レグナムの地竜・12
わずか七騎の軍勢。
おそらく竜の足止めをしている自分たちを助けるために先行してくれたのだろう。そう皆が解釈していた。
単なる偵察ではあり得ない彼らの闘志が否応なく伝わってきているからだ。
問題は彼らが竜を相手に時間稼ぎが勤まるのかどうかという点だが、最新装備をいち早く導入し始めているネアンストール防衛軍が旧式の兵を先行で走らせるような愚を犯すとは思えない。少なくともかなり腕の立つ軍人たちのはず。
頭の冷静な部分がそう計算し、そうであるならばこの場を彼らに任せて離脱できるだろうと皮算用を始めていた。
しかしツーヴァの驚いた声がラインを現実に引き戻す。
「あの真ん中の騎士……まさか騎士次席のメリオン・フェイクァンかい!?」
「騎士次席? なんでそんな大物がこんな最前線まで出張ってくるんだ?」
確かにモッチーから彼がネアンストールに来ていることは聞いていた。そして装備一式を注文されたことも。
正直に言えばそれだけの人物が来てくれたならこれほど心強いことはないが、死の危険が著しく高いこんな場所までわずかな手勢で来るのは常識的に考えておかしい。
だがその答えはツーヴァの口から出る。
「そうか、彼は戦闘狂……竜の存在を知って飛び出してきたのかもしれない」
「戦闘狂……? ああっ、思い出したぜ! 腕一つで平民から成り上がった最強剣士の噂!」
かつて国王軍において瞬く間に序列を駆け上がった騎士がいた。平民であるその男は連戦連勝、他を寄せ付けない圧倒的な武で存在感を示しており、いずれ筆頭騎士になるのではないかと噂されるほどだった。
しかし平民の期待に反し、貴族からはどんどんと疎まれていく。国家の武を標榜する貴族出身の騎士にとっては自らのメンツを潰してしまう存在だったからだ。
幾度もメリオンへ挑んでは敗北し、その度にメリオンの名声は天井知らずに高まっていく。やがて当時のトップ騎士たちすら無視できない存在になっていた。
そしてある日、当時の筆頭騎士がメリオンと決闘することになる。騎士のメンツを賭けた大勝負だったが、結果メリオンの勝利に終った。
ここで完全に面目を潰された貴族たちは一つの策を思い付く。敵わないのであれば、逆に平民で無くしてしまえば良いのだと。
苦肉の策とも言えたがこれが功を奏した。民は貴族の不甲斐なさを糾弾するのではなく、成り上がりのサクセスストーリーとして好意的に受け止めたのだ。
授爵し、フェイクァンの性を戴き国中で話題になったメリオンだったが、同時にもう一つの噂がまことしやかに広まっていく。
曰く、メリオン・フェイクァンは戦闘狂であると。
己を貫き高みへと至るその原動力には飽くなき闘争への渇望があるのだと。
ラインが戦闘狂という単語から彼を連想したのは何も特別なことではない。
「とはいえ彼らだけがここに来ているとは考え難いね。そもそもネアンストールは魔法使い陣営。騎士陣営の彼が好き勝手することを見逃すだろうか?」
「なんだ、どういう意味だ。俺たちは助かるのか、それとも戦わされそうなのかどっちなんだ!?」
「分からない。……けどネアンストール防衛軍が予想より早く向かって来ている可能性は高いかもしれない」
いまいちはっきりしない言い方だが、ツーヴァは頭が良いしこうして深く思考に浸ることもままある。俺にはどこまで考えが及んでるのかは分からねえが、少なくとも信用に足りるのは間違いない。
ツーヴァはすぐに考えが纏まったらしい。
「うん、大丈夫だ。ライン、彼らには僕が状況を説明するよ。だから皆はそのまま駆け抜けてくれ。僕は後から追いかける」
「おい、ちょっと待て。勝手に決めるな。残るなら俺が残るぞ」
「心配ないさ、説明するだけだよ。それにラインは騎士相手にちゃんと説明できるかい? 僕に任せておいた方が無難だと思うよ」
「ぬ、うぅ」
確かに俺は礼儀なんてもん知らねえしそこまで舌も回らねえ。……ツーヴァが適任ってのはそりゃそうだろうよ。
「それに僕はまだ魔力に余裕がある。身体強化ですぐに追いつけるさ。それよりもラインはすぐに追ってくる防衛軍本隊の方に事情を説明してくれ。おそらくノルンさんが大まかな状況は話しているだろうから、剣を交えて気付いたことを話せばいいはずだ」
どうやらツーヴァにはおおよその流れってのが読めているらしい。ったく、頼りになる仲間だな。
