パーティーの形・5
「「「「ライン!!」」」」
声が重なった。
拙い、モロに食らった!
地を抉り、防御結界を紙屑のように砕く一撃だ。
最悪の想像が頭をよぎる。だが冒険者としての経験がツーヴァを動かした。
「スルツカぁ! 二人を回収して急いで撤退しろ! ノルンさん、レイアーネ、護衛を! 他は時間稼ぎだ!」
指示を出しつつエンチャントを起動して剣を抜く。
まずはあの脚を退けさせる!
真っ先に狙うは眼球。気を引くためにはとにかく脅威を与えないといけない。
聖光領域をフルに起動する。
瞬間、ツーヴァの姿が掻き消えた。
ガキイィィィ……ン
「くっ……!」
眼球を狙った突き。だが隙をついたはずのそれは狙いが逸れ牙に弾かれた。
駄目だ、聖光領域に振り回されてる!
魔物がこちらに向けて腕を振るう。
ツーヴァはバックステップをすることで回避する。だが小さく地を蹴ったつもりが優に八メートル以上もの距離を跳んでいた。
落ち着け。冷静に身体強化を絞るんだ。
『これしきもこなせんのか。やはり出来損ないよ』
優先順位はラインとウルズを助けることがまず一番だ。そのためにも自分の出来る範囲で最善の方法を考えればいい。
『なぜ【 】のようにできん? 剣も魔法も何一つ兄に勝っておらんではないか』
最大値を発揮することに拘るな。この軽鎧は最大出力に特化している……だが必ずしも十全に発揮しなければならないわけじゃない。
『わしを失望させるな。ツーヴァ』
くそ、雑念は捨てろ! 今の僕はAランク冒険者のツーヴァだ。過去が何だ、今を見ろ!
聖光領域を絞り、魔物に向けて駆け出す。瞬く間に距離が縮まり、間合いに入った。
魔物が迎撃に腕を振ろうとしている。それを察知したツーヴァは一気に聖光領域の出力を上げ、サイドステップを行う。
ここだ!
視界が激しく流れる中、二種のエンチャントを起動した剣を振り下ろす。
後ろ脚の付け根を捉えた一撃は強靭な体毛に阻まれながらも体表をなぞるように振り抜かれた。
すぐにバックステップで距離を取り、攻撃の結果を観察する。果たしてそこには二十センチ程度の浅い切り傷があった。
攻撃が……通った! ほんの僅かだけど出血もしてる……つまり、渡り合えない相手じゃない!
その事実は瞬く間に皆の目に止まり、全員を冷静にさせる手助けとなった。
魔物がラインらの倒れている場所から離れ、ゆっくりと回り込むようにツーヴァへと歩いてくる。その瞳には静かな怒りとたぎる闘争心が浮かんでいる。
音と気配を殺しながらスルツカがライン、ウルズ両名の回収へ向かい、セレスティーナが魔物が彼らに向かうのを妨害する位置を取った。そしてミーナ、ティアーネがそれぞれツーヴァとセレスティーナを盾にするように斜め後方に陣取り、ノルンとレイアーネが退路に立ってスルツカの合流を待つ。
逸るなよ、ツーヴァ……! 目的はあくまで時間稼ぎだ。必ずしも倒さなきゃならないわけじゃない。
視界の端でスルツカが大男二人を担ぐのが見えた。
魔物はずっとこっちを見ている。見逃してもらえるか……?
ズズッ
かすかに土を掻く音が聞こえた。おそらく後ろ脚の爪……
認識と同時にツーヴァは全力で飛び退いていた。勘だった。
だが次の瞬間には自分のいた場所に魔物が飛びかかってきている。反射的に振り下ろした剣がその右肩を捉え、体毛を削った。
浅かったか!
