二人の厄介児・8
「うーん、なんで殴られたんだろう」
ネアンストールに帰還し、ギルドで依頼達成報告を済ませた俺は先ほどのやり取りを思い出して首を傾げた。
「ふひっ、モッチーが女心を理解するのは百年早いなの」
「百年かあ……それまで生きてっかな、俺」
「……ふひっ、なかなか上手く返しやがるなの」
「へ?」
ミーナが小馬鹿にしてくるが、適当に返事してたら何故か悔しがられた。解せぬ。
俺は得られた報酬を眺め、なんとなしに思い付いたことを口にする。
「ん〜、とりあえず報酬のお金で買い食いでもするか? 小腹を満たす程度ならあるぞ」
「ん。行こ」
「ふひっ、銭貨一枚残らず使い切ってやるなの」
「もう、ミーナったら。すみません、モッチーさん」
美少女三人組が同意し、残りの忍者(仮)はどうするか尋ねようとしたが姿が見えない。
「あれ、スルツカさんは?」
「ふひっ、とっくに馬車と一緒に帰ったなの。知らないのはモッチーだけなの」
「え、マジで? てか教えてよ、それは」
「ふひっ、ぼけっとしてるからなの。それにそもそもスルツカは買い食いを楽しむタイプじゃないなの。気にするななの」
「あ〜、確かにイメージ無いな。そうか、普段からそうなのね」
どうやら忍者(仮)は本当に帰ってしまったらしく、文字通り俺のフォローをするためだけに来ていたらしい。
今度ちゃんとお礼しないと。……そのためにも早く装備一式を完成させないとな。
冒険者ギルドを出た俺たちは大通りに繰り出すと露店を冷やかしながら屋台で買い食いする。安値の商品といえば魔物素材の肉串なんかが多いが、元が臭みがあって硬く不味い肉で、香草や香辛料で誤魔化してあるやつだ。
普段から食べ慣れているなら気にもならないのだろうが、元日本人の俺は未だに舌が満足しない。そのため果実や菓子なんかに食指が伸びがちだ。
そうしてしばらく散策していると人混みの中から軍服姿の三人組が近づいてくるのが見える。
その中の一人、自信に満ちたイケメン顔には見覚えがあった。
「あれ、モルティアさん?」
魔導士隊のホープことモルティア・クスハン。四つの属性を操るクアドラプルの魔法使いだ。
そのモルティアさんは真っ直ぐこっちに来ると気さくに手を振る。
「やあ、鍛治師君。せっかくのお楽しみのところ済まないが、少し付き合ってくれるかい」
「へ?」
「我らが筆頭閣下がお呼びでね。これから駐屯地まで来てもらうよ」
ゲイルノートさんが?
疑問には思ったが、こういう時の呼び出しは基本的に半強制だ。断ることもできない。
「ごめん、皆。ちょっと行ってくるわ」
見送る三人に手を振り、モルティアさんたちに付いていく。この時の俺は特に何も考えずにいたため、まさか予想外の出会いがあろうとは露ほども思いはしなかった。
「あ、あなた……どうしてあなたがここにいるのよ!!」
「え、マジで」
訪れたゲイルノートさんの執務室で紹介したい人がいると言われて入室してきた人物を見て思わず呟いてしまう。
それは相手も同様で眦を吊り上げている。
金髪縦ロールをたなびかせ、貴族然とした容姿と態度を崩さない美少女。
「えっと、確かレナリィ・キャンベルさんでしたっけ」
「なんだモッチー、知っているのか?」
「はい。まあ知ってるというか、ついさっき知り合ったばかりです」
「そうか、それなら話は早いな」
ゲイルノートさんが笑みを見せて言葉を続けようとするが、そこにレナリィさんの大声が割り込む。
「ちょっとおじ様、どういうことですのこれは!? 軍の技術顧問を紹介するのではなかったのですか!」
「む。確かにその通りだ。そしてその技術顧問は目の前にいるこの少年だ。何も間違ってなどいない」
「……っ!?」
「それよりも一度落ち着け。話が進まん」
「はい……申し訳ありません」
どうやらゲイルノートさんの言葉には素直に従うらしく、大人しくなった。
それにしてもおじ様なんて呼んでたけど……もしかしてそういう関係? ゲイルノートさんって確か三十代半ばくらいって聞いたし、二十差くらいなら守備範囲内なのかもしれない。
「まずは改めて紹介しよう。レナリィ・キャンベル。キャンベル侯爵家の四女であり、俺の姪に当たる。今は国立魔法アカデミーを卒業し、王立魔法研究所に所属している」
へ? 姪?
