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二人の厄介児・6

「ちょっと、一体いつまで時間かけるつもりなのよ!!」


 甲高い、まだ幼さが残る女性のイライラ声が馬車から響く。


 一瞬、全員が箱馬車へと目を向け動きを止めるが、すぐに戦闘を再開する。


 向こうでは護衛の内の一人が箱馬車内の人物と何やらやり取りをしていた。


 二言、三言と話した後、箱馬車の扉がバタンと開け放たれる。


 現れたのは金髪の長髪を左右でくるくる巻きにした典型的な貴族のお嬢様然とした女性だった。


 年の頃はモッチーたちと同じくらいか。切れ長で鋭い目つきをしており、表情に浮かぶのは憤怒の面持ち。着ている服は白衣に似たローブであり、日本生まれのモッチーには医者か研究者のように感じられた。


 しかしモッチーが気を取られたのは美人と称してなんら遜色ない想像以上に整った容姿……ではなく、その手に持った大掛かりな杖。


 三つの魔法石を逆三角形に組み合わせてあり、複雑な魔法陣が内部に刻印された“重量杖”タイプの杖だ。


「あれ……見た感じ“重量杖”と同じくらいの性能っぽい? 魔法石もたぶんBランクだし、かなり上手い人が刻印したやつだな」


 経験上見るだけで大体の性能を察することができるモッチーの目から見ても、軍が試作した“重量杖”タイプより刻印性能が上だ。


 とはいえじっくり見ないことにはどのような性能比にしてあるかまでは分からないのだが。


 そうして観察している間に白衣女性から魔力の高まりが伝わってくる。


「……なんかヤバそうな気配がするんだけど。これ、こっちが巻き込まれたりしないよな?」


 “重量杖”の性能を誰よりも知っている身にとって、その魔法の効果範囲も格段に上昇することは理解している。その知識から導かれる予想として、自分たちが射程範囲に入ってしまっているだろうことが察せられた。


「ふひっ。()()()()周りが見えていないなの。ティアーネ、防御魔法をお願いするなの」


「ん。任せて」


 ティアーネが頷き、魔法構築に入るのとほぼ同時くらいに白衣女性の魔法が発動する。


 杖の先に集うは炎の魔力。


「ブレイズ・ストーム!!」


 渦を巻いた炎が広範囲に渡って撒き散らされていく。


 それは扇状に展開され、グレイブレードモンキーたちを熱量で燃やし尽くす。


「ん。アイス・ウォール」


 冷静に構築された氷の壁が俺たちの前に展開され、炎の渦を防ぎ止める。


 俺たちは近くに集まり氷壁の近くで魔法が終息するのを待つ。横を通り過ぎていく炎を見てセレスティーナさんが口を開いた。


「この威力ですと巻き込まれたら無事では済みませんでしたね」


「ふひっ。使い手がヘボでも杖が優秀なら威力は上がるなの」


 ミーナが相変わらず緊張感のない表情で寸評する。


 俺はその中に違和感を覚えて問い掛けた。


「使い手がヘボってなんで分かるんだ?」


「ふひっ。魔法を見れば分かるなの。収束は甘いし構築も杜撰なの。()()()()は理論だけは立派でも実践は能力が足りないなの」


「へえ、そうなのか。俺にはどこがどう甘いのか分からんわ」


 少々の違和感が残りつつも納得した俺は、ようやく魔法が収まったことで改めて周囲を確認する。


 あれだけの魔法だ、あらかた片付いただろう。……そう予想したが、


「ふひっ。シャドウ・エッジ」


 ミーナの放った影の刃が瀕死になっていた個体にトドメを刺す。どうやら今ので最後だったようだ。


 そして魔法の余波で延焼している木々をティアーネの水魔法によって鎮火させている間に護衛の三人が何やら動きを見せていた。


 どうやらグレイブレードモンキーの死体から魔法石を剥ぎ取っているらしい。


「ふひっ。こっちに一言も無く勝手にやってるなの。()()()()()身勝手なの」


 そう言いながら気にした風も無く箱馬車へと歩いていく。


「お、おいミーナ、どうする気だ?」


 相手は見るからに貴族だ。交渉するにしても容易にはいかないだろう。それどころか気分を害されると何をされるか分からない。


 だがミーナに緊張の文字など見受けられず、気負いも感じられなかった。


 箱馬車のそばで護衛たちをイライラしながら睨みつけていた貴族らしい女性の元へ向かうと、徐に声をかける。


「ふひっ。相変わらずバカやってるなの。少しは周りを気遣えなの」


 うおい、ミーナ〜!!


