パーティーの形・3
「大丈夫なのか、セレスティーナ。随分と扱いにくい武器だが」
「はい、大丈夫です。まだ使いこなせてはいませんが、最低限は戦えると思います」
「それならいいがよ。無理して前に出なくてもいいからな」
「はい。お気遣いありがとうございます、ラインさん」
セレスティーナが刀と軽鎧を手に入れてから四日が経った。
当初はカタナに慣れるまでは休んでいて良いと言ったのだが、早く実戦で試したいと志願してきたのだ。
練習初日、的がわりに馬の干し草を束ねた人型を試し斬りしたのだが、容易に斬り裂くことが出来なかった。抵抗で勢いが止まってしまうのだ。
そこでモッチーにコツでもあるかと尋ね、要領を得ない説明ながらも引き斬りというのが有効らしいとアドバイスを得た。振り下ろす際に手元に引き寄せることで反った刀身に添うように斬るのだという。
二日目、一時間以上経った頃だったか。一度だけ何の抵抗も無く刃が草束を通り抜けた。
断面を確認するとものの見事にスッパリと斬り裂かれていたのだ。しかも驚いたことに繊維が潰れていない……まるで斬られたことに気が付かなかったかのように。
その僅か一太刀がセレスティーナを刀に夢中にさせた。あまりにも鋭い斬れ味、技量で斬ることの意味、そして興奮を覚えるほどの手応え。
気付けば数時間も素振りを続けていたほどだ。
そして三日目、皆が見守る中で十数回の失敗の後、昨日の一太刀を再現させる。
袈裟懸けに斬り裂かれた草束は僅かの間を空けてずり落ちた。皆、唖然としていた。『エンチャント・シャープネス』も無く、『身体強化』も無い。ただ純粋な斬れ味のみで成し遂げたのだ。
実戦ではこれに『エンチャント・シャープネス』による切断力が加わる。しかも出力特化された鞘によるエンチャントだ。それによって齎される結果など火を見るより明らかだろう。
「そのカタナが片手で扱える武器だったらね。僕が使いたいくらいだよ」
そう言ってツーヴァが腰に差した二本の剣に目を遣る。
ツーヴァの剣は品質だけは良い普通の鉄剣だ。鞘は『エンチャント・シャープネス』と『耐久強化』の二つに絞ってある。
単純な斬れ味だけを見るなら両手に刀を持ちたいところだが、その扱いの難しさからとてもでは無いが使い熟せない。
「俺も使いたいのは山々だがとても使い熟せそうにねえな」
そう言ってラインは禿頭を掻いた。
ラインはどちらかと言えばパワータイプだ。盾を扱う技量には多少の覚えもあるが、単純な剣の扱いならば並みといったところか。
他に“赤撃”と“猛き土竜”の合同パーティーで使えそうな人間はスルツカだが、特に興味を示すようなことは無かった。確かに技量だけで言えばセレスティーナにも劣らないが、戦闘スタイルは刺突が中心であるため合わないのだろう。
「ふひっ。セレスティーナの専用装備なの。カタナが市民権を得るかどうかはセレスティーナ次第なの」
「そ、それは責任重大ですね。このカタナを用意してくれたモッチーさんのためにも頑張ります」
ミーナの茶化しにも生真面目に答え、セレスティーナは強く頷いた。
“赤撃”と“猛き土竜”の合同パーティーはレグナムの北側を調査している。
レグナムには竜がいるので、冒険者たちはその周辺を固めるように探索を行なっていた。そのマッピングも今ではかなり広い範囲をカバーしている。
少し前までは積極的に魔物を討伐しているのは“赤撃”と“猛き土竜”くらいだったのだが、今は随分と状況が変わっていた。
鍛治師ギルドから販売されている膨れた新型杖。それが高ランクのパーティーに広く行き渡り始めており、AランクやBランクのモンスターの発見報告が討伐報告とイコールになることも珍しく無くなったのだ。
今では高ランクモンスターを見かかることも少なくなり始め、レグナムの戦力は着実に減少し始めていた。
