表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/78

さぼり中のはず

「お詫びと御礼をしたいって思っていたの。良かったら奢らせてくださいな」


アリアの申し出に、ダンテの目が少し据わる。

「要りません。本当に」

「せっかくのお休みの日を潰してしまったから気になっていたの」

「アリア様は、そのように細かい事を気に病む必要はありません」


なんだか怒っているようだ。

気持ちのくじけたアリアは黙って、気まずさに少し俯いた。


沈黙が流れる事、数秒。


低い声でダンテが言った。

「俺が悪かったんですよ。お釣りもわざと渡し忘れたのですから」

「え? わざと?」

「えぇ」

目を丸くして見上げたアリアに、ダンテは機嫌が悪そうだ。嫌そうながらも答えてくれる。


「少し、楽しかったので。お別れが残念だったんです。別れる際にお釣りの事を思い出したのですが、忘れたことにしてそれを口実に、もう一度会おうと考えました」

「まぁ」

そんなにまた会いたかったのか。

慣れぬ町でやはり寂しかった? つまりあの時のアリアの別れの切り出しが、ダンテには早すぎた。


「とはいえ」

ダンテが仕方なさそうにアリアを見た。少し笑む。

「まさかあれほど見つからないとは思いませんでした。・・・ね、だから俺が悪い。天罰です」

「・・・天罰というのは厳しすぎるけれど。そうだったの」

「はい」

ダンテが、まだ手に残っていた肉を食べ終わった。

包み紙を店の用意しているごみ入れに放り込む。


「それで。アリア様はこの後どうされるのです」

「・・・ダンテ、私と遊んでくれる?」

「私で、お付き合いできるのであれば」

「ダンテがお仕事をさぼれるのは、どれぐらいの間なのかしら」

「・・・そうですね。たぶん俺がアリア様と遊んでいる間は、大丈夫ですよ」

面倒そうにダンテが答えて、静かにため息をついた。


アリアは思った。

ダンテの仕事は、ブルドンの見張りなのでは。

だから、アリアとケーテルが一緒だと知っている。

そして、つまらない、と今さぼっているのは、ブルドンがアリアの庶民の家から全く出てこないから。すでに何度もあるから、今日もきっと出てこないと分かっている。


それはアリアも同じだ。暇を持て余したので、抜け出した。

そして、見張りをさぼり出したダンテを発見。


じっと真顔で見つめたアリアに、ダンテも気づいて見つめてくる。互いに真顔だ。

「アリア様。あなたの侍女とブルドン様は今何をしているのでしょうね?」

「ブルドンお兄様の悩みを、ケーテルが相談に乗っているのよ」

アリアはそんな微妙な嘘で返した。完全に嘘ではない。一方で説得力はある。使用人に悩むブルドンに使用人ケーテルが相談にのっているというのは納得されやすそうだ。


「そうですか」

どこか温度の冷めた目でダンテは視線をアリアから外した。

やはりダンテはブルドンに良い感情を抱いていないのだろう。


「・・・ダンテは、ブルドンお兄様のどこが嫌いなの?」

「え」

ダンテは驚いてアリアを見た。

「嫌いなどと俺は言っていません」

「でも、態度が冷たいもの」


そう言うと、ダンテの眉間にしわが寄る。

「アリア様も遠慮がない方ですね」

「そのようね」

「ご自分の事でしょう。貴族令嬢がそのようでは、やっていけないと思いますが」

「ダンテは辛辣しんらつね。なんだか新鮮だわ」

「そうですか。こんな俺だけど今日は俺と遊ぶのですか」

「ええ。自分を『俺』と言うダンテはなんだか気が楽。お互いさぼっているのだから、気楽にだらだらしてみましょう」

アリアの『俺』についての指摘に、ダンテは口元に手を当て、わずかに眉を動かした。一人称が乱れている事に気づいていなかったらしい。たぶん、アリアに見つかったとはいえ、さぼり中で、気が緩んだままなのだろう。