 あまりにもあまりな言い草に慄いていると、貴族っぽい女性がミーナを見るなり目を丸くして口元をワナワナと震わせ始めた。


「あ、あなた……ミ、ミーナ!? ミーナよね!? なんでこんなところにいるのよ!!」


 へ? 知り合い?


 そういえばさっきからミーナの口ぶりが知り合いに対してのものだったことを思い出して納得する。


「ふひっ。それはこっちの台詞なの。国立魔法研究所はクビになったなの?」


「く、くくくくクビですってえぇ!? この私がクビになどなるはずないじゃない馬鹿にしないで頂戴!!」


「ふひっ。まだ職があるならセコセコ魔法石を掠め取ってないでミーナたちと分配しろなの。マナーなの」


「あなたが魔法石を持ってても意味無いでしょ! 私なら有効に使えるんだから私が持つべきなのよ!」


「ふひっ。売れば金になるなの。魔法石は高騰してるから一番美味しいなの」


「……! じゃあ! 金を払うからそれで納得しなさい!」


「ふひっ。言質は取ったなの。約束は守れなの」


 旧友というやつなのだろうか。お互いに遠慮の無い物言いでやり取りしている。


 ……もしかしてミーナって実は貴族だったりしないよな? いや、まさかな……。


 やがて解体も終わり報酬の取り分を決めた後、素材を馬車に積み込んで共にネアンストールへと発つことになった。


 ちなみに箱馬車の女性は貴族らしく、既知の仲であるミーナが同乗する。おそらく中では旧交を温めているのだろう。


 相変わらずスルツカさんに先行偵察をお願いし、俺はティアーネとセレスティーナさんと三人で馬車に乗る。


「あの、ミーナって貴族なんですか?」


「さあ? ミーナは自分の昔のことは話さないのでよく知りません。でも元貴族の冒険者というのはいないというわけではありませんよ」


「へえ、そうなんですか。物好きな貴族もいたもんですね」


 貴族なら黙っていてもそれなりの生活はできるだろうし、わざわざ危険な冒険者になるメリットもないだろう。


「物好き……そういう解釈もできますね。しかし貴族といえどモッチーさんが思っているほど余裕があるというわけではないですよ」


「どういうことですか?」


「貴族には爵位という格があるように、財力という格もあります。特に爵位の低い貴族は収入も少ない場合が多く、生活が切羽詰まっている家は多くあります」


 そういった家では世継ぎである嫡男を除く男手は自ら働き口を探すのが常で、今は戦時下ゆえ軍に入ることが奨励されており、大半は軍人として立身出世を目指す。


 しかし軍の気風が合わない者が他の職を求めることもあり、その中でも腕に自信のある者が冒険者になることがあるのだという。


「ふーん。じゃあ娘はどうなるんですか? やっぱりどこかの貴族に嫁入りとか」


「そうですね。政略結婚はよく聞きますし、財力のある商家に入ることもあるとか。とはいえほとんどが縁故のある貴族のもとに嫁入りして多くの子供を産むことを求められるそうですよ」


「なんか大変そうですね。贅沢して優雅に暮らしているイメージがありましたけど」


「そういった家ももちろんあるんですけどね」


 じゃあミーナが元貴族ってのはどうなんだろう。女性で冒険者になるってパターンはなくはない、のだろうか。……まあ考えたって仕方ないんだけどさ。


 そうしてミーナを話題にしていたからだろうか。突然に箱馬車から大声が響き渡った。

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