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閑話・採寸する年少組

 モッチーの部屋は物が多い。


 数多くの本、調合器具、調合素材、質素な装備一式、魔法石の山、アクセサリーの山。


 さらに棚を開ければ大量過ぎる魔法薬がストックされており、部屋の中の物の金銭的価値は目玉が飛び出すほどになるだろう。


 逆に生活用品は非常に少なく、腰ぐらいの衣装箪笥一つに全て納められていた。


 セレスティーナやミーナが物珍しげに観察する。


「随分と飾り気が少ないんですね」


「ふひっ、弄りがいの無い部屋なの。ティアーネのパンツくらい隠し持ってたりしないなの?」


 そう言ってベッドを調べ始めるミーナ。


「するか馬鹿野郎! って匂いを嗅ぐな!」


「ふひっ、汗の臭いがするなの。女の匂いはしないなの」


「す、するわけないだろうが!」


「ふひっ、ティアーネと同衾してないなの? さすがは童貞野郎なの」


「お、おまっ、ど、どう、それは関係ないだろうが!」


 一瞬だけティアーネに視線を送ったが特に何も反応していないようだった。逆にそれはそれでショックを受けるモッチーである。


「い、いいからさっさと採寸しようぜ。この後工房に戻って試作しなきゃいけないんだから」


「そうでしたか。ミーナ、あまり時間を取らせると迷惑ですよ」


「ふひっ、つれないなの。せっかく美少女侍らせてるんだから楽しめば良いなの」


「……お、俺にだって選ぶ権利くらいはあるわ」


「ふひっ、照れるな照れるななの」


 モッチーは机の引き出しに入れてある物差しと紐を取り出してミーナに手渡した。こんな時はとりあえず作業を始めて会話をぶった切るに限る。


 物差しは一メートルほどの定規のようなやつでメモリが刻んである。紐でチェックして物差しに当てて長さを確認するようになっていた。使い勝手がイマイチだから巻き尺でも作ろうかな。師匠あたりは喜んで使いそうだし。


 少々思考が脇道に逸れつつ使い方を説明し、早速指示を飛ばす。


「ミーナ、まずは肩から手首までの長さを測って。上側ね」


 身振りで場所を指示したが、ミーナは何やらニヤニヤしたまま動かない。


 なんだ? 何かおかしいか?


 疑問に思って反応を待っていると徐にミーナがティアーネの肩を押してこっちに連れて来た。


「え、なに、何が始まるんだ?」


「ふひっ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なの。分かりやすくティアーネで測ってみせろなの」


「んなっ!?」


 こいつ、なんてことを言いやがるんだ。分からないとか絶対嘘だろうが。


 チラッとティアーネに視線を送るとぴったりと視線が重なった。


「ん。分かった」


 ちょ、ちょっとティアーネさん、あなた絶対何するか分かってないでしょう!


 すごいのり気だし両手を広げていつでもウェルカム状態だ。……いいのかな、これ?


 ほんのちょっぴりとだけ据え膳という言葉が頭に浮かんだ。


 いやいや何言ってんだ、駄目だってば。いくらティアーネがオーケーでもそんなこと……オーケーでも…………オーケー、なんだよな……?


 合意の下だからな。そう、合意の下なんだ。


「ご、ゴホン。じゃ、じゃあ始めるぞ。ティアーネ、何かあったらすぐ言ってくれよ」


「ん」


 ヤバい、手が震える。めっちゃ緊張する。顔が熱くなってきた。


 俺はそっとティアーネの右肩から手首にかけて紐を当てる。


 それを見てミーナがゆっくりとした動作でセレスティーナさんの右肩から手首に紐を当て、それを物差しに当てて長さを記入する。


 腕の長さ、肘までの長さ、腕周りや手の甲の広さ。両腕を測ると次は首回り、肩回りを測る。


 ここまではまだ序の口だ。問題はここから先、動体と足なわけだが……デリケートな部分が多いので更なる緊張を強いられることになる。


「えっと、つ、次は脇から腰の……骨盤あたりまでの長さね」


 紐の先をティアーネの脇下に当てた時だった。


「……んぅっ」


「っっ!?!?!?!?」


 ティアーネの口から今まで聞いたこともなかった嬌声が聴こえてくる。


 俺は驚きのあまり身体をビクッと震わせてしまった。


「あ、ご、ごめん、大丈夫か!?」


「ん。くすぐったいだけ」


 そう言って見上げてくるティアーネはほんの少し頬を赤くしているけど表情に変化はない。


 大丈夫と言われても俺の方が大丈夫じゃない。ただでさえ緊張している上にもう指先がぷるぷる震えてる。


 落ち着けー、俺。落ち着けー、俺。鋼の精神で乗り越えろ!


