パーティーの形・6
「おいおい、なんの騒ぎだ」
ネアンストール防衛軍の駐屯地の一角で、ドアの前から溢れんばかりに人が詰めかけている光景に魔法使い次席レイン・ミィルゼムは眉を顰めた。
見たところ技術部の面々ばかりが雁首を並べている。武具の生産や技術習得で寝る暇も無いほど忙しいはずだが、何をこんなところで油を売っているのか。
適当に一人捕まえて問いただすと意外な答えが返ってきた。
「少年と姪御殿が打ち合わせねえ。なるほど、それは面白くなりそうな話だ」
道を開けるよう指示を出すと、ぎゅうぎゅう詰めだったはずがパカっと割れる。
奥ではモッチーとレナリィ・キャンベルの二人が机に向かい合わせに座って顔を突き合わせていた。
近くにはいくつもの書類や小物、そして何故か軍服が机の上に鎮座している。
男物だ。それに新型杖タイプの簡素な杖もある。
さて、二人とも男物の軍服も新型杖も携帯はしていないはず。となると……
「面白そうな話をしているようじゃないか。どれ、俺も混ぜてくれないか?」
「あ、レインさん。お久しぶりです」
「……次席閣下? なぜこちらに?」
「なに、二人でなにやら話し合いをしていると聞いたからな。それで、どんな内容か教えてもらえるかね」
二人が顔を見合わせる。
なんだ、仲が悪いと聞いているが意外にもそうでは無いのか?
いや、姪御殿が不機嫌そうな顔で視線を逸らした。ふむ、素だったか。
「ええとですね、まず俺がこの軍服に細工をして持ち込んだんですよ。で、どうにもしっくり来なかったんでレナリィさんに意見を求めたわけです」
「ほう、軍服に細工ね。ちなみに内容は?」
「内側に魔法石を仕込んで杖の補助装置にしたんですよ。各魔法石を銀糸で繋いで右手の手袋に、そして杖内部にも仕込みを入れて手袋の銀糸と杖を繋ぐ設計にしています。一応、普通の杖三本分くらいのブーストになりますよ」
「ふむ」
「仕込み自体は簡単なものだし、量産も容易なので実用性はあると思ったんですが……」
あると思った?
ということは実用性に欠ける、もしくは期待したほどの実用性は無かったということか。
「次席閣下。服を杖の補助装置にするために魔法石を組み込む。……ならばわざわざ服にする必要などありません。始めから魔法石で服を、いえ、鎧を作成してしまえば良いのです。見た目など上からローブでも羽織れば済みます」
「ああ、なるほどね。確かにその方が手っ取り早い。しかし杖の補助装置とは面白い発想だ。さすがに良く思い付くものだ」
だが軍服の見た目のままで強化できるってのはそれはそれで有用だろう。この技術自体に残しておく理由は十二分ある。
「で、とりあえず鎧の方は簡単に設計図を作ったので後で技術部の方々に試作してもらうことにしました。それと採用する魔法陣なんですけど、いくつか候補を挙げてもらったところです」
「魔法陣? 杖の補助装置にするのなら杖と同じにするんじゃないのか」
「いえ、何も杖の補助装置にこだわる必要は無いんですよ。他にも用途があるなら試してみるべきかと」
「ああ、そうだったか」
一覧を覗いてみる。
聖光領域、全周防御魔法フォートレス、攻撃魔法をいくつか、それに魔力自然回復力上昇……
その他にも並んでいるが、魔力自然回復力上昇か。
「この魔力自然回復力上昇というのは確か魔力回復スキルの強化魔法陣のことか?」
「はい。それもありますが、魔力回復スキルの代替魔法陣の開発も含んでます」
「次席閣下。魔力回復スキルの有無を置いても、現状では魔力の自然回復にはおおよそ二時間から四時間程度を要します。それが三十分から一時間程度まで短縮できるのであれば、魔法薬を大幅に節約することにも繋がります」
なるほど。確かに上手くローテーションを回せば魔法薬を使わずとも継続的に魔法を使えることになるか。
少数ではたとえ三十分でも戦闘中に回復する暇などありはしないが、軍なら話は別だからな。
「だが本当にそれほど短縮できるのか?」
「はい、次席閣下。理論上ではこの設計で可能かと思われます」
姪御殿が差し出してきた走り書きのような設計図を見る。
魔力自然回復力上昇と魔力安定化、魔力許容量、威力向上の魔法陣が各所に配置されており、魔法石の等級は最低でもBランクと記されていた。
Bランクならば比較的入手しやすくコストパフォーマンスも問題無い。それに錬成スキルが無いと作れない魔法薬よりも作成は容易で、壊れない限りいつまでも使用できるのは大きい。
「しかし攻撃魔法についてはいささか疑問だな。魔法石の鎧なんて防御力は無いに等しい。つまり安全を確保した上で魔法を使うことになるだろう。となれば自分で魔法を構築する余裕は十分ある」
