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令嬢は金を持っているはず

アリアは、屋敷での歴史の勉強時間に、先生に尋ねてみた。

10数年前に滅んだという北の国について。


「10数年前の北の国・・・リアナと呼ばれたところでしょうかな。小さくも、毛皮の見事な動物が多く獲れるのです」

と先生は考えながら答える。

「戦争は数年あり、完全に収束したのは、8年ほど前になります」


「全く知りませんでした。戦争の原因は何でしたの?」

「アリア様はまだ幼かったからでしょう。それに辺境で我が国の圧勝でしたから、我が国は皆平和に変わりなく暮らしておりましたからね」


「戦争の原因は?」

「我が国にたてついたからでしょうな。豊かで優れた我が国に勝てるはずはありません」


先生が得意げに話すが、アリアとしては内容がイマイチ分からない。

結局原因は何なの? 先生も知らないの?


「その負けた国の王侯貴族は、どうなったのですか?」

と聞いてみる。


先生が肩をすくめる。

「負けた方は地位も身分も全て没収になります、当然です」

「では、生きて暮らしてはいるのですね」


「いや・・・困りましたな。アリア様、私はあなたにあまり残酷な事をお知らせしたくないのです」

「残酷でも事実なら教えていただく方が良いと思いますの・・・」


「いいえ、アリア様。このように可憐で勉強熱心で愛らしいお方のお気持ちを曇らせてはなりません。それは我が国の貴族の男の務めであります」

「・・・」


何を言っているの、と妙な気分になるが、男性の先生たちは、結構こんな妙な方法でアリアを保護しようとする気がする。『紳士の心意気』だ。


この後も、アリアから北の国についていくつか質問してみたが、我が国が優れている、という返事ばかりだった。


この国は北以外にも、戦争で領地を増やしていたとは知った。男が学ぶ歴史だそうだ。


***


さて今日も、アリアはダンテを付き人にして町で遊んでいる。


ちなみにすっかり町の屋台の人たちに身元もバレており、「アリア様」と呼ばれまくっている。

それどころか、『アリア様お気に入り!』と他の人たちにアピールする商品もチラホラ出てきた。事実なので放置している。


今日は呼び込みされたので、新商品のクレープを食べる事に。

ダンテと一緒に、アリアとダンテの分を購入。ダンテが依頼し、それぞれ半分づつに切ってもらい、2種類を1つにした包みを2つ貰う。


理由は毒見だ。


アリアが町に頻出し、あまりに屋台でも食べるため、行動パターンが分かりすぎて狙われたらあっという間、とダンテが毒の混入を心配しだしたのだ。


以来、出店では目の前で作ってもらい、全て半分ずつに切ってもらう。先にダンテが食べて問題なければアリアが食べることができる。


「暖かいうちに食べたいのに・・・」

クレープはすぐ冷めるのだ。

拗ねたように言ってみれば毒見無しで済むのでは、と考えたアリアをダンテは冷たく一瞥の上、店から品を受け取った。

「お言葉ですが、俺だってゆっくり味わいたいのを急いで食べるのです。誰のためだと思っているのです」


「毒なんて入っちゃいねぇよ」

と出店のおじさんも不満そうだ。

「それでも確認が必要なご身分なのです」

とダンテが気分を害している。


おじさんがムッとしつつも、ダンテより大人だからか、一応はこんな言い方に変える。

「むしろアリア様に毒を盛るような馬鹿、皆で袋叩きだ」


おじさんのそんな発言に、ダンテがボソッと、

「盛られたら終わりですが」

と言いかけるのを察し、アリアは急いでおじさんに礼を告げた。

「ありがとうございます。お気持ち感謝いたします」

「旨かったらまた御贔屓ごひいきに!」

アリアの笑顔に、すでに贔屓ひいき気味の店のおじさんも嬉しそうにニッカリと笑ってくれる。


