納得させなくてはならないはず
ブルドンはアリアに説明した。
「私が思うに、アリア様の場合、多少の事ならエドヴァルド様は婚約を継続させると思う」
「・・・えぇ」
そんな気はする。
「例えば病気でも、エドヴァルド様なら国の一番の医者をつけて回復を待つだろう。だから、他に良い案があるかもしれないけれど、『アリア様が駆け落ちする』方向が良い気がした。とはいえ、相手は誰だと考えたら、難しい。エドヴァルド様がいる状態で、アリア様にアプローチをかける貴族は普通ない。では庶民、と考えると無理だ。もみ消し、最悪相手は処刑、何事も無かった事にされそうだなって思う。エドヴァルド様は本当にアリア様一筋だから」
アリアの顔も引きつりそうになる。
「もみ消されないよう、貴族を巻き込んだ方が良い。本当は私は、アリア様が孤立しても金銭援助ができるように、離れた立場が良いと思った。だけど、私以外には『恋に落ちる』事が難しいと思う。私以外と頻繁に会う機会なんてないだろう?」
「確かにそうですわね」
アリアは頷いた。ブルドンだけが例外で、他はブルドンの使用人すら、会う約束に注意が入るぐらいだ。
「加えて、他の貴族を相手に巻き込む場合、相手はきっとアリア様に本気になる。そう考えると本当の結婚だ。12歳頃で本当に結婚するのか? そうと思うと、『偽装』と理解の上、協力関係を築けるのは私しかいないと思う」
なるほど、とアリアが聞く中、ブルドンは続ける。
「相手が私となると色々考えるけれど、まぁ、私を見下す者に、『あのアリア様を惚れさせるなんて』と思われることで、胸のすく思いができるから良いか、と判断しよう。危険は高いけれどね。貴族は金銭的に幸せだけれど、かといって、私を見下す使用人ばかりの今の家にこだわる必要はないんだ。私自身がどれだけ利益を生み出せる人間になるかどうか・・・。単純に興味でやりたいことがあるのだけど、上手く収益に繋がれば良いか・・・と考えた」
「まぁ・・・」
少なくとも14歳の思考能力ではない気がする。前世を思い出した影響だろう。
アリアはブルドンの話にそって意見を少し述べた。
「では、それでとりあえずお願いいたします。ただ、偽装結婚ですが、届け出るのは少し期間が欲しい気分です。とはいえ、私はあと2年で入学ですが、それまでには結婚していたいです。初めから、戦いを放棄していたいので」
「そうだね。結婚で解決しない可能性も邪魔が入る可能性もある。1年後に結婚を目指して進むのはどうかな」
「はい、それでお願いします」
スムーズに決まって嬉しくなる。アリアは笑んだ。
すると、今までじっと控えていたケーテルが、彼女らしくなく会話の中で口を挟んできた。
「あの、アリアお嬢様・・・。差し出がましく申し訳ございませんが、本当にブルドン様とご結婚されるのでしょうか?」
「えぇ。ただ、書類だけでの結婚よ」
「第二王子エドヴァルド様と婚約を残したまま結婚などできるのでしょうか?」
「解消するための結婚なのだけど・・・先に解消できるかしら」
ブルドンが考えつつ、口を開いた。
「うーん。今後も暮らしていくから、波風はできるだけ抑えたいな。周囲との良好な関係を保ち、エドヴァルド様を説き伏せるためには、アリア様が私にベタ惚れになり、周囲を説得、婚約解消、そして偽装結婚、が温厚だろうね」
なんだかブルドンの方が思考が早い。アリアは素直に頷いた。
「心配です」
ケーテルが口を挟むなど普段ないので、余程不安に駆られているのだろう。
「計画が荒い事は認めるよ。何せ、今考えて即決定だからね」
とブルドンは落ち着きながら、肩をすくめた。
「ブルドンお兄様、とりあえず、3日に一度はここでお会いしませんか」
「分かった。ただ、私も学園に行っていて、授業は面白いんだ。日によっては都合の悪い時間がある」
「はい。とりあえず次の3日後は、ご予定はいかがでしょう?」
「次は大丈夫だよ」
不安そうなケーテルを置いて、アリアとブルドンで話を進める。
「アリアお嬢様。ブルドン様。お二人が、暗殺では無く投獄されたり、処刑されてしまいませんか・・・?」
「そこは、アリア様の泣き落としにかかってくると思う」
ケーテルの確認に、ブルドンがアリアを見た。
泣き落とし・・・?
