パーティーの形・2
「今回の製作に当たってですね、瞬間的な切断力に特化するため魔法陣の組み合わせを考えたわけですよ」
「ほうほう」
「で、エンチャントの持続力を犠牲にして短時間だけ火力を高める術式というのがあったらしくてそれをなんとか魔法陣に落とし込んでもらったんです」
まあ、レナリィさんはかなり嫌々だったけども。
モッチーは魔法銀の鍛造による刀の試作を終え、鞘と共にセレスティーナさんへ渡すことにした。
向こうもかなり恐縮していて、それなら自分から出向くと“赤撃”の拠点まで足を運んでくれている。ちなみに他の“猛き土竜”のメンバーも揃って来ていた。
というわけで居間には“赤撃”と“猛き土竜”の全メンバーが集結しているので少々手狭だ。
「それでモッチー殿。具体的にはどういった性能になっておるのかの」
今回、俺はかなりの手応えを感じていた。刀の品質や性能、刀身や鞘への魔法陣の配置と選択、さらにはスムーズな抜刀と落下防止の鯉口構造。正直一つの理想としていた刀の姿が出来上がったと言える。
その自信のほどが伝わったのだろう、みんなが食い入るように刀に目を遣っていた。どうも俺は傍目から表情や態度に出やすく、すぐにとんでもないものだろうと皆が察したようだ。……ちなみにウルズさんだけはまだ様子が変でただ刀をジッと見ている。
「今回、セレスティーナさんはもともと『エンチャント・ボルテクス』を採用した魔法剣を使っていたのでそれを正当進化させたものを用意しました。とはいえ形状から分かる通り、切断と突きに特化したものとなっています。下手に打ち込むと駄目になりますので注意して下さい」
俺の指摘にセレスティーナさんは強く頷いた。かなり強く集中しているらしく視線が弱まることもない。
「ですがその分、切断力に関しては今まであった武器種と比べて群を抜いて高いと言えます。しっかりと刃筋を立て、斬る技術を身につければどんな魔物も斬り伏せられる……だろうと親方が言ってました」
「そ、それほどの物なのですね……」
「はい。エンチャントが無くても人間を真っ二つにできるほどの斬れ味ですので取り扱いには細心の注意をお願いします」
ごくっ。
いくつも唾を飲み込む音が聞こえた。
それはそうだ、剣が主体のこの世界で刀なんて一種のオーパーツみたいなものだ。ここまで斬ることに心血を注いだ武器など存在しない。
「このカタナには『エンチャント・ボルテクス』と『耐久強化』を採用しています。念のため『耐久強化』に大きく振っているので、最初はエンチャントを起動しながら練習するのが良いと思います」
「耐久力を上げて打ち込みを失敗しても折れないようにするためですね」
「はい。それと立ち回りに関しては回避を大前提にする必要があると思います。耐久強化があるとはいえ、受けるのは可能な限り避けて下さい」
よく鍔迫り合いなんかが印象にあるが、人間相手ならまだしも魔物相手だと折れ曲がったり欠けたりしかねない。剣とは違うということを頭に入れる必要がある。
とはいえ鎧には『聖光領域』を採用して出力特化でいくのでかなり素早い動きが出来るはず。回避中心の立ち回りが苦になることも無いだろう。
「それから今回、鞘は重要な役割を果たします。採用しているのは『エンチャント・シャープネス』。それを新たに開発してもらった瞬間火力特化の魔法陣によって強化しています。魔力許容量と威力に特化することで鋭利化を最大限に発揮する構造にしました」
「けれど持続力は無いのでは?」
「その通りです、セレスティーナさん。けどこの鞘のコンセプトは抜刀しながらの戦いではありません。居合……抜き打ちによる一閃で確実に仕留めることを目標にしています」
納刀状態で接近し、ただ一振りで命を奪う。まさに一撃必殺を体現するための鞘である。
そのことを最初に理解したイケメン兄さんのツーヴァさんがなるほど、と声を上げた。
「要するに斬り結ぶのではなく体術こそが重要になるわけだね。攻撃を交わしながら相手の懐に飛び込み、急所を確実に仕留める。ミィルゼム家の剣術と方向性は同じというわけか」
「だな。だがそれだけじゃ無い。切断力に特化しているんだから相手の攻撃手段や四肢を奪うこともできるわけだ。経験を積むほど戦術の幅が広がるな」
「そうだね。ライン、それにカタナ単体でも『エンチャント・ボルテクス』による麻痺と『耐久強化』による最低限の継戦能力があるんだ。一つの武器として恐ろしいほどに完成されてると言わざるを得ないよ」
「ああ。それに考えてみればセレスティーナにはこれほどまでに合った武器は無いかもしれないな。元々魔法剣を使っていただけあってパワーよりも技術の方が優れている。Bランクに上がれるだけあって体捌きもなかなかのものだ。技術がそのまま攻撃力に転換されるコレはまさにうってつけだ」
気付けばモッチーはセレスティーナのために最高の武器を考えたことになっていた。とても和風女剣士コスプレを考えていたなどと言えない雰囲気だ。
とはいえ好意的に受け取ってもらえるなら作った甲斐があったというもの。それに活躍次第ではこの世界で刀が受け入れられるようになるかもしれない。
そのためにも装備をしっかりと整える必要がある。とはいえそれを口にするのはちょっと恥ずかしいというかなんというか、あれをするわけだから……
「それでですね、防具の方も作っておきたいんですけど……」
「はい、何から何までありがとうございます。本当にどうお礼をしていいか……」
「え。あ、いやそれは全然いいんですけど、その……ですね。あれが必要というかやらなきゃいけないというか」
「はい?」
ええい、ままよ!