「それでは、新作のミラクルチョコレートクレープを味わってまいりますわね」

「ぜひとも、どーんと!」

「行きましょう、クレープが冷めますよ」


ダンテに促されて、アリアは店主との会話を切り上げ、噴水のフチに向かった。出店で買った場合はここに腰を掛けて食べることが多い。


今日は少し混んでいるなぁ、とアリアが思った時だ。

グィ、と片手で肩を引き寄せられた。と思ったら、アリアの手にクレープが押し付けられるように渡された。


え、何。

驚いて見上げると、ダンテがアリアの横を厳しい顔で睨んでいる。

さらに腰に手が回されて引き寄せられた。

「この方を誰だと思っている」


アリアの横を見れば、子どもがダンテを睨み上げていた。

アリアが話しかけようとしたところ、ダンテにグィと向きを変えられる。

驚いて周囲を確認すれば、どうやら相手は1人では無い。


「ケガさせるぞ、大泣きさせるぞ! よりによってこの方に手を出すんじゃない! 5人いると分かっている!」

ダンテが子どもたちに言い放った。庇われているアリアは、ダンテと自分の間のクレープが押しつぶされないか気になった。


そんな呑気な心配ができるのは、きっと大したことは無いとアリアが思ったからだろう。

アリアの傍にいるのは、皆、アリアと同じぐらいの子どもだ。


「病気で、親が、だから、金持ちだから、良いじゃないか!」

背後から怒った子どもの声がした。


「だからって貴族ご令嬢を狙う馬鹿がいるか!」

ダンテの叱り方は何かズレている気がする、とアリアは思った。

「貴族令嬢だからだろ!」

と子どもが言い返す。


「お前ら、この町から叩き出されるぞ!」

とダンテが威嚇した。

「アリア様からスったら、町中の大人から叱られるぞ、分からないのか!」


「・・・ぅ」 

「じゃあ、じゃあ、誰を狙えばいいんだよ!」

子どもたちがうろたえを見せた。

「俺がそんなの答えるか! とりあえず俺の分だけ持って行け!」

ダンテがアリアに持たせたクレープから1包みを持ち、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


周囲の子どもたちがダンテの行動を見守っている。


「・・・毒は入っていないらしいが、万が一という事があるからいつも慎重に俺は食べる。・・・多分大丈夫だと思うが気を付けて食え」

「・・・ダンテ、私の分も差し上げますわ」

アリアがダンテを見上げつつそっと告げると、ダンテはアリアをじっと睨んだ。


「アリア様は駄目です。俺で十分です」

「でも」


「大人しくしていてください」

「・・・」

守られている身なので、ダンテの言葉に従い、アリアは黙って見守ることにした。


「とりあえず、おい。誰が持つ」

ダンテが1包みを差し出すと、奥から背の高い男の子が出てきて受け取った。


「金が欲しい」

「お前なら真っ当に稼げるだろうが。楽して得ようとするな」


「薬が欲しい」

「じゃあ医者に泣きつけ。良いからもう行け。蹴るぞ、本気で」


「・・・アリア様。俺たちにお金をください」

「ご病気の方がおられて、お薬がいるのですね?」

「うん」

「お腹も減った」

「アリア様! 俺がこの子たちを蹴り倒してもいいんですか!?」

ダンテがアリアの方を叱ってきた。


「ごめんなさい・・・」

アリアはダンテに謝った。


子どもたちを見れば、アリアをじっと見つめる子、ダンテを憎々し気に睨む子。確かに5人、アリアたちを囲んでいる。どうしよう。


「頼むからもっと自分に近しい大人に相談しろ!」

ダンテが歯ぎしりするように告げると、子どもたちの方がダンテを哀れに思ったのか、

「行こうぜ」

と諦めたようだった。


***


アリアを噴水のフチに座らせて、ダンテがため息をつきつつ、自分も隣に座ってくる。


アリアの持つクレープはすっかり冷めてしまった。

「・・・毒見、する?」

