優秀な侍女は口が堅いはず
アリアの従兄弟、ブルドンは再び意識を失ってしまった。
部屋の外に待機していた父も母も兄も部屋に飛び込んできて、すぐお医者様が呼ばれた。
一方で、アリアの顔色が悪いことに気付いた母が、何をお話したの、どうしたの、と優しくアリアに尋ねてくれたが、アリアもかなり動揺していて、
「分からないのです。ブルドンお兄様、とても混乱しておられるご様子で」
と答えるのが精いっぱいだ。
ブルドンも転生者らしい、と確信はした。
とはいえ、酷く混乱し意識を失ったのを見たのも、かなりショックだった。
***
アリアの様子がおかしい事に気づいて付き添ってくれようとした母を制止して、アリアは自室に戻った。
混乱しつつも、今は一人で考えたい。
アリアは自室にて、ミルクティーが注がれたティーカップから温もりを得つつ、考える。
ブルドンは酷く混乱していた。
ブルドンも転生者だ。日本、と言ったし。
アリア自身、エドヴァルド様を見て思い出した際、3日も寝込んだ。
今日、ブルドンはアリアの姿を見たことをきっかけに、前世を思い出したのだろう。
勿論、今までにも会っている。しかし思い出したのが、今さっきだ。
アリアはミルクティーを飲みつつ、自分の考えに頷いた。
で、何。
私、死ぬの?
暗殺? しかも複数?
嘘、うそうそうそ。そんな過激ルートあったの?
動揺でカップを持つ手が震えてきた。中身を零しそうだ。
アリアは震えに苦労しながら、カップをソーサに戻す。その際、派手にカチャカチャと音が出たのは仕方ない。
暗殺って。庶民ルートだけじゃなかった? どれだけ悪役令嬢に厳しい・・・!
「・・・アリアお嬢様」
声にハッと顔を上げると、部屋の隅に控えていた侍女ケーテルが、心配そうな顔で傍にいた。
「大丈夫でいらっしゃらないと、お見受けしましたもので。その・・・アリアお嬢様、私は口が堅いのです、お約束いたしますわ。どうか、悩みなど、聞く事しかできないとは存じますが、打ち明けていただけましたら、少しでもご負担を減らせるかと・・・」
「・・・ケーテル」
優秀な侍女が自ら悩み相談役を提案してきた、という事実をアリアは茫然と受け止めた。
でもどうしよう。
相談するかどうか別として、相談する場合、どう話せばいいだろう。
言いづらそうにしながらもケーテルは心を決めたらしく、真剣な眼差しでアリアを見つめた。
「先ほど、ブルドン様とアリアお嬢様お二人で内密のお話をされました時・・・」
「えぇ」
「後半お二人ともお声が大きくなって、聞こえてしまったのでございます。それで、アリアお嬢様の身に何かあるのではと心配なのです」
「・・・! ケーテル! お願い、相談に乗って欲しいの!」
アリアはケーテルの申し出に飛びこんだ。
あの会話を聞いていたなら話が早い。打ち明けるならケーテルだ! 味方は多い方が良いに決まっているし、ケーテルは優秀!
アリアの決心に、ケーテルも真剣な表情で頷き返してくれる。
「ちなみにどこから聞こえていたの?」
アリアの問いに、ケーテルは一拍のち、
「・・・お嬢様が死ぬというところ、あたりからですわ」
と、言った。
「もうちょっと前は?」
「申し訳ございません。聞こえてしまいました。あの、暗殺、という言葉が」
「私が平民になるっていうのは?」
ケーテルは少し動きを止めて妙な顔をした。
とはいえ、どこまで聞こえていたか分からないが、これでほぼ全て聞いたと同じこと。
もう全部打ち明けちゃう? 細かく考えるのも面倒だから。
ただ、さすがに前世とか転生というのは理解されないだろうし、納得させるのに苦労しそう。
「じゃあ、私の相談に乗るために、あなた分の紅茶も用意してね」
アリアの言葉に、ケーテルが少し分かって無さそうな顔をした。
アリアは照れた笑みを浮かべつつ言った。
「相談って一緒にお茶を飲みながらするものだと思うの。誰かに咎められたら、私が命令したって言えばいいからね」
「かしこまりました。用意いたしますので少しお待ちくださいませ」
可愛らしいものを愛でるようにケーテルが顔をほころばせて、準備のために傍を離れる。
その間に、アリアは、どうやって話そうか考えた。
ん、あれ?
ケーテルに聞こえてたという事は、ブルドンお兄様の付き人にも聞こえていた?
