パーティーの形・4
レグナムの町より北に二キロほど離れた地に小高い山がある。
南側は緩やかな傾斜だが北側は切り立った崖が多く、大小様々な洞窟が口を開けている。
その中でも一際大きい洞穴にそれはいた。
猫のように丸めた体躯は三メートルに及ぼうか。茶色がかった体毛は薄く、しかし首の周りには分厚く生えていた。
その頭には獅子の顔が付いており、さながら巨大なライオンのごとき姿形。
それはゆっくりと頭を上げた。
ジッと洞穴の入り口へと顔を向け、ピクピクと耳を小刻みに動かす。
鋭敏な感覚を持つそれは自身の縄張りに侵入してきた異物を的確に捉えている。
動植物でも魔物でも無い異物。魔力を持ち、魔物であるそれの本能に刻まれている明確な敵対生物の気配。
やがてゆったりと立ち上がったそれは背から生えた黒い光沢のある巨大な翼を拡げた。
体高は三メートルに及び、翼を広げた姿は五メートルに近い体躯を誇る。獅子の顔に浮かぶは憤怒の表情。それは鋭利な爪で地面を削りながらゆっくりと洞穴の外へと向かう。
初めに気が付いたのは先行するツーヴァだった。
ほんの僅かな羽ばたきの音。
反応し、視線を上に向ける時には同じく先行しているスルツカも同様に空へと注意を向けた。
木々の隙間から視界にそれを捉えた時、凶悪な獅子の相貌がツーヴァたちを真っ直ぐに睨み付けていた。
「なっ!?」
慌てて回避行動に移る。
二人が飛び退いた瞬間、ツーヴァが立っていた場所に太い前脚が振り下ろされた。
轟音が上がる。
飛翔の勢いそのままに繰り出された一撃は地を抉り、大量の土砂を吹き上げた。
それは竜の一撃と見紛うような威力。しかも高速で突っ込んだにも関わらず反動でダメージを受けたような様子は感じられない。
茶色がかった体毛に身を包んだ巨大な獅子。黒き翼を生やし、全身が膨張した筋肉で覆われている。
「なん、だ……こいつは……!?」
初めて見る魔物。しかも受ける威圧感はAランクモンスターなどとは比較にならず、かの竜をも彷彿とさせる。
間違いない。Sランクモンスターだ。
ゴクリと息を飲み込んだ時、横合いから高い笛の音が響いた。
緊急を知らせる合図!
躊躇なくスルツカが吹いた笛だ。非常事態が発生したことを離れたパーティーメンバーに知らせる合図であり、同時に周辺にいるパーティーに警戒を促すためのものでもある。
今の一撃を見るだけでも相当なスピードを持っている。それに飛行能力もあり、おそらくかなり離れた場所からこちらを発見して襲撃してきた。
……後ろのメンバーがまだ見つかっていない、というのは甘い考えかもしれない。
「ツーヴァ!」
「っ、回避だけ考えてくれ! まずは様子を見る!」
魔物を挟むようにジリジリと位置を調整する。それは二人を交互に、じっくりと様子を見ていた。
分からない。どう出る。どっちを狙う。
それが動いた。狙いは……どちらでも無い!
大きく口を開け、パーティーメンバーがいるであろう方向に首を向けた。
ブレス……いや、魔力が収縮している。魔法だ!
再びスルツカが笛を吹いた。ナイス判断だ、みんな気付いてくれ!
果たして放たれたのは強大な鎌鼬。木々を切り刻みながら突き抜けていく。
暴風の余波で煽られそうになる。刻まれた木々が次々と倒れ、やがてポッカリと空間が開いた。
その向こうに透明な障壁が広がっているのが見えた。
ラインの防御結界だ。
流石はパーティーリーダーだ。
安心したのも僅かの間、爆発するような轟音とともに土煙が上がる。茶色と黒の塊が目にも止まらぬ速さで飛び出していった。
腕を振りかぶっている。下す先は防御結界だ。
バキャッ、と音を立てて結界が崩れ去る。それどころかそのまま振り下ろされた腕が地面を叩き、豪快に土砂を撒き散らした。
「っ、ライン!」
防御結界を発動するためには盾を地面に固定しなければならない。つまり発動者はその場を動くことができず、おそらく今の一撃をまともに受けている。
魔物の向こうにくの字に折れ曲がった盾が見えた。
一瞬、最悪の想像が過ぎる。
「撤退だ!」
だが魔物の向こうからラインが張り上げた声が届く。
無事だったか、良かった!
「スルツカ、先行しろ! ツーヴァは俺と殿だ! ティアーネとミーナは距離を保って支援! 他は退路を確保だ!」
ラインが出した指示は事前に打ち合わせていたものだ。対応力の高いスルツカを先頭にしてノルンの指揮にて速やかに撤退する。そして戦闘能力に長けたメンバーで足止めを行う。
とはいえ。
この化け物相手に易々と逃げおおせるとは思えないけどね。
カタカタと手元で音がした。
震えている。手が。剣の柄を持つ手が震えている。
落ち着け……あれは竜じゃない。あんな理不尽な存在がそう易々と湧いてたまるか!
パワーは高いが対応出来ない速度じゃない。この軽鎧なら本気で逃げれば撒くのも不可能じゃないはず。
そのためにもみんなが安全圏に撤退するまで時間を稼がなきゃならない。
だが。
「ざけんな! ざけんな! 俺は役立たずなんかじゃねえ!!」
「おい、ウルズ! 馬鹿野郎!!」
ウルズの怒声とラインの怒声が響いた。
なんだ、何が起こった!?
魔物が動く。
合流のために駆けていたツーヴァはすぐに何が起きたのかを目の当たりにした。
ウルズが魔物に攻撃を仕掛けていたのだ。
そしてそれを理解したまさにその時だった。
魔物の振るった右腕がウルズの胴体を直撃した。
錐揉みしながら呆気なく吹き飛ばされた身体が木の幹にぶつかる。
そして力無く地に崩れ落ちた。
そこに魔物が追撃とばかりに腕を振り下ろす。
「くそっ! 馬鹿野郎があぁぁぁぁ!!」
その直前。
魔法剣を盾にしたラインが割り込み、その一撃を受け止めた。
否。
魔法剣は無惨に折れ、ラインの身体はウルズと共に地面に叩きつけられた。