 これは必要な作業なんだ。マニュアル通りに淡々とこなせ。決していかがわしい作業じゃない。


 いかがわしい……


 つつー、と鼻の下を熱い液体が伝う。


「や、やべ、は、鼻血……」


 俺は慌てて衣装箪笥からタオルを引っ張り出して鼻に当てる。


「ふひっ。流石のむっつり野郎なの」


「う、うっさいわ」


 ミーナはニマニマしているし、セレスティーナさんは温かい目をしていた。完全に遊ばれている状況だ。


「モッチー、大丈夫?」


「あ、ああ。こんなんすぐ止まるから。……そうだミーナ、回復魔法でなんとかならない?」


「ふひっ。そんなしょうもないことに魔法を使わせるななの。とっとと女に慣れればいいなの」


「うぐ」


 ミーナの言葉は身も蓋もないくらいの正論だ。そもそも異性への免疫が無さすぎるのが問題なのだ。


 鼻血を止めようと上を向いている俺を心配してくれているティアーネがミーナに問いかける。


「ミーナ、どうすれば治る?」


「ふひっ。経験なの。日頃からもっと女と接して慣らせばいいなの」


「私にも手伝える?」


「……ふひっ、もちろんなの。ミーナが手本を見せてやるなの」


 一瞬だけ悪い笑みを見せたミーナが近づいてくる。


 俺の脳裏を悪寒が走った。


 この流れは絶対碌なことにならねえ。どう考えても俺をおちょくることしか考えてないだろう。


 果たしてそれが不運であったのか、はたまた幸運であったのか。


「ふひっ。ショック療法なの」


 そう言ってミーナが俺の首に両腕を回し、息が触れるほどに顔が近づく。そしてぎゅっと抱きついてきた。


 俺の胸板でミーナの隠れた立派な胸がむにゅっと押し潰されて形を変える。


「んなっ、な、な、な……!?」


 柔らかい感触と鼻腔をくすぐるミーナの香りが俺の興奮を一気に跳ね上げた。


 ぶばっ。


 止まりかけていた鼻血が一気に吹き出す。タオルが瞬く間に赤く染まる。


「ふひっ、ちゃんとミーナを抱きしめるなの。これは治療なの」


 囁くような声が耳朶を打つ。


「〜〜〜〜〜!! 〜〜〜!?!?」


 何か言い返さないと、と思っても声にもならない。思考が触覚と聴覚と嗅覚に集中してしまっていた。


 ドクンドクンと血液が激しく駆け巡る音を聞きながらどんどん体温が上がっていくのを感じる。


「ふひっ。こんな感じでいいなの。毎日やってれば嫌でも慣れるなの」


「ん。わかった」


 しかし唐突にミーナが身体を離したことで俺は考える余裕ができた。


 毎日……? これを毎日やるって?


 大きく息を吐きながら必死に鼻を押さえて上を向く。


「お、お前、貧血で倒れるわ!」


「ふひっ。人間そんなに脆くないなの。倒れる前に慣れるなの。ほれほれ、さっさと採寸の続きをするなの。『ヒール』なの」


「……お? 血が止まった……」


 どうやら回復魔法は鼻血にも効くらしい。俺は鼻周りを拭って一息吐いた。


 だがまだ終わりでは無い。ここからが難関と言ってもいいのだ。


「そ、それじゃあ続きな。つ、次は胴回りをチェックするぞ」


 胴回りを測る場所は五箇所。脇の下の位置、胸の一番高い位置、胸のすぐ下の位置、腰の一番細い位置、お尻周りの一番太い位置である。スリーサイズ+αといったところだ。


 それぞれ紐を当てるのだが、正直これはティアーネで助かったと言えるかもしれない。無頓着なのか信頼されているのか分からないが特に何の反応もしないため無心で行うことができた。


 ……密かにトップとアンダーの差をチェックしてバストサイズを確認したのは言うまでもない。ちなみにミーナやセレスティーナにはバレバレであったが。


「そ、それで最後は足な。太ももと膝、ふくらはぎ、足首を測ってくれ」


 基本的には一番太いところと細いところを測る。それともう一つ大事な部分がある。


 それを知っているミーナがニヤニヤしながら問いかけてくる。


「ふひっ。足の付け根周りは測らないなの?」


 コイツ、一番デリケートな部分をサラリと言いやがって。


 ちなみにティアーネは膝丈のスカートを穿いている。太ももはスカートの上から確認できるが足の付け根となるとそうもいかない。スカートの中に直接手を入れる必要があるのだ。


 そしてそれを知ってて笑みを浮かべているのだ。性根が捻じ曲がっていると言っても過言では無いだろう。


 しかもさらに駄目押しとばかりに爆弾発言をかましてくる。


「ふひっ。ティアーネ、手元が見えないからスカートを捲って欲しいなの」


「!?!? ちょ、おまっ!?」


 それ、セクハラとかそういうレベルじゃねぇから! マジで洒落にならんやつだから!


 チラリとティアーネが俺を見上げる。見てわかるほど頰が朱に染まっていた。


「……ん。わかった」


「え、ちょ、ティアーネ!?」


 ティアーネは自らスカートの裾を持つとスッとたくし上げる。


 正面にいるミーナたちから足の付け根周り、つまりドロワーズに近い形のパンツが見えるようにだ。


「ふひっ。さっさと見本を見せろなの。いつまでも恥ずかしい格好させるななの」


「いやいやいやいや、お前がさせたんだろうが」


「ふひっ。男が細かいこと言うななの。早くしないとティアーネが可哀想なの」


「お前が言うな〜!!」


 ニヤニヤしやがってこいつ。ここぞとばかりにおちょくってきやがる。


 駄目だ、反応すればするほどミーナを喜ばせるだけだ。無心だ、無心になれ……!