追撃の誘惑を振り解きつつ、動きの兆候を見逃さないよう神経を研ぎ澄ます。
振り向いた魔物の目がツーヴァを捉えた。
そこから怒涛の連撃がツーヴァを襲う。
槍のように突き出される爪、薙ぎ払う前脚、大口を開けて喰らいつく顎。
次々と迫る脅威を無我夢中で避けながら、味方の援護を待つ。
まず初めにミーナの中級魔法【シャドウ・スワンプ】が魔物の脚を絡めとる。しかし闇の沼に浸りながらも全く意に介すことなく攻めてくる。
そこをティアーネの中級魔法【エターナルフリーズ】が襲うが、黒き翼を翻すだけであっさりとレジストしてしまった。
すぐさまセレスティーナが翼に斬りかかるが、硬質な音と共に弾かれる。そのまま慣性で振り回された尻尾に当たって跳ね飛ばされてしまった。
素早く体勢を立て直したセレスティーナは悔しげにカタナに一瞥を入れると再び隙を窺う。
その一連の流れを、ツーヴァは魔物の猛攻を避けながら認識できていた。
大丈夫、ちゃんと見えている。僕は冷静だ。
執拗に狙われながらも戦況は安定しているかのように思える。このまま引き付け続ければ少しずつでも削っていけるかもしれない。
そのためには。
「ティアーネ、牽制はいらない! 着実に削ってくれ! 他はティアーネの援護を!」
「……ん! 分かった」
四人の中で最高戦力は間違いなくティアーネだ。その彼女で仕留められないのであればすぐさま撤退に移る。
そうだ、それがこの場の正しい選択。落ち着いて戦うだけだ。
…………戦う、だけだ。
ところ変わってネアンストールの解体屋、解体野郎ゴリアンヌ。
「うーん、なんか微妙なんですよね」
「そうかしら? すごく便利だと思うのだけど」
身長二メートル超えの巨漢が頬に手を当てて小首を傾げる。
俺は努めてそちらに意識と視線を向けないようにしながら首を振った。
「確かに師匠のおかげで身体の動きを阻害しないよう上手くプレートを配置できたと思いますよ。銀糸で繋ぐのも上手くできてるし、見た目的にもほとんど目立たないから文句はありません」
「それなら問題無いのではなくて? モッチーちゃん、この軍服はちゃんと魔法の増幅装置として機能するのでしょう?」
そうなのだ。
今、俺とゴリアンヌ師匠の前にあるのは魔法石のプレートを縫い付けた軍服。
各所に配置した魔法石のプレートを魔力回路で繋ぎ、魔力安定化と制御向上の魔法陣を刻印してある。
銀糸は右腕の袖口まで伸び、黒いシックな手袋と繋がっていて、指の腹の部分で露出する形になっていた。
そして別で作った杖には持ち手の部分で意図的に凹みを作ってあり、そこに銀糸の露出した指を食い込ませることで魔力回路が繋がり、杖と軍服を一つの杖として繋げる仕組みとなっている。
「プレートの総体積からすれば魔法石二つ分以上にはなりますし、まあこれに使ってる魔法石は等級が低いですけどそれでも普通の杖三つ分程度のバフにはなりますね」
「十分すごいじゃないの。それの何が不満なのかしら」
師匠が困惑した顔をしている。
まあそうだろうな、師匠は見た目はアレだが常識人だ。この軍服の価値も良く分かっている。
普通ならこのまま世に出しても十分な代物なのだし、俺自身もそう思う。既存の服に一手間加えるだけで済むのだ。画期的とも言えるかもしれない。
だが、どうしても何かが足りないような気がしてならないのだ。
うーん、何が足りないんだろう?
体積? ……は、重さとの兼ね合いがあるから着用者次第で変わる。
配置の仕方? ……は、師匠のサポートで効率的な形になったと思う。
耐久性? ……は、そもそも服なんだから期待するだけ無駄だ。
量産性? ……は、文句無しと言ってもいい。なんせ魔法石と銀糸だけだ。難しいのは内部刻印くらいだし、なんならプレートなんだから表面に彫ってもなんら問題無いほどだ。
となると……
「う〜〜〜〜〜ん…………。特に問題無いはずなんだけどなぁ。でもなんか引っかかるんだよなぁ。師匠は何か気になるところは無いんですか?」
「あたし? そうねぇ……、性能については凄いとしか思わないけれど、欲を言うなら可愛い服を使いたかったかしら」
「それは確かに。モチベーションが変わってきますからね。ただ丈夫な衣類じゃないとプレートの重さで伸びてしまうので結果残念なことに……」
「そうよねぇ。いっそ丈夫な素材で服を作れたらいいのだけど。キャタピラー系の糸を使えばそれなりの服が作れるわ」
「キャタピラー? えっと、確かFランクからDランクくらいのやつでしたっけ」
「そうよ。繭の糸は普通の蚕から取れるものよりも何倍も撥水性も耐久性もあるの。ただ用途が多過ぎていつでも品薄なのが欠点かしら。無理に買おうとすればかなりの高値になるわね」
「へえ。……あ、それならもっと魔力との親和性が高いものって無いですかね。できれば魔力を蓄える性質があるような」
「残念ながらそんな都合の良い素材は聞いたことが無いわね」
防具職人でもある師匠が知らないのならそういう素材は存在しないのかもしれない。もしくは未だ発見されていないか。
なら魔法銀を糸にして編み込んでしまうか? 一応は魔法石の嵩増しになるけど……いや、それなら魔法石のプレートを増量した方が明らかに良い。効率が段違いだ。ただ服の強度を上げるという点では利用できるか。
とりあえず試作はしてみよう。ただ布の素材については研究した方が良さそうだ。なんらかのとっかかりが掴めればいいけど。
「モッチーちゃん。考えるのもいいけどひとまず納品してきたらどうかしら。途中で何か閃くかもしれないわよ」
「そうですね。あ、試しに作ってみたいものができたのでまた日を改めて来ますね」
「はあい。いつでもいらっしゃいな」
さて、ひとまず軍に納品してからロックラック工房に移動だな。