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パーティーの形

 カンカンカン、と金属を叩く音が響く。


 ロックラック工房の一番炉。そこで三人の男たちが無言で剣を打っていた。


 ロックラック工房親方のロックラック。一番弟子のガジウィル。そして新入りのモッチー。皆真剣な表情だ。


 ロックラックの指示でガジウィルが相槌を打ち、モッチーは一つの挙動も見逃すまいと全体を睨むように観察する。


 今行われているのは魔法銀の鍛造による魔法剣の作製だ。ようやくロックラックから満足行く仕上がりになったと報告があり、試作第一号を打っている。ちなみにこれは軍へと納品されるのが確定しており、事前に研究時にロックラックが作製したいくつかの魔法剣は鍛治師ギルドからノウハウと共に買い取り依頼が来ている。それを受けるか否かは親方のさじ加減一つだが。


 やがて剣の形が出来上がり、歪みや重心の位置を確認した時点でロックラックが頷きモッチーへと渡される。


「刻印を入れろ」


「了解です」


 短く言葉を交わし、モッチーは刀身に『鋭利化(シャープネス)』と『耐久強化』、『魔力安定化』を入れて空いたスペースに魔力許容量増加の刻印を重ね掛けし、魔力回路でそれらを繋ぎ合わせた。


 その後、表面に鉄で被膜を被せることで刻印部分をカバーして損耗を防ぎ、刀身部分は完成する。


 出来上がったのは刃渡り一メートルほどの直剣。厚みも幅も標準的と言えるサイズだ。


「どうだガジウィル、モッチー」


「へい。失礼します」


 ガジウィルが剣を手に取り様々な角度から鋭く観察する。正に真剣そのものだ。


「文句なしの出来かと。小僧、どうだ?」


 モッチーは手渡された剣を同じように観察する。


 すでに幾度も剣を打ってきた。質の良いものから悪いものまで見てきた。それなりに鑑定眼は磨かれている。


「……品質そのものは文句無しだと思います。あとはしっかり研いで斬れ味を上げれば良いかな、と」


「なるほどな。確かにお前はいつも神経質なほどに研ぐ。それが剣の能力を高めているのは間違いない」


 ロックラックは頷くとモッチーから魔法剣を受け取り砥石を使って研ぎ始めた。


 そのことにガジウィルは僅かに目を見開く。親方が新入りから学び取り実践する。確かに学ぶことが無いとは言わないが、モッチーに負けじとしていた親方が素直に取り入れたことに驚きを隠せなかったのだ。


 元々ロックラックはモッチーに遅れを取るつもりなど更々無かった。それゆえ魔法銀の鍛造の研究を念入りに行い完璧な仕上がりまで持って行っている。明らかに対抗心があったのだ。


 とはいえ親方はモッチーの開発力に関してはすでに認めている。これまで数々の偉業を成し遂げ、常識など糞食らえとばかりに蹴飛ばしてきているのだ。認めざるを得ない。


 だからこそ逆にモッチーのアイディアや開発力を利用することを受け入れた。そしてその上で技術力は必ず上回る、そう固く決意しているのである。


「…………良し」


 やがて十分な時間をかけて研ぎ終わり、ロックラックが満足そうに刀身を眺める。久しく無かった会心の出来だ。


 その目には喜びがありありと浮かんでいた。長らくスランプに陥っていたのだ。ようやく満足の行く出来になった……感慨もひとしおだろう。


 しかしすぐにその表情も曇る。


「だがこれをすぐに手放さねばならんとはな。しばらくの間は置いておきたいのだが」


「まあ仕方ないでしょう。小僧が関わっている以上、軍に報告しないわけにもいきません。それに秘匿してもどこにも流通させられませんから技術を腐らせることになってしまう」


「……ままならんな」


 ネアンストール防衛軍によるレグナム奪還作戦は近い。それゆえ軍は技術力の向上に躍起になっている。本来であれば鍛造法がある程度確立できた時点で報告を入れなければならなかったはずだ。