……ってそりゃそうか。伯父様ね。日本の下世話なノリを持ってきちゃいけないよな。
「改めてキャンベル侯爵家四女、レナリィ・キャンベルよ」
「あ、はい。冒険者で鍛治師見習いのモッチーです」
前回とほぼ同じ挨拶を交わし、レナリィさんの表情を見ると激情を抑えるかのように硬く口を閉めて俺を睨み付けている。
何故だ。俺が何をしたって言うんだ。
その疑問はゲイルノートさんも同様だったようで不思議そうな顔をしてレナリィさんを見ている。
「レナリィ。モッチーと何かあったのか?」
「……いえ、なんでもありません」
嘘こけ。顔面ぶん殴ってくれたくせに。痛くは無かったけど。
俺の内心を知ってか知らずか、ゲイルノートさんは一つ溜め息を吐くと気を取り直して話を再開する。
「それで、だ。ネアンストール防衛軍は先の戦争を受け、技術力の重要性を痛感し、これを高めることを最優先とすることで一致した。そこで王立魔法研究所に人材の派遣を要請し、これと共に更なる研鑽を図る予定だ」
「それに私が選ばれたと?」
「その通りだ。レナリィには技術顧問補佐として技術研究を進めてもらうことになる」
「技術研究……!? 私が研究してもよろしいのですか!?」
「もちろんだ。そのために呼んだのだからな」
「ありがとうございます、伯父様!」
先ほどまでとは一転してレナリィさんは小躍りしそうなほど喜色満面になる。
だがすぐにそれも引っ込んでしまい、だんだんと眉を寄せていく。
「…………技術顧問補佐?」
彼女の呟きが耳に届き、俺もゲイルノートさんの出した単語を思い出して不安に駆られる。
その不安を裏付けるようにゲイルノートさんの口から決定的な台詞が飛び出した。
「そうだ。レナリィにはモッチーの補佐をしてもらう。培ってきた知識を活かし、モッチーの研究に協力してやってくれ」
「!!」
ぐるん、と首を回したレナリィさんの目が俺を睨み付けてくる。
……気持ちは分かる。俺だって嫌だ。
だがネアンストール防衛軍のトップであるゲイルノートさんの指示に逆らうことはできず、レナリィさんはワナワナと震えながら爆発しそうな感情を押さえ込んでいた。
「はあ、一体何があったのかは知らんが出来るなら仲良くしてくれ。軍としては確実に成果を出してもらわねば困るからな。それでなくとも今はレグナムに巣食う竜の対策に奔走しているのだ。時を浪費することは避けたい」
「……はい、伯父様」
頭を抱える伯父と苦虫を噛み潰したような表情の姪。自分も一応関わってるのでなんともいたたまれなくなる。
とはいえ俺はゲイルノートさんの言葉の中に少し気になる部分があったので少し質問してみることにした。
「そういえばゲイルノートさん、竜を撃退しましたけど軍でもやばかったんですか?」
実際に戦ったラインさんら“赤撃”の皆やミーナが言うには手も足も出ないくらいの化け物だったらしいのだが、軍は撃退に成功している。だから討伐もできるのだろうと考えていた。
しかしゲイルノートさんの口ぶりはどうも焦りや不安が見え隠れしているような気がする。
「ああ。実際、我々では竜のレジストを突破することは出来ず、強固な鱗にも傷一つ入れることは出来なかった。幸いにも騎士次席のメリオン・フェイクァンによって眼球の一つを潰すことができ竜の撃退には成功したが、仮に戦闘が継続していたとしてあのまま討伐まで出来た確証は無い」
「マジですか。確か精鋭部隊を率いてましたよね? 『重量杖』タイプが四十本くらいあっても駄目だったってことですか?」
「その通りだ。正直なところ何故撃退できたのか分からないと言うのが本音だな」
