レグナムの地竜・9
ネアンストールの東門。
堅牢な防壁を備え、魔王軍とのまさに最前線となるその門は普段は冒険者や土木作業員たちが行き来し、日夜魔物の素材や木材が運び込まれている。
そこに一頭の早馬が駆け込んで来た。
全身黒の防具を纏い、口元まで隠した男は入市待ちの木こりの列を追い越して真っ直ぐに門衛の元に向かう。
順番を追い越された者たちが不満気な表情を浮かべるが、高ランクの冒険者として有名になっている男へ苦情をぶつける勇気は持ち合わせていなかった。
その件の男、“猛き土竜”の斥候スルツカは無表情を崩さないまま門衛へと言葉を投げる。
「レグナムで竜に遭遇した。こちらに向かってくる可能性がある。現在“赤撃”が足止めを行なっている。応援を要請する」
「り、竜だと!?」
その内容に門衛が色めき立ち、木材を運び込んでいた木こりたちが騒めく。
「国防軍へ速やかに報告を。軍の出動を願いたい」
スルツカはギルドカードを提示して身分を明かし、事前に用意していた台詞を伝えた。対して門衛は控えていた同僚に視線とジェスチャーを送り、同僚が身体強化魔法を発動して軍の駐屯地へと駆けていく。
これで最初の役目は完了した。
だが軍が確実に動く保証はない。ツーヴァに言われたように協力を要請しなければならない相手がいる。
スルツカは門衛へ状況や経過など細かい部分の聴取を受けた後、入市手続きを速やかに済ませてロックラック工房に向けて馬を走らせていく。
ネアンストール防衛軍に竜の知らせが入ったのはそれから間もなくのことだった。
門衛からの報告は速やかに最高指揮官であるゲイルノート・アスフォルテ魔法使い筆頭へと伝えられ、Sランクモンスター出現時の緊急マニュアルに従って部隊編成が指示される。
「竜、か。Sランクモンスターくらいはレグナムにいるだろうと想定していたが……」
ゲイルノートはかつて小国を滅ぼしたと言われている存在に頬杖をついて思案する。
たった一体で一国を滅ぼすほどの戦闘能力を持ち、歴史上未だ討伐されたことのない魔物。かつて人間が世界を版図に収めようとしていた時代でさえ打ち滅ぼすことができなかったという。
Sランクモンスターの中でも人間には太刀打ちできないオーバーランクモンスター。いつかは戦わなければならないかもしれないと予想していた相手がまさかこれほどまで早く現れてしまうとは。
「我が軍の力は人類史に比肩してもかつてないほど高いと自負しているが、未だ万全ではない。それに竜についての情報も古く確度も怪しい。初見と言っても過言ではないだろう。だが向かってくるのなら対処せねばならん」
ネアンストール防衛軍の持つ圧倒的な攻撃力は過去のいかなる軍隊よりも突出して高い。それもこれもモッチーの作り上げた“重量杖”を多数配備し、“聖光領域”を組み込んだ鎧を実験的に配備し始めているからだ。
魔法使いの練度は十分。しかし騎士の練度はまだまだ発展途上。運用もまだ手探り状態でとても実戦に耐え得るとは言い難い。
でき得ることならば軍としての体裁が整ってから相手をしたいところだったが……。
ゲイルノートが著しく勝率の低い賭けに参加させられる不運を呪っているところにドアのノック音が響く。
「すみませーん、モッチーですけど〜」
「……入るといい」
場の空気に全くそぐわない能天気な声が届き、多少気勢を削がれつつも入室を許可する。
「なんか騒ついてますけどどうかしたんですか?」
この間の抜けた少年は心底不思議そうにしつつ、世間話のように切り出してきた。どうにも緊張感の無い有り様に内心で溜め息を吐きつつ、今回の状況を掻い摘んで説明する。
「へえ……竜ですか。やっぱりいたんだなあ、ファンタジーの王様」
「王?」
「あ、いえ、こっちの話です。それより竜ってそのオーバーランク?モンスターなんですよね、勝ち目あるんですか?」
「それは戦ってみないことにはなんとも言えんな。正直なところ軍が崩壊することも大いにあり得ると言わざるを得ない。モッチー、万が一に備えネアンストールを脱出する準備はしておくといい」
「脱出って……まだ負けると決まったわけじゃ……」
「可能性があるのなら備える。当然のことだ」
どうにもこの少年は危機意識が薄い。普通の平民でももっと危険に対して敏感だろう。
とは言ってもいくら鈍感が過ぎるからと見捨てるわけにはいかない。これから先、彼の黄金色の才能を十全に発揮し続けてもらわなければならないからだ。
最悪の場合は無理矢理にでもネアンストールを脱出させるために手を回しておかねばならないかもしれん。
「それで、ここに来た用件はなんだ? まさか帰宅の挨拶などとは言わんだろう?」
「ああ、そうだった。実は魔法使い用の新装備案を思い付いたんで作ってみようと思うんですよ。それで今現場で使っているローブなんかの一式をサンプルでもらえないかなって思って」
「一式? それは構わんが何も軍の装備品に規格を合わせる必要はないぞ。規格合わせは我々の技術部の仕事だからな。もちろんそうしてもらえるのならば助かるのは事実だが」
どのみちモッチーだけでは軍人全ての装備を賄うなど不可能であり、規格などという些事に時間を使わせるなど勿体ないとゲイルノート自身が感じている。故にこれまで不要不急の用件は切り捨て、可能な限り自由に動けるよう心を砕いてきた。
だからこそモッチーが下手に気を回して自ら枷を嵌めようとしているのなら諭すつもりでいる……のだが、果たしてモッチーから返ってきた言葉は想像の斜め上を行った。
「いやあ、今回のは多分服に縫い込むだけで終わりそうなんですよ。なんで現物が欲しかったんですよね」
「縫い込む……?」
「はい。まあ見てのお楽しみってやつです」
「そうか。ならば生きてそれを見られるよう努めるとしよう」
先日に行った会合で上がらなかった内容だ。ということはまた新たなアイディアを閃いたのだろう。本当に止まることを知らぬ子供だ。
思わず緩みそうになる頬を引き締め、早々にモッチーを退散させると関係各所に指示の続きを飛ばす。
竜の防衛を行うのに防壁を利用したい気持ちはあるが、突破されれば即市民を危険に晒してしまう。そうなれば避難もままならない。
となれば打って出るしか方法はない。竜の進行速度とこちらの準備にかかる時間から遭遇地点を計算し、事前に可能な限りの陣形と罠を仕掛けておく必要がある。……竜に通用する罠があれば、の話だが。
あとはこちらの最大戦力を叩きつけるのみ。そして勝利を神に祈るだけだ。
そのしばらく後、ゲイルノートの元に急報が届けられる。
クルストファン王国騎士次席メリオン・フェイクァンが僅かな手勢を連れて竜の元へ向かった、と。




