二人の厄介児・10
数日が経った。
あれから普段通りに修行と研究を送る毎日だったが、ついに杖の機能を持った剣、魔導剣に進展があった。
「まあ、あれだ。一応一つの完成を見たと言えなくも無いな。思っていた形とは全く違うが」
そう言うガジウィルさんは無表情。
「少なくとも魔導剣とは呼べませんよね。むしろ杖鞘?」
俺もどう反応していいのか分からず、試作した杖を眺める。
魔法陣の性質や法則など知るわけもない二人である。魔力回路の繋ぎ方をあれこれ試してみたり魔法陣を変えて違いを探ってみたりしたところで上手くいくはずもなく、いっそのこと一度諦めて別のアプローチを模索してみたのだ。
それが鞘に杖の機能を持たせることである。
剣で魔法を使うのではなく、鞘で魔法を使う。正直、逃げたと言われても何も言い返せない。
形状は先端に通常の半分程度の大きさにカットした魔法石が取り付けられている以外は一般的な鞘に寄せているが、素材は魔法銀と魔法石の混合になっている。魔法銀を格子状にすることで耐久性を持たせ、隙間を魔法石で埋める形で構成した。
それぞれの魔法石にしっかりと刻印を入れて魔力回路でそれぞれを繋いでおり、内側を見ればまるでツタが複雑に絡み合っているかのような模様となっている。
ただしこれには一つ欠点があり、内側のどこか一箇所でも魔力回路が損傷すると機能が全損する恐れがあるのだ。それゆえ内側に被膜を付けるのを検討している。
そして肝心の性能だが、総合値は『重量杖』の六割程度になった。刻印性能自体は『重量杖』のときよりも飛躍的に上がっているのだが、体積の不足だけは如何ともし難かったのだ。
「とはいえ、だ。これはこれで世に出せばとんでもない需要があるだろうな。特に魔法剣士なんかは今まで不遇だったから脇目も振らずに飛びつくだろうよ」
「確かに。杖があるのと無いのとでは天と地の差がありますからね」
杖無しで発動できるのはせいぜい中級の下くらいまで。レインさんもその程度ではまともに魔物とはやり合えない中途半端さだと言っていた。
それがこの鞘ならば上級魔法を発動することができる。しかも鍛治師ギルドから市販されている膨れた『新型杖』よりも性能が上だ。魔法剣士のみならず魔法使いでさえ手を伸ばすに違いない。
「残念なのは軍に納品するのは確定なことだな。素材からして安価では作れんし、軍部で生産している『重量杖』のダウングレード品に迫るほどの性能だ。市販するのは不可能だろうよ」
「こればっかりは仕方ないですよね」
最近、鍛治師ギルドに対してもっと高性能の武具を市販するように冒険者から問い合わせが殺到しているらしい。
これは膨れた『新型杖』が出回ったことでパーティー内のパワーバランスが大きく変動し、剣士たちの立場が下がり気味であることが理由の一つにある。ようは剣士にもテコ入れしろということだ。
そしてもう一つ、さらに重要な原因があった。
これにはモッチーや“赤撃”は無関係ではない。むしろ最大の要因と言える。
「まああれだ、小僧のところのパーティーが目立ち過ぎたな。ただでさえ『氷雪の魔女』なんて有名人がいる上にパーティーリーダーは最新装備で剣士でありながら単独でAランクモンスターを倒している。それに軽戦士の兄さんもAランクモンスターの単独撃破に成功したらしいじゃないか。周りがそれを羨望の眼差しで見ていてもおかしくない」
そう。一昨日から“赤撃”と“猛き土竜”は活動を再開したのだが、初日からツーヴァがAランクモンスターの討伐に成功していた。自ら単独での挑戦を願い出たらしい。
これでヒーラーであるレイアーネを除くメンバー全員が単独撃破に成功したことになり、“赤撃”の武名を大いに轟かせることになった。
「ツーヴァさんのおかげで積層型の軽鎧とエンチャント付与型の鞘があれば単独で十分にAランクモンスターと渡り合える証明にはなりましたからね。軍はこの事実を重視して改めて軍の編成をやり直すらしいです」
これまではあくまで訓練内において戦力を見積もり訓練していた。しかしツーヴァのおかげで実戦データが手に入ったことで、より現実に近い見積もりを立てることができるようになった。部隊ごとの戦力を数値化し易くなっただろう。
しかも実は冒険者たちにとって朗報がある。
「それから昨日ゲイルノートさんがこぼしてたんですけど、実戦データの収集が重要だからもっと実動要員を増やした方が良いんじゃないかって。けど軍を簡単に派遣するのはできないわけで……」