 とはいえ今回の功績、一鍛治師としてはとんでもない名誉になる。技術を統括する王立魔法研究所で間違いなく開発者として名前が後世まで残るのだ。


 だがすでにその程度では済まないほどの名誉を得ている鍛治師が目の前にいる。素直に喜べないのは致し方無いだろう。


「親方、早速なんですけど()()()()、お願いできませんか?」


「例の……ああ、片刃の反りがあるカタナとかってやつか。いいだろう、相槌を打て」


「はい!」


 いきなりの大役にモッチーは緊張を以て返事する。だがガジウィルは逆に浮き足立った。


「お、親方!?」


「俺がやれと言っている。……こいつにはさっさとやらせた方が良い。それはお前が一番良く分かっているだろう」


「ま、まあそりゃあそうですがね。けどさすがに親方の相槌をやらせるとなると弟子の序列ってやつが面倒になります」


「序列? それはどうやって決める。入門した順番か? それならなぜお前が一番になった?」


「うっ」


「文句があるやつには実力を示させろ。それが職人というものだ」


「へい、親方」


 厳しい言葉だが弟子たちは技を磨き競い合っている。ならば技術で語れというのは間違いではない。


 渋々納得したガジウィルは二人が刀を打つのをジッと観察する。


 長い時間をかけて研究していただけあってロックラックの動きに淀みは無い。魔法銀を叩いて伸ばし、形を整えつつ水に入れてゆっくりと反りを入れていく。先端は突きに対応する形状にし、刃は鋭く研ぎ澄ます。


 思わず感心するほどの技の冴え。目標としている一つの到達点にガジウィルは少しでも技術を盗もうと目を凝らした。


 だがどうしても気になることがある。


「台座よりも火箸に魔力安定化の刻印が必要みたいですね。台座から離れるたびに僅かずつですけど性質崩壊を起こしてます」


「鍛錬の際に魔法石の粉末を使えば魔法銀の質を均一化できそうですね。金属だけじゃなくて魔力の精製にもなります」


 さっきからちょくちょくモッチーが口出しをしていた。


 なんで初体験のお前にそんなことが判断できるんだ。その知識は一体どこから来ているんだ。


 明らかに初心者とは思えない指摘が出ている。しかも親方が真剣に頷いていた。見当違いなどでは無いのだ。


 所々でモッチーの指摘を元にやり直しながらひとまずの形が出来上がる。


 形状はモッチーが想像する刀そのもの。反りがあり、刀身は七十センチ程度。細身で切っ先は鋭く研ぎ澄まされていた。


「どうだ、モッチー」


「…………うーん、何かが足りないような気がするんですよね。魔法銀は柔らかいからしなりは確保できて耐久力は上がってるはずだし、ちゃんと砥げば何も問題無いはずなんですけど」


 ガジウィルやロックラックからすれば一体何が不満なのか皆目見当も付かないが、当のモッチーはしきりに首を捻っている。


 やがて一つの結論を導き出す。


「そうか、峰の部分と刃の部分が同じだから駄目なのか。親方、峰はしなりが必要なので柔らかい方が良いんですけど、刃の部分は固くないとすぐに潰れちゃいます」


「「!!」」


 ハッとする。刀身と刃を別の性質に分けるなどと考えたことなど無かった。


 二層構造。確かに的を射た意見だ。むしろ本職としてそのことに思い至らなかったのを恥じる気持ちすらある。


 やはりこの小僧は只者ではない。


 ガジウィルは改めてモッチーの才能に恐れを抱いた。


「だが固くすると言ってもどうする。鉄を使うか?」


「いえ、それだと魔力増幅効率に影響が出ます。折り返し鍛錬はどうでしょうか。もしかしたら耐久力が上がるかもしれません」


「……折り返しか。確かに魔法銀の性質ははっきりと分かっていない。検証する価値はあるな」


 そこから折り返し回数によって強度や靭性を確認する作業を行った。


 しばらく試した結果として分かったのは一番強度が高いのは二回の折り返しをした時。そして四回以上折り返しても強度は上がらないということだった。そしてしなりに必要な靭性は一度の折り返しでの硬度が最適だろうと結論付く。


「良し。折り返し一度を芯とし、折り返し二度を表面にすることで検証する。ただし剣先は全て折り返し二度にする」


「はい、了解です」


 先端は突きのために固くしなければならない。また刃の部分だけを強度の高い魔法銀にするのではなく、表面と内側の二層にすることで全体のバランスを取るべきだとロックラックから指摘があった。


 ロックラックの知識と経験。モッチーの前世知識とスキル補正。それらが合わさることで本来なら生み出すのに何十年もの試行錯誤が必要になるはずの到達点が現出しようとしている。


 それをガジウィルは感嘆の眼差しで見ていた。師と仰ぐ技術を極めた人物と驚異的な発想力を持つ若き才能、この二つが掛け合わされば世界がどんどんと変わっていく……そんな風に考えたのは一度や二度ではない。それが今、目の前で示されている。


 だがその領域に自分もいるはずだ。いられるはずだ。


 親方には親方の技術。俺には俺の技術。それぞれが遥かなる高みへと繋がっているはず。


 負けん。


 ガジウィルは強く拳を握りしめた。

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