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 まだ春休みの学校内。


「…そんなわけで、演劇部による新入生歓迎会の演目は、中止が妥当かと思うんだが、みんなの意見を聞きたい」

 俺はそう言って、部員全員の顔を見渡した。

 呆然とする者、悔しそうにする者、納得いかない表情を浮かべる者、それぞれだが、事情が事情だけに、どうにもならない事は分かっている。


 事情とは…こうだ。

 今朝早くに、演劇部部長と生徒会長を兼任するこの春から三年生の俺、氷堂(ひょうどう) (みかど)の携帯に、顧問から電話があった。

 内容は、深夜に部室棟から出火したボヤ騒ぎがあり、幸いすぐに消し止められたものの、その出火元が演劇部の部室の名を借りた倉庫で、そこに保管されていた衣装や小道具類が、あるものは燃え、あるものは煤で汚れ、またほぼ全部のものが消火の際に水浸しになったとの事で、つまりはそこに保管されていた全てが使用不能になったというもの。


 濡れただけなら干せばいいと思うか?

 弱小演劇部の在庫衣装って、つまりは過去の部員達の手作り品だぞ?

 使ってる布は見た目は派手だが安物で、通常の洗濯にすら耐え得る代物じゃない。

 一応俺も部長として確認したが、水に濡れた部分とか見事に色落ちして、更に他のものに色移りしてる始末。

 うん、無理。


 唯一無事だったのが、ボヤ騒ぎの時に現場から逃げ出してきた卒業生カップルが身につけていたっていう、赤ずきんの衣装の頭巾のみと、狼の着ぐるみ上半身のみというね。

 もう何やってたんだお前らっていう。


 …言わねえぞ。一応全年齢作品だからなコレ。

 その卒業生カップルが赤ずきんと狼設定の衣装プレイ中に、持ち込んだ安全装置ナシの電気ストーブを蹴飛ばした事に気付かないくらい我を忘れて励んだ結果がコレとか、絶対言わねえからな俺は。


 それはさておき、そんなわけで件の新入生歓迎会が一週間後という今、衣装が調達できない危機に見舞われた演劇部が、その演目を中止する事は、至極当然の判断と思われたのだが、納得できない部員達は、目に涙を浮かべて抗議してきた。


 だがすまん、俺に言われても困る。


「本当に、使える衣装は無いんですか?

 でなければ、新たに作る事は?」

「知っての通り、うちの演劇部は弱小で、最低限の活動費しか割り当てられていない。

 一応俺が生徒会長になった事で若干の便宜は計ったが、それにだって限度はあるし…第一、今年度の活動費は使い切ってて新たに割り当てられるのは新年度に入ってからだ。

 新しいのを作る事は、現時点では不可能だな。

 使えるものといえば、生徒会制作のキャンペーン映像の為に借りていた5色のジャージだけで…」

「…念の為に聞きたいんですけど、それ、どんな内容なんですか」

 部員の言葉に、俺は胸を張って答える。


「校則戦隊マモルンジャー。

 この学校の生徒として最低限遵守する事柄を正義のヒーローに託した、実に素晴らしいムービーだぞ」

「つか、ジャージで戦隊って…安っす」

 言うな。判ってるけど敢えて言うな。泣くぞ。


「…生徒会は学園行事に割り振る為の運営費の管理は任されてるけど、生徒会そのものの運営費なんて与えられてないんだよ。

 そもそもこの学校の生徒会なんて、今年度の前期まではほぼ機能してなくて、当時文化部長だった俺と、運動部長だった五島先輩と、緋神(ひかみ)先生の三人だけで事実上運営してたの、お前らだって知ってるだろ?

 生徒会誌の製本とか、よく手伝いに来てもらったもんな…てゆーか悲しくなるから現実直視させんな。

 しょうもない事言ってると、生徒会命令で演劇部に、マモルンジャーを舞台上演してもらうぞコラ」

「嫌すぎ」

 だが。


「…やってやろうじゃないの」

 その時、ひとりの女子生徒の声が、その場を支配した。


「え?副部長?」

「やるって…マモルンジャーの舞台上演をか?」

「違うから。ねえみんな?

 あたし達演劇部が、毎日血を吐くような思いをしながら、演技に磨きをかけてきたのは何のため?

 あたし達のこの演技力があれば、たとえ身につけているのがジャージであっても、それはドレスに見えてくるはずよ!」

 副部長、と言っても俺が生徒会の仕事に、それなりに忙殺されるようになってからは、演劇部の事実上のリーダーは彼女なのだが、その副部長の言葉に、部員達は目を輝かせた。


「…副部長!その通りです!」

「やりましょう!グリム童話【千匹皮】、私たちの力で見事、ジャージで演じ切りましょう!!」

「みんな!」

「副部長!!」

 部員達の絆が深まった、実にいいシーンだと、傍目には思うのだが。


「…いや、あのさ。

 あの話の見せ場って確か、太陽と月と星のドレスをまとった姫が、王子と踊るシーンだと思うんだけど、それを全部ジャージとかいくらなんでも無理があると…いや、みんながそれでいいんなら別にいいんだけどさ、俺は」

 俺の言葉は、もはや彼らの耳に届く事はなかった。




 …ちなみにこの時上演した【ジャージ劇】は、後にこの戸有(とある)高校演劇部の伝統となり、更に十数年後、これをテーマにした映画がその時の人気絶頂アイドル主演で大ヒットする事になると、この時の俺たちはまだ知るべくもなく…そしてそれはまた別の話だ。

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