「案外、手のかかるお嬢様なのですね」

「聞かなかったことにしてあげるわね。行きましょう」

「素の態度の方がお好みなのですか」

「今はそうかも。とにかく、私はダンテに飲み物を奢らないと気が済まないみたいだから、付き合って?」

「分かりました」

「嫌々?」

「仕方なく、渋々です。なぜなら俺は仕事をさぼり中なのに見つかって連れ出されてしまうのですから」

「気の毒ね」


ダンテは何か言い返そうとしたが、笑ってしまった。

「負けました」

少し楽しそうだ。

「まだまだね」

とアリアも笑った。硬い空気が柔らかくなった事にホッとした。


「ねぇ、これからも同じような時は、付き合ってくださる?」

「いいえ。一人で歩かないでください。危険ですから」

「色々こちらにも事情があるのだもの」

「もう一人、侍女か護衛をつけるべきだ。あなたはご令嬢です」

「ではダンテがさぼりたい時間に、私の護衛をしてくれるとか」

「嫌です。ご冗談でしょう」

「だって暇なのでしょう? ブルドンお兄様に動きが無いから」


一緒に歩きだしたダンテが、アリアをじっと見た。

その様子から、やはり当たりだとアリアは思った。


「ばれていましたか」

ダンテが息を吐く。


「・・・ブルドンお兄様の付き人に戻った方が良いのではないのかしら? 家の中で待てるわ」

「いいえ、堂々と外でさぼれる今の方が魅力的ですね、その場合」

「ブルドンお兄様はダンテの尾行をご存知なのかしら?」

「止めてください。絶対に言わないで。俺が職を失ったらアリア様を恨みます」

ダンテがアリアを睨む。本気のようだ。


「ごめんなさい。・・・それは気の毒だわ」

「今日付き合う代わりに、俺のことは秘密ですからね」

「えぇ」


この後、互いに食べたいものをすり合わせて、カフェでそれぞれのアイスクリームを買って一緒の席で食べた。

本当にお忍びだ。


ダンテをチラと見てアリアは思った。

これからも付き合ってくれると嬉しいのだけど。気負わずにいれて良い。


***


『アイスも食べましたし気も済んだでしょう、もうお戻りください』とダンテに促されて、アリアはしぶしぶ切り上げることにした。

なお、ダンテはもう少しさぼっていくそうである。ズルイ。


決して、ブルドンやケーテルに、ダンテの存在を告げたりはしない。そもそも、アリアが一人で抜け出たこともバレてしまう。


店の多いエリアでダンテと別れたアリアは、いろいろな場所で足を止めつつ、庶民用の家に向かう。


帽子が飾ってあるショーウィンドーで足を止め、再び歩き出した時だ。

誰かがアリアの右腕をグッと掴んだ。アリアは驚いて隣を見た。

背丈から、アリアと同年代の子どもに思った。

だけど、まるで地面にできる影のように、それが人である事しか分からない。


「来て。助けて」

と声がした。


アリアはとっさに腕を引こうとしたが、振りほどけない。強い力だ。

有無を言わさずアリアを引っ張る。


「助けて。こっちに来て」


相手が子どもなので、アリアは対処に困ってしまった。

路地に引っ張り込まれていく。


「お待ちください、あの、放してください」


どうしよう。あっという間に、人の気配が無くなった。


***


細く暗い路地だった。開けた場所にたどり着いた。


その広場を囲むように、片面の壁がない建物がグルリと並んでいた。5・6階建てに見える。

広場側の壁が無いため、中の様子が見える。けれど全体的に暗くて様子がよく分からない。

多くの部屋に、影のような人たちがいる。じっと止まっていたり、ゆっくり動いていたり。


「こっち」


アリアは怯えて声が出せなかった。

引っ張られるまま、階段を2度昇る。


「お薬が、欲しい」

ベッドに影が一つ、横たわっている。

アリアたちが来たせいか、少しだけ動いた。

「助けて」

アリアの腕がギュウッと握られる。力が強くて痛い。


やっとアリアは声を出す。

「あの、ご、病気、なの、でしょうか」

「死んじゃう。薬、買ってよ」


周囲、片側の壁が無いので向こうも見えるが、皆が同じようだ。皆が、人という事しか分からない。

この目の前の人は、女性の様子、とは分かるのに、表情など掴めない。


ギリギリと掴む力が込められる。

「薬を、買って」


「で、は。お薬の、お金を、これで、お薬を」

アリアが自由になる方の手で、胸元、服の内側に隠した袋からコインを取り出す。

「これで、買ってください」


「・・・お医者様から買って・・・」

と声がする。

アリアは確認した。

「お医者様が、いるの、です、ね?」


「連れてこなきゃ・・・」


腕の力が緩んだ。

今、逃げるべき? 逃げ切れる?

どうすれば良い。アリアは迷った。


ここは、この人たちは何だろう。分からなくて怖い。


「薬を買ってくれる」

下で声がして、見れば、小さな影が医者らしい恰好の人を引っ張っていた。普通の人だ。目鼻立ちも全て分かる。


「一体これは」

引っ張って来られた医者が、アリアに言った。表情が硬い。


「ここに、連れてこられました。薬を買って欲しいと。あなたは医者なのですか。薬を、この方のために。これで」

アリアも顔色を失いつつ、コインを医者に差し出した。


「薬なんてありません・・・痛い!」

医者が悲鳴を上げた。

「薬を売って。助けて」

声が命じた。


「お薬を、お願いします」

アリアも頼んだ。そうでなければ、解放されない気がする。

「お願いします」


アリアの様子に、医者はため息をついた。

「薬、か。分かりました。だけど、良いですか。これは気休めにしかなりません。良いですね。そして、次はしないと約束を。良いですね」

「・・・えぇ」

アリアの答えに、医者は首を横に振った。

「巻き込まれたあなたではなく、巻き込んだ方にお願いしているのです」

「薬が欲しい」

と声があった。


医者はまた深く息を吐いた。

そしてアリアの差し出したままのコインを受け取り、ポケットに入れ、別のところから小さな紙の包みを取り出した。

「水に溶かしてゆっくりお飲みなさい。少し甘いですよ」


アリアの腕をつかむ手の感覚が消えた。


医者が、アリアに近づき囁いた。

「帰りましょう」

「えぇ」


医者が守るように、アリアの肩を抱いて歩き出す。アリアも歩く。

階段を2度降りる。

息を殺して進む。


「薬だよ」

という声。

水の音。

それらを後ろに。

アリアと医者は静かで暗い路地を慎重に急いで歩いた。

とても恐ろしく長いと思った。


「出た」

医者のホッとした声に、アリアは顔を上げた。

もう薄暗いながらも、見知った町の一角にいた。


帰ってきた。


助かった・・・?


「あ・・・」

アリアが声を出した時だ。


突風が当たったように、アリアの肩を抱く医師が横に吹っ飛んだ。


アリアの腕を、誰かが掴んで引っ張った。

アリアが倒れ込むのを、誰かが受け止めた。抱き上げられた。走り出す。


え、何、誰、何!?


アリアは恐怖で暴れた。傍の顔に手が当たる。


「俺! ダンテです!」


内容を理解するのに数秒を要した。


え。ダンテ。え、何。


「助けるのが遅く、申し訳、ありません!」


アリアを抱えて走っているのは、ダンテだ!

え! あ!


アリアは急いで教えた。

「違うの! あの方は、お医者様、私を助けてくださった方なの!」


数秒走って、ダンテは止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