「そうですね。一応、自分の持っていない属性を使える利点はありますけど」
「魔法陣を使うなら画一的な魔法しか発動はできないからな。はっきり言って無駄だ」
それならその属性を使える者を増やせばいい。まあホーリー系の特効属性ならその限りでは無いが。
「ですよねぇ。…………ん? それなら杖はどうです?」
「杖?」
また少年が妙なことを言い出した。
だが何を言い出すのか楽しみにしている自分がいる。
「攻撃魔法を杖に仕込むんですよ。炎の杖とか雷の杖とか。これなら手に持つだけで簡単に使えるし、剣士タイプの人もわざわざ鎧を交換しなくていい」
……なるほど、特定の魔法攻撃を放てる杖か。それは面白いな。
物理攻撃に耐性があるゴーレム種などが相手でもその杖があれば剣士も優位を取れる。それに魔法の構築を不得手にしている者でも最低限の魔法砲台として扱えるか。
ふむ。万一の際、民間から徴兵した民兵に持たせて後方から援護させることもできるな。それには数を揃える必要もあるが。
いや……そもそもこだわりを捨てても良いのなら……
「少年。鞘に仕込むのも面白いんじゃないか? それならそもそも持ち替えも必要無いし、常に剣士の選択肢となる」
魔力を込めるだけで魔法が放てるならばこれほど有用なサブウェポンもあるまい。
とはいえ魔法剣士にとっては形無しか。どんな剣士でも魔法剣士たり得るのだからな。
だが画一の魔法しか扱えぬ剣士とあらゆる魔法を自在に操る剣士。十分に差別化できる。
少年は「なるほど、そっちもアリですね」と返し、手元の紙にペンを走らせた。
魔法杖の設計図か。ペン速が速い。迷いが無いな。
「ちょっと、そこの魔法陣はこっちと逆にした方が効率的よ。あとここも変えなさい、効率が1パーセントは違うわ」
「こうですか? じゃあここの接続がややこしいから表裏ひっくり返してこっち側にこの魔法陣を……」
「そこに魔力安定化の刻印を挟んで。スペースの無駄」
「了解です。ならここは……」
おいおい。早過ぎて理解が追いつかんぞ。
技術部の連中も口を開けて馬鹿面晒しているし、必死にメモを取る奴らも多い。まるでついていけてないな。
少年の発想と思考スピードに付いて行く姪御殿の有能さが浮き彫りだ。
そんなことを考えている間にもう設計図が完成してしまった。
「どれ、簡単に性能を説明してもらえるかな」
「あ、はい。これは中級魔法のファイアブラストを使用できる杖ですね。量産性を考えて魔法石はとりあえずメインに一つで、性能的には普通の杖三つ分くらいになるかと。魔力許容量から見て上級相当の威力は出せますけど、魔法陣を縮小している都合上範囲拡張に大きく振って魔法の大きさを維持しているので、威力は低くなってます。つまり最大火力を出すためには相応の魔力が必要になるわけですね」
「次席閣下。魔力回路を作るのに銀糸を採用しておりますが、これを魔法銀に置き換えればコンマ数パーセントの性能上昇は図れるでしょう。ただしコストパフォーマンスでは銀糸の方が良いかと思われます」
設計図を受け取って細部を確認してみる。
全く苦笑いが溢れるほど作り込まれているな。これが着想を得てすぐ走り書きしたクオリティにはとても思えないぞ。
「軍服といい鎧といい、この杖といい……全く良くもこうポンポンと。おい、誰かこの設計図通りに試作して来い! そしてすぐに例のモルモット部隊に回せ」
俺が声を張り上げると方々から「はっ!」と声が上がり、いくつもの手が伸ばされてきた。
おいおい、随分と鬼気迫っているじゃないか。
「あっ、レインさん! これもすぐできるんでお願いします」
適当な手に鎧と杖の設計図を握らせると少年が声をかけてきた。
見ると今度は鞘の設計図を描き始めている。しかもほとんど完成に近そうだ。
「ちょっと! ここの繋ぎ方は交差させないで。こっちはここに繋げば無駄が減るわ。あと今の空いた部分に刻印を足せるでしょう?」
「あ、そっか。けど魔力回路内に魔法陣を入れて大丈夫なんですか?」
「問題無いわ。ただ複雑になるから簡単な魔力安定化の刻印にしておくべきよ。量産性が下がるもの」
「なるほど。じゃあこれをここに配置して……こんな感じで完成ですか?」
「……ええ、構わないわ。次席閣下、こちらもお願い致します」
姪御殿が確認を終えた設計図を渡してきたので軽く目を通してから飢えた技術者たちにくれてやる。
運良く選ばれた者が血走った目で設計図を睨みながら慌てて走り去っていった。
なるほど、技術者共が集まるわけだ。