俺は仲間たちに指示を出し、騎士たちから少し離れたルートに逸れる。ツーヴァはそのまま直進して騎士次席たちと接触する手筈だ。
そして後方で竜がミーナの闇から解放された時、俺たちは騎士たちとすれ違うのだった。
「なるほど。広域殲滅魔法アブソリュート・ブリザードをレジストした、か」
「ふひっ、そうですなの。それに魔法剣でどこを攻撃しても簡単に弾かれましたなの。仕方なく目を狙ったですなの」
「ふむ。目を狙ってどうなった?」
「ふひっ、さすがにこっちを無視できなくて注意を引けたですなの。おかげで中級闇魔法のシャドウ・ヴェイルで時間稼ぎができたですなの」
しばらくしてメリオン・フェイクァンを追いかけていたネアンストール防衛軍先陣と“赤撃”は合流を果たしていた。
貴重な竜の情報。それもまさに一戦を交えた者たちの生の声である。こればかりはゲイルノート・アスフォルテ魔法使い筆頭、レイン・ミィルゼム魔法使い次席も直接聴取を行なっている。
“赤撃”は消去法からミーナが矢面に立っているが、仲間たちは引き笑いと独特の話し方をする彼女が軍の英雄にいつ機嫌を損ねられるかとヒヤヒヤさせられていた。竜を相手取るのとはまた違った緊張感だ。
しかしてゲイルノートからすれば多少話し方が独特な者は貴族にもいるし、軍人として訓練を受けてもいるのでこの程度で心を乱されはしない。むしろこのような緊急時でもきっちりと意思疎通ができているというだけで悪くない評価を持っていた。
それよりもゲイルノートにとっては頭を抱えたくなるような報告である。
曰く、腕の一振りで地を抉る。ブレスは地平の先まで消し去る。全身が強固な鱗で覆われ、魔法へのレジスト能力も群を抜いている。
なんだその化け物は、と内心で舌打ちしたほどだ。
「なるほど分かった。お前たちはネアンストールへ戻るといい。後は我々が引き継ぐ」
「ふひっ。かしこまりましたなの。御武運をお祈りいたしますなの」
口調とは裏腹に丁寧な会釈を返し、ミーナは“赤撃”のメンバーとネアンストールへ発つ。
それを見送る間もなくゲイルノートは進軍再開を通達した。
すでに竜との距離は僅かまで縮まっている。ともすれば巨体が見え始めてもおかしくない。
接敵までに竜の対処法をなんとか編み出さねば一方的に嬲られる可能性もあり、この精鋭部隊が突破されてしまえば間違いなくクルストファン王国、ひいては人類滅亡の危機となる。必死に対抗策を考えていた。
「レイン。お前はどう見る?」
「…………」
「レイン?」
何か取っ掛かりでもと相方に声をかけるが、レインは竜のいる方角を見据えて押し黙っている。……だが集中とはまた違い、どこか心ここにあらずと言った様子だ。
やはり竜を前に緊張しているのかと考え、しかし被りを振る。この男は相手が強敵だからと萎縮するような者ではない。むしろ常以上の気合いを入れ己を奮い立たせるような性格をしている。
「 」
レインが何かを口にした。だがあまりにも小さな呟きは馬蹄の音にかき消されて誰の耳にも届くことは無かった。
仕方なく視線を戻すと、遠くから一人の冒険者が走ってきているのに気付く。先ほどの冒険者パーティーが言っていた、メリオンらに情報を伝えるために残っていた仲間とやらだろう。
そしてそれを確認して間もなく、遠目に竜の巨体が姿を現し始める。
「あれか」
結局、今に至るまで何の対策も思い浮かばなかった。
だがやるしかない。我々は人類の未来を担っているのだから。
近接攻撃は無効。防御も不可能。だが一つだけ突破口となり得る部分がある。そこに賭けるしかない。
「総員に通達する! 魔法使い2名を核とし、4人1組の小隊を形成し竜を包囲せよ。残りの騎士20名は近接戦による竜への陽動を仕掛け、魔法使い部隊への攻撃を防げ」
ネアンストール防衛軍先陣部隊はここに竜の姿を捉え、いよいよもって大きな戦いの幕を開ける。
かつて一体で国をも滅ぼしたと言われる存在。それに相対するのは新たな力を齎され今や世界史上に於いても比類なき戦闘力を有することとなった人類最強部隊。
そして今、竜と戦闘を繰り広げるは六名の騎士を引き連れたクルストファン王国最強騎士。
冒険者たちの遭遇戦から始まったこの一連の戦いはついに人類の命運を賭けた決戦へと燃え上がったのだった。