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春休み終わりの校庭を、部室棟に向かって二人で並んで歩く。
桜が咲いているがそろそろ終わり頃だ。
「部室棟ってことは、まだ演劇部の片付け残ってるの?」
「いや、今から行くのは化学部の方」
「化学部?うちの学校にそんなものあった?」
「事実上の部活動としては承認されてないけどな。
何せ部員は一人だけだし、活動費も与えられてない。
一年の時に、活動費は要らないけど部室だけ使わせて欲しいって、その一人が生徒会に直談判してきて、まあ当時の生徒会ってのがいい加減で適当に承認しちゃったもんで、今も続いてるってだけ。
俺が当時一年で生徒会に入りたての時期じゃなかったら、絶対に認めてないけどな」
「ふうん。
で、その化学部に、生徒会長が何の用なわけ?」
「俺の方からは用はない。
今朝、家出る直前にアイツ…その、たった一人の部員から電話があって、顔出すように言われただけだ」
「何それ。ひょっとして告られんじゃないの?
アタシ邪魔じゃね?」
「バカ。そいつ男だよ」
「わかんないよ〜♪」
「オマエは発想が腐ってる」
…そんなしょうもないやり取りをしているうちに目的地に着く。
「入るぞ、透矢」
一言、声をかけると、どうぞという声が答えた。
それが終わるか終わらないかのうちに俺は、若干がたつく部室のドアを開ける。
「いらっしゃい、お待ちしてましたよ。
今日は見せたいものが…おや?」
中で机に向かっていた顔を上げたここのヌシが、言葉の途中で俺の連れを認識する。
そいつは、長い睫毛に囲まれた瞳を瞬かせ、数瞬固まった後、謎の微笑みを浮かべて、そこからゆっくりと立ち上がった。
「…君だけならともかく、お連れさんにはお茶でも差し上げますか。
寒かったでしょう?」
「あ…おかまいなく。勝手についてきただけだし」
「ちょっと待て。
何で『俺だけならともかく』なんだよ」
「まあ細かい事は気にしないで。
お好きなところに座っててください」
「気にするわ!」
答えながらパイプ椅子をふたつ開いて彼女を座らせ、俺もその隣に座る。
「…あの人、黒崎先輩だよね?
顔と名前だけはなんとなく知ってる」
「まあ、目立つからな。アイツ」
今そこでいそいそと、カップを3個出してるそいつを見ながら小声で話す。
真っ黒の髪。青い瞳。
日本人にしては白過ぎる肌。
そこいらの女の子より綺麗な顔をしたその男は、名前を黒崎 透矢という。
見た目からしてわかるように、純粋な日本人ではなく、むしろ日本人の血の方が薄い。
本当は名前も長ったらしいカタカナ名前らしい(一度聞いたが忘れた)のだが、ここでは日本名を使っているそうだ。
黒崎はコイツの爺さんの姓で、なんか色々家庭の事情が複雑らしく、なんやかやの末にまだ一桁年齢の頃に爺さんに引き取られて以来ずっと日本で生活しており、そのせいか母国語はほぼ忘れたと本人は言っていた。
「一応、俺のクラスメイト。
一年の時からずっとな。腐れ縁ってやつ」
「やっぱり腐ってんじゃん」
「そういう意味じゃねえ」
…またしょうもないやり取りをしている間に、ふわりといい香りが漂ってきて、紅茶の入ったカップが差し出された。
「はい、葛城さん。…ついでに帝、君の分も」
「ありがとう…アレ?アタシの名前知ってるの?」
「ええ。
帝から時々話は聞いていますし、生徒手帳の中に挟んでる写しn」
「俺に用があったんじゃないのかよ!」
サラッと秘密が暴露されかけて慌てて口を挟む。
てゆーか、なんで知ってるんだコイツ。
「…そうそう、用件ですね。
実はずっと研究していた事に、ちょっとした成果がありまして。
君には部活動存続の為に、なんやかやと便宜を図っていただいてますから、報告するのが筋かと思いましてね」
透矢はそう言うと、机の上に幾つかの、色のついた石を並べた。
「これがエネルギー・クオーツ…水晶に多少の加工を加えて、そのパワーに方向性を与えたものです」
…すまん、何言ってるのかさっぱり分からん。