルドンにとって重ねて腹立たしい事である。
さて、遅いめの夕食を一人でとり、ブルドンはダンテの様子を見に行くことにした。
「ダンテ。私だ。入って良いか」
ダンテの部屋の前で声をかけると、一拍遅れて返事があり、ダンテが出てきた。
「どうされました」
使用人の服では無く、髪も崩してあったが額は見えた。たんこぶになっている。
「額はどうだ?」
「腫れているだけで、他は問題ありません」
ダンテは愛想が無いながらもきちんと答える。
「めまいとか」
「ありません」
「分かった。だけどもう数日様子を見て、具合が変ならすぐに報告してくれ」
「はい」
不名誉そうな表情さえみせるダンテに対し、とりあえずブルドンは安心した。
病気やケガに詳しいわけではないが、頭部を強く打ったときは慎重に、というのは前世の知識だ。
会話の一区切りに、ダンテが黙って待っている。
朝の様子をブルドンは思う。
額を強打したため休め、と告げた時、ダンテは「大丈夫です」と繰り返した。
しかし、やはり休ませると強めに告げた。
ダンテは言葉を飲み込み、了承した。ダンテは他の使用人よりはブルドンの意志を受け入れ、受けた以上、きちんと対応する。
そして、立ち去ろうとして扉が閉まる前に見てしまったのだ。目を伏せて悲し気な表情を。
基本的に何か苛立ちを見せるダンテの、そんな様子を見たことが無かった。ブルドンは動揺を覚え、罪悪感を抱いた。
そんなわけで。
「今日は、すまなかった。アリア様がダンテにお土産をくださった」
「え」
ブルドンが上着のポケットから取り出した小箱に、ダンテが驚いた声を漏らす。
「手紙もつけてくださった。身体が何ともない事を祈っている、とおっしゃっていたよ」
ダンテが驚きながら手紙と小箱を両手で受け取る。
「アリア様は、ご存知なのですか。怪我をしたと」
「話した」
ブルドンの答えに、少しダンテが落胆した。格好が悪いと思ったのかもしれない。
「・・・ありがたく、頂戴いたします」
ダンテがじっと小箱を見つめている。
「うん。それから、次、町に行く時にはダンテを連れていくけど」
ブルドンの言葉に、ダンテが視線を上げる。
「額が目立つから学園には連れていけない。代わりを連れていくから、ダンテは明日と明後日は屋敷にいてくれ」
「承知しました」
学園に額にたんこぶを作った付き人は連れていけない。前髪は上げるのが基本なので、非常に目立つだろう。ダンテ自身は気にしないかもしれないが、ブルドンが笑いものになる。
「今日のことで、情報共有したい。中に入っても構わないか?」
「はい」
ブルドンが尋ねると、ダンテが部屋に通してくれた。
使用人の部屋は簡素だ。
テーブルには椅子が一つのみ。ダンテが少し考えたのち、椅子を勧めてくれたがブルドンは断った。
「立ち話で良い。実は今日、町で、食べ物やお金が欲しいとアリア様に訴える子どもが現れた」
「!?」
ブルドンが話すと、ダンテが気色ばんだ。
「前にダンテが守ってくれたとアリア様から聞いた。よくやった」
ブルドンが褒めておくが、ダンテはじっと強い目をして、話の先を聞く姿勢でいる。
なお、あの子は、今日は傍にダンテがいなかったから、再びアリア様に訴えようとしたのだろう。
「今日はアリア様と一緒に私とケーテルがいた。私が話を聞いて、対応した」
ブルドンの話に、ダンテが不可解そうな表情を見せる。
「一時的に、私が建築中の家の仕事に雇う事にした。アリア様もご存知だ」
ダンテがじっと聞いている。
「詳しい事は、またアリア様に聞けばいい。教えてくださるだろう。それで、この話をするのは、明日大丈夫なら、明日にダンテも町に行ってもらえないかと思ったからだ。指示では無いけど」
「指示ではない?」
「うん。むしろ、ダンテは明日も休みだ。執事長にも言っておく。念のため体調を見る。とはいえ、問題なければダンテの判断で自由に動けるだろうから」
「・・・」
じっとダンテが聞いている。
「今日、町の子どもの訴えを聞き、家の建築の手伝いに雇い、それを口実に夕食を与えた。6人兄弟と4人兄弟、今日だけで10人も子どもがいた。状況としては、父親は働いているが、母親が病気で食費を削るしか無く空腹だというのと、父親が怪我をして収入が減ったという兄弟たちだ。親の食事も持たせた。バランスも考えたいと、アリア様が出店で買われた。・・・ダンテの対応を咎めてはいない。ケーテルも警戒していたし」
目が険しくなってきたダンテに、ブルドンは告げた。
「むしろアリア様を守ってくれて助かった。良くやった」
ダンテの表情から険が取れた。