・・・今はそちらを気にしている場合じゃない。
***
戻ってきたケーテルを同じテーブルに着席させる。
そしてアリアは切り出した。
ただ、前世のことは伏せることにしたから『未来が分かる才能がある』いう設定にした。そして、倒れたブルドンもその才能に目覚めたのだろう、ということに。
そして、自分は16歳で庶民にされる、と話した。
当然のことながらケーテルは困惑し質問などしてきたので、アリアは答えた上、立派な庶民になる予定だから、ケーテルも協力して欲しい、とお願いした。
「立派な、庶民・・・」
アリアの将来計画を聞き、単語を復唱したケーテルは、困惑のあまり促した。
「あの、アリアお嬢様。ブルドン様のお話の方は、宜しいのですか? 死ぬなどという・・・」
アリアも頷いた。そもそも本題はそちらだった。
「ブルドンお兄様のお話、私にも分からないの。ブルドンお兄様に改めてお伺いしないといけないわ。私は庶民になる未来しか知らないの。ブルドンお兄様は、私の他の未来を知っている、みたい・・・」
話すうちに滅入ってきたアリアを、ケーテルが真顔で見つめる。
「ケーテルは、強い?」
「私、ですか? 普通で、ございます」
「普通ってどれぐらい?」
「己の身と、護衛対象者を少しカバーできる程度」
硬い表情で話すケーテルにアリアは違和感を抱いたが、本人が言いたがらないのだから、聞いても無駄かと切り替えた。
「じゃあ、無理のない範囲で、私が暗殺されそうな時、守ってくれる? ケーテルも無事によ、絶対」
「・・・はい」
まるで自分に言い聞かせるようにするケーテルを、アリアは少し不思議に思った。
不安になって、念押しした。ケーテルの手にアリアの両手を添えて。
「お願い、ケーテル。助けてね」
「・・・はい。もちろんで、ございます」
言葉一つ一つ確認するように口にしたケーテルは、真顔でじっとアリアを見つめて、頷いた。
「敵は、私が排除させていただきます。私の力が及ぶ限り」
「ありがとう! ケーテルも無事でいてね」
「ありがとうございます」
なんだかアリアは安心した。
嬉しくて、アリアはケーテルにもお菓子をたくさん薦めつつ、一時のお茶の時間を楽しんだ。
明るい気持ちを取り戻した。
***
翌日。まだブルドンは目を覚まさない。うなされているそうだ。心配だ。
ブルドンの家に馬車で送るべきか、いや安静第一だから、こちらで寝かせたままが良いのか、と皆がブルドンを心配しつつ様子を見ている。
一方で今日はアリアに来客があった。前からの予定で、訪問者はアリアの婚約者、エドヴァルド王子だ。
「聞いたよ。ブルドンが寝込んでいるそうだね。今日の訪問を迷ったけれど、様子も知りたいから予定通り来てしまった。迷惑をかけていなければいいのだが」
応接室に通されたエドヴァルド王子は、今日はアリアの分に加え、ブルドンへの見舞いの花も持って来ている。優しい人だ。
ちなみに彼が乙女ゲームのメイン攻略キャラのはず。画面の真ん中に彼のイラストが描かれていた。
王子様というだけあって、金髪碧眼、顔立ちは整っているが少し女性寄りの優しい雰囲気だ。
実は昔は泣き虫だったらしいが、幼少時に顔合わせをした際、アリアに一目ぼれ。加えてそのアリアが目の前で倒れて寝込んだことで、『自分が強くしっかりしてアリアちゃんを守ってあげなくちゃ!』と健気な決意をして、今では文武両道、優しすぎるところが玉にキズという王子様になっておられる。
なお、いつも気遣ってくれて言葉がけも優しく、お花も贈ってくれるし身分も最上級、という素晴らしい婚約相手なのに、どうしてもアリアは惹かれない。自分を捨ててヒロインを選ぶことを知っているからだ。
ヒロインが他の攻略者を選んだ場合でも、やっぱりエドヴァルド王子はヒロインが気になっているし、アリアは庶民に。
だからアリアには、エドヴァルド様は好きだけど、恋などは無理だ。
「エドヴァルド様は、ブルドン様とも仲が宜しいのですか?」
「あまり話すことは無かったのだけれど。きみの従兄弟であるし、きみの兄上のジェイクとも仲の良い様子だから、僕も心配だ」
第二王子エドヴァルド、アリアの兄ジェイク、倒れている従兄弟ブルドン。皆が揃って14歳だ。もう王立学園に通っている。
なお余談だが、アリアの兄ジェイクは攻略対象者の1人だ。
一方、ブルドンは違う。つまり脇役。彼も名家の跡取り息子なのだが。
ちなみに、アリアとヒロインは同い年で、後2年で入学だ。物語が動くはず。
***
今日は、ブルドンを心配する話題ばかりになってしまう事もあり、エドヴァルドも早めに帰られる事になった。
「アリア嬢、きみも気をつけてね。きみも昔、小さい頃、急に倒れてとても心配したよ」
「ありがとうございます。エドヴァルド様もお気をつけて」
「あぁ」
アリアの気遣いの言葉に、エドヴァルドは少し嬉しそうに頬を緩め、そして帰って行かれた。
***
自室に戻り、『これからはお友達としてもよろしくね』と約束させたアリアの侍女ケーテルが、アリアと2人きりになった時に確認してきた。
「アリアお嬢様、本当に、エドヴァルド様の事は、婚約が無くなって良いとお考えなのですか?」
お似合いなのに、とか思うのだろう。
エドヴァルドはアリアを恋愛的に好きでいてくれているし。
「うん。秘密よ?」
「友人としてお尋ねしますが、どなたか、気になる方でもおられるのですか?」
とケーテルはさらに尋ねてきた。
アリアの脳裏に、攻略対象者ばかりが浮かぶ。アリア世代の有望者たちだからだ。とはいえ恋愛対象として気になってはいない。
「うーん・・・いないの。・・・ケーテルは?」
アリアは尋ねてみた。恋バナを聞かれたら、相手にも聞く時だ。
ケーテルはお姉さんとはいえ3歳差。つまり現在15歳のお年頃。
「私ですか? いえ、おりませんわ」
ケーテルは首を傾げた。質問自体が不思議そうだった。