 これは作業、これは作業、これは作業……


「ティアーネ、嫌だったらすぐに言ってくれよ」


「ん。大丈夫」


 顔が真っ赤になっているのを自覚しつつ膝立ちになって目線を下ろす。ティアーネはもともと背が低いので、足首くらいまで尻を下ろしても目の位置が胸くらいの高さになる。


 つまり横から見る形となっているので上手い具合に捲り上げたスカートでも大事な場所は隠されていて、まさか覗き込むわけにもいかないとそのまま続行し、それゆえモッチーは大失敗を犯すことになった。


 見えないと言うことは大体の位置を想像で定めるしか無いわけであり、足の長さや関節の位置というのは個人差があるわけだ。


 とどのつまり。


 この辺りだろうとモッチーが入れた手が柔らかい場所を捉える。


「あ」


「……んっ」


 途端、押し殺したような声がティアーネの口から漏れた。


 触れている指背部分から伝わってくる感触と熱。


 も、ももももしかするともしかしてまさかここは……!?


 どぱっ。


 一瞬の想像が爆発的に血圧を上げて大量の鼻血が噴出した。


 プッツン。


 途端、出血のショックで意識が飛んで倒れ込む。


 鼻からはどんどん血液が流れて床を赤く染めていく。


「ふひっ、やっぱりやらかしたなの」


「ちょっとミーナ、あの鼻血の量は危ないですよ!」


「ふひっ、やれやれなの。『ハイヒール』なの」


 中級魔法で出血は止まるもののモッチーは意識を失って倒れたままだ。


 ティアーネは心配しておろおろしているし、セレスティーナはモッチーを抱え起こすと鼻血を拭って床の血を拭き取っていく。


 そんな状況を作ったミーナはからかって満足したのかモッチーの頬をぺちぺち叩いて覚醒を促す。相変わらずニマニマした笑みを浮かべているが。


「…………はっ!? ここは!?」


「ふひっ。すけべ君おはようなの。ミーナが誰か分かるなの?」


「いや、自分で名前言ってるじゃんか。っていつまで叩いてんだ、やめろい!」


 全くこいつは……。


 そういや俺、何してたんだっけ。確か採寸の途中でティアーネのスカートに手を……入れて……。


「うっ」


 ぶばっ。


 思い出した瞬間、また鼻血が噴き出した。


「た、タオル……どこ、だっけ…………?」


 立ち上がろうとするが頭がぐらりと揺れる。


 そのまま視界がゆっくりと落ちて行く。そして目線が床を捉えた時、衝撃と共に意識が吹き飛んだ。


「モッチー!」


 机の上にあったタオルに手を伸ばしていたティアーネが慌てて駆け寄ってモッチーの鼻にタオルを押し当てる。


「いけません、血を流しすぎです! ミーナ、すぐに回復魔法を! これ以上の出血は危険ですよ!」


「ふひっ、『ハイヒール』なの。面倒だからこのまま寝かせとくなの」


「ミーナが煽ったんですよ?」


「ふひっ。セレスティーナも楽しんでたなの。同罪なの」


「それは……その」


「ふひっ、とりあえずベッドにでも突っ込んどくなの。ティアーネ、鼻血はしっかり拭き取ってなの」


 ミーナが細腕ながら軽々とモッチーの身体を持ち上げてベッドに運ぶ。高レベルゆえの身体能力で余裕綽々だ。


 そうしてモッチーをベッドに寝かせたあとは残りのチェック項目をさっさと終わらせて本の山を漁り始める。


「ふひっ、まあまあの品揃えなの」


 そう言って一冊を手に取るとベッドを背もたれ代わりにして読み始めた。


「もう、ミーナったら」


「モッチーは大丈夫?」


「ふひっ。放ってたらそのうち治るなの」


 ティアーネは顔が青く染まっているモッチーを心配してオロオロしているが、ミーナは自分の見立てに確信を持って断言する。


「ふひっ。どうせすぐには起きないから時間潰しでもしていればいいなの。ネタには困らないなの」


「ん。私も勉強する」


 ティアーネは勝手知ったるとばかりに本の山から迷いなく魔導書を取り出し、ミーナの横に並んで読書を開始した。


「ティアーネさんまで……。それじゃあ私も」


 自由な二人に嘆息しつつ、手持ち無沙汰も手伝って同調したセレスティーナは同じように本の山から目に付いた本を手に取った。


 気を失って寝込むモッチーを背に、仲良く並んで読書する三人組の前にはいつの間にか果実水が用意されお菓子が並び会話が弾む。


 女子会の様相を呈した姦しさはモッチーが目を覚ますまで二時間以上も続いたのだった。

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