こういう表情の変化は素直で、ダンテもまだ少年だと前世持ちのブルドンが密かに思うところだ。
「私が対応したのは、貴族の介入がないと改善しないように思ったからだ」
その子は、ダンテに追い払われた際に言われたように、素直に仕事を探そうとした。しかし全て断られたという。手が足りていると。
子どもの説明を聞いて、ブルドンは、前にエドヴァルド様がアリア様を連れて行った、妙な場所を思い出したのだ。
エドヴァルド様の説明はブルドンにも聞こえたし、あの場所はブルドンにとっても衝撃だった。
この世界は前世とは全く成り立ちが違うとブルドンは思った。
この世界に生きる者は、等しく同じでは無いのかもしれない。
例えば、エドヴァルド様やジェイク様、アリア様たちが、他の者とは違う存在感を持つのは、この世界に重要な役割を与えられているからか。
今日、町の子どもの話に、ブルドンはその思いを強くした。
この子たちが助けを求めても、少なくとも、庶民には助けられないのでは。役割を超えることができないのでは。
普通なら、近所の子どもが腹を空かせて困っていれば、周囲が協力し助けるはずなのに。
だからブルドンが動いた。
貴族なら、庶民よりも世界を変える権限が与えられているのではと思ったからだ。
「ダンテの対処は正しかったし、褒められるものだ。ケーテルもダンテの行動を支持していた。一方で、アリア様は優しいので、私が対応したことで、自分にできることがあったのではと心を痛めておられる」
「・・・」
「それで、アリア様とケーテルは、明日も町に行き、子どもたちに食事を手配されることになった。私は明日は学園で、アリア様たちにお任せする。だけど、問題ないなら、ダンテも明日、町に行ってくれないか。きっとアリア様たちの助けになる」
「・・・はい。承知しました。明日、問題ないと思いますので、町に行きます」
「うん。アリア様たちは、午前中に行かれるようだった。午後は予定が入っているそうだ」
「はい」
「じゃあ、話は以上だ。戻る」
ダンテの礼が、本心からのものに見えた。印象的だった。
***
翌日。ブルドンは、ダンテとは違う使用人を連れ学園に行った。
学園は、講師の話を聞き、意見を交わす内容が多く、前世の中学や高校よりは大学に近い。
いくつもある談義部屋で、様々な話をする。
第二王子エドヴァルド様がいる部屋は人気が高い。接点を持ちたい者が多いからだ。
しかし、決まったメンバーが周囲を取り巻いている。アリア様の兄であるジェイク様もその一人。
なお、ブルドンは輪の外だ。
エドヴァルド様たちは、明らかに他とは違い、優秀で見目も良い。
前世を思い出す前、世界は彼らのためにあるとブルドンは思っていたが、思い出した今、その感覚は間違いなく正しかったと思う。
さて、ジェイク様が細長い小箱をエドヴァルド様に見せてからかい始めた。アリア様からのお土産と手紙だ。アリア様がジェイク様に渡すように頼んだのだろう。
見せるものの、なかなか渡そうとしないジェイク様に、エドヴァルド様が焦れて立ち上がり、手を伸ばす。
子どもっぽいじゃれあいは、エドヴァルド様には珍しい。だからこそジェイク様も、友人の証拠のようにからかうのか。
やっと入手し、どちらから開けようかと、手紙と小箱を嬉し気に見るエドヴァルド様に、ブルドンは複雑な思いになってしまう。
エドヴァルド様はアリア様に恋をしている。
一方のアリア様とっては政略結婚。
前世の感覚で言えば、エドヴァルド様は、権力にものをいわせて好きな相手を囲っているだけ。
だけどこの世界では正常だし、結婚後に愛が育つ場合もある。
とはいえ結局、庶民が身分を超えて王子たちを射止めるのなら。堅苦しく古いくせに、ヒロインだけには度を超えて甘い世界だと思う。
もしアリア様が前世を思い出していなかったら。二人は両思いだったかもしれない。
または、好きになってから思い出していた場合も、違ったかもしれない。
けれど4歳で思い出したアリア様は、恋愛前にエドヴァルド様とは結婚できない事を知った。
好きになっても幸せになれない相手として、エドヴァルド様から心の距離を置いたのだ。
エドヴァルド様の様子を見る度にブルドンは複雑な思いになるが、アリア様が、恋より生きる事に重きをおいて当然だとも思う。ブルドンも他人事でない。
平和に見えるこの世界の裏には、暗い要素もたくさんある。
先日、ケーテルが打ち明けてきた。
彼女は、この国に滅ぼされた北の国の貴族の生まれだったという。
復讐を誓う生き残りの元貴族集団にて育ち、訓練まで受け、使用人として潜り込むことに成功した。