現場では広域殲滅魔法の集中砲火が行われて竜の動きを封殺することはできていたらしいのだが、全てレジストされたらしい。
……正直、広域殲滅魔法の集中砲火とか聞くだけでも恐ろしすぎるのだがそれでも無傷とかヤバすぎるだろう、竜。
しかしすでにレグナム奪還作戦が近くまで迫っており、早急に竜の攻略法を捻り出さねばならないようだ。しかも殊勲賞とも言えるメリオンさんはすでにノーフミルへと帰還しており、ここにはいない。
ちなみにここに居残って竜討伐に参加させろと打診してきたらしいのだが、騎士団派の意向を無視するわけにはいかないので断ったそうだ。
「今は藁をも掴みたい状況でな。……ちなみにだがモッチー、いいアイデアなどは無いか?」
流石に参っているのか、疲れた表情で冗談を言う。それだけ逼迫しているようだ。
俺は少しばかり頭を捻って考えてみる。
「うーん、セオリー通りならレジストを上回る攻撃をするのがいいですけど現実的じゃないですよね。近接攻撃でも効果が無いとなると……やっぱり魔法による一点突破しか無いような気がします」
「だが竜のレジストを突破するには現状、魔力を枯渇させるしか方法は無い」
「そうなんですか? 一点だけに集中すればいけたりしません?」
「広域殲滅魔法ですら跳ね除けるのだぞ。同じ場所を攻撃したとしても魔力が枯渇するまではレジストされ続けるだろう」
この辺りはすでに何度も議論を重ねて辿り着いた結論であるらしく、現状では魔法薬と広域殲滅魔法によるごり押しが最適との流れになっているようだ。
とはいえ俺のイメージは少し違う。それを説明したいのだが、こういう時に語彙力とか表現力の無さが恨めしくなってくる。
「えっとですね、俺が考えてるのはそういう意味じゃなくて。……あー、俺にとって広域殲滅魔法ってデカい槌で殴るような面の攻撃なんですよね。そうじゃなくて剣の刺突みたいな点の魔法ならどうかって思ったんですよ。広域殲滅魔法くらいの威力を剣先に集中して突きを放てばレジストを強引に突破できないかなって」
レジスト能力を再生能力のある分厚い壁だとイメージした場合の対処法だ。こういう時、漫画とかだと一点突破で突き破るのが定番だった。
「……ふむ、点の攻撃か」
一瞬、虚を突かれたような表情になったゲイルノートさんは暫し考え込む。
しかしすぐに頭を振った。
「発想はいいがそれだけの魔力を一点に圧縮するのは到底不可能だな。杖を制御に特化したとしても個人の力では限界がある」
「そうですか。いいアイデアだと思ったんですけどね。……あ、それならそういう魔法とかって無いんですかね。俺、魔法は詳しく無いですけど、魔法そのものが一点突破するような術式だったら話が変わってきません?」
「術式を…………なるほど、確かに制御を術式に任せるのは良い発想だ。それなら多少は現実味があるだろう。しかしそのような魔法だと術式そのものの難度が高くなってしまい、発動すら難しくなるかもしれんな。レナリィ、どうだ?」
ここでゲイルノートさんが会話に参加せずジッと聞いていたレナリィさんに話を振る。
「ええ、その通りですわ伯父様。魔力を極限まで圧縮するような術式など既存のどの魔法よりも高難度になってしまいます」
「だそうだ。残念ながら現状では選択肢にはなり得ないな」
「そうですか。いけると思ったんですけど。……ならあれも無理か」
「あれ?」
呟きにゲイルノートさんが反応する。
俺は頭の隅に浮かんだイメージを何となしに口にした。
「ドリルみたいな魔法ならいけるかなって思ったんですけどね。やっぱ圧縮するから一緒ですよね」