しかしここ最近になって冒険者たちはある違和感を覚えている。
ツーヴァが前方に魔物の群れを確認し、呟く。
「やっぱりこの辺りじゃ見なかった魔物が増え始めているね。Cランクのポイズンゴーレムか、接近戦は下策だ。ティアーネに任せるのが良さそうだ」
ポイズンゴーレムは身体の至るところに細かい穴が開いており、興奮状態になるとそこから毒液を大量に分泌する性質を持っている。
身体は岩石の塊で近接攻撃には高い耐久力があり、またところどころにある大きめの穴からは間欠泉のように毒液を噴き出してくるため、剣士にとっては戦い難いことこの上ない。
しかし動きが遅く毒液くらいしか遠距離攻撃手段を持たないので、魔法使いにとってはただの的である。これは大体のゴーレム種に共通した特徴であるため、ゴーレム種は魔法使いの役目と言われている。
だがこのポイズンゴーレム、ネアンストール周辺で遭遇することは無い。発見報告があるのはクルストファン王国内では北部にあるスイヌウェン周辺くらいだった。
すぐさまパーティーの本体が合流し、ポイズンゴーレムの対処を決めた後はスルツカとツーヴァが左右に散って他の魔物の哨戒に移る。
「ん。アブソリュート・ブリザード」
気負いの無い声でティアーネが広域殲滅魔法を放つ。
威力や範囲を控えての一撃だったが、瞬く間に三十体を超える群れが凍結し絶命した。
ラインがその膂力を用いて魔法剣を叩きつけ、ポイズンゴーレムの体を砕く。そうすると魔法石が露出するので剥離して回収する。
残念ながら全ての魔法石が割れたり欠けたりしているが、これはこれで魔法薬の錬成や魔法石の合成に使えるので後ほどモッチーに渡すことになった。
他の残骸は金になる部位が無いためその場に捨て置き、偵察を続行する。
合同パーティーであるだけでなく、最新装備によって鎧袖一触で討伐できるため彼らの歩みは他のパーティーに比べて圧倒的に早い。その分だけ高ランクモンスターと遭遇し易く、また傾向の変化にいち早く気付くことが出来ていた。
「こりゃあやっぱり魔物が減った分、どっかから補充されてるな」
「うむ。でなければいつまで経ってもネアンストール周辺の魔物が駆逐されん理由が説明できんからの」
ラインとノルンがお互いの予想をぶつけ合い、頷き合う。
これまでネアンストールでたびたび行われてきた防衛戦や冒険者たちによる狩りで魔物の数を減らしてきたが、周辺の密度が下がるような気配はなかった。理由は定かでは無かったが、魔物の繁殖力が高いゆえだというのが一般的な通説だった。
しかしモッチーによって齎された技術によって魔物の討伐が容易になり、これまでより遥かに多くの魔物を間引くようになってからはどうにもそうでは無いのではないかという推測が上がり始めていた。
それを示す一つの証拠としてこれまで見なかった魔物が姿を現すことになってきたことが挙げられる。
「てことは、だ。魔物の増えるスピードよりも狩るスピードの方が早いってことになるな」
「うむ。少しずつ魔王軍を押し込むことができるじゃろうの」
とはいえ事がそう簡単に運ぶわけではない。その象徴がレグナムに巣食う竜の存在だろう。
未だ人の身では討伐することが出来ない魔物たち。それらを処理しないことには前線を押し上げることは叶わない。
「ま、そうは言っても軍があの竜をどうにかしてくれないことにはどうにもならんのだがな」
ラインの言葉にメンバーが視線をレグナムの方角へと向ける。
おそらく早々レグナムから出張ることは無いとは思うが、皆念の為とそちらの方は常に警戒するように心がけていた。またあのような絶望的な戦いになるのは御免だったからだ。
だが、一つだけ彼らが思い込んでいることがあった。
人の手に負えない存在が竜だけである、と。