泣く練習をしなければ。
「アリア様。『アリア様が私に惚れて、私が受け入れた』という方向で行きたいのだけど、良いかな。そうでなければ、私は最悪、処刑もありそうだ。なにせ、第二王子の婚約者を奪うから」
アリアは、ブルドンの言葉を、ゆっくり考えた。
「処刑・・・。私がブルドンお兄様に惚れて、ブルドンお兄様に迫ってブルドンお兄様が私の気持ちを受け入れて・・・で、結婚ですわね?」
ブルドンも少し考えている。
「えぇと。駆け落ちをアリア様が考えるまでに追い詰められた。募っていくエドヴァルド様への罪悪感、『でもブルドンでなければ生きていけない、お願いです婚約を解消し、ブルドンとの結婚を認めてください、そうでなければ死にます!』とご両親や王家に訴えて、婚約解消し、結婚を認めてもらえるのが、理想かな」
「どうしてそれが理想なのですか?」
アリアが真面目に尋ねると、ブルドンも真顔で答えた。
「できるだけ貴族のままでいたい。アリア様、どうやって生活費を稼ぐ? 例えばこのドールハウスは、貴族の道楽だって自覚はある? 庶民はこんな家は無理だよ。アリア様は今、貴族の暮らしを送っている。優秀な侍女がきみの傍にいてくれるのも、十分な給金が支払われているからだ。・・・すべてを手放して暮らしたいなら別だけど」
丁寧に言われたアリアは、自分の事を少し振り返り、
「貴族のままだと大変嬉しいですわ」
と答えた。
「そうだね」
ブルドンも真顔で頷いている。
「嘘の結婚なのですよね・・・?」
とケーテルがまだ取り残されている。と思ったら、
「アリアお嬢様。恐れ入りますが、申し上げたいことが」
「なぁに?」
「申し訳ございませんが、不安で、確認させていただきたいのです」
「えぇ」
ケーテルはそれでも少し言い淀んだ上、申し訳なさそうにアリアに尋ねた。
「アリアお嬢様は、第二王子エドヴァルド様よりもブルドン様を選ばれるのですね? なら、その、つまり、恐らく、皆様がアリア様に確認されるはずです」
何だろう。
「つまり、ブルドン様にどのように惚れていらっしゃるか、恋をした状態を、皆様に、皆様が納得できるようにお見せする必要があるはずです。エドヴァルド様がかすむほどに、ブルドン様に恋をされたと」
なんだかケーテルが一生懸命言ってくれるが、アリアにはイマイチ言いたいことが掴めない。
ブルドンに恋をして、エドヴァルド様を捨てるという流れはすでに分かっているのに。
「ケーテルは本当に優秀だね」
と言ったのはブルドンだった。少ししみじみと。
「あの、私はブルドン様の事を決して見下しているわけではございません・・・!」
「構わないよ。必要だと思うからこその、アリア様への進言だ。・・・アリア様、分かった?」
「え? はい」
アリアの返答に、ブルドンはため息をついた。
「ケーテルは気遣いのできる侍女だから、言葉を選んで言いにくい事を言ったんだよ。つまり、アリア様はね、周囲から馬鹿にされているこの私に、あのエドヴァルド様を捨てるほど、魅力を感じて惚れている、と周囲に示して納得させなければならないんだ」
「・・・」
ブルドンは温度の消えた目で、アリアをじっと見た。
「アリア様。例えば、私の魅力を言ってみて」
「えぇ」
アリアは頷き、難しくないのですぐに答えた。
「とても穏やかに話をされることですわ」
「それ、エドヴァルド様もだよ?」
「え?」
「他も言ってみて」
アリアは挙げた。
「相談すると丁寧に答えてくださるわ」
「それ、エドヴァルド様もだよ?」
えぇえ?
「秘密の話を打ち明けるほど信頼していますわ」
「エドヴァルド様もだよ? なぜならエドヴァルド様はきちんと聞いて、誠実に対応してくださる方だ。きみを信じてくださる方だ」
「・・・」
なんなのー。
「言いたいのは、私に惚れた理由をあげても、『むしろエドヴァルド様の方が優秀だし地位もある、すでに婚約者だ、何の問題があるのか』と皆が思うだろう、という事だよ」
アリアは表情で困惑を表した。
「ブルドンお兄様は、頻繁に会って下さるし、親切で、いつも優しく気遣って下さって、私のお願い事も受け止めてくださるわ。相談もできて頼りになりますわ」
「褒めてもらえるのが嬉しくなってきたけど」
ブルドンが少し楽しそうに笑って、しかしすぐ温度を消した。
「でもそれ、エドヴァルド様も同じだろうね・・・。エドヴァルド様の方が私より優秀だ。加えて、言葉で長所を上げようとすると、残念ながら共通項目が多い」
ブルドンの瞳から光が消えていく。口元は弧を描いていたが笑っていない。
アリアは焦った。
何か言わなくては・・・でも、すでに長所を言った!
穏やかで優しくてのんびりにも付き合ってくれて・・・。
『それ全部エドヴァルド様で良いよね』って返されそう!
「ケ、ケーテル」
思わず逃げたアリアの声は上ずった。
「ブルドンお兄様の魅力ってどう思うかしら?」
「私、でしょうか」
ケーテルは驚いたが、ブルドンがスッと視線をケーテルに向ける。
なんだか『言いにくい話を申し訳ないね、良いんだよ、魅力が無いのは分かってる』とか思っていそうだ。
つい助けをケーテルに求めてしまった。
どうしよう、ケーテルが困ってうまく言えなかったら・・・。
「とても親切で、暖かなお心の持ち主だと、アリア様とお過ごしになられるブルドン様のご様子に思っておりますわ」
ケーテルが丁寧に言った。
「・・・ありがとう?」
とブルドンが笑顔を見せた、とはいえ少し儀礼的だ。
「確かに、第二王子エドヴァルド様も素敵な方ですが、ブルドン様はもっと暖かな落ち着きを感じます。相手に合わせようという気遣いをお持ちですもの」
ケーテルは少し瞬き、少し視線を彷徨わせ、俯いた。
あら? ケーテル、照れた?
チラ、とアリアはブルドンの様子を確認した。
ブルドンが驚いている。
顔の赤みを増しつつ、ケーテルは言った。様子が少しおかしい。
「難しいお話の時でさえ冷静でおられて、尊敬いたします。その・・・先ほどからエドヴァルド様と比べて謙遜なさっておられますが、ご謙遜されずとも良いのにと、思いますわ・・・」
恥ずかしそうに口を閉じた。
アリアは驚いていた。
この反応は、何?
ブルドンが、ケーテルからアリアに視線を向けた。
その目がキラキラしていた。潤んでいる。
「アリア様。ケーテルを、私にください」
と喜びを表情に載せて、ブルドンが言った。
「落ち着いてください」
とアリアは真顔で制した。




