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二人の厄介児・2

「は〜、なんか初めて依頼書ってのを見たけど本当に色々あるんだなぁ」


 モッチーは壁にランクごとに並べて貼られている依頼書の数々を見て素直な感想を溢した。


「ふひっ。ここにあるのは不定期依頼なの。常設依頼はカウンターで確認できるなの」


「なるほどな。確かに雑草抜きから護衛まで色々揃ってるけど、魔物の素材や肉なんかは貼ってないな。そういうのは常設依頼の方になるのか?」


 紫髪のたかり屋ことミーナの説明に頷きつつ疑問を返す。


「ふひっ。いつでも必要になるものは常設依頼に掲示されてるなの。それに常設依頼なら受注してなくても依頼品だけ持ってこれば達成になるなの。だから該当の魔物や素材を見つけたらついでに持ち帰るのが普通なの」


「じゃあ常設依頼にもない魔物を狩ったら?」


「ふひっ。解体屋に買い取ってもらうだけなの。依頼料は発生しなくても有用な素材なら金になるなの」


 粘液を活用するスライムを始めとして武器防具に流用される多種多様な魔物が常設依頼に上げられている。その中でも魔物の脅威度によってランク付けがされており、そのランクが冒険者の昇格に影響するのだ。


 そして常設依頼の素材に関しては情報や流通をギルドが管理し、各解体業者とやり取りをしている。これによって必要な人間が色々な解体業者を回る必要もなく、冒険者を探す必要も無くなる。そして解体業者は業務に集中でき、冒険者は面倒な依頼人とのやり取りをしなくても済むのである。


 モッチーはFランクの依頼欄を吟味しながら隣の美少女に問いかける。


「ティアーネ、お勧めは?」


 フードを目深に被ったオッドアイの少女、ティアーネは一つの依頼書を指差した。


「フォレストウルフ討伐。ウルフ系の中でも最弱」


「なになに、Fランクモンスターで最近川沿いに縄張りを張ってるから退治してくれ、と。このスナケケ村って近いの?」


「ん。三時間くらい」


「……結構遠くない、それ? いや、冒険者的には普通なのか」


 そもそも人がいる領域近くには魔物は出没しない。正確には頻繁に駆除を行なっているからであり、討伐依頼は自然と人の手が及ばない森などの深部から出てきた魔物が中心だ。当然、生活圏からは離れている。


「討伐依頼もいいですが、採取依頼などもどうですか?」


「採取?」


 討伐依頼書を眺めていた俺に別の人物が話しかけて来た。


 懐かしさすら感じる日本人顔の美少女であり、年齢にそぐわない巨乳をお持ちのセレスティーナさんである。


「例えばこれなどは比較的近場でこなせる依頼です。雑草と見分けるのが少し難しいですが、初心者向けで危険も少ないですよ。その分依頼料は安いですけど」


「ふうむ、ベブナ草の採取か。……そういえば錬金術の本で見た記憶があるな。確か下痢止めの薬に使うやつだっけ」


「よくご存知ですね。常設の方に無い草なのでほとんどの人が知らないんですよ」


「そうなんですか。地味な依頼だけどピクニックだと思えば別に構わない、か?」


 これなら楽そうだし、危険も無さそうだ。それに手早く終わるから自由時間も多そう。


 とはいえ……。


 隣のオッドアイの美少女がじーっと見上げてきている。その目には狩りに行こう、と書かれていた。


 うん、こんなの悩むまでもないな。討伐依頼の方で行こう。


「よし、今回はこっちのフォレストウルフにしよう。せっかく装備も整えてきたし」


 そう、俺ははるか昔にエルネア王国で買って一度も使っていなかった槌を引っ張り出してきたのだ。


 柄の長さは五十センチほどで、頭も同じほどの大きさを持ち、重量は十キロといったところ。まだレベル1だった時に買ったものだから、両手槌の予定が筋力アップした今では片手で楽々振り回せる重さだ。


 とはいえどうして俺がわざわざ武器を担いでまでギルドに来ているかといえば。


 依頼書を手に受付までいくと、ギルドの受付嬢が困惑した表情を浮かべる。


「あの、これFランクの依頼書ですよ? 皆さんはAランクとBランクの方々ですよね? それに今はレグナム周辺調査の強制依頼を受理してる最中ではありませんか?」


「ふひっ。今日は休養日なの。それに竜のせいで“赤撃”がしばらく活動できないなの」


「……あっ、そうでした。それは大変でしたね。しかしこうして依頼を受けるのは規則上問題がありますので」


「ふひっ。勘違いなの。依頼を受けるのはFランクのモッチーだけでミーナたちはただの保護者なの。何もしないなの」


 そう、本来なら俺は皆に同行するはずがなく、ましてや依頼を選ぶなどしない俺が出向いてる理由。


 それは“赤撃”の休養と俺の休みが重なったことが原因だ。


 せっかくの休日に何もしないのは勿体ないと考えていたら、ツーヴァさんから俺が何か依頼を受けてティアーネと一緒に行くことを提案された。


 普段から一緒に狩りに行くことを楽しみにしてくれているし、それならとその提案を採用してこうしてやってきたわけである。


 そして今後の方針を打ち合わせに来た“猛き土竜”にその話が伝わり、面白半分にミーナが参加し、セレスティーナさんを引っ張り、念のためにとノルンさんが斥候役にスルツカさんを出してくれたのだ。