「……? 軍ができない……ってそうか、自主的に行ってくれる奴らに任せようってのか」
「はい。一部の冒険者に試験的に装備を回してみることを検討するらしいです」
少数に絞ることで軍への影響を最小限に抑え、信頼できる冒険者を選別する。それに万が一死んでしまっても軍は懐が痛まない。冷徹ではあるが合理的な判断である。
実際、“赤撃”や“猛き土竜”は実戦部隊としての役割を担っているとも言える。この前例がある以上、その枠を増やすことはそれほど難しくないだろう。後はそれがいつ実施されるかだ。
「それにしても軍も随分と腰が軽いな。小僧にも部隊を持たせてくれたしな。確かモルモットとかいう」
「そうですね。軍としてはとにかく技術力を向上させていかないと魔王軍との戦いが立ち行かなくなると考えてるみたいです。あとゲイルノートさんとレインさんってお偉いさんの中でもかなり話の分かるタイプらしいですよ」
「まあそれは小僧が軍属になってるのを見れば嫌でも分かるがな」
魔王軍と戦うのに前例主義に凝り固まっていてはやってられないのだろう。実際に『新型杖』や『重量杖』を手にした時に前例や常識など吹き飛んでしまったに違いない。もしあの場面で新しい杖を否定しようものなら頭の中を疑わねばならなかったほどだ。
「しかしまあ小僧がそのモルモット部隊を持ってくれたことは正直助かった。貴重な実験データが今まで以上に手に入る上に、だ」
ガジウィルさんは右手の親指で後ろにある戸棚を指してニヤリと笑みを浮かべる。
そこにはポツポツと物が置かれているだけで先日まであった荷物の山が綺麗さっぱり消え去っていた。
「場所取りの試作品たちを引き取ってもらったおかげでスッキリしたぜ」
「あはは。考えてみたらよくあれだけ溜めてましたよね。軍の技術部の人たちも目を丸くしてましたよ」
それはそうだ。実験して欲しい新装備と聞いて向かってみたら山盛りになっている装備軍が乱雑に置かれていたのだから。しかもそのどれもが軍の知らない新しい武具。玉石混淆とはいえまさに宝の山に見えたことだろう。
これでこの研究会も実験要員と魔法要員が加わり体制が大幅に強化された。一段とやる気が起ころうというもの。
「さて、そろそろ今日の作業を始めるか。何をする予定だ?」
「前に話してた知り合いの装備を作ろうと思います」
スルツカさんのフル装備冒険者作成計画だ。魔導剣の作成はできていないものの、杖鞘で代用すればおそらく同じ能力を発揮できるだろう。この辺りは実際に使ってもらって感触や改善案を出してもらえばいい。
「ふむ。『聖光領域』特化の軽鎧に『シールド』発動媒体のガントレット、杖鞘、魔法剣。こんなところか?」
「はい。魔法剣には『エンチャント・シャープネス』と『耐久強化』を採用します。比率は四対六くらいで考えてます」
「なるほど。出力面はどうする?」
「とりあえず『聖光領域』は威力向上の方を重視して消費魔力低減を目指します。杖鞘は威力向上と魔力許容量を半々程度で。魔法剣は魔力許容量を重視して最大出力に特化させてみようかと」
「総合的な魔力消費を下げて持久戦に強くしようってんだな。魔法剣については防御を抜くことを最優先ってとこか。だがガントレットはどうするんだ?」
「その辺りは……魔法剣と同じで行きますか。盾を貫かれるのは面白くないでしょうし」
打ち合わせを済ませ、早速とばかりに作業に移る。
持久戦向けにはするが、攻防に於いて瞬間出力を上げることで咄嗟の対応力も向上させる。机上の空論ではあるが、ヒットアンドアウェイの立ち回りをするスルツカなら技量と魔力消費の効率化次第でかなりの持久力を発揮することだろう。
また瞬間出力を高めるので持久力を捨てることで短期決戦でも力を発揮することができる。
ひとまずはここが頭の中だけで組み立てられる理想形といえる。あとはスルツカ本人の希望に合わせて細かい調整を加えていくだけだ。
「一応、納品用にもう一式作っておくか?」
「そうですね。けどスルツカさんの分を先に作って使用感を確かめてもらってからでも遅くないと思います。新規は杖鞘だけなので、とりあえずはこの試作分を渡しておきましょう。それで問題ないはずです」
「確かにな。軍の方で勝手に組み合わせてくれるはずか。組み合わせ方法も丸投げしておけばいいか」
「そんなところです。せっかくのモルモット部隊ですし」
「そうだな。便利な部隊を作ってくれて、英雄様には感謝だな」
二人の笑い声が響いた。