と、会話の糸口に困ったこともあって、アリアは疲れた様子のダンテに聞いてみた。


ダンテは顔を上げてじっとアリアを見つめてから、またため息をついて頷いた。

「千切って食べさせてもらいます」

「良いのよ、かぶりついて。クレープだから千切ると手が汚れると思うの」


「貴族令嬢がそんな毒見方法を提案しないでください。むしろ冷めたからもう一つ買いますか?」

「・・・これが美味しかったら、また今度買いましょう?」


「そうですね」

「むしろ、ダンテに全部上げるわ」


「冷えたから?」

「ううん。疲れただろうから、御礼の気持ち」


「いえ。クレープ苦手です」

「そうだったわね。いつも付き合ってくれてありがとう」


「どういたしまして。これぐらい」

「今も、守ってくれたこと、ありがとう」


「いえ。もっと早く気づけば良かった。申し訳ありません」

「私は大丈夫だったわ」


「俺のクレープだけ損失・・・これ、中のクリームも食べるので、包みを破らせてもらいますよ」

「えぇ」

ダンテは苦手な甘いものでも、律儀にきちんと味見をする。


少し苦労しつつクレープを切り分け、味見をするダンテを待つ。


「・・・食べて大丈夫です」

「美味しかった?」


「どうぞご自身で味わってください」

「ありがとう」


ボロボロになっているクレープを口に運んだ。

すっかり冷えていたが。

「美味しい」

「良かったです」

「ミラクルは、クッキーの砕いたのが入っているのね」

「そうみたいですね」


今日はダンテがただ待ってくれている。

いつもこうやって付き合ってもらっているなぁ。


すごく有難いし、嬉しい。

「ダンテ、本当にありがとう」

「どういたしまして」


さっきの事だと思っての返事の様子、とアリアは思ったが、その分も含まれているのは事実だ。


アリアはさっきの件を考えた。

「・・・この町に、貧しい人がいるなんて知らなかった」

クレープを食べる手が自然と止まる。


「いないはずはないと思いますよ」

「そうよね・・・」


「気になりますか?」

とダンテが聞いてきた。

「・・・そうね」


ダンテの手が伸びて、アリアの頭に置かれた。

少し撫でて戻っていった。


「・・・今のは?」

とアリアは少し驚いて尋ねた。ちょっと照れた。


「・・・友人を慰めたのですよ」

「友人」

アリアはまた少し驚いた。貴族令嬢と使用人の関係では無かったか。


「俺に人形を下さった時、『良き友になろうではないか』とおっしゃった」

ダンテが顔を赤くしつつも、アリアを見ていた。

アリアはさらに驚いたが、嬉しくなった。


あれは人形のセリフ、ダンテもそう分かっていたはずだ。

だけどそれを勘違いしたようにして、友人だと言うのだ。


「嬉しい。お友達ですわね」

「そうですね」

ダンテが安心したように少し笑う。

「・・・町のお忍び限定で」


「え、限定なの?」

「お忍び限定でないと、俺は普通、解雇ですよ」

「それは嫌よ!」

「ですから、町でお忍び限定の友人です」

「そう。ふふ」


悪だくみのようで楽しくなって笑うと、ダンテも楽しそうに目を細めた。


残っている事を思い出したので、アリアはまたクレープを口に運ぶ。


友人。嬉しいな。

だけど。違う風に照れてしまう。頭を撫でられた感覚が残っている。


・・・?


「ダンテ」

アリアの戸惑った顔に、ダンテも真顔になった。

「なんですか」


「ダンテは、友達の頭を撫でるの?」

アリアの問いに、ダンテはアリアをじっと見つめてから視線を外し、少し首を傾げた。


「・・・友人は、撫でませんね」


不思議そうにするダンテに、アリアは妙に動揺した。


「そ、そう」

とだけ、答えた。

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