 正直、新人冒険者にとっては実に豪華過ぎる保護者たちである。


 ちなみに残ったメンバーは昼間から羽目を外して酒場で酒盛りを始めている。当人たちは生還祝いだと言っているが、すでに竜との戦いから三日連続ともなると名目などどうでも良いのだろう。


 俺たちは“赤撃”の真新しい馬車を“猛き土竜”から借りた馬に轢かせて西門から出立する。


 以前の馬車は竜との戦いの最中にやむなく乗り捨てたらしく、そのままネアンストールには戻ってこなかったらしい。はるか彼方に走り去ったか、魔物に喰われたか、おそらく再会することはないだろう。


 荷台には魔法薬が三十本近く残されていたらしく、申し訳なさそうに告げられた。というわけでその日のうちに倍の本数作ったら白い目で見られてしまった。何故に。


 ちなみに新しい馬の方は伝を頼って探してもらっていて、二、三日で入手できるようだ。結構な金が飛んだと愚痴っていた。どうやら保証サービス的なものはないらしい。


「にしても良く無事だったよな、皆。軍ですら勝てるかどうか分からないって言ってたのに」


 俺が“赤撃”と“猛き土竜”が竜に遭遇したのを知ったのは皆が無事に帰ってきてからだった。その時にラインさんの装備がボロボロで原形を留めていなかったのは驚いたものだ。


 他のみんなも満身創痍でソファーや机に突っ伏してしまい、その時に何があったかを聞かされた。


 その後に俺を探していたらしいスルツカさんが拠点を訪れたけど、“赤撃”のみんなの姿を見てそのまま帰っていってしまった。どうやらすぐにでも軍を動かすために俺に交渉させようとしていたらしい。


 ということはあの時にメリオンさんが飛び出していったのはグッジョブだったわけだ。おかげで無事に帰れたのだから。


 ……そうだな、今度また新装備作ったらメリオンさんにプレゼントしよう。


 そう心に決める。


「ん。モッチーのおかげ」


「ふひっ。今回ばかりは装備と魔法薬に助けられたなの」


 ティアーネが素直な目で見上げ、珍しくミーナも真面目な表情で告げた。


「お、おう」


 ……なんかミーナがこんなんだと調子狂うな。そういえば真面目な顔って初めて見た気がする。


 俺が言葉に詰まっているとセレスティーナさんがジト目でミーナを見遣った。


「私はミーナが残った時は本当に驚きましたよ。一体いつの間に降りていたのか……」


「ふひっ。結果オーライなの。むしろおかげで全員助かったから功労賞ものなの」


「そういうことを言ってるんじゃないですよ。すごく心配したんですから」


「ふひっ。良く出来た嫁なの」


「いつ私がミーナの嫁になったんですか」


 付き合いが長いのか軽快なやり取りをする二人にほっこりしつつ、モッチーはいつも通りのミーナの様子に何故か落ち着くのを自覚していた。


 ……やっぱりこっちの方がミーナだよな。真面目な顔は似合わん似合わん。


 内心で失礼なことを考えつつ、話は今回の依頼へと移る。


「そういえばフォレストウルフってFランクなんだよな。スライムと同じランクってことは弱いの?」


 魔物の区分はFランクからAランク、その上にSランクとオーバーランクが存在する。その中でもFランクは最下級の強さであり、依頼書は雑用なんかと同じ場所に並んでいた。


「そうですね、普通のウルフが魔力で少し身体強化をした程度でしょうか。モッチーさんのレベルなら楽に倒せる相手ですよ」


「ふひっ。冒険者に成り立ての素人でもそうそう負けないなの。わざわざ依頼が来るのは新人冒険者に戦闘経験を積ませるためなの」


 弱いモンスターであれば村人や町人でも倒せるのだが、捜索したり強めの魔物と運悪く遭遇してしまうリスクがあるために冒険者へ依頼するのが推奨されている。


 これはあくまでも推奨という形であるため、もちろん依頼料をケチって自分でなんとかしようと考える者も多くおり、そういった者たちから依頼を引き出すためにギルドは依頼料の一部を負担するなどの措置を行なっていた。


 とはいえそれではギルドが損をする形になるため、高ランクの依頼に対して僅かばかりのマージンをかけることで損失を補填しているのである。


「ふひっ。モッチーの頭でも理解できたなの?」


「おう。ミーナ様のありがた〜いご高説のおかげでな」


「ふひっ。そう褒めるななの。ちょっとした親切心なの」


「皮肉だっての」


 これ見よがしに溜め息をついてみせるがミーナはどこ吹く風、ニヤニヤを表情に張り付かせていて効いてる様子もない。


 ともすると苛々しそうな話し方なのだが、こんなノリに安心感を覚えてしまうのは何故なのか。そう疑問に思ったが、ふとあることに気付いた。


 ……そうか、日本のネットのノリを思い出すからか。俺は読むだけのROM専だったけど、掲示板とかでこんな感じのをちょくちょく見てたわ。


 気付いてしまえば簡単で、ミーナの中に日本を感じて郷愁に駆られているのだ。


「とはいえ油断は禁物ですよ、モッチーさん。攻撃を受ければダメージは受けますし、ウルフ特有の素早さもあります。モッチーさんは戦闘経験が無いとのことですし、複数に囲まれれば袋叩きにあいかねません」


「確かに。とはいえ俺も何も準備してないってわけじゃないですし。まあ本番で見せますよ、()()()ってやつをね」


 俺は持参してきている試作装備を頭に浮かべながら不敵に笑みを浮かべるのだった。

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