「採寸をしなくちゃいけなくてですね」
「採寸……」
ぽかんとしていた彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
防具は身体を守るための物なのだから当然、身体の細かい寸法を確認しなければならないわけである。作る形状によってどこを測るかは変わってくるのだが、当然のことながら人体の急所となる部分は防具をあてがうわけで、多少デリケートな部分というのも確認が必要になるのだ。
少なくともスリーサイズは確実に計測する。
彼女いない歴=年齢のモッチーである。前世では碌に異性と会話したことなどなく、こちらの世界に来て多少は改善されているものの女性の扱いなどほぼ身に付けていないわけだ。
どこを測ればいいかは知識としてガジウィルから指導されたものの、実際にやったことなどないし身体に触れることすら躊躇するレベルである。
お互いが赤面して無言で固まる時間が流れた。
幸いなことに助け舟を出してくれる人物が現れる。太々しい笑みを貼り付けた紫髪のミーナだ。
「ふひっ。仕方ないからミーナが手伝ってやるなの。指示だけもらえばミーナが測ってやるなの」
「あ、ああ。助かる」
「ふひっ、せいぜい恩に着るなの。ティアーネも手伝ってなの」
「ん。分かった」
一瞬どうしてティアーネもと疑問に思うが、助かったという安堵が強くてすぐに意識から消える。
場所は俺の部屋で行うことになり、四人がゾロゾロと二階へと上がる。
それを大人組は微笑ましいものを見る目で見送っていた。
年少組を見送った大人組はテーブルの上に置かれたカタナを囲んで果実水を飲んでいた。
徐に口を開いたのはレイアーネ。
「ねえライン、ミーナのことはどうするの?」
「ミーナ? ああ、ウチのパーティーに入れろってやつか」
竜との戦いの折、ミーナから門徒を開けと催促があった。あれから再び話題に上がったことは無いが、少なくとも嘘や冗談での言葉だったとは思えない。
「あの子、本気よ。分かるでしょう?」
「そりゃあな。それにこのパーティーにはモッチーがいるんだ、それだけでも十分魅力的だろうよ。なんせ装備選びに苦労することも無いし魔法薬も潤沢、これほど恵まれた環境っていうのは普通ならあり得ねえ」
あまりにも機密の塊過ぎて情報隠匿が大変だという欠点はあるものの、そもそも軍からは実験部隊扱いされているようなものだ。なんらかの枷を嵌められることは無いし、自由にやらせてもらえている。
仮にミーナが他のパーティーに入ったとしたら軍が何かしらのアプローチをしてくるだろう。それは個人に対しなのかパーティーに対しなのかは分からないが、少なくともモッチーという軍ですら遠慮する緩衝材を挟まない以上は強硬手段が無いとも言い切れない。場合によっては装備を取り上げられることも無いとは言えないのだ。
ツーヴァもそうだね、と言葉を続ける。
「そもそも、という話をするのであればモッチー君からの恩恵を受けた時点で共に進むか全てを諦めるかの二択になるのは間違いないよ。そして一度その味を知ってしまえば二度と手放すことはできないだろうね。それはスルツカ、君も同じだ」
水を向けられたスルツカはジッとツーヴァを見返す。無表情ゆえそこにどんな感情があるかは読み取れないが、否定の言葉を返さないのは理があると分かっているからだろう。
そんなスルツカにラインが鋭い視線を向ける。
「スルツカ。お前も選択しなくちゃならねえ。いつかは“猛き土竜”を出るんだ。俺たちと……いや、モッチーを選ぶか、それとも離れて並みの冒険者として生きるか決めろ」
「離れる道を考えているのなら出来るだけ早く決めた方が良い。良くも悪くもモッチー君の影響力は大きいんだ。抜けられなくなるよ」
そして同じことがセレスティーナにも言える。彼女も選択を迫られているのだ。
さらにもう一人、最も深刻な選択が迫られている人間もいる。
“狼藉者”ウルズ。
碌に引き取り手もおらず、これまでどこのパーティーに入っても上手く行かなかった粗暴な男。
今は何かに悩み考えているが、冒険者として大成したいならモッチーの力を借りなければどうにもならないのは誰の目から見ても明らかだ。あとは頭を下げられるかどうか、それだけの問題だろう。
案外、今までの自分のやり方を捨てる覚悟をしようとしているのかもしれない。もしくは一度見下し馬鹿にした相手に頭を下げる……その踏ん切りが付かないのかもしれないが。
「いずれタイミングを見てミーナをパーティーに迎えるつもりだ。ノルン爺、セレスティーナにもこのことを伝えておいてくれ。その気があるなら受け入れる、ってな」
「うむ。確と承った」
弟子たちの進路に口出しはしないと心に決めていたノルンはずっと口を挟まなかったが、伝言の役目は別だ。
そして同時に弟子たちにハッパをかけてくれたことに内心で感謝をしていた。
もうあと少しで冒険者稼業も引退かのう。
ノルンは些末な感傷に浸りつつ若者たちの今後に期待を寄せるのだった。