冒険者を始めよう・5
俺の“赤撃”としての最初の仕事は買い物だった。
「武具屋、あそこ」
ティアーネが通りの一角にある大きな店を指差す。彼女は俺の装備等の買い出しのフォロー役として満場一致で選ばれた。ニヤニヤしていたからたぶん俺と二人きりにして反応を楽しもうとしているに違いない。どっかから監視とかしてないだろうな?
俺が加入したことで“赤撃”の公都への帰還は少しだけ延期することになった。朝の出発が昼になった程度だが。
そしてその時間を使って必要なものを揃えるのである。
この武具屋は“赤撃”が見つけた信頼できる店とのことで、彼らは王都ではこの店で買うらしい。
店の中はとにかく広い。だからと言って高級感があるとかではなく、とにかく品揃えが多かった。同じ素材でもデザインが複数あり、また素材の種類も多い。相乗して陳列されている数は圧倒的だ。
だがここに並んでいるのはあくまでショーウィンドウ。実際の在庫は倉庫にあり、一番近いサイズを調整してくれるらしい。また在庫が無い場合はオーダーメイドも可能であるらしい。
俺がここで必要なのはまず槌だ。
鍛冶用というのもあるが、まずは武器用で買う予定だ。まあ使ってみて問題がなければだが。
試用も可能ということで槌を振らせてもらったのだが、予想はピタリだった。
まるで自分の身体の一部のように振り回せる。剣を握ったときとは雲泥の差だ。やはり鍛冶用らしい武器やスキルに特化した戦闘職なのだろう。
戦闘用の槌を買い、ついでに防具も見繕う。俺は直接戦闘するわけではないので簡素な革鎧で固める。なるべく関節の動きを阻害しないデザインを選んだ。
それからティアーネに勧められて解体用のナイフも買う。これは多様な用途に使えるので必須だそうだ。
「お金は?」
「えっと、白金貨ってのがあるよ」
「モッチー、大金持ち」
「え、そうなの?」
エルネア王国で流通しているのは銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類。そして銭貨、銅貨、銀貨にはそれぞれサイズの大きい大銭貨、大銅貨、大銀貨が存在し、それぞれの貨幣価値は銭貨、大銭貨、銅貨、大銅貨……と上がるにつれて十倍ずつ上がっていく。
つまり白金貨となれば銭貨一千万枚……一千万枚!?
おいおい、銭貨一枚で一円だとしたら一千万円だぞ。ちょっとした宝クジレベルじゃないか。
目が飛び出そうな金額に驚いたが、銭貨一枚で果物一つ買えるらしい。他にも挙げてもらったら大体三十円くらいの価値があることがわかった。
ってことは日本なら三億円かよ……やっべ、リアル宝クジレベルかよ。下手すりゃ一生暮らせるわ。どんだけ大盤振る舞いなんだよ王様。
めちゃくちゃお金が余るらしいのでいっそのこと盛大に初期投資することにした。
最終的には最強装備を作り出すのだから、必要になりそうなものは今のうちに買い揃えておくのだ。
会計の際に白金貨が使えるのか心配だったが、問題なく使えた。流石にこれだけの店を構えてるだけはあるな。
次に向かったのは本屋だ。鍛冶関係、錬金術関係、鉱石知識関係、魔物知識関係、スキル知識関係など。そしてティアーネに頼まれて魔法関係も多めに購入する。
購入してから気付いたが、重過ぎて持てない量になってしまった。困っていたが、書店の下働きさんが運んでくれるらしいので宿屋までお願いする。
そして次は工具関係だ。これも専門店があるらしいので向かうと、そこは工房だった。
オーダーメイドを受け付けてくれる店らしいが既製品もあるとのことで、鍛冶や錬金術に必要なセットを購入する。錬金術に関しては鍛冶の中に錬金術が必要な場合もあるとのことで、おそらく使えるようになるのではと考えている。
さらに練習用も兼ねて釘や組紐などのアイテムを多めに買い込み、またそれなりの量になったので先ほどと同じく配達をお願いした。
日本では配達サービスなんてほぼ無いから違和感があったけど、こっちでは貴族の購入したものは即配達するのが普通で、自然と即時配達サービスが定着したのだそうだ。なんと便利な。
それにしても空間魔法とかって無いのだろうか。アイテムを収納できるバッグとかあったら便利なのに。
そう思って尋ねてみたが、無いらしい。残念。
ついでに時空魔法とか召喚魔法とかってのも無いらしい。うーん、そこら辺はご都合主義でいて欲しかった。
「モッチー、服買う」
「ああ、そうだね」
帰ろうとした俺をティアーネが引き止める。そういえばここに来るまでも服の替えが無くて困ったことになっていたんだった。
水を生み出して洗い、ケントの光魔法による熱量で強引に乾かすという力業で乗り越えていたからな。
「ありがとう、指摘してくれて。忘れるところだった」
「ん。サポート」
そう言って俺の手を握ると先導して歩き出す。
やべ、俺女の子と手を繋いでるよ。手汗とか出てないかな。うわっ、ティアーネの手柔らけぇな。むにむにしてて気持ち良すぎ!
唐突の出来事に免疫の無い俺は半分パニックになっていた。なにせ年齢イコール彼女いない歴、手を繋いだことすら皆無。せいぜいがクラスの女子とちょびっと会話するくらい。それも大体がケントを紹介してくれとかそんなのばかりだ。
それなのに俺は今、可愛い女の子と手を繋いで歩いている。
ああ、死んで良かった。転生させてくれてありがとう神様。
「モッチー?」
「ああいや、大丈夫、大丈夫だから」
オッドアイの瞳がジーッと見つめてくる。ああ、憧れのオッドアイ。この瞳に出会えたことを感謝しないとな。
俺の門出を祝うように今日の王都は見渡す限り晴れ渡っていた。